part35 birthday
オットー家が崩壊してからというもの俺たちはてんてこまいだった。
まずはウェルズ家に戻って全員の無事を確認。
そしてオットー家の金庫に入っていた金をサミー伯に返した。
その時エマ夫人は心のそこから安堵したようすだった。
「もう金輪際借金はしません。今後は屋敷を売り払って辺境で暮らすことにします」
どうやら事業は畳むつもりらしい。そしてあんなに頻繁に開いていたパーティーもこれで最後にする予定らしい。
一方ハインリヒはアリサ姫と異母兄妹だったことがショックらしく暗い顔だった。
それを慰めるべく俺たちは彼の誕生日祝いをすることを計画した。
せっかくなのでエマ夫人の最後のパーティーでお祝いをすることにする。
表向きは東方遠征の凱旋だったが本当の目的はハインリヒの心の傷を癒すことだった。
エマ夫人も快諾してくれた。
「あのハインリヒさまのお誕生日をお祝いできるならこれとないいい機会です」
どうやらサミー伯は東方に移住するつもりらしい。
「しかしあのオットー家が破壊されたという噂は本当なのですか」
金を借りていた相手が崩壊したという話を聞いてエマ夫人は気になったのだろう。
しかしそれはサラさまの秘密に関わるのではっきりとは答えられなかった。
「オットー家の当主も代替わりをしてあのハミルさまも王家との結婚ではなく自分の恋人を選ぶなんて想像もしませんでした」
先日オットー家の長男であるハミルが跡をついだ。そして自分とリリィとの結婚を発表したのだ。
多くの人は驚いたが俺は心の奥で納得していた。
彼が選んだ道だ。道は険しくとも未来を進んでいくのは彼だ。
その側にリリィがいるのならば安心だ。
「さてそうと来たら準備しないとな」
俺はウェルズ家の兄弟チャールズとミル、そしてオットー家の末娘のサラさまをつれてサミー伯邸で飾りつけを始める。
魔物に襲われたせいでところどころ修理が必要だったが大部分は無事だった。
俺たちはウェルズ家の庭で育てられた色とりどりの花を添えて見た目が華やかになるよう装飾した。
「わーい兄上、きれいなお花だねー」
弟のミルは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。
「こらミル、今は大人しくしているんだぞ」
兄のチャールズがたしなめるとミルはおとなしく自分の仕事に取りかかる。
「ハインリヒさまには秘密にしておくから急いで飾りつけをしないと」
「チャールズさま私に任せてください」
チャールズとサラさまは仲睦まじく隣り合って作業をしている。
二人は主役のために花冠を作っている。
「きれいだな」
「まあ誉めてくださって嬉しいです」
サラさまははにかみながら器用に花を編み込んでいく。
「僕も負けていられませんよ」
そういうとチャールズは見るも止まらぬスピードで冠を作っていく。
「気合いいれるのもいいけど他にも仕事はあるからな」
「わかってますよ」
二人ともなんだか楽しそうだ。
何より幸せそうだ。
「二人ともやっぱり仲がいいな。その勢いで仕事もドンドン片付けてくれ」
「はーい」
二人は声を揃えて作業に取りかかった。
「やっぱり二人はけっこんするのー?」
ミルが無邪気に尋ねるとチャールズは優しく答える。
「僕はまだまだ子供だからね。いつかはと思ってるけどまずは人に認めてもらえるような一人前の男になってからだ」
彼も若いはずなのに色々と考えているらしい。先を見据えた答えに俺は感心していた。
「偉いなチャールズ。君も大人な考え方をするようになったんだね」
「誉めてもなにも出ませんよ」
こまっしゃくれた言い方だったがそれも彼らしい。以前の頭でっかちだった彼とは違って日々成長を感じる。
「チャールズさまも素直になればいいのに」
クスリとサラさまが笑う。
「僕はいつだって自分の心に正直に生きているだけです」
「そういう言い方が素直じゃないんだよな」
俺がひとりごちるとミルは不思議そうな顔をする。
「界先生っ素直ってどういう意味?」
「うーん。難しい質問だな」
好奇心旺盛なミルは俺の目を期待に満ちた表情で見つめる。
「ほら昔のチャールズはちょっと意地悪だっただろ。だけど今は優しくなってさ。あとは思ったことを正直に言う勇気が必要なだけってことかな」
「兄上はいつも優しいよー」
それはミル限定の話だったが。
「ほらチャールズって言いたいことを我慢している節があるだろ。それがなくなればいいねって話だよ」
「確かに。そういわれると僕も納得だよー」
家庭教師をはじめた当初はそういうことがわからなかったが今にしてみれば彼が素直じゃないのは心の声を胸の奥深くに隠していたからだろう。
「ミル……」
弟にも胸のうちを明かさなかったはずなのに彼が察していたことに気づきチャールズは目頭を熱くした。
「でも僕は早くサラさまが僕のお姉さんになってほしいなー」
無邪気に話す姿に俺は頬を緩める。俺もチャールズとサラさまがうまくいってくれたらいいな、と思うのだ。それがどんな形であれ二人が幸せならそれでいい。
「サラさまがお姉さんになるにはまだ時間はかかりそうだけどミルはいい子だから待てるね」
チャールズが弟を諭す。
それに加えサラさまもミルの頭を撫でる。
「ミルさまはいい子ですから心配しなくても大丈夫ですよ」
「えへへ」
優しく撫でられてミルは得意気だった。
「でも私が結婚をするなら色々と考えないといけないことがありますね」
そしてじっと考え事をする。
「私もその日までにオットー家に頼らず生きていけるようにならなければ」
彼女はあと数年したら家を出るつもりらしい。
「頑張るのはいいけどたまには周囲の人に助けてもらうんだぞ」
君たちはまだ若いんだからと付け足す。
「そういう界先生だってまだ若いですよ」
そう返されると確かにそうだとうなずいてしまう。
「界先生こそ国王陛下にもっと頼ったっていいと思いますよ」
「君も心配性だな」
「あなたはどこか危なっかしいんですよ」
「先日のオットー家での戦いだって紗々さまがいなかったら危なかったですよ」
二人して俺を心配してくれる。
それが嬉しさ半分残り半分はこそばゆい感覚だった。
「二人ともありがとうな」
「今さらですよ」
チャールズは得意気な顔をする。意外と彼は世話焼きなのかもしれない。
「花冠が完成したらあとは調理の手伝いとハインリヒへのプレゼントの用意をしないとな」
俺は恥ずかしさをごまかすように次の指示を出す。
「言われなくてもわかってますよ」
チャールズは優しい声音で答える。
「僕たちも終わったらエマ夫人のもとに向かいますね」
「よろしくな」
軽く手を振りその場を去ろうとすると。
「えー界先生どっか行っちゃうの?」
「ミル邪魔をしてはいけないよ。先生だって忙しいのだから」
俺と離れるのが寂しいのかミルが引き留めようとする。
それが可愛くて一瞬その場にとどまろうと思ったが。
「先生時は金なりって言葉知らないんですか?」
つまり早く仕事を片付けなさいという意味らしい。
ということでエマ夫人がいるところで晩餐の準備をすることに。
今回は予算もあまりなかったのでジャガイモ料理を中心に。
スパニッシュオムレツや野菜のキッシュ、暖かいシチューを用意した。
下ごしらえは前日に済ませておいたからあとは食器によそるだけだ。
「食事の準備はできましたよ」
エマ夫人が声をかけてくれる。
「今回はハインリヒ団長の誕生会の主催をしてくださってありがとうございます」
「いえいえこれが最後のパーティーだと思うと気合いが入ります」
屋敷は元通りとまではいかないが返ってきたお金で修繕しこれから貸す予定らしい。
だからきれいに片付けられていた。
ものが少ないのはこれから引っ越すかららしい。
前にあった調度品もほとんどが売り払われていた。
「確かにこの屋敷がなくなってしまうのは寂しいですが私たちには次の生活があります。楽しみですよ」
さっぱりとした口調で答えるエマ夫人だった。
どうやら借金もなくなり心機一転新天地での生活を楽しみにしているらしい。
「ハインリヒさまには東方でお世話になるはずですからこうしてお誕生日をお祝いさせてもらうのはありがたいかぎりです」
世渡り乗ずのエマ夫人のことだ。今後もうまくやっていくだろう。
「界先生、終わりました。次の仕事は?」
こうして世間話をしていたらチャールズが声をかけてきた。
「じゃあ食器と料理をテーブルに並べてくれ」
するとチャールズとサラさまはてきぱきと配膳を始める。
「うー僕はどうしよう?」
身長の低いミルはあたふたしている。
「落ち着いて。ミルはこれを持っていって」
なるべく軽いものをと黒パンの入ったバスケットを渡す。
「わーい美味しそうなパンだねー」
仕事を任されて嬉しいのかミルはきゃっきゃとはしゃぐ。
「走ったら転びますよ。気を付けてくださいね」
「はーい」
サラさまが注意すると彼は素直にしたがった。
「少人数でするパーティーも久しぶりね」
エマ夫人は遠い目をしながら一人呟く。
「今回の主役は騎士修道会のトップだから私としてもやりがいがあるわ」
気を取り直して彼女は笑顔になる。
「最近元気がないと伺っていたから喜んでくれるといいわ」
彼女にはハインリヒが落ち込んでいるということは話していなかったが彼の元気がないのは噂になっていた。
「ところでハインリヒさまはいついらっしゃるのですか」
「そろそろかな。紗々と一緒に来るらしいけど」
あれから紗々は落ち込んでいるハインリヒを元気づけるために色々と遊びに誘っていたらしい。
性格は正反対なのに二人の仲は意外といい。
なにかと考え込む性質のハインリヒだ。紗々の能天気さにあてられて彼自身も明るくなってくれればいいが。
そのためのパーティーだ。
客人が来る時間は迫っている。
「みんな急げ。ハインリヒがやってくる時間まであと少しだ」
そういうと手際よく食卓に料理が並べられていく。
そして部屋中に装飾をあしらい手には花冠を用意して。
「邪魔するぞ」
「兄者ー。みんなー。お邪魔しまーす」
待ち人は来たようだ。
これからがパーティーの始まりだった。




