part36 birthday2
「ようこそいらっしゃいました」
エマ夫人はドレスの裾をつまみ、恭しく頭を垂れる。
「へへー今日はハインリヒの誕生日だもんねー」
騎士修道会の団長をつれた紗々は得意気だった。
「皆のもの無礼講だよー」
「バカ。お前が勝手に決めるな」
ハインリヒは少し照れたように紗々の頭を小突く。
「今日は招待してくれて感謝する。俺もこの年になってまさか誕生日を祝ってもらえるとは思わなかったからな。エマ夫人も屋敷を貸してくれてありがとうな」
いつもは素直じゃないやつが礼儀正しく頭を下げる。なんだか不思議な光景だ。
「ハインリヒも大人になって……」
「俺はもとから大人だっ」
俺が感慨深くそう呟くとすかさず突っ込まれる。
「紗々といい界といいお前らはふざけるのが好きだな」
「俺は真面目に言ったんだけどなあ」
少し不服だったのでそう言い返すがあまり相手にされない。
「ウェルズ家のチャールズとミルも準備お疲れ」
その言葉に顔を輝かせる二人。実物の騎士団長に誉められてやはり嬉しいのだろう。
「おそれいりまーす」
「恐れ入ります」
弟のミルは元気よく返事をする。それと一緒に頭を下げるチャールズ。
「それにサラさまもよく参加してくれた」
「いえ私の方こそお世話になっていますから」
オットー家が壊滅した今サラさまはまだウェルズ家で暮らしていたが出ていくことを考えているらしい。
それをハインリヒに相談していたとかいないとか。
「もうハインリヒったら堅苦しいなあ」
「俺は礼儀としてやってるんだ」
紗々が茶々を入れると彼はそう呟く。
「まあまあ俺たちも準備したあとは主役が来るのを待ちきれなかったしそろそろ始めるか」
俺がしきるとまずは乾杯だ。
エマ夫人とハインリヒ以外は酒が飲めないのでジュースを杯に並々と注ぐ。
「かんぱーい」
声を揃えて全員と乾杯する。
それとパーティーをするのだから主催の挨拶も必要だろう。
「エマ夫人代表して挨拶を」
「私よりあなたの方がふさわしいですよ」
そう笑われてしまったので俺が話すことになる。
「えー今回はみんな協力してくれてありがとう。手短だけど挨拶を。まずはハインリヒ誕生日おめでとう。いつの年になっても誕生日って言うのはおめでたい日だから素直に喜んでくれることを願っている」
その一言に周囲の空気が和らぐ。
「色々あった人もそうでない人もいると思うけれど今日はそんなこと忘れて楽しんでいってくれ」
そして食事が始まった。
ジャガイモ料理が主だったから子供達は喜んで食べている。
「兄上、美味しいねー」
「いいなあ紗々も食べたい!」
「二人ともあまり急いで食べると喉に詰まらせるよ」
みんな楽しそうに和気あいあいとパーティーを楽しんでいる。
「ハインリヒもみんなと一緒に食べなよー」
「しかしな……」
「もしかして見てないと心配なことでもあるのお?」
紗々とハインリヒは相変わらず息のあった会話でぽんぽん言い返している。
「俺が祝ってもらうのだから我を忘れてってわけにもいかないだろ」
「そういうのは楽しんだもの勝ちだよ」
そう言われるとハインリヒは納得したらしい。
皿をとってキッシュをきれいに並べる。
「へえ意外だな。ハインリヒは野菜が好きなのか」
「お前と違って栄養の偏った食事をするわけないだろ」
そしてシチューもよそる。
俺はというとほとんどジャガイモと肉の料理ばかりだった。
言われると確かに栄養が偏っていたなと思う。
「兄者気にしなくていいよーただの照れ隠しだから」
「俺も野菜とるか」
紗々がフォローしてくれるが一応俺にも兄としての沽券がある。
まあ小さいプライドではあるが。
それを見てサラさまとエマ夫人が笑う。
「界さまも結構負けず嫌いですよね」
「そうかな?」
「兄妹そろって好みも性格も似てますね」
紗々の方を見ると彼女も芋と肉のプレートを山盛り食べていた。
「紗々は好きなものを好きなだけ食べる主義なのー」
「お前……それは確実に太るやつだぞ」
自分のことを棚にあげるつもりはないが相手は女の子なので要らぬところまで心配してしまう。
「もう兄者デリカシーなさすぎー。まるでハインリヒだよー」
「俺はお前のことを心配してだな」
「紗々だってそのくらいわかってますー」
そのやり取りに周囲が楽しそうに笑う。
「本当に仲がいいですね」
「少しだけ羨ましくなります」
エマ夫人とサラさまは微笑ましく見ている。
「お前たち兄妹の先が思いやられるな……」
肉食系に見えて草食系だったハインリヒはもくもくとキッシュを食べている。
それにしても普段は仏頂面の本人も今日はどこか楽しそうだ。
「ねえねえハインリヒ殿ー」
「なんだミル?」
食事を終えた弟のミルが彼にかけよりぴょんぴょん跳ねる。
「僕も騎士修道会に入りたいんだけど、どうすれば入れるのー?」
その質問に驚く兄のチャールズだった。
「ミル、そんな話ははじめて聞くよ。どうしたの?」
「えへへ。この間僕も魔法を使って魔物と戦うことができたからねー」
自慢げに話すミル。しかし俺はチャールズに冷たい視線を浴びせられる。
「界先生、僕がいない間にミルになんてことさせていたんですか」
大事な弟のことになると目の色が変わるのが彼らしかった。
「兄上ーいいんだよー。僕楽しかったから」
「よくありませんっ」
ぷんぷんと怒るさまはまるで保護者でその関係がほほえましかった。
「とにかくミルにこれ以上危険な目には逢わせられません」
「でも僕騎士修道会で魔物をバシバシ倒していきたいよー」
兄弟同士意見が合わないが俺はきっと彼らは優秀な騎士になることが予想できた。
「僕も守られてばかりじゃつまらないよー」
優秀な兄はそう言われると言葉に詰まる。
「俺もミルは優秀な騎士になれると思うぞ」
珍しくハインリヒがいいことを言う。
確かにミルは勉強が苦手で魔術も兄ほどはうまくない。
だけどその堂々とした性格は戦いにおいてはプラスに働く。
「勉強が苦手でも魔術が得意でなくても騎士修道会は実力のあるやつなら大歓迎だ」
なにせ今は人手不足だからなと笑う。
確かに騎士修道会は昔と違ってクリーンな組織になった。
以前は中での対立もありあまり誉められたものではなかったがアリサ姫直轄の管理下になり一掃されたらしい。
「まあこちらは大歓迎だが年齢制限もある。ゆっくり考えてくれ」
年齢は彼らが十五になるころだ。まだ数年の猶予がある。
「うー。僕も早くみんなみたいに大人になりたいー」
まだワクワクしているのがミルらしかった。
「界先生は余計なことを……」
どこか苦々しい顔をするチャールズだったが彼も受け入れているのだろう。それ以上は言ってこなかった。
「さあさあ今度はケーキの時間ですよ」
エマ夫人はサラさまとともに大型のケーキを出してくる。
その上には年齢の数だけのろうそくが立てられている。
「じゃあ歌うか」
手拍子とともにハインリヒの誕生日を祝う歌を歌う。
「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー」
ろうそくの上の炎がゆらゆらと揺れてハインリヒの顔を照らす。
「ハッピーバースデーディアハインリヒー」
子供達も負けじと大声で歌いだす。
「ハッピーバースデートゥーユー」
そして彼らがハインリヒにろうそくの炎を吹くように促す。
「みんなありがとうな」
そしてふうっと息を吹き付ける。
「ハインリヒおめでとう!」
子供達は嬉しそうに手を叩く。
「この年になって祝われるのはどこか恥ずかしいな」
「でも悪い気はしなかったでしょー」
照れるハインリヒに対して紗々が彼を小突く。
「はいはい照れてないで素直に喜ぶ!」
「わかったよ」
言われた通り彼は喜んでいるようだった。
「俺も自分の生まれがわかってからはあまり誕生日を喜べる気にはなれなかったんだけどな。でも今日はみんなが集まってくれて気が変わった」
ハインリヒは国王の隠し子だった。それを知った彼の複雑な心情は計り知れないだろう。
「自分の誕生日がこんなに嬉しいのは子供の時以来だ」
彼の義理の両親はこうして彼の誕生日を祝ったのだろうか。
だとしたら彼に幸福な日々があったのだと思うだけでも嬉しい。
「ハインリヒさま、誕生日とは生まれてきたことを祝ってもらう日なんですよ」
サラさまは感慨深くそう呟く。
「そうですよ」
「そうだよー」
みんな揃って彼の誕生日を祝う。
「自分のことが嫌いな人も自分に自信が持てない人も祝福される日なんです」
それは彼女自身の思いもあるのだろう。
サラさまはチャールズのてをそっと握る。
「だから今日はおめでとうございます」
みんなしてハインリヒを優しく見守る。
「……ありがとうな」
彼の瞳には涙が浮かんでいた。
「ほらほらハインリヒが泣いちゃったー」
紗々の言葉に一同笑う。
「ばか。これは目に汗が……」
「ごまかしかたも下手だなー」
確かに彼は嘘をつくのが下手だ。だけどその分正直で嘘がない。
嫌なやつだったけど今日は彼の違う一面が見れた気がした。
「俺もずっと沈んでばかりもいられないからな」
落ち込んでいる彼に周囲が心配しているのも気がついていたらしい。
「今日から俺はやり直す!東方に向かってどんどん発展させるぞ」
「その意気だよハインリヒ」
「頑張ってください!」
やる気を取り直した彼にみんな激励する。
「じゃあケーキ食べようよー」
紗々はお腹の虫がなったらしく早くしようとせっつく。
「やったーケーキだあ」
「おいしそうー」
何せエマ夫人の手作りだからな。
こうしてハインリヒは立ち直ったようだ。
オットー家に殴り込みにいった時はこんな結果になるとは思わなかったけれど最終的には丸く収まってよかった。サラさまも新しい道に踏み出すつもりらしいしめでたい一日になった。




