part29 lie
いよいよ騎士修道会のトップのハインリヒが捜査に乗り出した。
やはりジョン・ストーンが泣きついたらしい。
手紙には彼の名が記されていた。
「これはいよいよ親玉のお出ましか」
俺の印象は決していいものではないと思っていたのでやはりだが緊張する。
その上ハインリヒは自分が国王の隠し子だということが記憶にないのだ。
悪魔にとりつかれたのを祓ったと同時に彼の記憶までもが欠落してしまった。
俺はそれが気がかりだった。
「邪魔するぞ」
ウェルズ家の邸宅に足を踏み入れた騎士ハインリヒは厳めしい顔つきで俺に声をかけてきた。
「幸い今日はマリー夫人が外出中だ。もう彼女には邪魔させないぞ」
どうやら騎士修道会の主催する昼食会に招待したようだ。名目は立派だが目的は簡単だ。
俺とマリー夫人を切り離すことだ。
そして案の定話の本題へとはいる。
「俺の今日の目的は二つだ。一つはお前から事件のあらましを聞くこと。もうひとつはオットー家の末娘をもとの家に戻すことだ」
「そんなっ。マリー夫人はサラさまを預かることを連絡したと言っていましたが」
俺が反論するとぎろりと睨まれた。
「それでも国の権力者であるオットー家のご令嬢がよそで囲われているのは当主もいい顔をしていない」
つまりわざわざ自分からは呼ばないが別の人間に戻させようとしていると言うことだ。
なんとも薄情な人だと思った。
「俺はストーンの尻拭いにやってきたと思えばいいさ」
皮肉っぽく笑う姿は前見たときとは変わらない。それは記憶を失う前とあとで同じで安心した。
「それじゃあ俺はいくつかお前に尋問する。正直に答えてくれ」
まずは尋問からのようだ。
「お前は何をしていた?」
「俺はチャールズと一緒にパーティーに参加して彼を見守っていました」
ここら辺は毎回いっていたことなのですらすらと出てくる。
たしか最初に出会ったのがサラさまでチャールズと一緒に踊ったはずだ。
つまりマリー夫人との約束を一つ果たせたと言うことだ。
そしてそのあとテラスに陣取りチャールズを見守っていた。
そんな折りに魔物が襲ってくる。
その時俺はサラさまを探した。
まず中庭に向かってオットー家の長男のハミルと彼の恋人リリィを見かけた。
そこで盗み聞いた言葉。
それがサラさまの秘密へと導かれたのだった。
彼女は魔物を引き寄せる体質の持ち主だった。
でもこれは俺と彼女との間の秘密だ。
「表情が固いな。何か隠し事でもしているのか」
さすがは百戦錬磨のハインリヒ。俺の様子をよく観察している。
「まあいい。魔物が襲ってきたときお前はどこにいた?」
「テラスの前にいました」
その何気なく言った言葉が命取りだった。
「ん?お前はたしかマリー夫人とホールにいたんじゃなかったか?」
気がついたときにはこちらが追い詰められていた。
「ストーンの調書によればホールにいたウェルズ家の全員がそとに出て馬車が停めてある場所まで逃げたと言ったが……」
彼は俺とマリー夫人の証言の矛盾に気がついたらしい。
「お前もしかして嘘の証言をしたな?」
正確にはマリー夫人が嘘をついたのだが彼女は今ここにいない。
蛇に睨まれたカエルの気持ちがわかる気がした。
「改めて問おう。あの日いったい何があった?」
「俺の記憶違いです」
ここまで来て自分でも悪あがきだとはわかっていたがごまかすことにした。
俺が知っている秘密を暴露すればサラさまを傷つけてしまうことになる。
今ようやく幸せそうな彼女を見られているのに彼女の顔が曇るのをみたくなかった。
「これ以上嘘をつくと偽証罪になりかねないぞ」
最後まで追い詰める姿には俺も心がおれそうになったが持ち前の軽薄さでなんとか持ちこたえた。
苦しい。だがこれも彼女を守るためだ。
「一大事件の前に偽証罪に問われればお前もただではすまないぞ」
その言葉に心がポッキリおれそうになった。
その瞬間だった。
「待ってください」
少女の声がした。
振り向くとそこにはサラさまと彼女と寄り添うようにチャールズの姿があった。
「お初にお目にかかります。私サラ・オットーと申します」
「こちらは同じオットーでも本筋の方だな」
ハインリヒは苦笑した。
「俺もオットー家の傍流だがあんたと面識はない」
鼻をならして彼はサラさまを見下ろす。
「噂はかねがね聞いております」
それでも動じないのが彼女だった。
「父とは面識があるはずです」
「ああ。あの嫌みったらしい男のことか」
どうやらハインリヒにとってもオットー家の当主は嫌な存在らしい。
「俺は嫌われているはずだが久々に頼み事をされてな。なんでも末娘のサラのことが気になって仕方ないらしい」
まあ俺には関係のないことだけどなと自嘲気味に呟く。
「凱旋に戻ってきただけなんだがな。余計な仕事が増えてしまった」
「余計な仕事ですか……」
その言葉にサラさまは一瞬顔を曇らせるがすぐに凛とした表情に戻る。
「ならばここでひとつ提案です」
「どうせまたここで見逃すとかそういうことだろう」
斜に構えた態度で返事をするハインリヒだった。
「そいつは断らせてもらう」
俺も権力が怖いからなと小さく笑う。
「では私からひとつオットー家の秘密を教えます」
「なんだ。それは俺に旨味があるのか?」
「ええ少なくとも悪い話ではありません」
それを条件に彼が引き下がってくれるかどうかが問題だった。
「近々アリサ姫との縁談が長兄にやってくるでしょう」
「……」
「そしてその縁談の話は何か問題がなければとんとん拍子に進むことでしょう」
アリサ姫の名を聞くや否や静かになるハインリヒだった。
彼はおそらく自分の恋情と立場を天秤にかけているのだろう。
組織のためを思えば縁談に協力しなければならない。
だが自分の恋心を貫くには問題がありすぎた。
まず彼とアリサ姫は血を分けた兄妹である。
彼は記憶を失っているからそれを知らない。
だからどうしてアリサ姫が自分につれないのかわからない。
だがそれでも結ばれたいと望んでいるのだろう。
「その話のどこに旨味があるんだ?」
固い表情で静かにそう訪ねる。
「長兄ハミルには恋人がいます。彼女の名前はリリィといいます」
パーティーで二人でいたことを思い出す。
「兄は彼女にひどく執着しています。だから結婚してもその関係を継続させるはずです」
「それはアリサ姫にたいする不敬になるのではないか?」
つまりアリサ姫はハミルと結婚しても幸せになれないということだ。
その事実にハインリヒは言葉を失う。
自分の手が届かない存在になるのならまだしも。
アリサ姫が不幸になるのがわかっていたら。
彼は許すわけにはいかないだろう。
「父の企みは簡単です。アリサ姫と長兄を結婚させてオットー家出身の王子を誕生させることです」
それによりオットー家の権力をより強固なものにしたいらしい。
「そしてライバルとなるのは騎士修道会のハインリヒさまと王都周辺のギルドの支援をしているシュタット家です」
シュタット家の動向は分からないがおそらく彼らも権力を狙っているだろう。
するとハインリヒには不利な局面にたたされるはずだ。
一番勢力としては小さいのが騎士修道会だからだ。
そして彼はオットー家の傍流の家の出だ。
本家の言うことには逆らえない。
だがハミルの話を聞いたなら別だ。
彼が別の女性を思っているならば二人の縁談を認めるわけにはいかないだろう。
何せアリサ姫の幸せがかかっているから。
「わかった。あんたの話を聞いたら考えが変わった」
今日は引き返すつもりらしい。
「悪かったな界。今日は不問にするが調査の方は続行だからな」
「それは恐ろしいですね」
俺が軽口を叩くとハインリヒはニヤリと笑った。
これで彼はどう報告するつもりなのだろう。
「オットー家の問題には首を突っ込まないつもりだが、あんたも家に戻らないと色々うるさく言われるだろうな」
サラさまにそう話すと彼は屋敷を出ていった。
「ふう。これで嵐は去ったということですかね」
ずっと横で様子を見守っていたチャールズがおもむろに口を開く。
「サラさまがここまで口がたつことを知って驚きましたよ」
「そうですか?」
意外とけろっとしているサラさまだった。
これは予想以上の大物だったようだ。




