part24 Sara
彼女は魔を寄せる存在だった。
自分の望みとは関係なくその力は悲劇を招いた。
だから彼女は自分自身を呪ったのであった。
これ以上誰かを傷つけたくない。
だけど自分の力は本人の意思とは裏腹に悪い方へと転んでいく。
ああ今日はサミー伯の邸宅で晩餐会が開かれている。
今日も退屈するのだと思って疑わなかった。
兄につれられパーティーに来たはいいが彼女は家族のなかで疎まれている。
だから虫愛づる姫君などと揶揄されいつも仲間はずれだ。
いつものように名前を隠してやり過ごそう。
そう思ったのだ。
幸い彼女のことをよく知らない新参ものの少年がいる。
彼を相手に遊ぶのもいいだろう。
一時のまやかし。それだけでも慰めになる。
そうして彼女は自身を偽って少年と踊る。
相手のことはよく知らずとも互いに腕を組みリズムを刻んで動いているとそれだけで胸が弾む。
それだけで相手のことを知った気になれるのだ。
彼女は笑う。
愉快そうに。
そうこんなものただの遊びだ。
パーティーに来たからといって自分が望むような相手と結婚できるとは限らない。
彼女に婚約者はいる。
だが顔を会わせたこともない。
父が勝手に決めた相手だ。
おそらくは持参金目当ての結婚だ。
そして家族も厄介払いできるとほくそえんでいるのだろう。
考えていても楽しくないので彼女は躍りに集中することにする。
相手はまだ年端もいかない少年だが一緒にいるとなんだか気分が弾む。
でも幸せな時間は長続きしない。
彼は今回のパーティーの華だ。
代わる代わる違う女と踊り始める。
だから彼女は人目のつかないテラスで一人たたずむ。
「おい」
兄が声をかけてくる。
「さっきお前を紹介してほしいという男がいた」
「どなたですか」
兄は顎を引くとその男の方に視線を向ける。
「ウェルズ家の家庭教師だとか」
「ふうん」
ウェルズ家といえば今回のパーティーの中心人物だ。
その家庭教師が探っているとなるとどういうことだろう。
「もしかしてオットー家に近づこうとしているのかしら」
「だとしたら見当ちがいだな」
兄はおかしそうに笑う。
確かに彼女を狙うのであれば見当違いにもほどがある。
家族のなかでいることを望まれていない彼女に結婚の申し出をしても関係を作り上げるのは不可能だ。
せいぜい少なくない持参金で懐を潤すくらいしか。
だが相手は家庭教師だ。彼自身にメリットはほとんどない。
「リリィさまとはよろしいのですか」
「お前が彼女の名を口にするな」
兄は不服そうな顔をした。
彼は独占欲が強い。たぐいまれな容姿に並外れた頭脳と恵まれているはずなのに多くの女性が彼から離れていくのはその歪んだ性格ゆえだ。
一度捕まえたものはつかんで離さない。そんな性格をしているのだ。
それは母親からの愛情に恵まれなかったからか。それとも本来かれが持ち合わせている性質なのかはわからない。一歩間違えれば犯罪に繋がりかねない危ない男なのだ。
そういう点では彼女も兄もよくにているのかもしれない。そう考えるとおかしくなった。
「何がおかしい」
「いえその分だとリリィさまもご苦労されると思って」
「疫病神のお前に言われたくはない」
幼い頃には傷ついたのだろうが。今ではすっかりなれてしまった。このような呼ばれ方も。
「ご自分でも自覚があるのならもう少し彼女に優しくしてあげてください」
「優しさなど必要ない」
傲慢とも思える口の利き方はオットー家の長男にふさわしいものだった。
「あいつは俺のものだ。だから俺の好きなようにする」
「人は物ではありませんよ」
「お前がでしゃばったところで俺は自分の行動を変えたりはしない」
やんわりと注意したが兄の心には響かなかったようだ。
「そろそろだな」
兄はふっと笑う。
彼の発言通り彼女の手袋の下から淡い光が放たれる。
「さあこのパーティーをめちゃくちゃにしてもらおうか」
自分でもわかっている。これから何が起きるか。
わかっていても防ぐ手だてがない。
そうこれから。魔物たちが彼女のもとへと訪れるのだった。
「なにかを破壊することも一種の才能だよな」
「才能?」
「そうだ。人に忌み嫌われるはずのお前がここまで生きてこれたのもその特別な力ゆえだ」
その力ゆえに人から疎んじられ遠巻きにされながら生きてきた。
この力さえなかったら普通の生活ができたのかもしれない。
そう望んでいたのも遥か昔だ。
今はもう。ただの人形のように兄に従うだけだ。
「わかっています。ですがどうして今日それを……?」
「父上の命令だ」
兄も結局は父に逆らえない。
命令されれば従わざるを得ないし、結婚相手だって父の選んだ相手になるのだろう。
リリィはその時までの期限付きの恋人にすぎない。
結局は彼女たち兄弟も父の掌の上で転がされるしかないのだ。
しかし父は何を思ってこのパーティーに彼女を送り込んだのだろうか。
普段身に付けている護符も外させて本当にこの場所を破壊するつもりなのだろうか。
「父上も俺たちと変わらずネジが飛んでいるからな」
「そうですね」
オットー家は元老院を牛耳っている一族ではあるがその力は磐石ではない。
特に最近は東方での騎士修道会が王国の下について力をつけたから警戒しているのだろう。
いくら利権を得たからといって東方の支配権は騎士修道会の上にある王国にある。
アリサ姫が騎士修道会の団長ハインリヒを手なずけたことに相当の嫌悪感があるのだろう。
彼女にはよくわからなかったが。
「今回はお前の力を使うから俺は従者を呼んでリリィの家に邪魔する」
つまり彼女を一人にして企みがばれないようにするつもりらしい。
リリィの家はアリバイ作りにぴったりなのだろう。
そして兄は彼女の手袋を取り外し手を天へと掲げる。
「この力で家族を守れるならばもうけものだな」
自分を愛さない家族に向ける言葉ではない。
「俺は父上がどうしてお前をどこかへ養子にやらないか不思議だったよ。だけどこの年になって段々わかるようになってきた。お前の呪われた力は俺たち家族を苦しめてきたがようやく日の目を見ることができるようになった」
「その言い方はやめて」
「どうして。嘘ではないだろう」
兄は低く笑う。
「これから起きることが楽しみだな。直接目にできないのが本当に残念だ」
口許を歪めてこちらに冷たい視線を向けてくる。
「せいぜい頑張るんだな」
そして全てが始まる。
彼女の力に呼び寄せられて魔物たちが集まる。
これが騒ぎの始まりだった。
「何が起きている?」
辺りは逃げ惑う人々で溢れかえっていた。
俺はチャールズがいるのを確認すると彼が早く逃げられるよう手配する。
「母上は?」
仲が悪いはずなのに緊急時になるとやはり心配らしい。
彼の心根が優しいのが見てとれる。
「マリー夫人は先に外に誘導した。おそらく馬車を停めてある場所で待ってくれているはずだ」
「よかった……」
ほっと安堵したのも束の間一角獣が襲いかかってくる。
「危ないっ」
彼を庇い魔術を使う。守護魔法だ。
「とにかくここにいては危ない。早く先に逃げるんだ」
「でも界先生を放っておけません」
彼は心配そうな目をこちらに向ける。
「大丈夫だ。俺は国王の一人娘の騎士の兄だぞ」
「そこは自慢しなくても」
自信ありげに胸を張ったのがいけなかったのか少し呆れられた。
「俺だってたまには人に誉められたいんだよ」
「はいはい。先生はすごいです」
棒読み口調でチャールズが俺を誉める。なんだか年下にあやされる俺って立場がないぞ。
「だからすごい先生も早く魔物たちを倒していってください」
この緊急事態の中少しだけ緊張感が和らいだ。
「そうだな。それよりチャールズ、他に逃げ遅れた人はいないか」
「逃げ遅れた人……」
彼は少しの時間思案してはっとした顔で続ける。
「リサさまが見当たりません。しばらく一緒にダンスしていたんですが僕が別の娘と踊っている間にどこかいなくなっちゃって」
あの可憐な少女の姿を思い出す。
どこかミステリアスな彼女。
家のことをかたくなに口にしようとしなかった彼女。
「彼女がいる場所に心当たりはないか」
「ダンスホールにはいなかったからテラスか中庭にいるのではないかと」
確証はなかったが彼のいうことを信じて進むことにする。
辺りには一角獣やベヒーモスが屋敷のなかを暴れまわっていた。
「中庭をチェックするか」
逃げ惑う人々の間を掻い潜りまずはチャールズの言っていたことを思い出す。
「うーんここには魔物がいるだけだな」
幸か不幸か彼女はそこにはいなかった。
代わりに月明かりに照らされた場所でリリィと彼女の恋人であるオットー家の長男が手を取り合っていた。
こんなときに何をやっているのだろう。
「早くここを去るぞ」
「でもお母様もあなたの妹のサラさまも見当たりません。彼女たちを見つけないと」
「二人は大丈夫だ。母君は先に屋敷に戻っていった」
それを聞くとと血の気の引いていたリリィは男のうでのなかで倒れた。
どうやら失神してしまったらしい。
男は俺に気がつくことなくその場を去る。
その時怪しげな発言が聞こえた。
「サラも大丈夫だよ。何せあいつが元凶だからな」
その意味が気になったが俺は先を急いだ。
目指すは人気のないテラスの方に。




