二人の知将⑩
エルエ国、ニト軍の本陣は、大きな屋敷である。
ここは、ニトがこの領地をもらってから何十年もの間、戦に出る前に毎回戦略を練るために使われてきた場所である。
もちろんその本来の使い道は、自領地を守る際に、本陣として使う事である。
しかし、その使い方をするのは今回が初めてである。
何故なら、この自然を使った要塞と化したニトの領地を攻める愚か者などいなかったのだから。
「戦況はどうだい?」
人形のような駒を並べて、敵の数と味方を現し、戦場を現した地図が大きな机の上に広がっている。
その地図の前で、ニトが兵士達に聞く。
「はい!それが、敵は正直に森の合間の道を進軍して来ています。ただ、こちらの奇襲は成功していますが、相手の進軍はゆっくりですので、敵にも思ったほど被害は出ていないかと」
「妙だね……」
兵の報告を聞いて、ニトは呟く。
「見抜けなかっただけではないでしょうか?」
その隣で、ニトの孫スエーナが言った。
その理由は、この地の攻略法の話である。
森の道を抜け、渓谷へと入るには、日がくれる前に為さなければならない。
兵はずっと戦えるわけではない、陽が落ちれば休養は必要なのだ。
その時に、森を抜けていても、渓谷からの攻撃と、森からの奇襲に備えて、一度引かなければならない。
夜通しの進軍は更に無茶である。
つまり、この地を攻略するのであれば、進軍は早めないといけないのである。
「あんたの悪い癖だよ、スエーナ。相手を甘く見過ぎる。いつだって最悪の事態を想定しなと言っているだろう?」
「ですが、それ以外に何があるというのでしょう?」
更に、ニトの娘のメリヨアエが続く。
「あんたは優秀だけど、想像力が足りないね。例えば、相手がこの進軍でも、渓谷を登るのに間に合うとしたら?」
「そんな事あるわけないだろ?婆ちゃん。それこそ渓谷に辿りついた後、渓谷を登る道を邪魔がなく駆け上りでもしない限りさ」
ニトの孫、ボリンドが言う。
「あんたは鋭いけど、その可能性の先を考えないのがいけないね、ボリンド」
「では、おばあ様は敵が渓谷に辿りつく前に、渓谷の上の兵を倒すと思っているのですか?」
「それ以外で、この方法で勝たれることはないだろうね」
「それこそ無理ですわ。騎馬で森を大回りしているという報告もありませんし、森を進軍している敵兵もいるようですけど、どれだけ早く抜けても一日以上はかかるでしょう?そもそも、私達に報告なく森を抜けるのも不可能です」
「そうさね。もしかしたら今日は攻める気が無いのかもしれないね。だから、ゆっくり進軍しているんだ。おい、総大将のゼルバはどこにいる?」
「は、はい!」
急に話を振られて、慌てて伝令の兵士が答える。
「ゼルバは、自ら一番左の道から入ってきて、指揮をしているようです」
「それで、左の部隊の進みが一番早いんだね?」
ニトが見透かしたように言う。
「は、はい!そうなります!」
報告を聞いて、ニトが地図に置かれた駒を動かしていく。
「今はこんなもんってとこだろう。渓谷に上がって来るとしたら、左のゼルバの部隊だね。念のため、渓谷の守備部隊を増やすよ。今から細かい数値を出すから、あたしの言う通りに兵を動かしてくるんだよ、あんた達」
「はい」
♦
そして、ゼルバ陣営となる。
「ゼルバ様!現在の戦況はこのようになっています!」
伝令が、紙に書かれた戦況をゼルバへと伝える。
「ふむ、なるほど……予定通りですね。ギヨウの――アカツキ隊の様子がわからないのはもどかしいですがね……」
「各部隊に何か伝えることはありますか?」
「ありません。全ては予定通りです。それに――いえ、なんでもありません」
「はっ!了解いたしました!」
そう言うと伝令は下がっていった。
ゼルバは、すぐに再び自分の率いる部隊の指揮を始める。
(頼みますよギヨウ)
実のところ、今回の作戦は、全てをギヨウに託した作戦である。
ゼルバからすれば、そんな作戦は本来立てたくなかった。
だが、それほどの賭けでなければ、勝てない戦いであり、この戦いを勝たなければフェズ国に未来はないと考えていた。
(そして、もう一つの賭けにも勝っているといいのですが……)
ゼルバの賭けは、ギヨウの他にもう一つある。
だからこそ、ゼルバは勝率は悪いと言ったのだ。
♦
一方、ギヨウは変わらず森を進んでいた。
そんな中で、ギヨウが手を出してミュエネを制止する。
「おい、何故腹を触る」
その手は、偶然にもミュエネの丸出しの腹へと当たってしまった。
「前から思ってたんだけどよ、お前軽装過ぎるだろ。触られたくなかったら腹は出すなよ……っとな!」
ギヨウが突然走り出し、木陰へと向かって剣を振るった。
「ぐあっ!」
声が上がり、木陰に隠れていた敵兵が倒れる。
「これは森の民の正装だ」
そう言いながらミュエネが矢を射って、やはり隠れている兵を撃ち抜いた。
「伏兵だ!ギヨウに続け!」
シルルが号令をかけて、後ろから味方が続いて戦闘となる。
本来、伏兵と言うのは、当然待っている方が有利である。
だが、このように見抜かれてしまっては、それも意味はなさない。
それどころか、先手を打ったアカツキ隊が戦いを有利に進め、簡単に伏兵を打ち破ってしまったのである。
「終わったか?」
戦闘は終わり、敵がいなくなったころにギヨウが言う。
「いや」
ミュエネが茂みへと矢を射った。
「ギャッ!」
すると、敵の悲鳴が聞こえて来る。
ギヨウがそちらへと駆け付けると、やけに敵が矢で射ぬかれて死んでいた。
「なんだこいつ、怖くて隠れてたのか?」
「違うな。恐らく、隠れてこの場をやり過ごして、ここまで敵が来ている事を知らせるための伝令なのだろう」
この敵は軽装であるし、武器も軽そうな剣しか持っていなかった。そのことから、この兵の役割をシルルが見抜く。
「罠の事と言い、敵は随分と慎重なようだね」
ジェスが髪をかき上げながら言った。
「そう言えば、ゼルバには敵に悟られない様にって言われたな」
ニトがこのような慎重な手を使ってくると、ゼルバは読んでいたのだろうとギヨウは思う。
「とりあえず気を付けて行けって事ね」
ミュエネがざっくりとまとめてしまう。
「そうだね、すぐに進軍を始めるよ、隊列を組み直すんだ!」
そして、ジェスが号令をかけて、ギヨウ達はまた森を進むのだった。




