シタダイル丘の戦い⑫
カンカンカン、という大きい鐘の音で、ギヨウ達は目を覚まさせられた。
「なんだ?」
(これも訓練か?)
まだ早朝であり、多くの兵達は寝ていた。
ギヨウ達の天幕の中にいる兵達も、その例にもれず、ダラダラと起き上がりだした。
「敵襲!敵襲だ!持ち場につけ!」
だが、その言葉を聞くと、ギヨウとミュエネは一気に覚醒し、飛び起きて外へと出たのだ。
しかし、外に出たギヨウが目にしたのは、敵兵ではなく砂塵である。
敵はまだ遠く、ただ騎馬が走ることによって巻き上がる、荒野の砂塵のみがギヨウの目に映ったのである。
それでも、その砂塵は広く、ギヨウの見る先全ての荒野を埋め尽くしているのであった。
(まだよく見えないけど……あれが全部騎馬兵なのか?)
ゼルバは、エルエ国は10万の兵で攻めてくると言っていた。その漠然とした数値を、ギヨウは理解できていなかったのだ。
そして今、ギヨウの目の前で、その10万の兵が迫ってきているのである。
その規模に、ギヨウは圧倒されてしまう。
だが、すぐに気を取り直して、天幕の中へと入ると大声を出した。
「敵が来てるぞ!」
「く、訓練じゃないのかよ……」
誰かがそう言った。確かに前日にそういう説明があったから、そう思うのも無理はない。
「いや、まじで敵が来てるんだ!まだ遠いけどよ!」
そもそも、騒いでいるのはギヨウだけではない。
他の兵達も騒いでいるのだ。
「それは本当か?」
奥から、百兵隊長のジェスルリイドが姿を現す。
「出ればわかるだろ!持ち場につけってよ!」
ジェスは、少し考えたようだが、入り口付近まで歩くと、中へと向かって叫んだ。
「全員、僕に着いて来い!」
(なんだ。様になってるじゃないか)
その姿に、ギヨウはジェスの事を少し見直す。
しかし、よく見ると、その手は震え、足取りはおぼつかなかった。
それでも、しっかりと部隊を率いようとしているのは、偉いと見るべきか、情けないと見るべきか。
「お、おいギヨウ!本当に敵が来てるのか!?」
そして、ここにも情けない兵がいた。シンザとダククガである。
「ああ、騎馬の大軍がな。はやく布陣しないとやばいぞ」
だからこそ、フェズ軍は焦り、急いで味方を叩き起こしているのだ。
「あ、ああ。ダククガ、行けるか」
「う、うん……」
兄弟は完全に気後れしていた。
普通なのだろう。ダククガなどは、死体を見て腰を抜かすほどである。
「早く行くぞ」
ギヨウは、後ろから兄弟の背を押して無理矢理歩かせる。ここまで来たのなら、布陣しようがここに残ろうが変わらないのだから。
「お、押すなって」
外へと出ると、シタダイルの丘へと味方が集まって行っている。
もうすでに、ジェスは見える所にはいなかった。
「やっと出て来た」
そんな中でミュエネだけが、ギヨウ達を待っていた。
「こっちよ」
ミュエネに導かれ、ギヨウ達は戦場へと向かうのだった。
♦
シタダイルの丘。
それは、まるで街を守るようにシタダイルの正面にいくつもある丘のことである。
ギヨウ達の部隊は、その丘のふもとの部分に布陣していた。
そして、さらに言えば一番前での布陣となる。
「間に合ったな」
ギヨウは、迫りくる敵軍を眺めながらそう呟く。
布陣には時間がかかった。しかし、それでも敵軍の侵攻よりも早く布陣は完了したのだ。
「ジェス隊長。これからどうすればいいんだ?待つだけか?」
ギヨウは、自分達の後ろでつっ立っているジェスに聞く。明らかにジェスは顔色が悪かった。
「そ、それは、僕にはわからない。五百兵隊長に聞かないと……」
更にジェスは昨日の傲慢な感じと違い、どうにも自信なさげな返答をする。
明らかに、先頭に立たされてビビッていた。
(それはジェスだけじゃないか……)
ギヨウ達の付近にいる部隊は、比較的あとに集められた部隊ばかりである。
早めに作られた部隊は農兵であっても、訓練をいくらかしていたのだ。
ギヨウ達の部隊なんかは、訓練すらしていないのに加え、人数だって足りてないのだ。
そのほとんどが不安で怯えるのは、仕方のない事だろう。
さらに言うなら、それを奮い立たせるためのジェス本人がこの有様である。
(どうしたもんかな……)
少なくとも、ギヨウの部隊でまともな状態なのはギヨウとミュエネくらいである。
ギヨウが困り、悩んでいると、その耳に突然、大きな歓声が聞こえて来る。
「ん?なんだ?」
ギヨウが不思議に思いそちらを見ると、味方が歓声を上げているのだ。
そして、しばらくすると、その原因がギヨウ達の前へとやってくる。
それは、一人の男だった。立派な衣装に身を包んだその男は、馬に乗り、供を連れて、味方の前へと立ちふさがる。
布陣をし、整列している兵達は、その男へと全員が目を向けることとなる。
「皆の者聞け!私はこの戦の指揮官バイダンである!敵が迫り、不安になるのはわかる!だが、この地を守るために、私に力を貸してくれ!地の利は我々にある!ここで、敵を迎い撃つのだ!」
その言葉を聞いて、兵達が歓声を上げる。
「うおおおおお!」
ギヨウもそれにつられて、歓声を上げた。
(すげえな。どれだけの兵がいるのかわからないけど、しっかりと状況がわかっているんだな)
ギヨウは感心する。
敵が迫る中、バイダン将軍は危険を冒してでも味方を鼓舞して回っているのだ。
そして、それが絶対に必要だという事を理解していたのだ。
その効果は抜群であり、ギヨウの隣で震えていたシンザやダククガも、周りの空気に感化されて叫んでおり、その震えは止まっている。
隊長のジェスなどは、感動で涙を流しているくらいである。
バイダン将軍は、ある程度その場で味方の歓声を受け止めると、再び供と別の場所へと走っていった。
しかし、バイダン将軍がいなくなっても、味方の熱は冷めず、いつ敵が襲い掛かっても良いような状態へとなる。
だが、敵の騎馬隊は、交戦にならない程度の距離まで迫ると、急にその動きを止めたのだった。




