森の脱出戦⑪
ベギニは焦っていなかった。
勝てそうになかったら、最初から逃げるつもりだったからである。
その逃げる先が森の中というのも、ベギニの想定内である。
ベギニも盗賊を長い事やっているのだから、森に逃げ込むことはよくあった。逃げ切れる自信があったのだ。
自信があったからこそ、それが愚策だとは考えもしなかった。
「くそっ!ふざけやがって!」
ベギニは焦ってはいないが、計画が狂ったため一人で悪態をつく。
「ゼルバの野郎、どうやって外の奴等を仲間に引き入れたんだよ!」
簡単な仕事のはずだった。
負けるとは思っていなかった。
「まあいいか。牢からは出られたんだ。このまま逃げてやるぜ。へへ……」
だが、ベギニはすぐに気を取り直す。
「もうゼルバには関わらねえ。いや、この国にだって関わらねえ別の国でまた街を襲って、略奪して、女を犯してやるぜ。ヒヒ……」
その時、矢が飛んできて、ベギニの乗る馬へと命中する。
「ヒヒーン!」
「うお!」
馬は大きな鳴き声をあげながら、バランスを崩してこけてしまう。
そして、当然、その上に乗っていたベギニも、勢いよく落馬し、地面を無様に転がってしまう。
その矢を射ったのは、ミュエネであり、木々の障害をものともせずに馬に命中させた。
もちろん、馬に当てたのはわざとである。
ミュエネは、地面へと転がったベギニのすぐ近くに馬を止め、馬の上からベギニを見下ろす。
「くそっ!どうやって追いかけてきやがった!」
「随分と下種な独り言が聞こえて来たからな」
別に、ミュエネは音で辿らずとも、馬が走った後の痕跡などから追う事は出来る。
ただ、森にの民は、耳が良いため、聞こえてしまっただけである。
そのため、ミュエネは機嫌が悪かった。
だから、ミュエネは有無を言わさず、馬上で剣を振り上げる。
「うっ!」
ベギニは、剣を引き抜こうとするが――間に合わない。
「待て!俺にやらせてくれ!」
だが、ミュエネの剣を止める声が響く。この場には三人しかおらず、ミュエネを止めたのは当然ギヨウであった。
ミュエネと同時に、ベギニも動きを止める。
ベギニも動きを止めたのは、剣を引き抜けば、即斬られるのは目に見えているからである。
「好きにしなさい」
ミュエネはそう言うと、馬を少し走らせてベギニから離れた。
そして、ギヨウは馬から降りると剣を構える。
「なんだかわからねーが、馬鹿な奴もいたもんだ!」
ベギニも同じように体制を立て直すと、剣を抜いて構えた。
「そこそこ強いわよ」
私には敵わないけど。そう言いたげに、ミュエネはギヨウに忠告してくれる。
(もちろんわかっている)
人数的に有利だったとはいえ、あの強そうな森の民を何人か屠っている盗賊団の長である。
「ああ」
だからこそ、ギヨウは戦いたかったのだ。この強者を倒せないようでは、この世界に来た意味などないのだから。
「お前を殺して、その女も殺して、逃げ延びてやるよ!」
ベギニは、無駄口を叩きながらも、油断せずに少しずつギヨウとの距離を詰めてくる。
そして、その顔に笑みを作った。悪い事を思いついた笑みである。
「いや、随分な上玉だからな。お前を殺した後、楽しませてもらった後に、殺してやるよぅ!」
とても楽しそうに、ベギニは言い放つ。
(くだらない。安い挑発だ)
それを、ミュエネは冷静に聞き流した。口に出さなかったのは、このくだらない挑発を、ギヨウがどう受け止めるか見ようと思たからに他ならない。
対してギヨウは、その安い挑発に乗ってしまう。
剣を振り上げながら、一気に距離を詰める。
「うおおおお!」
(馬鹿が、俺の勝――)
ベギニは勝利を確信したのだが、予想以上にギヨウの動きは速かった。
「くそっ!」
だから、仕方なく、ギヨウの剣を受け止める事となってしまう。
それが間違いであった。
「おらぁ!」
「え?」
鋭い金属音と共に、ベギニの剣が、ギヨウの剣によって割られてしまったのだ。
そのまま、ギヨウの剣は、ベギニの体を切り裂き、ベギニを絶命させた。
「とんでもない馬鹿力ね」
その様子を見ていたミュエネは、そんな感想を漏らす。
「鍛えていたからな」
そう言われて、ミュエネは改めてギヨウの体を見る。
(確かに、体は立派ね)
「というか、その……なんであんな安い挑発に乗ったのかしら?」
そもそも、ミュエネとギヨウは会ったばかりであるし、仲が良いわけでもない。
それなのに、あんな挑発に乗るのは、ミュエネからすればなんだか少し恥ずかしいくらいであった。
「挑発?ああ、こいつなんか言ってたな」
ただ、ギヨウは集中しており、相手の話など聞いていなかっただけである。
だからこそ、渾身の一撃を放てたとも言えるのかもしれない。
「はぁ……そうなのね」
そんなギヨウの態度に、ミュエネはため息をつくしかなかった。




