シタダイル丘の戦い⑩
百兵隊の待機所である天幕の中で、ギヨウ達へと話しかけてきたのは二人の男だった。
「なんだ?何か用か?」
ギヨウは警戒しながら男達を見る。
片方はシンザに負けず劣らずの大男、片方はダククガと同じくらいの歳の気の弱そうな少年であった。
はっきりと言えば、アンバランスな組み合わせである。
ギヨウに睨まれて、二人は少し気圧された様子であった。
「ちょっと外で話さねえか?」
しかし、大男の方はそう言った。
(かわいがりってやつだな)
この意味が分からないほど、ギヨウは馬鹿ではない。
「ああ、行こうか」
だから、一人で男達を連れて外に出ようとする。
「いや、場所を取ったところ悪いんだが、全員でいいか?」
だが、二人の男は全員を所望のようである。
(まあいいか)
たったの二人、いや外にはもっといるのかもしれない。
それでも、全員ギヨウがぶっ飛ばせばいい。そうギヨウは考えた。
「行こうぜ」
「あ、ああ」
ミュエネは黙って、シンザ達はビビりながらもギヨウと二人の男へと着いて行く。
六人でぞろぞろと歩いて行き、天幕を出て、少しだけ離れた平地で、二人の男は足を止めた。
「まずは俺の名前だけど、エイータ・シタダイル・ダンレンって言うんだ。よろしく」
そう言って、大男の方が手を差し出してくる。
その友好的な態度に、ギヨウは困惑する。
(かわいがりじゃないのか?)
困惑するギヨウを横に、シンザが前に出て、その手を取った。
「ああ、よろしく。俺は――」
「ああ、いや、さっきの隊長のやり取りを聞いてたから大丈夫だ。シンザだろ?」
「そうだな」
大男は手を離すと、若い方の小さい少年が少しだけ前に出た。
「あの……僕はナエン・シタダイル・イイルダです」
そして、同じように自己紹介をしてくる。
しかし、こちらは手を差し出したりはしなかった。
「で、何の用だ?」
自分の考えが外され、少し不機嫌そうにギヨウは問い直した。
「ああ、いや、お前達、戦に出るのは初めてなんだろ?同じ部隊なんだし、親交を深めようと思ってな」
(紛らわしいわ!)
心の中でギヨウはツッコんだ。
周囲は平地であるし、隠れている仲間もいそうにない。それに、かわいがりで自己紹介をする意味だってないのだ。
つまり、どうにも本当に、敵意があって話しかけてきたわけではなさそうである。
「なんで俺達だけ?」
しかし、そうなるとまた話は別である。
他の者とも親交を深めたのであれば、二人だけで話しかけてくるのは不自然である。
「いや、なあ……」
ダンレンがイイルダの方を見る。
「話しかけづらそうな人ばっかりで……知らない人しかいないし」
(まあ、確かに話しかけづらそうなやつばっかだったな)
そもそもが、余りものを集めていると言われているのである。そうなるのも仕方ないかもしれない。
「ていうか、あんたらはシタダイルの人間だろ?なんでこの余りもの部隊にいるんだよ?」
ギヨウ達は遠くから来たのだから遅れるのは仕方がない。だが、シタダイルはすぐそこである。
「シタダイルだって大変なんだ。戦地だからな。俺もイイルダも、荷物をまとめて親を親戚の家に避難させてて遅れちまったんだ」
全く変な事ではない。
「そうか。悪かったな」
少し考えが足りなかった事を、ギヨウは素直に謝る。
「知り合いがいないって言ったけど、隊長さんもシタダイルの人間みたいだけど、知り合いじゃないの?」
バツが悪そうにしているギヨウに代わって、ミュエネが質問をする。
「いや、知ってるぞ」
「って言っても、知り合いではないのですけど」
「どういうこと?」
「あいつは親が商家で金持ちなんだよ。街では放蕩息子として有名だったんだ」
つまり、有名だから一方的に知っているだけということだ。
「金に物を言わせて百兵隊長になったみたい……」
(つまり、やっぱり実力は期待できないってことだな)
「そんなに金があるなら逃げ出しゃいいのに」
シンザが言う。
この兄妹は、家を楽にするために戦地に来ている。金のためだ。
「本人がなりたがったみたいだぞ。百兵隊長様にさ」
(結局は放蕩息子だからってわけだ)
そして、この話をするために天幕から少し離れたところに来たのだと、ギヨウは今更気が付いた。
「他にもなんでも聞いてくれ。戦には慣れてるから、それなりに詳しいんだ」
ダンレンが自分の胸を叩く。
だが、その言葉はおかしい。
「どういうことだ?あんた、正規の兵なのか?」
「いや、違うぞ」
「じゃあ、なんで戦に慣れてるんだ?二十年の間、戦はなかったって言ってたぞ」
正規の兵なら、訓練や、野盗狩りなども行っていたかもしれない。
だが、話を聞く限りは、ダンレンたちはそんな感じではなかった。
「そうだな――この戦に、シタダイルの人間は四分の一くらい参加しているだろう。では残りはどこの人間だと思う?」
突然、ダンレンがよくわからない話をしだした。
「フェズ国内から集められた人じゃないの?」
それにミュエネが答える。
「いや、それは半分だ。残りの四分の一は、オグラヌズの人間だ」
「それは、どこの事だ?」
「向こうだよ」
ダンレンは指を差してくれたが、ギヨウにはよくわからない。
「向こうにも街があるって事か?」
「いや、向こうはエルエ国だよ。ここより先にフェズ国の街はないんだ」
イイルダが、ダンレンと変わって言う。
だが、そう言われても、ギヨウにはやはりよくわからないのだった。
「それって……」
しかし、ミュエネもシンザ達も、すぐに意味を理解する。
「ああ、そうだ。表向きは戦は終わっていても、国境付近では争いは絶えなかったんだ」
(あ……)
そこまで言われて、ギヨウもやっと気が付く。
「滅ぼされたってことか?エルエ国に……」
「そう。しかも20年前じゃない。5年前にね」
「奴等、なにかと理由をつけて小競り合いを始めやがって、ついに5年前にオグラヌズの街を滅ぼしやがったんだ」
「い、いいのかよ?」
争いは、メオ国と言う朝廷のような国によって止められていたはずである。
「もちろんよくない。だからエルエ国も相応の罰はくらっている。だが、滅んだ国は戻って来ないんだ」
「僕も、生まれたのはシタダイルだけど、オグラヌズに住んでいたんだ。当然、その時にもいた。まだ子供だったけど、今でも夢に見るよ……」
離れていても、隣り合った街であり、親戚などがいる人間も多かったのだ。
戦火の炎に巻き込まれたオグラヌズで生き残った人間の多くは、シタダイルへと逃れていたわけである。
「つまり、雪辱を果たす機会が来たわけだ」
「ああ、それに大切な故郷を再び奪われないためにもな……」
報復ではなく、ただ守るためだけに戦う者も多いのだろう。故郷を守るのは当たり前の事である。
「向こうの方には、オグラヌズの生き残りを集めた千兵隊もいるよ」
「千兵隊ってなんだ?」
名前を聞けばだいたいわかるが、一応ギヨウは聞いて置く。
「ああ、百兵隊を五つに纏めたのが五百兵隊。それを更に纏めたのが千兵隊だ」
「って事は万兵隊なんかもいるのか?」
「ははっ!面白い奴だな。いないよ。それはもう将軍だ。全ての兵を纏める将軍さ」
将軍。それはギヨウの目指すところである。
そして今、ギヨウは改めて将軍の凄さを認識した。
「ここにも、これだけの兵を纏め上げる将軍がいるんだよな?」
「ああ、今回の指揮を取られる将軍は、バイダン将軍だ。ここいら一帯の領主様さ」
「当然、オグラヌズの戦いにも行こうとしていた。でも、間に合わなかったんだ。バイダン将軍が間に合っていれば、必ず勝てていたのに……」
「そんなに凄いのか?バイダン将軍ってのは」
「そりゃあね。もうお歳だけど、だからこそ20年前の戦争で勝ち抜いてきた将軍って事だよ。今回はもう来ているから、必ず勝てるはずだよ」
「それに、防衛戦だしな」
「防衛戦だとそんなに違うのか?」
「そりゃあもう。そこに天幕があるだろ?こっちは待つだけだからそういうのも用意できるけど、相手は何もない場所で野営しながら進んできているだろう。他にも、前に出なくていいから、盾や弓なんかも使いやすい」
「それに、シタダイルには丘がある」
「丘?」
「すぐそこにあるだろう」
ダンレンが指を差す。
その先には、確かに二つの丘があった。
「高所から弓や石を打ちおろすのは、とても有利だからな」
「確かにそうだな」
(でも、ゼルバは負けると言っていた)
ギヨウは、決して口には出さないが、それを考える。
こういった、戦に有利な状況を、ゼルバは全て計算に入れたうえで負けると言ったはずである。
(今考えても仕方がないか)
「とりあえず話はこれくらいにしておくか。そろそろ飯も配られる時間だ」
「何!飯もくれるのか?」
ギヨウは先程の考えなど忘れて喜んだ。
「それはそうだ。ただし、少ないしマズいけどな」
大量の兵を養う以上は、妥協も仕方がないのだろう。
「それでもありがてえよ」
ダククガも嬉しそうにそう言った。
「じゃあ戻るか」
「ああ」
ダンレンは親交を深めるためと言ったが、実際にそれは上手く行き、六人はすっかり打ち解けて、話しながら天幕へと戻って行ったのだった。




