part37 sanction
「お前さんまたもや快挙じゃないか」
冒険者兼記者のアロンソに肩をつかまれ俺は酒臭い息を吹き掛けられた。おっさんというと怒られた経験があるがこの行為はまさしくおっさんのそれだった。
「騎士修道会はアリサ姫の手中に、オットー家も壊滅。疫病神か何かか? 」
「その言い方やめてください」
一応距離は起きたいので敬語を使っておく。間違ってもこの男に敬意なんて払っていない。
「まあ別の言い方をすれば王家の狗ともいえるか」
確かに俺個人の判断で動いたことなのでなんとも言えないが何も知らない人間が見たらそう思うだろう。
「俺はただ紗々が幸せならそれでいい」
「お兄様はさすがだ。美しい自己犠牲だな」
男は鼻で笑う。まるで俺のやっていることは自己満足とばかりに。
「今度の犠牲者はシュタット家か。それともお前さんが逆に喰われるのか。見ものだな」
「それでまた記事書くつもりですか? 」
それは当然だろうとアロンソは大口を開け安い酒をグビグビ飲み干す。この男すでに酔っているのにまだ飲むのか。
「まあな。実は最近お前の評判がうなぎ登りに上がっていてな。他の記者志願者たちから話が聞きたいというオファーを受けた」
今度ギルドの顔を出してくれと頼まれる。
「当然報酬は弾むぜ」
いつもは雀の涙ほどの原稿料しかもらっていないのでこの話怪しい。裏があると感じた。
「おいおい疑っているのか? 」
「うまい話には裏があるって言葉知らないんですか」
「おじさんは長いものには巻かれるタイプだ」
「お兄さんじゃないんですか」
都合のいいときだけ自分の年齢を詐称する人種なのでどうも信頼がおけない。アロンソには色々と貴重な情報ももらっていたから無下にもできないが。
「まったく最近の若者はな……」
やれやれとため息をつく。細かいことはどうでもいいんだよと言わんばかりの態度だ。
「俺だって詳しい話は知らん。なんとかとかいう商人がバックについたギルドの後援会だとさ。まあ俺が聞いた限り悪そうな話じゃなかったしいいだろう」
「黙って勝手に引き受けないでくださいよ」
もしこれで怪しい団体だったら俺が困る。
「なに不安になっているんだ? このアロンソさまが信じられないか」
「そりゃあまあ」
すかさずうなずくと男は不服そうな顔をする。
「俺とお前の仲だろう。なに悪い話じゃないさ」
悪い話じゃないの一点張りで詳しい話は聞かせてもらえそうにない。余計に怪しさが倍増する。そもそもアロンソ自身が怪しい男なので彼の話に旨みがあるとは思えない。
「しつこい男は嫌われるって知らないんですか」
「男にモテたってねえ」
アロンソは興味ないしとあらぬ方向に視線をやる。するとチャラチャラした若い青年と目があう。
「どーも。俺ディラン。男二人でむさっくるしいねっ」
悪意のない無邪気な声でそう言われるとなんとなくムカッとする。俺の心が狭いからだろうか。
「おうおう兄ちゃん。こいつがひどくておじさんいじめられてるんだ」
「そりゃ大変だあ。俺もさっきいた女の子にビンタされて傷心気味」
完全に話が歪められている。どこのどいつがこんな恰幅のいい男をいじめられるんだと言い返したかったがアロンソは話を続ける。
「若いやつっていうのはどうしてこうも頑なかな。俺にはさっぱりわからん」
「うんうん。俺も同感」
酒好き同士話が合うのかお互いの話にうなずきあう。俺の出る幕はないとでも言いたげだ。
「本当困るんだよね。義理だの人情だのさ」
「おうおう冒険者なんぞ功績あげてなんぼだろう」
自分のためならなにしてもいいと思っている連中に返す言葉もない。
「だからさ俺は言ってやりたいの。男はみんな獣だって」
「男は港か? 」
「男ってのは身勝手なものさ。女もな」
「フラれる側がよく言うな」
ボソッと呟くと二人は楽しそうに会話を続ける。
「フラれる側だって辛いのさ」
「俺たちだって苦しんでいるんだ」
勝手に盛り上がる二人にあきれている俺の耳に聞き捨てならない台詞が入る。
「それに界にフラれて困るのはおじさんだけじゃない」
つまりアロンソはこの男とグルということだ。
「そうそう俺が頼んだんだよねー。まさかあのアリサ姫の騎士である紗々さまのおにーさまが近くにいるとは露知らず。親父がうるさくてさ」
この二人の関係はまったく理解できなかったが青年はこの酒場のオーナーの息子あたりだろうか。先ほどから浴びるように酒を飲んでいる。
「しかし女の子にフラれちゃってやってられませんよ。今日はここの酒空にして帰るつもり」
「ははっそいつはいいや」
その上アロンソと青年は意気投合して俺をはさんで強い酒をぐいぐい飲んでは臭い息を吐き出す。訂正しよう。酒臭さに老いも若いも関係ない。どちらも迷惑だ。
「だってさあ仕方なくない? 浮気っていうかあ。どっちも本気だったっていうか? 」
この青年端正な顔立ちをしている割りにやっていることはクズのそれだ。要するに浮気して女の子にビンタされてフラれただけの話だ。
「まあいいけどね。他に女いるし」
「おうおう若いの。恋愛はできるうちにやっておけ」
もはや開き直っているし俺の話が全然関係なくなっている。この二人根が同じなのか息がぴったりだ。
「あの……俺関係ないんで帰ります」
「そうは問屋が卸さないって」
がっしりと肩を組まれて仲良く飲んでいるような体で話が進む。それを無視しようとしていると店の奥から柄の悪そうな男たちが顔を出す。
「なあ俺のためだと思って話くらい聞いてくれよ。女に捨てられ男にフラれたら俺どうなるかわかんないよ」
つまり俺は嵌められたのだった。いつもの酒場だと思っていたから油断していた自分にも非がある。危険はどこにあるのかわからないものだ。
「あんたが俺に興味があるのはわかった。だがそう簡単にはいそうですかとうなずくわけにもいかない」
「いいねえ。生意気なやつは嫌いじゃないよ」
青年は赤い舌をちらりと覗かせ続ける。
「どうせあんたには臭い仕事させられるんだろう」
「とんだ被害妄想だよ」
俺はただ詳しい話が聞きたいだけだと笑われる。
「危険なことには変わらない。ガキご機嫌とりの家庭教師なんてあんたには性に合わないはずだ」
俺の仕事まで知っているとは嫌な予感がする。こちらからは自分のことがわかるようなことは一切話していないはずだから。
「アロンソ、俺を売ったな」
「売ったとは人聞きの悪い。紹介してやっているだけだ」
なぜかニタニタ笑いながらアロンソは酒をぐいとひとのみする。
「しかしただで飲む酒はうまいな」
「あんたの場合いつもじゃないか」
毎回ツケか俺の支払いでどうにかなっているだけなので言葉に説得力はない。
「いいじゃんおにーさん。俺のおごりだよ」
「そうそう話を聞くだけでタダ」
タダより高い話はないというのが俺の信条なので二人の言葉にまったくうなずけない。
「ディランさんだっけ? 俺みたいなやつの話は面白くないと思うので講演の話はなかったことに」
「ムリムリ。親父が言ったことは絶対なんだって」
また父親に絶大な権力を握られている男か。オットー家の一件で懲りたのだが。
「おにーさん強いみたいだけどそれでも男五人の相手はできないだろう」
「……」
強いという言葉に俺は苦い感情が込み上げてくる。騎士になれるほどの魔力はなかった。陰から妹の紗々を守るために身を引いたというのに逆に兄である俺が足を引っ張るわけにはいかない。
それは彼女が仕えるアリサ姫の名誉のためでもあった。
「必要となればやりますよ」
覚悟を決めてそう告げると。
「くっははっ」
男は愉快そうに笑う。まるで俺の言葉がおかしくて仕方ないとでも言いたげだった。
「おにーさん、やっぱりプライドだけは元お貴族さまだね」
位は返上して今は貴族ではないことを揶揄される。それは貴族ならば屈辱だろうが今の俺はただの平民だ。貴族のご子息の子守りをしているだけの。だからこれくらいで逆上するはずがない。
「おいおい機嫌損ねてどうする」
するとアロンソはわずかに焦ったような口調になる。
「俺だって機嫌悪いんだけど。女に捨てられ、誘いは全部断られるし」
自分より弱い人間をいたぶるのが趣味の男らしい。その特権意識に辟易しそうだったが。
「まあいいや。おにーさんの覚悟はかっこいいけど俺そういうの求めてないし。趣味と実益のためにさ協力してほしいって話だったんだけど」
趣味と実益という発言に嫌な予感がする。
「とりあえず明日一日は俺の親父が支援しているギルドがあるから」
その日二人は宣言通り店中の酒を朝になる頃には飲み干し、へべれけになって出ていった。俺の肩をがっちり掴みながら。
その姿は気のあった友人同士でするものであるはずだが、腹の探りあいしかしていなかった。
アロンソの怪しい出自を信頼した俺がバカだったと後悔しても時すでに遅し。
夜明けと共に酒場はギルドの集会所と化していたのであった。




