part30 lie2
ハインリヒは去ったがまだ問題は残っていた。
それはサラさまの秘密にまだ誰も迫るものがいなかったことと俺たちがついて嘘が彼にばれてしまったことだ。
「うーん。ハインリヒは黙っててくれるかな」
「珍しく考え込んでいるわね」
ウェルズ邸のなかで今いるのは家の主であるマリー夫人と息子のチャールズとミル、そしてオットー家の末娘のサラさまだ。
「マリー夫人がいない間に大変なことになりました」
「あら嘘がばれてしまったのね」
意外とけろっとしているマリー夫人に俺は内心感心していた。
「いずれはわかってしまうことだと思っていたけれどここまで持ちこたえたのだから十分よ」
「さすがですねマリー夫人」
早く切り替えた方が自分のためだ。
それを人生の先輩に教わっている俺だった。
「次はオットー家がどう動くかが問題ね」
俺も懸念していたことだ。果たしてサラさまの父がこのまま指を咥えて待っていてくれるとも思えない。
次なる刺客を送ってくるのは予想できる。
コンコン。
侍女たちが扉を叩くおとがする。
客人だろうか。
「特別な人がお越しです」
その言葉にマリー夫人はクスリと笑う。
「待ち人が来たようね」
その言葉にはてと首をかしげる俺だったが彼女はそのまま客人を部屋に通す。
「兄者ー久しぶりー」
それは妹の紗々だった。
そして。
「先日はどうも」
なんとハインリヒも一緒だった。
「どうしたんだ二人とも?」
「そろそろ煮詰まってきた頃だと思ってさー」
紗々がニッと笑うとハインリヒは彼女の頭を小突く。
「俺の後に着いてきただけだろうが」
「むーハインリヒは頭が固いなー」
そして紗々は話を続ける。
「マリー夫人が騎士修道会のパーティーに呼ばれたでしょ?その時紗々が一緒にいて助太刀を頼まれたって訳」
マリー夫人に一瞥する。すると夫人もいつもの笑みを浮かべて扇子をゆったりと扇ぐ。
どうやら夫人も転んではただで起きない人種らしい。
「先日のパーティーはアリサ姫と紗々さまがいらしたからつい声をかけたくなったのよ」
彼女が敵でなくて本当によかった。
「そうそう。久しぶりに会わないかって。でも紗々は道とか分かんないからハインリヒに頼んでやってきたのー」
「紗々……」
久しぶりに会う紗々はいつも通りだった。それが懐かしくて俺の頬は緩む。
「本当はアリサ姫も来たいって言ってたんだけどオットー家の謀略に巻き込まれそうだから今日は城で控えてるって」
アリサ姫とオットー家の長男ハミルとの縁談は本当だったらしい。
確かに王家としても有力貴族と婚姻関係を結び勢力をより磐石なものにするには必要なことであったが。
「紗々もオットー家の人あんまり好きじゃないー。なんかそんだいな感じだったよー」
「俺も同感だ。あの父にしてこの子ありって感じの男だったな」
ハインリヒの中でもハミルの印象はよくないらしい。
よくも悪くも恋敵であるから仕方ないのかもしれないが。
しかし紗々とハインリヒという組み合わせは意外だった。
二人とも性格が正反対だからウマが合わないと思ったが案外そうでもないらしい。
能天気な紗々と考えすぎるハインリヒという構図が出来上がっているのもあるが。
「っとサラさまの前で野暮な口を聞いてしまったな」
「本当のことですから。いいのです」
「それでも身内を悪く言われるのはいい気持ちはしないだろう」
無言で話を聞いていたサラさまに気遣うのが意外だった。彼にも人を省みる気持ちはあるらしい。
「私からも言わせてください。権力に執着する父とそれに従う兄を止めてほしいのです」
「それはどういうことか」
サラさまは言葉につまる。
「このままではいずれオットー家に恐ろしいことが起きないのか不安なのです。父は強欲で周囲の貴族の恨みを買っています。先日のサミー泊邸の事件だってただの報復です。私も悪事の片棒をかついでいるようなものです……」
一気にそういうとハインリヒの手を握る。
「私もオットー家の暴走を止める手伝いをさせてください」
「なら僕も協力させてください」
サラさまの腕を引くチャールズだった。
「チャールズさま……」
「僕もこの間は黙ってみていただけだけど君一人がすべてを背負い込んでしまいそうで怖いんだ。お父様とは……あまり仲がよくないのはわかっている。だからこそ僕も力になりたい」
どうやら前回彼女を守れなかったのを気に病んでいたようだ。
「心配してくださってありがとうございます。でも私は大丈夫ですから」
「そういわれる方が逆に心配になるんです」
少し怒ったような口調で答えるチャールズ。
どうやら二人は思いあうが故に少しすれ違ってしまっているようだ。
「いずれはこんな日が来るとわかっていましたから」
ここで彼女はすべてを話すつもりらしい。
サラさまは俺に視線を向ける。
話していいかと合図を送ってきたのだ。
「いいですよ」
これがもし前回のハインリヒに交渉する前だったら俺は止めていただろう。
だが今は少なくとも敵ではない。
もしかしたら協力だってしてくれるかもしれない。
「俺もあなたのことをすべて知っているわけではないから。ここで教えてほしいという思いもあるんですよ」
「ありがとうございます」
サラさまは一息つくと徐に身の上話を始めた。
「私は物心ついた頃から屋敷の離れで暮らしていました。なんでも私の母はオットー家の侍女をしていたらしくハミルのお母様が同居を許さなかったらしいのです」
子供の頃は寂しい思いをしていたのだろう。貴族には複雑な問題が付き物だ。だとしても彼女にその環境は酷だったはずだ。
「小さい頃はそれが当たり前だと思っていました。でもその生活はあまりにも寂しくて。友達もいなくて私は窓の外ばかりを見ていました」
ここまでは予想のついた範囲だった。
だが。
「次第に私は寂しくて動物たちを呼び寄せるようになりました。最初の内はただ動物たちが可愛らしくて嬉しかったのですが次第にあることに気がつきました」
それは彼女が魔物を呼び寄せることができるということ。
「小さい動物だったと思った生物が実は魔物だったのです」
少しだけ彼女の顔が曇る。
それを心配してかチャールズは彼女の手を握る。
「小さい魔物たちはどんどん成長していきました。そしてある日……それを兄であるハミルに見られてしまったのです」
そこから先は想像通りですと彼女は呟く。
「兄からその情報を知った父は私を誰もいない地下牢に閉じ込めました。自分の内からそういった力を持つ人間がいてはまずいと思っていたからです。ですが同時にある企みをしていました」
彼はサラさまの力を使って気に入らない貴族たちに腹いせをしていたのだった。
「私が外に出られるのは大人の企みがあるときだけです。だからパーティーには辟易していました」
「そして今回もサミー伯の件も私が関わったばかりに……」
「待ってくれ。つまりサラさまの能力というのは?」
ハインリヒは話が飲み込めないのか疑問を口にする。
「見てください」
彼女の手をおおっていた布をはずす。
その手の甲に紋様が浮かんでいた。
「これがオットー家に生まれる呪われた子供が持つ紋様です」
「それがどうして呪いなんだ」
そういわれるとサラさまは聞こえるか聞こえないかわからないくらいの声音で呪文を口にする。
「闇に抱かれた悪魔の化身よ今ここに舞い降りる……」
その直後。
天は闇に染まり曇天の空から魔物がおびき寄せられた。
「呪いだなんて……」
チャールズは否定するがサラさまは首を横に降る。
「いいえ。これはオットー家に関わる人間が持つ呪いです」
幾度も悲惨な現場を見てきたのだろう。
その瞳は悲しげだった。
「でも私はチャールズさまやウェルズ家の皆さんに会ってから考えが変わったのです」
何度も利用されてきた彼女がようやく掴みとった自由。
「確かに私のしてきたことは父に強制されてきたことです。ですがそこに私の責任もあるのではないかと思ったのです。もう悲劇のヒロインぶるのは辞めました」
そうしてにっこりと笑う。
「だから大丈夫です。父とも向かい合います」
「サラさま……」
チャールズは彼女の瞳に強い意思が宿っているのを感じたらしい。
それ以上はなにも言わなかった。
「ってかんどーてきな話をしている途中でわるいんだけど……」
幼い紗々の声がする。
「どうした?」
この話のなかに割って入るということはなにか言いたいことがあるのではないか。
「さっきの魔物、こっちにやってきてるよ」
「サラさまあいつを止める方法ってありますか?」
なにかよくない予感がして彼女に質問する。
そして案の定答えは。
「力づくで倒すしか……」
つまり彼女は魔物を呼び寄せることはできるけど操ることはできないということか。
「うーん。サラさまってちょっと考え無しだった?」
紗々が正直な感想をのべる。
「こらっそういうこと言うなっ」
「だってー」
俺もそう思ったけれども口にしないだけの良識がある。
「じゃあさ、ハインリヒ。紗々と一緒にあいつ倒しちゃおうか」
「なんで俺が……」
「じゃあ他の人に任す?」
そういわれると認めたくないのか彼は腰に携えた剣を引き抜き臨戦態勢に入る。
「いくぞっ」
竜のかたちをした魔物は一直線にハインリヒのもとへと向かっていく。
「ふんっ」
それを近づいては引きはなしていく。
「ハインリヒやるねー」
「このくらい屁でもない」
自慢げに話すハインリヒだったが。
「騎士修道会のトップが汚い言葉使ってるー」
「う、うるさいな」
紗々に茶々を入れられその隙に魔物が噛みつこうとする。
それをすんでのところで避けると。
「アリサ姫に言いつけてやるー」
軽口を叩きながら紗々がフォローに入る。
「とりゃっ」
二人の攻撃は息があっているのか次第に魔物を追い詰めていく。
そして。
「止めだ」
喉元に剣を串刺しにして魔物は事切れた。
「しかし無茶をするもんだねー」
「そういうものだから仕方ないだろ」
紗々はにやにやしながらハインリヒをこづく。
「さっきの仕返し」
意外と根に持つタイプらしい。
「むっ。いくらアリサ姫の騎士だからといって失礼な」
本気なのかそうでないのかわからないがハインリヒはぼそりとつぶやく。
「まあこれで俺たちも本来の目的に向かうことができるだろう」
つまりはオットー家正面突破ということだ。
「お前たち俺に着いて来られるか?」
「なんだか仕切り屋だよねー」
少し冷静になったのか紗々はツッコミをいれる。
「はい。私もオットー家と向き合わねばと思っていましたから」
「僕も彼女が戦う手伝いをします」
「まあ面白くなってきたわね」
かくしてオットー家に乗り込むことは決定した。




