新天地②
「なに?どういうことだよ?」
厳密には、ギヨウが目指すのは天下無双である。
将軍になることは、その方法としてゼルバに提案されたことであり、そこにこだわりはない。
しかし、なれないとはっきりと言われたら、ギヨウにだって気にはなる。
「理由は三つある」
(三つもか……)
思ったよりも障害は多いようである。
「で、それはなんなんだ?」
ギヨウは回りくどい話は嫌いである。さっさと本題に入るように急かす。
「一つ目は貴様が平民ですらないという事だ。今いる将軍や城主の全ては貴族の出だ」
生まれで身分が決まる。
古い時代では、そういう考えが根強いのはギヨウにだってわかっている。
だが、そんなのは、
(どうしようもないじゃないか)
としか言いようがないのだ。
「二つ目はこの国の王だ。はっきりと言えば、フェズ国の王は愚王だ。あの愚王が貴様みたいな奴を将軍にするとは思えん」
「自分とこの王をそんな風に言っていいのか?」
「バレたら打ち首だな。だが、この城にいる者――いや、この国に住む者は全員口に出さずとも思っている事だ」
酷い言われようである。
(言われるだけの人間という事だろうな……)
その話で不思議な事は、ならばなぜこの国の者はその王に従っているのかという事になる。
だが、今は口を挟むべきではないと考え、素直に話を聞く事にする。
「三つめは今が戦乱の世ではないということだ。戦がなければ功も立てれないぞ」
「なに!?」
前の二つと違い、三つ目の理由はギヨウには容認出来ない内容であった。
「ああ、国同士の小競り合いはあるが、大きな戦はもう20年以上起きていないぞ」
「じゃあ、じゃあ!」
(俺の天下無双の夢はどうするんだよ)
だが、これはシルルに言っても仕方のない事である。
何かを続けて言おうとしていたシルルであったが、ギヨウの落ち込んだ様子を見て思い直したのかしばらく黙る。
「でも、ゼルバにだって、それはわかっていたんだよな?」
「もちろんだ。だが、ゼルバ様は人を騙すような御方ではないぞ」
(何か考えがあるってことか?)
それとも、本当にその場でなんとなく言っただけかである。
「よくわかんねーな」
ギヨウは不貞腐れてベッドに横たわる。
ギヨウのその様子を見て、シルルはもう話を終わりにすることにした。
「私が言いたかったのはそれだけだ。この部屋は自由に使っていいぞ。客間だからな。私が案内したと言っておこう」
そう言って、シルルはさっさと出て行ってしまった。
取り残されたギヨウだが、なによりも疲れていた。
(まあ、明日直接聞けばいいか)
だから、そう結論付けて、いつしか眠りについたのであった。
♦
その頃、ダヌラという土地に一つの報告がついた。
その報告を受けたのは、セミラ・ダヌラ・ビルガンという、フェズ国の将軍の一人である。
「ビルガン様。報告です。ベギニがゼルバの殺害に失敗したようです」
「やはりか。所詮は罪人。始めから期待などしていなかったがな」
部屋の中には、報告者とビルガンしかおらず、ビルガンは悠々と杯に注がれた酒を飲んでいた。
「関わった者はいつも通り、私以外全員口封じをしました」
それはもちろん、金で黙らせたというわけではない。物理的に話せない様にしたということである。
当然、ベギニが逃げ出した時に番をしていた、牢屋の見張りもである。
「ならば、お前を殺せば終わりというわけだな」
ビルガンは、楽しそうに口をゆがませながら、しかし、目は笑わずに言い放った。
「お戯れを。ですが、ご命令とあらば」
報告者は、懐から短剣を抜き放ち、迷うことなく自分の首へと当てる。
「ふっ、冗談だ。お前ほど有能な人間を手放すのは惜しいわ」
ビルガンは、酒を一口飲むと、更に話を続けた。
「最も、有能でも、あのゼルバのように私の邪魔になるのであれば、消すしかないのだがな」
ビルガンは楽しく笑い出したが、報告者は黙ってその様子を見ているだけであった。
「下がっていいぞ」
そう言われて、報告者は闇へと消えていく。
「さて、次はあの小童にどんな嫌がらせをしてやろうか……」
それを考えるだけで、ビルガンはとても楽しい気分になるのだった。
♦
翌日になると、ギヨウは目を覚ます。
(いつもより眠れた気はするな)
もちろん、ギヨウは寝所が変わった程度で眠れなくなるほど繊細ではない。
それに、ここにたどり着くまでの村でも、きちんとした寝所を貸し出されていた。
それでも、目的地に辿り着いた安心感のようなものがあったのかもしれない。
さらに言うなら、城の客間のベッドは立派なものでもあった。
「おい、起きているか?」
ギヨウがちょうど起きた頃に、シルルが部屋の扉を叩きもせずに開ける。
「ああ」
ベッドから立ち上がり、ギヨウはシルルに返事をする。
「なんだ起きていたのか、なら準備したら出てくるといい」
そう言うと、シルルはさっさと部屋から出て行ってしまう。
いったい何のために部屋の扉を開けたのかわからない。
だが、ギヨウはそんなことは気にせずに、準備をし始めた。
(あ……そういや、剣返してないな)
その時に、ふと思い出す。
道中でも、ゼルバはとりあえず持っておけと言って、受け取らなかったのだ。
(まあ、今から行って返せばいいか)
そんなことを考えながら、準備を終えると、ギヨウは部屋を出る。
「遅いぞ。全く、なんで私がお前の事を呼びに来なければいけないんだ」
(文句を言いながらも、わざわざ来ている辺り生真面目と言うかなんというか……)
どうにもシルルはギヨウに攻撃的だが、最初に比べたらマシだとも思う。
「どこに行くんだ?」
「ゼルバ様がお呼びだ」
愚問だっただろう。シルルが大人しく呼びに来たのは、ゼルバの命だからである。
それ以降、大した会話もせずに、二人は歩いて行く。
そして、しばらく歩き続けて、一つの部屋の前へと着く。
扉の前には、衛兵がいるが、それ以外は別になんてことのない扉だ。
昨日の城主の間のように大きいという感じでもない。
「失礼します」
シルルは衛兵に会釈をすると、ノックもせずに部屋の扉を開けた。
(まさか癖じゃないよな?)
ギヨウはシルルを少し疑わしい目で見る。
勝手に扉を開けるのが、癖の可能性もあるのかと考えたからである。
「来ましたか」
部屋は、外から窺える通り、それほど大きい部屋ではない。
その部屋の中で、数人の人間が書簡にまみれていた。
ゼルバもその一人である。
「なあ、俺が将軍になれないって本当かよ?」
ギヨウが部屋に入るなりそう言うと、ゼルバは驚いたような顔をする。
そして、ゼルバは頭を押さえるシルルの方を見て、全てを察した。
「なるほど、しかし、今は見ての通り忙しいのです。いなかった間の仕事が溜まってしまいましてね……その話はまた今度でいいですか?いつでも城に来てください」
ギヨウにとって大事な話ではあるのだが、そう言われたらギヨウにだって何も言えない。
「あ、ああ……」
「あなたを呼んだのは、他でもありません。改めて感謝をするためです」
ゼルバは、筆を置いて立ち上がり、わざわざギヨウの前まで来る。
「助けていただきありがとうございます」
そして頭を下げた。
「そんなゼルバ様!そこまでせずとも!」
シルルが言い、ギヨウも戸惑う。
「いえ、本当に助かったのですから、これくらいは当たり前です」
ゼルバのこういうところが、領民に慕われているところなのだろうと、ギヨウは感じる。
「そして、褒章なのですが、もうベルベンが見つけてくれてます。ここに書かれた場所が、今からあなたの土地です」
そう言って、ギヨウは書簡をギヨウに手渡してきた。
「お、おお。ありがとう」
ギヨウはそれを手にすると、広げて中を見てみる。
「……」
文字は読めるが、場所はどこか全然わからない。
「シルル。そこに案内してあげなさい」
それをわかっているのであろう。ゼルバが補足する。
「えっ!私ですか!」
心底驚いたように、シルルが大声を上げた。
「ええ、お願いしますよ。馬は森の民からもらったものをあなたに差し上げます。必要な物資や金は馬に積んでおくように言っておきました。それに剣も褒章として差し上げます。あなたは並の剣では折ってしまいそうですからね。それではシルル。頼みましたよ」
そう言って、ゼルバは再び椅子に座って職務を再開してしまう。
シルルは何かを言いたげだったが、忙しそうなゼルバを見て、諦めたようにギヨウに声をかけた。
「貸せ、行くぞ」
書簡をひったくると、シルルはどんどんと歩いて行ってしまう。
ギヨウは、そのシルルを急いで追いかけたのだ。
そして、厩へと着くと、シルルが馬を出してくる。三日間乗り続けた馬だ。
「一人で乗れるな?」
乗れるか乗れないかで言ったら乗れない。
(だけど後ろに乗せてくれとは言えないな)
そんな情けない事は、ギヨウは口に出せないし、既にシルルは自分の馬へと乗り込んでいた。
「結構かかるぞ。いいか?」
「ああ」
少し走り出すと、思った以上に、ギヨウは馬を乗りこなすことが出来た。
それは良かったと思う。
だが、その結構というのが、思ったより長い事はギヨウからすると予想外ではあったのだった。




