part18 party
それからしばらくして聖夜が訪れた。
アリサ姫は東方の住民と騎士修道会の人間を集めてパーティーをすることに決めていた。
そして俺は妹の紗々とともに屋敷で彼らを迎える準備をしていた。
「アンドリューさんハンナさん。料理の方はどうですか」
「はい。あと十人前ほど出来上がります」
「わーおいしそー」
いつもの質素なスープとパンの食事ではなく本日は盛大に豚の丸焼きを中心としたごちそうだ。
「あんた、そこにいると邪魔よ」
「おおすまんすまん」
アンドリューの妻ハンナと村の女たちが揃って手料理を披露してくれている。
作りたてのキッシュや焼きたてのパン、暖かいスープが着々と揃っていく。
「美味しそうですね」
「そりゃアリサ姫たっての要望ですから」
私たちも腕によりをかけて作らせていただきますと彼女たちは笑う。
「紗々も味見するー」
「こらまだ途中だから完成するまで待つんだぞ」
どうやら紗々は美味しそうな食事を前にして我慢ができなくなったようだ。
「えー紗々こんなにお腹減ってるのに?」
「そうですよあともう少しですから我慢してくださいね」
アンドリューが優しく諭すと紗々は納得した。
「うん。わかった!みんなが作り終わるまで待ってるねー」
そううなずくとパタパタと足音をたててキッチンを後にした。
「おい紗々待てよー」
俺も声をかけるが彼女は気にするそぶりを見せない。
「まったく現金なやつ」
「ははっ苦労しますね。界さま」
俺がため息をつくとアンドリューが声をかけてくれる。
「子供の成長は早いですから」
「俺はあいつの兄ですよ」
まるで父親扱いに俺は苦笑する。
「五歳しか変わらないのに俺はあいつの保護者代わりなんですよね」
あまり実感がわかないが少し前まで俺と紗々と二人きりで暮らしていたのだ。一応国王が後ろ楯としていてくれたが。
あの頃は生きるのに必死でこうしてなにかを楽しむ余裕はなかった。
「こうしてみなさんとパーティーが出来るようになるまでなるなんて思いもしませんでした」
「おやおや界さまも嬉しいことを言ってくれるね」
ハンナが間に割って入り茶々をいれる。
「はいジャガイモの皮剥き」
アンドリューと一緒にナイフを手渡され促されるままに作業に取りかかる。
黙々と皮剥きをすること一時間。
その間にも人が行き交いキッチンは慌ただしかった。
女たちの笑い声が響き、屋敷もどこか活気づいていた。
そこにハインリヒがやってくる。
「おい界。そこで何をやってる?」
「ジャガイモの皮剥きです」
アンドリューと一緒にいたが彼は俺に用があったらしい。
「お前に話がある」
「ではここで聞いてもいいですか?」
すると彼は変にもじもじしながら頼み事をするのだった。
「実はアリサ姫に聖夜のプレゼントを贈りたいんだが」
恥ずかしいのか頬をぽりぽりとかく。
「直接渡すのは皆の手前憚られるのでお前に協力を仰ぎたい」
なぜか仰々しい言葉で告げられると俺は反応に困る。
「いいですけど具体的にどういった話ですか」
とりあえず反対することはないので俺はうなずく。
「シュトーレンの中に指輪を入れたいと思っている」
「それは……」
暗にプロポーズをしたいといっているようなものだ。
「俺は賛成しかねますが」
「先程手伝ってくれると言っただろう?」
突然の手のひら返しにあったのが不満なのか彼の目付きが一気に悪くなる。
「いえ反対しているわけではありません。ただ……」
「ただ何だ?」
そのやり方はあまりに露骨でアリサ姫を余計遠ざからせてしまうのだと伝える。
「どうしてお前にそれがわかる?」
「あなたより彼女との付き合いは長いですから」
その言葉にさらに彼の目付きが悪くなる。
「俺より付き合いが長いだと……?」
これが嫉妬というものか。
彼は不機嫌になりつつも俺に質問を続ける。
「アリサ姫とはいつからの付き合いだ」
「紗々が生まれたときからなのでちょうど十年くらいですね」
よくよく考えれば長い付き合いだ。
それで恋愛感情もなくただの友人としていられるのだから貴重な関係なのかもしれない。
向こうがどう思っているかは定かではないが。
「十年か……。お前は彼女の事をどう思っている?」
案の定というか俺をライバル認定してきたらしい。
「立派なお姫様ですから俺なんかが相手にしてもらえるわけありませんよ」
とりあえず否定しておいたが彼の目付きは変わらない。
「お前だってもとは名のある貴族の家の出だろう」
「今はその位も返上しましたから」
その一言で彼は気まずそうな顔をする。
「その……悪いことを聞いたな」
根は悪い人間ではないのだろう。俺の返事に対して申し訳なく思ったのか素直に頭を下げる。
「いいんですよ。もう終わったことですから」
とりあえず彼がおとなしくしているうちに話を片付けたい。
ということで俺も神妙な顔をしておく。
俺自身は位を返上した話くらいで落ち込むような神経はしていない。
「お前に協力をあおぐ前に俺も自分で考えるべきだったな」
ハインリヒは反省したような口ぶりで話を続ける。
「よし、シュトーレンの中に指輪を隠すのは無しだ。俺は直接アリサ姫に渡すと決めたっ」
「……」
それが一番遠い道だと伝えたかったが楽しそうにしているハインリヒを見ているとそうするのも気の毒だった。
「おい何だその目付きは」
「なんでもありません」
困っている俺をよそにハインリヒは自分の計画を話し始める。
「パーティーが終わる頃俺は彼女に声をかける。そして誰もいなくなったのを見計らって彼女に指輪を渡す予定だ」
「そうですか」
どこか遠い目をしながらジャガイモの皮剥きをしていると。
「界さま手が止まってます」
アンドリューが重苦しい空気を壊すように俺を注意してくれる。
「そうだお前は仕事中だったな。邪魔したな」
ハインリヒは愉快そうにその場を去るのであった。
「嵐のような人でしたね」
アンドリューは率直な感想をのべる。それは俺も同感だった。
「彼に悪気はないんですけどね」
アリサ姫と彼が結ばれることはないのだと伝えることができたらどんなに楽か。
「先程は失礼しました」
「そんな仰々しくならなくても大丈夫ですよ」
アンドリューは優しく微笑んだ。
「私くらいの年齢になると惚れた腫れたで騒ぐわけにもいきませんから」
むしろ面白かったですよと彼は笑う。
「アリサ姫もこれから殿方からのプロポーズも増えるはずでしょう」
苦労が絶えないですねと笑う。
「紗々さまもあと少しすればアリサ姫と近い年齢になるのですね」
「あいつはまだまだですよ」
あと五年経てば成長するのだろうが今はまだ子供だ。
おれ自身も結婚を考える年齢ではない。
「月日が経つのはあっという間ですよ」
アンドリューは感慨に耽るようにどこか遠くを見つめる。
彼も生きていたなかで色々あったのだろう。
俺は口を挟まずただ黙って彼の姿を見守っていた。
「こらあんたっ。手が止まってるわよ」
二人でしんみりしているとハンナが声をかけてくる。
「あら二人ともジャガイモの皮剥きいっぱいやってくれたのね」
ありがとうと感謝される。
「でもこんなにいっぱいあったら何にしようかしら」
「フリッツにするのはいかがですか」
細く切ったジャガイモを油で揚げるフリッツは紗々の好物だ。
「それがいいわね」
うんうんとハンナはうなずく。
「さあ界さまは次の仕事に取りかかってください」
アンドリューとハンナに促されるままに外に出ると。
屋敷には多くの来客があった。
これからパーティーだ。
俺は客人たちをもてなす準備をする。
「いらっしゃいませ」
かくしてパーティーは始まるのだった。