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ミュエネの過去②

「もう寝たか?」


 ギヨウとミュエネ、互いがそれぞれの布団に入り、静まったころにギヨウが尋ねた。


「起きてるわ」


 ミュエネは、天井を眺めながら答える。

 ギヨウもまた、ミュエネの方を向いているわけではなかった。


「迷惑だったか?」

「何が?」


 ギヨウの問いかけが何かを、なんとなく察しながらも、ミュエネは聞き返した。


「いや、家に誘ったことがよ」

「別に……森で寝るよりマシよ」


 その答えに、ギヨウは驚く。


「え!森で寝るつもりだったのかよ!」

「シタダイルに着くまでは森で寝てたわ」


 戦が始まる前の話だろう。

 だが、その理由がギヨウにはわからなかった。


「森が好きだからか?」

「森は好きだけど、違うわ」


 ギヨウは当たるまで問いかけることにする。


「宿は危ないから?」

「森の方が危ないわよ。熊でさえ人間より静かに近づいてくるわ」

「そうなのか?あんなにでかいのに?」

「本当の事よ。でも、熊はいいの。蛇が一番静かに襲ってくるわ……寝てるときに襲われたらひとたまりもない。だから私達は蛇避けの香をいつも持ってるの」


 さらに言うなら、そもそも野生動物に襲われないような道をや場所を選ぶのも大事で、それを実際に撤退していた時に森の中でミュエネは行っていた。

 また、森で寝るよりマシというのは、この部分が大きかった。


「人が嫌いだからか?」

「それは少しあるかもしれないけど……それならここには来ないわね」


 ギヨウはここで降参する。


「じゃあ、なんで森で寝て過ごしてたんだ?」


 その問いかけに、ミュエネは言い淀んでしまう。

 理由は、とても普通でくだらないから。

 しかし、別に隠すようなことでもないので、少し間を開けた後、バツが悪そうにミュエネは言った。


「お金がないからよ」

「あ、ああ。それもそうか。外の国じゃこっちの金も持ってないか……」

「少しは持ってるけどね……」


 何故だか少しの間、気まずい空気が流れてしまう。

 ギヨウが思ったよりも、俗っぽい理由だったからである。


「その……じゃあ、戦場に来たのは金を稼ぐためか?」


 ギヨウは、何とか話を繋いでいく。


「そんなわけないでしょう。それなら森で静かに暮らしてるわ」

「じゃあなんでわざわざ戦場に来たんだよ」


 シタダイルの戦いに参加していた者のほとんどは、土地や国を守るため、もしくは金や名声を得るためである。


(俺は強い奴と戦う為に、名声を得にいったわけだけど、そう言う感じでもないよな……)


 そのどれにも当てはまらない彼女が、戦場に立った理由がギヨウにはわからなかった。


 そして、その質問を受けたミュエネは、しばらく考えた後、


(話してもいいか……)


 そう考えて、少しずつ語りだした。


「私の名前を教えていなかったわね」

「ん?あ、ああ」


 突然の話に、ギヨウは疑問に思ったが、黙って聞くことにする。


「私の名前はエルエ・ルト・ミュエネ」


 そして、ミュエネは自分の名前を口にした。


「エルエ?」


 流石のギヨウも、それが特別な名前なのはわかる。


「そう。そして、ルトはエルエ国の王都の名前よ」

「えっと……つまり、エルエ国の王都ルトで生まれたって事か?」


 しかし、ギヨウはいまいち要領を得ない。

 それを察して、ミュエネは更に言葉を続けた。


「ついでに言うと、今のエルエ王の名前は、エルエ・ルト・ギャジィルよ」


 流石にここまで言われれば、ギヨウにもわかる。


「親戚って事か?」

「異母兄弟ね。多分、今生きている唯一の……ね」


 ミュエネが情報を正確にする。

 だがギヨウは、よりミュエネが言っている事がわからなくなってしまった。


(それなら、フェズ国側じゃなくてエルエ国側で参戦するだろ?)


 もちろん、その考えはミュエネの予想通りであるし、これで話は終わりではない。

 

「腑に落ちないって顔をしているわね」


 ギヨウは黙って頷く。

 この時には、もうお互い向き合って話し合っていた。


「私の母は、王宮のただの使用人だったわ。ただ美しかった。だから、前の王に見初められてしまった」

「それは、妻にって事か?」

「まさか。ただのお手付きよ。王からすれば軽い気持ちだったのでしょう。でも母はたった一度のお手付きで、私を身籠ってしまった」


 そう言うミュエネは、悲しそうというわけでもなく、嬉しそうという感じでもなかった。

 そしてギヨウは、それに対して何も言えなかった。


「お腹がでかくなれば、当然王にもバレるわ。王は私の母を妾にしようとしみたいだけど、周囲が反発したわ。母は、ただの下女なのだから」


 ミュエネは悲しそうな顔で続けた。


「それから、母への嫌がらせが始まったわ。些細な事から、命の危険が及ぶかもしれないものまで、母は逃げ出すしかなかった。王宮からどころか、エルエ国から」

「それで……」

「ええ、ただ一人、母に良くしてくれたばあやが、外の世界へ逃げることを提案したわ。ばあやには森の民との繋がりがあった。だから、まだ私が生まれる前に、森の民の村の一つに逃げ込んだの」


 それで、ミュエネはエルエ国の姫でありながら、森の民として生きていたという事になる。


「森の民としての生活は、とても幸せだったわ。皆、余所者の私達に優しくしてくれて、私はずっと森の中で暮らしてた。ばあやは念のためって言って、私に姫としてのふるまいを教えてくれたけどね」


 そう語るミュエネの顔は、今度は穏やかなものだった。

 ギヨウがミュエネに初めて会った時、森の民でありながら、ミュエネに違いを感じたのはそれだったのだ。


「あの日までは――」


 打って変わって、ミュエネの表情はとても険しいものとなる。


「何があったんだ?」


 その尋常なる怒りを感じて、ギヨウは問いかける。


「突然、エルエ国が私達の村を襲ったの。その時、皆死んでしまった!私達に良くしてくれた村の人達も!ばあやも!母も!」


 ミュエネは怒りに身を任せて、同時に悲しみに涙を流しながら叫んだ。


「皆が私を逃がしてくれた。エルエ国の狙いは私だったから……」

「え?なんでだよ」

「私が王の血を引いてるからよ。ふふっ……笑っちゃうでしょ。私は王位になんて興味なかったのに……。ただ、母とばあやと一緒に、静かに暮らしたかっただけなのに……」


 ミュエネは、ギヨウに背を向けた。

 泣きじゃくって、崩れた顔を見られたくなかったから。


「生き残ったのは私だけだったわ……族長が私を保護してくれた。そして、少ししてあなたに会った」

「そうか……」


 ギヨウには、後ろを向いたミュエネにかける言葉が見当たらなかった。


「だから私はエルエ国へ復讐する。誰が命令したかなんてわからないけど、戦い続けてエルエ国を滅ぼせば、そんな事関係ないでしょう?」


 ミュエネは振り向いた。

 その顔は、泣きはらしてこそいたが、普段通りのミュエネの顔だった。


「なんで俺にそんな大事な話をしてくれたんだ?」

「別に……誰かに話を聞いて欲しかったのかもね。聞いてもらってすっきりしたわ。ありがとう」


 話はこれで終わりのようで、ミュエネはそれだけ言うと、再び後ろの方を向いてしまった。


「あのよ!」


 その背中に、ギヨウは声をかける。


「俺もさ、まだ二回一緒に戦場に出ただけだけど……そのさ、お前の事!大事な仲間だと思ってるから!だから、一緒にエルエ国の奴等をぶっ飛ばそうぜ!」


 ギヨウの不器用な言葉に、ミュエネは後ろを向いたまま返事をしなかった。


 しかし、ギヨウには見えないその顔は、とても、とても嬉しそうな顔をしていたのだった。

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