part34 regret
妹の紗々がオットー家の邸宅にやってきた。
「もう兄者ー無茶するんだからー」
「悪いな」
サラさまが呼び寄せた竜の魔物はその間にも俺たちを狙って宙を舞う。
「なるべく穏便に済まそうと思ったんだけどな」
「まあ兄者が小さい子を抱えてる時点で何となく状況は掴めたよー」
ミルは魔物を前に臆するかと思ったが彼は堂々としていた。
将来大物になるだろうな、とひとりごちる。
「界先生ーこれからの作戦はどうするのー?」
「ああ俺と紗々で魔物を倒す。君はサラさまの側にいてくれ」
サラさまの前にはオットー家の当主が死んでも離すなといった金庫がある。
おそらくそれはサミー伯から奪った金なのだろう。
当主はハミルの反逆にあい呆然としている。
だが油断はできない。
いつまた悪事にてを染めるかわからないのだから。
「兄者ー考え事が長いよー」
「はいはい」
紗々に指摘され俺は臨戦態勢に入る。
「今回は屋敷のなかだからまず被害が外に出ないように気を付けろよ」
「言われるまでもないよー」
つまり以前使ったメテオラは使えないということだが。
俺は魔術には覚えがあるから敵の弱点である光魔法を使う。
そして妹の紗々は自慢の剣術で敵を引き付けてくれる。
「初めに光あり天に言葉あり……」
そしてなるべく早く倒そうと魔術の詠唱に入る。
「兄者ー浄化魔法使ってるのー?」
紗々は俺の作戦に気がついたようでなるべく近くに敵を寄せる。
「紗々だって負けてられないからねー」
上段の構えで竜の魔物の目玉を狙う。
「いっけー」
グサリ。剣の切っ先を目蓋に向けると魔物は悲鳴をあげる。
「まだまだだよー」
今度は敵の尾をぶったぎる。
これでバランスが取れないようになり魔物は空を飛ぶのをやめる。
ふらふらと中庭をさ迷いながら俺たちの気配を探っている。
そして。
最悪なことにサラさまとミルの前に立ちはだかる。
「ちょっとー危ないよー」
「サラさま逃げようー」
紗々の言葉と現在の危険な状況からミルがサラさまの腕を引く。
「ですが金庫が……」
確かに今後オットー家と戦うとなれば金庫はなくてはならないだろう。
「もうしょうがないなー」
紗々は二人の前に移動する。
「紗々を信じて待っててねー」
魔物は平衡感覚を失い視力も半分になったので紗々がいるほうへゆっくりと近づいていく。
じわりじわりと距離を縮めその自慢の牙で三人を襲おうとしているのだろう。
だが俺の準備は終わっていた。
「よし時間稼ぎができたっ」
俺は詠唱魔法を完了させる。すると魔物は見る間もなく小さくなっていく。
そして最後は霧になって消えた。
「最後は兄者もやるねー」
「お前もアリサ姫の騎士になってから強くなったんじゃないか?」
そういわれるとまんざらでもないのか俺の肩をバシバシ叩く。
「もう兄者も言うねー」
急に緊張感のない空気になってサラさまはあっけにとられていた。
いけない。オットー家の当主の確保もまだだというのに。
「サラ私はお前を見くびっていたようだ」
彼はおもむろに話始める。
「お前の特殊な力を恐れ利用してきたがまさかこんな日が来るとはな……」
そして期待していた長男にも裏切られ彼にはなにも残っていない。
「私も散々悪事をしてきたと思うが最後は自分の子供に止めを刺されるとは思わなかった」
それは諦めたということか。
俺には判断がつかなかった。
「父上、ようやく気がついてくれたのですね」
彼女はどこか吹っ切れたような顔で話す。
「やはりここまでしないと父上は自分のしたことの大きさに気がつかないと思いまして」
「サラ……私を愚かな男だと思うか?」
当主は疲れきった表情で彼女に尋ねる。すべてを失った今すがり付く相手が自分の子供しかいないというのはあわれだった。
「父上あなたの行ってきたことは多くの人の恨みを買ってきました。だからここで態度を改めて彼らに謝罪してほしいのです」
「お前も成長したな……」
久しぶりの親子の対面がこうなるとは誰が予想できただろうか。
当主はどこか弱々しく声を漏らす。
「私も年かな。ここまで来て自分の娘に救われているということを自覚するとは」
彼は金庫を取りかえそうともしない。
どうやら諦めたようだ。
「ハミルとアリサ姫の縁談もこれで破談になりそうだ」
残ったのは破壊された邸宅と散り散りになった家族だけ。すべてを失って当主は改めて自分のしでかしたことの大きさに気がついたはずだ。
「その金庫の金もサミー伯にかえそう」
それですべてが許されるわけではないだろうがと一人呟く。
「サラお前には悪いことをしたな」
急にしおらしくなって自分の娘に頭を下げる。
「父上謝るべきは私だけではありません。これからもっと多くの人に頭を下げなければなりません」
それには長男のハミルも含まれている。
「ねえねえ兄者ー。二人は結局どうなったのー?あとアリサ姫との縁談ってー?」
「僕も早く兄上と会いたいー」
子供の紗々とミルは待ちきれないらしく俺に話しかけてくる。
「まあ簡単にまとめると親子の関係は丸く収まったってことかな。長男のハミルも父親の言うことに従う気はなくしたみたいだしアリサ姫との縁談も流れたそうだよ」
「ふーんよくわからないけど結構大事になっていたんだねー」
「ああ結局サラさま一人で解決したけどな」
俺たちがしたことは魔物を倒すことくらいだった。
彼女も成長したのだろう。
「サラさまは兄上と結局結婚するのー?」
そして爆弾発言をするミルだったが。
「お前が結婚か。あのウェルズ家の長男にならお前を任せても良さそうだ」
「それを決めるのは私たちだけではありませんよ」
気が早い当主をたしなめるサラさまだった。
「そういや紗々、どうしてここがわかったんだ?」
「兄者がいるところなら紗々はどこにだって駆けつけるよ」
まるで俺は助けられてばかりだなとひとりごちる。
「そだねー。でも兄者は一人でできると思い込んでる節があるからねー」
紗々はどうしてか得意気だ。
「俺もまだまだってことかな」
「兄者はまだ未熟者だよー」
そういう姿はどこか嬉しげで。
「もしかして俺がやられるんじゃないかと思ってやってきたのか?」
「ぴんぽーん正解!」
あまり信用されていないのは複雑だったが今日は紗々がいてくれて助かった。
「だって紗々一人で宮廷で待っているのつまらないだもん。仕方ないからアリサ姫と話してたんだけど自由にしていいって言ってくれたからー」
ミルには申し訳ないことになってしまったが。俺は胸を痛めた。
「界先生、僕は大丈夫だよ」
俺の気持ちを悟ってかミルはそう告げる。
「はじめて魔法を使えて楽しかったよー」
「ミル……」
彼も俺が思っていた以上に強い少年だった。
「悪いやつらもとっちめられたからー」
「うんうんミルも強かったねー」
紗々とミルとの会話が続く。
「ところで紗々さまはどうやってオットー家に来ることができたの?」
「えーとね。紗々はアリサ姫からお使いを頼まれたのでした」
懐から手紙を取り出す。
「オットー家当主さまへ
申し訳ありません。幾度も縁談のお話をいただきましたが私はまだ未熟者なので結婚を考える年ではないと思っております。ハミルさまにも思い人がいらっしゃるようですしこのお話はなかったことに。重ね重ねお詫び申し上げます」
つまり縁談はアリサ姫も断るつもりだったのだろう。
しかしこのタイミングのよさ。彼女は俺たちの状況を知っていたのだろうか。
「とにかくサラさまをつれてウェルズ家に戻るか」
「そだねー」
「僕も賛成っ」
俺は重い金庫を持ち上げようとする。
そこで一人の青年が声をかけてくる。
「そいつは俺が預かる」
誰だろうと見上げるとそれはオットー家の長男だった。
すべてを見届けたあと戻ってきたのだろう。
「父の件でお前たちには迷惑をかけたな。俺もリリィと結婚することを決めた。ありがとうな」
この男が誰かに感謝をするとは思わなかった。
家がつぶれたことにより彼も思うところがあったのだろう。
「俺も父に頼らずに生きていくことを決めたよ」
おそらく彼は跡を継ぐことを決めたのだろう。
「父には引退してもらう。こうした事件が起きたからには俺が責任をもって処理しないとな」
おそらくオットー家の当主はもう引き際というものを悟っているのだろう。
サラさまと会話をしているところを見てもうぎらついたものは感じなかった。
「これからは俺が当主だ。今は傾いているが今後は俺の力で家を再興させる予定だ」
「それは楽しみだな」
俺が同意するのが意外だったらしい。
「俺も散々嫌みを言ったからな。お前も俺のこと嫌いだろ。だけどすんなり受け入れてくれるな」
「今はそこまででもないしな」
険のある態度だった頃とは彼も変化していた。
「素直に人の話を聞ければお前のこと嫌いにはならないよ。リリィとは末永くお幸せにな」
彼を祝福するとハミルは頬を赤らめた。
「ありがとうな」
かくしてオットー家の問題は解決に向かっていった。




