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RE:LIGHT  作者: SORA
第2巻「光の前夜」

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14/16

第14話「戻れない世界」


 配給台に、昨日まであった保存食が見当たらなかった。


 学校の体育館では、いつものように配給の列ができていた。

 レイは父と並び、順番を待つ。

 ルカはレイの足元に座っている。

 前の日までなら、朝は小さなパンと水、それに簡単な保存食が一つ付いていた。


 今日は、パンと水だけだった。


「今日はこれだけ?」


 前にいた子どもが母親に聞く。

 母親は少し困った顔をして、


「あとで何か来るかもしれないから」


 と答えた。

 配給台の向こうでは、職員が段ボールの中身を確認している。

 箱はまだいくつもある。

 けれど、どれも半分ほどしか入っていなかった。


 レイは受け取ったパンを見た。

 量が少し減っただけ。

 それだけのことなのに、昨日までとは違う感じがした。

 父も同じものを見ていた。


「食べながら行こう」


「うん」


 二人は体育館の端に移動した。

 近くでは、避難している人たちが話している。


「次の便、今日来るんだろ?」


「分からないって」


「昨日も来なかったじゃないか」


「道路がまだ駄目らしい」


「道路だけじゃないって聞いたぞ。運ぶ車も足りないって」


 誰かの声に、別の誰かが返す。


「トラックなら走ってるだろ」


「走ってるのもある。でも全部じゃない」


 話はそこで途切れた。

 レイはパンをちぎった。

 昨日まで、物資は少なくても届いていた。

 それが、少しずつ遅れ始めている。


 朝食を終えると、レイ達は学校を出た。

 前日までに得た手がかりは、公民館から先へ伸びていない。今日も写真を持って短い空白を確かめながら歩く。

 その途中、道路脇に長い列ができていた。

 ガソリンスタンドだった。


 車が道路に沿って並んでいる。

 入口には手書きの紙。


『給油 一台十リットルまで』


 レイは足を止めた。


「十リットル?」


 父も列を見る。


「在庫を持たせてるんだろう」


「ガソリンって、まだ作れないの?」


「作る設備が全部壊れたわけじゃない。動いてるところもあるだろう」


「じゃあ、なんで足りないの?」


 父は少し考えてから答えた。


「作る場所が無事でも、そこからここまで運べるとは限らない」


 レイは並んでいる車を見る。

 中には荷物を積んだ軽トラックもあった。


「道が壊れてるから?」


「それもある。運ぶ車が故障したら、それも減る。スタンドの設備が壊れてる場所もあるだろうし、燃料を積み込む場所が止まってるかもしれない」


「一個じゃないんだ」


「ああ。一個だけ直せば元通り、って話じゃない」


 その言葉を聞きながら、レイは列の先を見た。

 車は動いている。

 ガソリンスタンドも開いている。

 全部が止まったわけではない。


 でも、前みたいには使えない。

 公民館へ向かう途中、商店街を通った。

 シャッターが閉まった店が増えていた。

 地震直後から休んでいる店もある。


 けれど、昨日までは開いていた小さなスーパーにも、今日は「休業」の紙が貼られていた。

 レイは中を覗く。

 棚は見える。

 完全に空ではない。


 飲み物も、缶詰も、いくつか残っている。

 なのに店は閉まっていた。

 入口の横で店主らしい男性が段ボールをまとめている。

 父が声をかけた。


「今日は営業しないんですか」


 男性は顔を上げた。


「ああ。もう売れる量じゃない」


「まだ商品は残ってるみたいですけど」


 レイが言う。

 男性は店内を見る。


「残ってるのはあるよ。でも次が来ない」


「次?」


「仕入れだよ」


 男性は苦笑した。


「最初の数日は、倉庫にあった分を出してた。近くの店同士で融通もした。でも補充がほとんど来ない」


 父が尋ねる。


「配送自体が止まってるんですか」


「全部じゃない。来る便もある。でも前みたいな数は来ない」


 男性は空になった箱を一つ持ち上げた。


「たとえば水だけ来ても、パンが来ない。缶詰が来ても、電池が来ない。来たとしても少しだけだ」


「在庫がなくなってきてるんだ」


 レイが言うと、男性は頷いた。


「そういうことだ」


 そして少し間を置いてから、


「無くなってるっていうより、使った分が戻ってこないんだな」




 と言った。

 その言葉が、レイの中に残った。

 商店街を抜け、公民館へ向かう。

 公民館に着くと、昨日より人が増えていた。


 入口近くに、新しく毛布が敷かれている。

 昨日話を聞いた年配の男性もいた。

 レイに気づくと、軽く手を上げる。


「今日も探しとるんか」


「うん」


「そうか」


 レイは少し迷ってから聞いた。


「ここ、昨日より人増えてない?」


 男性は頷いた。


「向こうの避難所から来た人が何人かおる」


「なんで?」


「水が止まったらしい」


 父が顔を上げる。


「断水ですか」


「昨日までは出とったんだと」


 男性は入口の外を見た。


「地震の時に壊れたところが、持たんかったんじゃろうな」


 レイはその言葉を聞いた。

 地震からもう何日か経っている。

 壊れた直後ではない。

 昨日まで使えていた物が、今日になって使えなくなる。


 そんなこともある。


「直るの?」


 レイが聞く。

 男性は首を傾げた。


「直そうとはしとるんじゃないか。でも、いつになるかは分からん」


 父は何も言わなかった。

 レイも、それ以上は聞かなかった。

 公民館を出たあとも、母が向かった道を確かめたが、新しい目撃情報はなかった。

 昼を過ぎた頃、二人は道路脇で休憩した。


 父が水を一口飲み、ボトルの残りを確認する。

 レイも自分のボトルを見る。

 少ししか減っていない。

 なのに、今日は飲む量まで気にしてしまう。


「父さん」


「ん?」


「物って、なくなっていくの?」


 父はすぐには答えなかった。


「食べ物も、ガソリンも、薬も。使えば減る」


「それは前からでしょ」


「ああ」


「でも前は、また来た」


 父はレイを見る。


「そうだな」


 レイは商店街の方を振り返った。


「今は、来ない」


 父は少しだけ目を細めた。


「来るものもある」


「でも、前と同じじゃない」


「ああ」


「なんで?」


「いろんな場所が少しずつ止まってるからだ」


 父は指を折るようにして言った。


「作る場所。運ぶ場所。保管する場所。売る場所。そこまでつなぐ道」


 レイは聞いている。


「全部が壊れたわけじゃない。でも、途中のどこかが駄目なら、最後まで届かない」


 レイはしばらく黙っていた。


「じゃあ、残ってるものを使ってるだけなんだ」


 父はゆっくり頷いた。


「今は、そういう物が多いと思う」


「なくなったら?」


 父は一瞬、答えを止めた。


「別の方法を考えるしかない」


 それは答えのようで、答えではなかった。



 建物の影が足元まで伸びる道を歩き、レイ達は学校へ戻った。

 体育館の入口には、新しい張り紙があった。


『節電にご協力ください』


 中に入ると、昼間より照明が少ない。

 全部を消しているわけではない。

 必要な場所だけ点いている。

 壁際では、職員が電源タップを外している。


 スマートフォンの充電待ちの列も短くなっていた。


「充電、一人三十分までだって」


 誰かが言う。


「昨日は一時間だったのに」


「発電機の燃料、減ってるらしいよ」


 レイは自分のスマートフォンを見る。

 電池はまだ残っている。

 使える。

 でも、いつでも好きなだけ使えるわけではない。


 近くでは、子どもが携帯ゲーム機を持っていた。

 画面は点いていない。


「充電なくなっちゃった」


 その子は母親に言う。


「またできる?」


「電気が落ち着いたらね」


 母親はそう答えた。

 レイはその会話を聞きながら、自分のスマートフォンをポケットに戻した。

 夕食の配給も、朝と同じだった。

 量は足りている。


 今すぐ食べる物がないわけではない。

 けれど、昨日まであったものが一つ減っていた。

 列の後ろで、


「明日は来るんだろうな」


 という声がした。

 誰かが答える。


「来るって言ってたよ」


 別の誰かが言う。


「それ、昨日も聞いた」


 小さな笑いが起きた。

 けれど、誰も長くは笑わなかった。



 食事を終えた人々が毛布に戻り始めると、体育館の照明がいつもより早く落とされた。

 非常灯だけが残る。

 レイは毛布の上に横になった。

 隣にはルカ。


 少し離れたところに父がいる。

 天井を見上げる。

 地震が起きた日。

 建物が壊れた。


 道路が壊れた。

 電気が止まった。

 水が止まった。

 それでも、時間が経てば直っていくと思っていた。


 実際、戻ったものもある。

 電気が来た場所もある。

 水が出るようになった場所もある。

 車も走っている。


 店だって開いているところはある。

 だから、少しずつ元に戻っているのだと思っていた。

 でも今日見た町は、違った。

 昨日まで使えていたものが、今日は使えない。


 一度壊れたものが戻ってこない。

 使ったものが補充されない。

 残っているものだけで、毎日をつないでいる。

 レイは目を閉じた。


「父さん」


 暗い中で呼ぶ。


「どうした」


「元に戻るのかな」


 少し間があった。

 父はすぐに大丈夫とは言わなかった。


「戻せるものは戻す」


「全部?」


 また少し間があった。


「分からない」


 レイはそれ以上聞かなかった。

 足元でルカが小さく動く。

 レイは手を伸ばして、その背中に触れた。

 温かい。


 今ここにあるものは、まだある。

 でも。

 世界は壊れたまま止まっているんじゃない。

 少しずつ、使えるものを減らしながら動いている。


 そんな気がした。

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