シタダイル丘の戦い⑰
敵の指揮官を倒した後も、ギヨウ達は戦った。
指揮官の敗北と挟撃、この二つの有利な条件があってギヨウ達が負けるはずもなかった。
ギヨウ達は丘での戦いに勝利したのだ。
「終わったか?」
「ああ」
流石のギヨウとミュエネも疲れを見せ、終わったと判断すると、その場に座り込んでしまう。
「ん?」
そんなギヨウの元へ、騎馬の部隊が近づいてきて、ギヨウの前で止まった。
「そなたが、この部隊の兵隊長か?随分若いな」
その中でも一番偉そうな男が、ギヨウへと話しかけて来た。
彼は、正面の部隊を率いていた、千兵隊長であるベドアムである。
「いや、俺はただの歩兵なんだが」
「そうか。だが、そなたが部隊を率いていたように見えたし、敵の指揮官を討ったのも見ていたぞ。よくやってくれたな」
ベドアムは、礼儀正しく頭を下げる。
そして、ベドアムは馬上から、座り込んだギヨウへと手を伸ばす。
「いや、あんた達が前でしっかり敵を止めていてくれたおかげだよ」
ギヨウは立ち上がってその手を取った。
その時だった。
「敵襲!敵襲だ!」
そんな声が聞こえてきたのは。
「何!」
「まだ生き残りがいたのか?」
ベドアムもギヨウも驚き、声がした方を見た。
「なんだあれは!」
そこを走っていたのは、たった一騎の騎兵である。
ギヨウはその騎兵に異質なものを感じる。
(さっき暴れてた奴か?いや違う!)
ギヨウが感じた通り、その騎兵は軽々と味方をなぎ倒しながら、ギヨウ達の方へと一直線に突っ込んできたのだ。
「ベドアム様を守れ!」
ベドアムの周囲にいた兵が守りに入るが、騎兵はその兵をも吹き飛ばしてしまう。
そしてギヨウも、同じようにベドアムを守るために、騎兵とベドアムの間へと入る。
間に入れば、当然騎兵は攻撃してくる。
騎兵は止まることなく、騎馬の上から巨大な矛をギヨウに向かって振り下ろしたのだ。
「むっ!」
それは、一瞬の交錯であった。
ギヨウは、騎兵の一撃をしっかりと剣で受け止め、それだけではなく、それを弾いたのだ。
(なんだ今のは、とてつもなく重い一撃だったぞ……)
ギヨウがそんな事を感じた時、ギヨウの後ろから悲鳴があがる。
「ぐあっ!」
ギヨウが急いで後ろを向くと、吹き飛ばされたであろうミュエネと、交錯していった敵騎兵。そして首を落とされ、倒れ行く千兵隊長ベドアムだった。
「てめぇ!」
ギヨウはすぐさま敵騎兵へと斬りかかろうとしたが、
「待ちなさい少年!」
驚くほど大きい声で制止され、思わずギヨウは足を止めてしまう。
その声の発生源は、あろうことか敵騎兵であった。
しかも、その敵騎兵はギヨウの方を見ておらず、丘からどこか下の方を見下ろしていた。
(なんで敵の言う事なんて聞いちまったんだ)
ギヨウは、敵の言葉に一瞬でも足を止めた自分を恥じながら、再び敵へと斬りかかろうとする。
「全員!武器を納めなさい!敵も、味方もです!」
だが、再び敵騎兵が叫ぶと、ギヨウは気が付く、来ていた敵はこの騎兵だけではなかったのだ。
交戦こそ始まっていなかったが、敵は目前まで迫っていたのだ。
しかし、一人で駆けて来たこの騎兵の言葉を聞いて、その場の全員が手を止め、戦をやめていた。
それだけの不思議な説得力が、この男の言葉にはあったのだ。
更にその男は続けた。
「あれを見なさい!今、あなた達の総大将は討たれましたよ。戦は終わりです!」
男が丘から下に向かって指を差す。
「ほ、本当だ!」
「そんな……俺達の負けなのか?」
ギヨウも同じように眺めたが、はっきりとは戦場は見えない。
しかし、フェズ軍が敗走しているのは間違いないようであった。
(まだ一日すら経っていないのに)
その事実に気づき、ギヨウは戸惑う。
そして、戦が止まったその場で、その騎兵はギヨウの元へと馬に乗ったままゆっくりと近づいてきた。
「ふふっ、こちらの丘の様子がおかしかったので勝手に来てみましたが、無駄足ではありませんでしたね……」
敵はそんな事を呟きながら、矛を下ろして近づいてくるが、逆にギヨウは剣を手放すことなく、騎兵を警戒するのをやめなかった。
「確かに、総大将がやられたからと言って、戦が終わるわけではありません。ですが、今は大人しく剣を納めたほうがいいですよ」
「敵の言う事を聞くやつがいるのか?」
そう言われても、ギヨウは剣を納めなかった。
「まあいいでしょう。そのまま話を聞いてください。私の一撃を受けられるとは思っても居ませんでしたよ。素晴らしいですよ少年。ふふふっ」
敵は、何故か余裕をもってギヨウを褒め出した。
「何が言いたい?」
「しかも、あなたみたいな少年は、私の好みでしてね。どうですか?私の部下になりませんか?」
その男は、そんな事を言いながら舌なめずりをする。
(好みって……そういうことか?)
「そういう趣味はねぇよ。そもそもあんた誰だよ?」
「それもそうですね。あなたのような少年は知らないでしょうね。私は――」
たった一騎で突っ込んできたその男は、少しもったいぶってから言った。
「エルエ国四傑将の一人。守の将ズェガェです」
その言葉は、ギヨウだけではなく周囲の生き残った味方の元へと届き、強い動揺を誘った。
(只者ではないと思ったけど、こいつが……)
突然の大物の出現に、ギヨウは驚きを隠せなかった。
「ふふっ、とても残念ですが振られてしまいましたからね、早い方がいいでしょう」
ズェガェは、誰にとも言わずに呟くと、再び全員に向けて大きな声で喋り出した。
「フェズ国の兵士よ!今すぐに逃げるならば私の部隊はあなた達を追いません!」
その言葉に、丘の上の生き残りのフェズ軍に、更に強い動揺が走る。
「なっ……!どういうつもりだ!」
ギヨウも驚き、ズェガェへと問いかける。
「いえね。別に情けをかけているわけではありません。争いに来たのはそうなのですが、戦争は終わってしまったようですし、思ったよりも生き残りが多い。私が勝手に駆け出してきてしまったので、こちらの味方はすくないのです」
「だから俺達を逃がすってのか?」
「それに私は今あなたに振られて傷心中ですしね」
ズェガェは冗談のようなことを言う。
それが本気なのか、ギヨウには判断がつかなかった。
「さあさあ!フェズ国の皆さん!私の気が変わらないうちに逃げたほうがいいですよ!下の味方も、もう撤退しだしていますよ!」
ズェガェは迷うフェズ軍に、駄目押しの言葉を浴びせた。
事実、丘の下ではフェズ軍は既に撤退をし始めているのが見て取れる。
そうなれば、丘の上に残ったフェズ軍の取る行動は一つだけであった。
言われた通りに、敗走をしだしたのである。
「そういえば忘れていましたが少年。名前を教えてもらえませんか?」
ギヨウからすれば教える理由はない。
だが、ズェガェは既に名乗っているのだ。
「ギヨウだ」
「ふむ、ギヨウですか。またいつか会えましたら、その時にもう一度私のものになるか聞きましょう。と言っても、この戦場を生き残れたらですが」
「ふん!」
ギヨウは鼻を鳴らして返事をする。
「ギヨウ!早く行かないと逃げ遅れるわ!」
そしてミュエネに連れられて、戦場を後にしたのだ。




