part28 monster3
妹の紗々から手紙が届いた。
「兄者へ
王都に戻って一ヶ月以上が経ちましたが日々変わりはないですか。
兄者がサミー伯の邸宅で起きた事件に関わっていると聞いて心配しています。
犯人を捕まえるために騎士修道会のジョン・ストーンさんが探し回っているらしいですね。
紗々の方にも連絡が入りました。なにもないとは思うけれど気を付けて」
文章がいつもよりうまくなっていると言うことはおそらくアリサ姫のチェックが入った手紙なのだろう。
どうやら王族もこの事件を気にしているようだ。
それは当然だろう。なにせ天下のオットー家の長男ハミルと末娘のサラが関わっているのだから。
そして耳の早い連中は彼らに何かあると踏んでいる。
捜査を担当していたジョン・ストーンもウェルズ邸にここ最近足しげく通っている。
「ストーンさん、今日も捜査ですか?」
「はい。私の担当はウェルズ家ですから」
それと本当はサラさまも含まれているのだろう。
これだけ通っても彼女に会わせないマリー夫人が鬼に見えてくる。
まあ一部証言は嘘が混じっているからな。
それをうさんくさく感じているということもあるはずだ。
「マリー夫人からお話を聞かせてもらうこと約十回。なのに肝心のサラさまにはお話すらできないとは……」
「そのウェルズ家の人間が言うのも変ですが大変ですね」
俺にできることは労うことくらいだが。それで彼は奮起したようだ。
「ここまで来たら奥の手に出るしかないか……」
ストーンさんは騎士修道会ではそれなりの地位にいる。
それに対してすげなくしているマリー夫人の肝っ玉と計算高さには恐れをいったようで違う作戦に出ることにする。
つまり自分でダメなら上司を使ってみろという作戦だ。
これは本人の沽券に関わるのであまりいい作戦には思えないが彼も腹をくくったらしい。
「ご存じですか私の上司のハインリヒが王都に戻っていることを」
「いえ」
「彼は東方を治めた凱旋しに戻ってきているのです」
それは初耳だった。確かに東方を去ったときには彼がかの地で残って仕事をするのだろうと思ったが。
意外な話もあるものである。
「たしか今は王家の別荘を間借りしているとか」
要らぬ情報までついてくるが深いことは気にしない。
ん?たしかハインリヒはオットー家の傍流の家系の養子だったと聞く。
これはオットー家に取り入るチャンスなのではないか。
「私もここまでガードが固い家は久しぶりです。もうハインリヒ殿に頼る他ありません」
ジョン・ストーンの姿は端から見ても疲れきっていた。
ひらりひらりと捜査をマリー夫人にかわされ俺も相手にしていないことに絶望したのか。
彼の表情は悲壮感に溢れていた。
「ここまで来たら背に腹はかえられません。ウェルズ家の捜査のためにハインリヒ殿の力が必要なことを上奏します」
どこか必死な表情でそう告げると彼はその場を去っていった。
屋敷のなかでマリー夫人の二人の息子たちに指導をする。
「界先生、今日は珍しくやる気ですね」
「ううっ。むずかしいよー」
長男のチャールズは愉快そうに次男のミルは苦しそうな返事をする。
「ああ事件があってからなかなか勉強できなかったからな。久しぶりに腰を据えて勉強したいと思ってな」
「それでこの分量ですか」
「ぼくはもうむりー」
いつもより量を増やしてみたのが災いしたのか弟のミルはノックダウン状態だ。
一方の兄はこれでもかとやる気をみなぎらせている。
「ここまで出されたら僕としてもやりがいはありますね」
そしてなぜ彼がいつもよりもやる気かといえば。
「チャールズさま」
ウェルズ家でかくまっているサラさまがそばにいるからだ。
男は単純だと思われるかもしれないが好きな子にはいい格好がしたいのだ。
もとから要領のいいチャールズは普段は適当にこなしているのであるが彼女がやって来てからは日常のあらゆる場面で紳士に振る舞っている。
そして得意な魔術を見せつけたいのだろう。
「今日は回復魔法が中心ですね」
普段練習している攻撃魔法とは勝手が違うのか彼はいつもより集中した姿を見せる。
常日頃彼の澄ました顔をみている身としては本気なのが伝わってきて家庭教師冥利に尽きる。
対するミルはヘロヘロで床に這いつくばっている。
「天に増します神のご加護を……」
すると倒れていたミルの力が復活する。
「ううっ兄上。なんだか元気になった気がする」
彼はぴょんぴょんはねあがり再び机に向かう。
そして勉強すること数十分。
「くーくー」
「魔法が効きすぎたようだな」
それをみてサラさまがふふっと笑う。
「ミルさまはもう夢の世界ですね」
「全く……」
俺がわざと肩をすくめるとチャールズとサラさまが笑い出す。
「先生も先生ですよ。ミルが勉強苦手なのわかっていてわざと難しい問題だすから」
「最近は自分でも頑張っていたみたいだしついやりすぎた」
ちょっとだけ反省しつつ眠っているミルを起こさないように毛布をかける。
「なんやかんや先生も優しいですよね」
「そうか?」
俺がサラさまと顔を見合わせると再び笑われる。
「そこでサラさまを使うの禁止ですよ」
「わかったよ」
三人同士で会話が始まる。
「それにしても今日もストーンさんが来ていたらしいですね」
「ああマリー夫人がすげなく追い返していたけど」
その言葉にサラさまは申し訳なさそうな顔をする。
「きっと私のことですよね」
「サラさまが気にすることではありません」
彼はサラさまを慰める。普段は明るく振る舞っていてもやはり捜査が入るということは不安にかわりないだろう。
「ああ。それでストーンさんじゃ埒が明かないので今度騎士修道会のトップハインリヒ殿がやって来るそうだ」
「ええっあの東方遠征で有名なハインリヒ殿ですかっ」
チャールズは驚いた顔をする。まさかそこまでのことになるとは思っていなかったのだろう。
「とは言っても彼が来るのはそんなに長くないはずだ。本来凱旋が目的で帰ってきているだけだからな」
「サラさま、ハインリヒとは面識ありますか?」
「どうしてですか?」
「風の噂ですが彼がオットー家の傍流の家系だと聞いて」
うーんと彼女はなにかを考え込む。
「大変言いづらいことなのですが父はハインリヒ殿を毛嫌いしておりまして」
それは新聞記者のアロンソから聞いた話だ。
話し半分で聞いていたが本当の話らしい。彼の情報も侮れない。
「理由はわかりません。でも東方で活躍している彼の話を聞くと父はそれだけで不機嫌になるのです」
理由はやはり彼がオットー家の養子だからなのか。
血の繋がりがないことで彼を毛嫌いしているのならばオットー家の当主も相当だ。
それとも。
オットー家の当主だからこそ彼の生誕の秘密を知っているのか。
もしそうならば合点がいく。
王家の隠し子であるハインリヒを押し付けられた形でオットー家に迎え入れた。
その事がよほど不本意であったのか。
そして元老院を牛耳っているはずのオットー家が東方遠征では利権は得られたものの騎士修道会に一杯食わされた。それに対しての怒りもあるはずだ。
「私はハインリヒ殿とは一度も面識がありません」
そう告げる姿はどこか悲しげでもあった。
深くは語らないが彼女自身不自由な生活を送ってきたのだろう。
おそらく身動きが自由にとれるような状態ではなかったはずだ。
それは彼女が稀人。魔を引き寄せる力があったからだ。
思った以上にオットー家の闇は深い。
そう感じた。
「界先生っ」
チャールズが気遣わしげな視線を送ってくる。
「話を聞かせてくれてありがとう」
「大丈夫ですよ」
俺が彼女に手を差し出すと彼女はにっこり笑った。
「私にできることがあれば何でも教えてください」
どうやらチャールズの存在のお陰で彼女は半分くらいは吹っ切れたようだ。
恋の力は最強だ。
何にも変えがたい力を産み出してくれる。
俺は少しだけ羨ましくなった。




