part25 Sara2
テラスにつくとそこには一人の少女がいた。
リサさまだ。間違いない。
「リサさま。早く逃げてください」
俺は彼女に声をかけるが動く気配はない。
仕方がない。もう少し近づくか。
だがその前には大量の魔物が立ちはだかる。
「この数だと全部倒すのは不可能だよな」
一人ごちるが現状は変わらない。
ここで魔術を使っても消耗戦に持っていかれる。
どうにかして魔物がやって来た原因を判明させないと。
「でも悠長に考え事をしている暇はないよな」
そうこうしている間にも双頭の竜が俺を襲ってくる。
「ああくそっ」
リサを救うためにも前進するしかないのだが。
いかんせん敵が強すぎる。
そして竜はこちらが攻撃しないのを見ると余計に興味を示し更なる攻撃を仕掛けてくる。
彼らは火炎を吹きそれが俺の足元にまで及ぶ。
それを一歩二歩と華麗に避けていくが。
肝心のリサから遠ざかっていく。
「うーんこれじゃ本来の目的を果たせないな」
魔物たちを排除するには彼らを呼び寄せた原因を考える他ない。
少しばかり考えてみるとオットー家の長男の発言が脳裏をよぎる。
サラさまが全ての元凶……。
彼は確かにそういっていたのだ。
だが俺は彼女と面識はない。
何せパーティーに来ている客たちは全員なにかを隠しているようだったから。
今からそれを確かめに行こうとしても阿鼻叫喚とした屋敷のなかでは冷静に話をできる暇などない。
それに今はリサを助けにいかなければならない。
チャールズと約束したのだ。
彼女を助けると。
「リサさまー。俺です。チャールズの家庭教師の界です」
必死に声をかけるが彼女は振り返りもしない。
というより。
俺が声を必死にあげればあげるほど魔物たちが俺めがけて襲ってくる。
まるで彼女が俺を拒否しているように。
でもどうしてリサは助けを求めない。
それが不思議だった。
俺の妹の紗々のように戦いなれているならともかくこの状況で丸腰で平気でいられる人間など限られている。
それこそ魔物使いとか。
その考えにはたと我に返る。
オットー家の末娘であるサラさまと身元不詳のリサ。
その二人の関係性が頭のなかで一致した。
もしかして。
彼女はリサという名ではなく本当はサラさまなのではないか。
それならば魔物たちがこの屋敷にやって来たのも納得がいく。
おそらくサラさまは社交界のなかでも秘密にされた存在だったのだろう。
それはオットー家が彼女の存在を隠したかったからだ。
そしてどうして彼女を隠したいかと言えばそれは彼女の特殊な性質からだろう。
つまりは魔物を寄せる体質。
彼女のような人間は普段から護符のようなものを身に付けているはずだが。
今日はつけていなかったのだろう。
なぜよく見ていなかったのか一人反省したがもう遅い。
魔物を倒しても倒しても新しい敵がやって来る。
俺は必死に彼女の名を呼ぶ。
「リサさまっ。いやサラさま」
その一言で彼女は振り返った。
「どうしてその名を……」
その姿は驚いたようでもありどこか寂しげでもあった。
ここで俺は必死にいうことを考える。彼女の心を動かす何ががあれば魔物たちの攻撃も収まるはずだから。
「聞いてくださいっ」
その一言で魔物たちの動きが一瞬だが止まる。
どうやら彼女の心に対応して魔物たちが動いているのだと確信した。
だったら。魔物たちと戦うより彼女を説得した方がいいのではないか。
「サラさま。この魔物たちはあなたの力でおびき寄せられたものですか」
「……そうよ」
唇を噛み締めて悔しそうに彼女はそう答える。
「これが私の力。どう?嫌いになった?」
「そんなわけないじゃないですか」
「嘘つき」
彼女はどこか悲しげな目付きで俺の方を見る。
「あなたって確かウェルズ家の家庭教師よね」
その一言になにか軽蔑の念でも込められているようだった。
「あなたはオットー家とお近づきになりたいみたいだけれど私目当てだったら全く意味がないわよ」
「それは今は関係ありません」
「どういう意味?」
「確かに俺がオットー家の末娘のサラさまにウェルズ家を接触させる話もありました」
それはチャールズの母親であるマリー夫人の提案によるものでそこまで深い意味があったともとれない。
だがもし彼女が本当のことを知っていたとしたならとなると末恐ろしい。
「ですが今このような事態になって大変なのは俺たちにとっても変わりません」
「それに俺はチャールズから頼まれたんです。あなたを助け出してほしいと」
「私が全ての元凶なのに……?」
自虐的な言い方だった。なんとなく彼女を放っておけない気がした。
「元凶だなんて言い方しないでください」
「人にはそれぞれ生まれ持った力がある。それがいい面に運ばれたとしても悪い面に運ばれてしまったとしても。俺はあなたのこと嫌いじゃないですよ」
「嫌いじゃないって……」
「だってあなたはパーティーに不馴れなチャールズとダンスを踊ってくれた。それだけでも優しい人だってことがわかります」
「私は優しくなんてないわ。彼と踊ったのだってただの気まぐれよ」
「気まぐれでも彼は嬉しかったはずです。それに二人が踊っている姿を見ているときもあなた方は楽しそうで幸せそうでしたよ」
「それは彼が私のことを知らなかったから」
「知らなくてもこれから知っていけばいいんです」
そういうと彼女の眦に涙が浮かんだ。
「さっきあなたは私のこと嫌いじゃないっていったけれど私は自分のことが嫌いよ。だって護符を身に付けないとどこにいても人に迷惑をかけてしまう。魔物たちが集まってきて事件を引き起こす。だから私は自分のことが嫌いなの。家族だって私のことを嫌っているわ。こんな私に優しいこと言ってくれても……ぐすっ」
彼女は自分が泣いているのをごまかすように無理矢理笑った。
「おかしいわね。兄から疫病神と言われてもなにも感じなかったのに他の人に自分の力を知られるのがこんなに怖いなんて。慣れたつもりでもまだまだだったわね」
「悲しいことに慣れないでください」
そういうと彼女の頬に涙が伝う。
「自分を嗤う人間の言葉に耳を傾けないで下さい」
一緒にいると彼女が悲しい人なのだとわかってしまった。
チャールズと一緒にいたときは天真爛漫な女の子だと思っていたのに。
「一緒に帰りましょう」
そうやって彼女に手を伸ばす。彼女も俺の方に手を向ける。
だが。
「どこに?」
少女は悲しそうに俺に尋ねる。
「私はオットー家の人間よ。そう簡単に逃げられるわけないわ」
まるですべてを諦めてしまったかのように彼女はそう告げる。
「それに父と兄だって私の所業を見過ごすわけにはいかないわ」
彼女は父と兄を恐れて生きてきたのだろう。
まだ幼い少女なのになんとも言えない気持ちになる。
「だからあなたの言葉は嬉しいけれど信用はできないわ」
「そうですか。俺を信じるとまではいかなくてもウェルズ家の家庭教師としては信用していいただけませんか」
「それは……」
チャールズに対して好意があるのならばきっと信じてくれるだろう。
「信用しないって言ったらチャールズさまに失礼よね……」
目を赤くしてこちらを見上げる姿は年相応のもので。
彼女は俺の手をつかんでくれた。
まるで生まれてはじめてなにかにすがるように。
「お願い。私がしてしまったことは時間をかけて償うから」
「どうかウェルズ家のもとで過ごさせてください」
その言葉で魔物たちの動きが止まる。
主の気持ちを察したようだ。
彼らは思い思いの時間をすごし次々とその場を去っていく。
かくして屋敷にいた魔物たちはいなくなっていった。
俺は少女の腕を引きながらチャールズがいるはずの馬車置き場のところへいく。
「界先生……とリサさまっ」
チャールズとマリー夫人は俺たちを待ってくれていた。
どうやらここまで魔物はやって来たらしく彼が母親を守っていたようだ。
「頼もしくなったな」
「べ、別に僕は大したことはしていません」
彼は頬を赤くしてそっぽを向いた。
それを見て少女は小さく笑う。
「まあチャールズさま頼もしいわね」
「もうリサさままで……」
少し困ったようすのチャールズを見ていて俺も少しだけ頬を緩めた。
「あらあなたは私が出した提案を解決してくれたらしいわね」
マリー夫人は俺と少女の関係に気がついたように笑った。
「ん?それってどういう意味ですか?」
チャールズは不思議そうな顔だったが俺たちは笑ってごまかした。
「教えてくださいよ界先生っ」
「まあそれはおいおいってことで」
屋敷からは魔物がいなくなったが事件の元凶となったオットー家の当主や長男には手が延びないままだ。
これからそれを解決できればいいが。




