part23 Lisa
チャールズとリサが踊っている最中俺は壁際の少女たちを観察していた。
彼女たちは男性に誘われない少女たちだった。
この中にサラさまがいるはずはない。
なぜなら彼女はこのパーティーの華であるから。
だがそれならなぜ彼女の名前を聞かないのだろう。
俺は不思議に思いながらチャールズを見守った。
練習では足と足がぶつかる事故もあったがリサ相手だと失敗していないようだった。
そこは一安心だ。
そして一曲終わるとリサとチャールズは俺の方へと戻ってくる。
「二人ともお疲れさま」
俺が二人を労うとリサは屈託なく笑った。
「初めてのダンスの感想はどう?」
「リサさまと踊れて光栄です」
恭しく頭を垂れるとチャールズは彼女の手の甲に軽くキスをした。
「まあ初めてなのに手慣れているわね」
彼女はふふっと笑う。その姿は愛らしく見ていて頬が緩んだ。
「そんなことはありません。僕も初めてのダンスでしたがリサさまのダンスがお上手でしたから」
「まあご謙遜を」
この二人意外とウマが合うようだ。チャールズは猫を被っているからともいえるが。
「ところでこんな素敵な女性を前につかぬことをお聞きしますが……」
「あら私のうちのこと?それは秘密よ」
さらりと大事な質問をかわされてしまう。
「私のことはリサと覚えていてくれればいいのよ」
彼女は利発な少女のようだ。家のことが分かれば人は対応を変えてしまうことだってある。
それを恐れてのことなのだろう。
彼女はかたくなに自分の家の話をしようとはしなかった。
かくなるうえはチャールズと前もって相談していた作戦に乗り出すとしよう。
その名もテラス陣取り合戦。
女性と親しくなるには二人きりの状況を作り上げなければならない。
だが屋敷には二人きりになれる場所は限られている。
だから事前にテラスや中庭の位置を確認して先に陣取ることにする。
もちろん身分の高い人間も利用するからトラブルが起こらないようにするのも大切だけれど。
「よし合図したらテラスに来てくれ」
チャールズとリサが談笑しているところを離れ俺はテラスの前で暇を装い場所取りをする。
本当ならあまりマナーがいいとは言えないがそこはオットー家の末娘のサラさまと一曲踊るためだ。
だが一向に彼女は現れない。
仕方がないので近くにいる貴族と談笑することになる。
「あら界さまお久しぶり。今はウェルズ家の家庭教師になられたとお聞きしています」
「はい。マリー夫人にはよくしていただいています」
そういえばと夫人の方を探すと彼女は見知らぬ男性と楽しそうにやり取りしていた。
これをチャールズが見たら恐ろしい。
今はリサと話をしているみたいだから問題ないけれど。
「あら今日はチャールズさまのお披露目会よね」
貴族の女性は興味津々といったように俺に質問してくる。
「彼のお相手に私の娘はどうかしら?」
「ありがとうございます。お嬢様はどちらへ?」
辺りを見渡すと貴族の女性によくにた娘がこちらにやってくる。
「お初にお目にかかります。私リリィと申します」
チャールズよりは年上の凛とした女性だった。
だが彼女の後ろにはもう一人男性がいて心配そうにことの行く末を見守っている。
どうやら彼女の恋人のようだ。
だが彼は名乗らずただじっとこちらを見つめている。
「こちらこそはじめまして」
軽く会釈をすると男がきつい視線をこちらに向けてくる。
「あなたったら」
リリィはあきれたような顔をする。どうやら嫉妬深い性格のようだ。
どうやらチャールズはリサとは別れたようだ。
ちょうどいいので彼をリリィのもとへと誘う。
「一曲踊りませんか」
今度はワルツではなく大勢で踊るポルカだった。
だがリリィの恋人とおぼしき男性は苦い顔をする。
どうやら自分以外の男性と恋人が踊るのをよしとはしない性格のようだ。
仕方がないので俺たちは陣取りをしているテラス前に移動する。
「失礼いたしました」
一応礼儀として頭を下げておく。
だが内心俺は戸惑っていた。まさかここまで心の狭い男がいるとは。
「申し訳ありません」
リリィは頭を下げるがなんだかかわいそうだった。
「いいんですよ」
俺は笑いながらその場を去る。
「あらチャールズさまこんなところで何をなさっているのですか」
サミー伯のエマ夫人は世話焼きの性格らしく隅で固まっている俺たちに声をかけてくれた。
一応これは作戦のうちだったが端から見ると今日の主役がすみに隠れているのは不自然だっただろう。
「せっかくいらしたのですから皆さんにご挨拶させてください」
そして彼女は手をパンっと叩く。
すると周囲の注目が集まり辺りはしんとする。
「皆さんこちらが今日社交界に初めていらしたチャールズさまです。以後お見知りおきを」
彼女はチャールズの肩を叩き自己紹介をするように促す。
「はじめまして。僕がウェルズ家の長男のチャールズです。よろしくお願いします」
そつなく挨拶をこなすとエマ夫人の友人たちがこぞってチャールズの方へと集まる。
「まあお若いのにしっかりしていらっしゃいますね」
「端正な顔立ちをされて。あと数年で娘たちが色めき立つ美貌の持ち主ですね」
女性たちはひとしきりチャールズを褒め称えている。
そして当然だがチャールズの母であるマリー夫人も挨拶をする。
「我が家の長男の初めての社交界にご親切にしてくださいましてどうもありがとうございます」
彼女は自前の扇子で口許を隠しながら優雅に挨拶をする。
パーティー慣れしているのだろう。
息子の初めての社交界だというのに緊張ひとつしていない。
「では私はこの辺りで。あとは若い方たちで楽しんでください」
そういうと先程いた男性とは別の男とダンスを始める。
「まったくあの人は……」
チャールズも改めて腹をたてているというよりはあきれている様子だった。
以前ならば怒髪天になる彼を想像していたが彼も大人になっているのか場所が場所だけにかいつもの嫌みはなかった。
「君も成長したな」
「僕はいつも通りですよ」
俺に誉められたのを素直に受け止めない辺りは相変わらずなのだろうか。
「チャールズさまいかがでしょう。私たちよりもお若い方同士の方が気が楽でしょうから」
エマ夫人はそう提案する。
するとひとしきり若い娘たちが集まり挨拶がわりにダンスを踊っていく。
どうやらチャールズが心配したような事態にはならなかったようだ。
しかし肝心のサラさまが見つからない。
場所取りをしている間ずっと辺りを見渡しているがサラさまのさの字も聞こえなかった。
オットー家の末娘が来ているという情報は本当なのか。次第に疑わしくなっていった。
「エマ夫人少しよろしいですか」
このままでは埒が明かないのでパーティーの主から質問することにする。
「本日オットー家の方がいらしているとうかがったのですが」
「ええいらっしゃいますよ」
彼女は意味ありげな笑みを浮かべた。
「でしたら是非ともオットー家の方にご挨拶をしたいので紹介していただいてもよろしいでしょうか」
本当の目的は末娘のサラさまだったがここはもっともらしいいいわけを口にする。
「どうぞこちらです」
そして案内されたのは。
リリィの恋人とおぼしき男性だった。
「ウェルズ家の家庭教師の界さまです」
エマ夫人がそう紹介すると男はああ、とだけ返事した。
どうやらひどく無愛想な男のようだ。
これがオットー家の長男なのか。
その存在感に圧倒された。
男はがっしりとした体躯に精悍な顔つきをした男性美を絵にしたような男だった。
これは女に不自由しないわけだ。
だがあの心の狭さ。すぐにフラれないか少し心配になっていた。
「つかぬことを伺いますが妹のサラさまにもご挨拶を差し上げたいのですが」
本来の目的であるオットー家の末娘の話題に移る。
だが彼は不快そうに眉を潜めるだけだった。
「ああ我が家の虫愛づる姫君のことか」
どうやら仲はあまりよくないようだ。
「彼女なら屋敷のどこかにいるんじゃないか」
なんともつれない返事だ。
「父が私に妹も連れていけと命じるから仕方なく来たが早々に離れてしまってな」
微塵もすまなそうな様子は見せない。
「だが残念ながらお前に紹介するつもりはない」
「それはどういう意味ですか」
「あれは我が家の恥だ。外に見せるわけにはいかない」
どうやらサラさまの噂を聞かないのはオットー家の人間が意図的に情報を隠しているからのようだった。
「恥だなんて。可愛そうなことをおっしゃらないでください」
その言葉になにか思うことがあったのか男は口を閉ざす。
「家族なら自分の妹を大切にしてあげてください」
それは自分の妹を手放してしまった自分にも向けた言葉だった。
「これは自分の家族を大事にすればこそだ」
男は物言いたげな表情でそれだけを告げる。
これ以上は話したくないようだった。
「我が家の姫に会ってもお前が望むようなものは手に入らないぞ」
男は口の端を歪めて忠告する。
「承知いたしました。でも俺たちが彼女を見つけたら一曲踊らせていただきます」
「好きにしろ」
そう一言いい残すとサラさま捜索に出るのだった。




