part39 sanction3
采は投げられた。今まで好意的な視線を送っていた男たちの目付きは変わり、獲物を見るような目でこちらを睨み付ける。
「坊主、シュタット家に逆らって簡単に生きて帰れると思うなよ」
「おらおら悠長に眺めている暇があったら戦ったらどうだ? 」
シュタット家の支援を受けているシルバーオックスのギルドのメンバーたちが次々に襲いかかってくる。彼らは細身の剣で俺の急所を狙い、それを魔術で持ちこたえているという構図だ。
彼らは呪われているわけでもないから聖なる魔術で倒すということもできない。人間相手は厄介だ。
自分だって悠長に構えている訳ではなくただ単に戦える隙がないだけなのだから。
「界、君がただうなずくだけですべて丸く収まるんだ」
シュタット家の当主は愉快そうに笑う。まるで俺が苦しむのを見越していたように。
「俺が逆らうとは思わなかったのですか」
「ああ思わないさ。せいぜいかわいい子猫が爪を立てているくらいのものだ」
荒くれものが集まる酒場のなかで爆裂魔法を使うわけにもいかずうまい策が思い浮かばない。こういう状態のことをピンチというのだろうか。
「考え事をしている暇があったら反撃したらどうだ」
「ビビって腰が抜けたのか? 」
男たちは苛立たしげに舌打ちをする。この人数だ。取り囲まれるだけでもかなりの重圧がかかる。
「だったら俺も……」
攻撃魔法は使えない。得意の聖なる魔術も今は役に立たない。
それならば。
「天にまします光の神よ……我に灯火を」
そうするや否や酒場のなかに強烈な閃光が走る。
「くそっ。目がっ」
男たちは目をおおって地面に伏せる。中級以下の比較的弱い連中は俺の魔術に引っ掛かったようだ。
「光魔法で目を潰したか。やはりアリサ姫の騎士である紗々さまの兄君だ」
「誉められてもなにも出ませんよ」
当主は俺の動きを予測していたのかゆったりと構えて男たちに指示を飛ばす。
「ここまできたら遠慮はいらない。生け捕りにすればあとはどうだっていい」
どうやらこれが本音だったようだ。
俺の協力などなくとも紗々の兄という人質がほしいというだけの話だ。俺の意思など介在しない。
最初から国王と繋がりのある人間を裏切らせたいというだけのことだ。
それを錦の御旗に彼はこの国を乗っ取ろうとしているのだ。
「このくそがき。俺たちの仲間を潰しやがって」
「これからは手加減抜きにしてやるぜ」
今までとは違う本気を見せた冒険者たちは容赦がなかった。彼らは示し合わせたように次々と刃を振りかざしていく。多勢に無勢とはこのことで。
「そろそろ決心ができたところか」
「諦めがついたころとは言わないんですね」
わざと憎まれ口を叩くと男たちはおかしそうに笑った。
「俺たちもその鼻っ柱の強さは嫌いじゃない」
「そうだ。相手をするのもこうじゃないとな」
さすがにギルドの上位層は敵いそうにない。それを悟ったところで現状が変わるわけではない。
それならば諦めてしまったほうが早いのではないか。
だけど。
俺は妹の紗々やアリサ姫の顔に泥を塗るわけにはいかない。
「本当にあなたたちがほしいのは国王を潰すための口実でしょう」
だからあえて挑発をする。
これでは妹の紗々のことを言えた身分ではない。いつもは彼女の前で大人ぶっているが自分はまだ子供で未熟なのだと思い知らされる。
こういうときどうしたらいいかなんて知らない。知っていても自分で決められるほど冷静ではないしまともな行動に出られるとは思わない。
紗々が今の自分を見たらどう思うのだろう。怒るのだろうか。悲しむのだろうか。
まだ子供だから平気だよと笑うのだろうか。
「言っておきますけど俺はただの家庭教師で、妹とは比べ物にならないくらい弱い。だから戦わずに済めばそれでいいと思っている」
「なんだ。それで私が交渉に応じるとでも思っているのか」
当主は鼻白んだ様子で俺を見下ろす。挑発されているのは分かりきっているのだろう。それでぼろを出すほどバカではないとでも言いたげだ。
「弱い人間には弱い人間なりの戦いかたがあるんですよ」
俺は静かにそう告げる。男たちはそれを笑うわけでもなくただ不可解な目でこちらを見つめている。
「面白い考え方をするんだな。私も鬼ではない。君の言い分も聞かせてもらおうか」
このまま逃げると踏んでいるのか男たちは俺を取り囲む。
「俺は国王の弱味を知っています。そしてそれが致命的なものだと人としての信頼を踏みにじるものだと」
国王にはよくしてもらった。親を亡くし途方にくれていた兄妹を助けてくれたのは間違いなく彼だ。
だからこれは国王を裏切る行為なのだ。
「ほう。それでそれを白状するから見逃してくれとでも言うのか」
「それで逃げられるほどうまくいくとは思っていません」
ここで自分が情報を出すとすれば用済みだろう。だからこそ下手を打つわけにはいかない。
「つまり君は何がしたい」
「それをあなたが聞きますか? 」
次第に男たちは自分達がどうすべきか混乱してきたようだ。
交渉か。取り押さえるか。それとも始末するか。
人は選択肢が増えると混乱する。それは何を得たいか明確になっていないときほどそうだ。
「国王陛下の弱味を知っていようがいまいが私には関係ないと言ったらどうする」
本当に弱味を握っているのか疑っているのだろう。もしこれがハッタリだとしたら彼はとんだ恥をかくことになる。プライドの高い男には避けたいことだ。
彼は今天秤にかけているのだろう。目の前にいる子供を懐柔するかそれともこの場で屈服させるか。
「君は何か勘違いをしているな。今話をしているのは私の方だ」
まるで子供を諭すような口調でそういうが内心は苛立ちを隠せていない。
「ではみすみす情報を見逃すと」
男たちはシュタット家の当主に迷いが生じているのを肌で感じていた。だからこそ自分達が勝手に動くわけにはいかないと悟ったようだ。
「ふん。時間稼ぎはいい。人が思い通りに動くと思うな」
「その言葉そっくりそのまま返しますよ」
おそらく当主は俺が時間稼ぎをしている間に逃げると考えたようだ。
だが実際には。
「おい界のやつ、何勝手に俺を召喚しているんだ? 」
「いてっ……。おにーさん、何の恨みがあって俺を呼んだんだよ? 」
裏切ったアロンソとディランを再び召喚魔法で呼び戻したのだ。
これで人が増えた。混乱は余計に大きくなったようだ。
「ディランがいるだと……どういうことだ? 」
「おい俺の貸した金いつになったら返済するんだ? 」
「ここのツケもいつになったら支払う? 」
突然現れた二人への恨み言が続く。
「子供の不始末は親の不始末ですぜ旦那」
そして悪びれもなく帰ろうとする二人の首根っこをつかんで男たちはシュタット家の当主へ差し向ける。
「……私には関係ない。自分の不始末くらい子供じゃないんだからどうにかするだろう」
立場が悪くなる前に、父である責任を追求される前に彼は去った。
「ったく、あの人のああいうところが腑に落ちないんだよな」
男たちは諦めたような顔でそう呟く。
「親父、俺に命令しておいて逃げるなんてかっこわるー」
まあ言うことは聞いたし仕事はしたと言いたげだ。
「でもおにーさんには貸しが一個ついたな。だからさ俺の言うこと聞けるよね」
そして悪い笑みを浮かべて借用書を見せびらかす。
それは俺のアリサ姫への借金だった。
「どうしてそれを? 」
「俺、宮中では人気者なんだよね。だからおにーさんの弱味も知ってたの」
「……」
紗々の祝いに買ったものの代金だった。細々とアリサ姫に返していたが。
「おにーさんの借金、シュタット家で肩代わりしたから」
当分界は俺の使い走りだねと笑う。
「俺の趣味と実益のために働いてくれるよね? 」
首根っこを掴まれているのはディランのほうなのになぜか脅されていた。
確かに弱いものには弱いものなりの戦いかたというものがあるのだと実感した。




