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RE:LIGHT  作者: SORA
第2巻「光の前夜」

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13/16

第13話「空白」


「今日はどこから?」


 レイが隣に座る。

 父は家と学校の間を指でなぞった。


「昨日聞いた話を整理すると、大通りは地震のあとしばらく通りにくかった。住宅街も何本か塞がれていた」


「じゃあ、母さんが通れた道って、そんなに多くない?」


「ああ。候補は絞れてきた」


 父は地図の三か所に印をつけた。


「まず、この細い道。次に途中の避難所。それから、商店街の方だ」


「一つずつ聞くんだね」


「そうする」


 ルカが毛布の上から起き上がり、大きく伸びをした。

 レイはその背中を撫でる。


「今日も付き合ってな」


 ルカは短く鳴いた。

 朝食を済ませると、レイ達は学校を出た。

 最初に向かったのは、昨日教えてもらった細い路地だった。

 車一台も入れないほど狭い道。


 両側に家が並び、いくつかの塀には今も大きな亀裂が残っている。

 父は近くで片づけをしていた男性に声をかけ、母の写真を見せた。


「地震のあと、この女性を見ませんでしたか」


 男性は写真を受け取り、しばらく眺めた。


「うーん……分からないな」


「この道は今、通れますか?」


「歩きならな。瓦礫が残ってるから気をつけた方がいい」


「地震のあとから、人は多く通ってます?」


「多いよ。避難所へ行く人も、家を見に戻る人もいる」


 父は礼を言った。

 そのあとも通り沿いの家を何軒か回ったが、確かな答えは出なかった。

 路地を抜けた先に、小さな公民館があった。

 入口には今も避難所の案内が貼られている。


 玄関脇には水の容器と段ボールが積まれ、出入りする人が絶えない。

 父が地図を見る。


「ここも避難所だな」


 レイは写真を握り直した。


「聞いてみよう」


 中へ入ると、廊下にも荷物が置かれていた。

 広間には毛布を敷いて休んでいる人がいる。

 奥では届いた物資を何人かで仕分けしていた。

 避難している人も、手伝っている人も、ほとんど同じ顔ぶれに見えた。


 受付近くで箱を運んでいた年配の男性に、父が声をかけた。


「すみません。人を探しています」


 父が写真を差し出す。

 男性は写真を見る。

 最初は黙っていた。

 だが、少しすると目を見開いた。


「……ああ」


 レイの心臓が跳ねた。


「知ってるんですか?」


 男性はすぐに頷いた。


「この人なら覚えとるよ」




 父が一歩近づく。


「本当ですか?」


「ああ。ここに来た」


 レイは息を呑んだ。


「母さん……ここまで来てたんだ」


 父が尋ねる。


「いつ頃か覚えていますか?」


 男性は少し考えた。


「日にちは、はっきりせんな。地震のあとで、ここが今よりもっとごった返しとった時じゃ」


「一人でしたか?」


「一人じゃったと思う」


「けがは?」


「目立つようなけがはなかった」


 父は続けた。


「何か話しましたか?」


「話したよ」


 男性は写真を返しながら、少し笑った。


「というか、ずいぶん助けてもらった」


 レイが首を傾げる。


「助けてもらった?」


「ああ。ここも今、人手が足りんじゃろ?」


 男性は積まれた箱の方を見る。


「避難しとる人間も、手伝っとる人間も、みんな被災者みたいなもんじゃ。家が壊れた者もおるし、家族を探しとる者もおる。物資が届いても、運ぶ人間が足りん」


 近くでは、女性が飲料水の箱を開けている。

 別の男性は、毛布を抱えて廊下を往復していた。


「その人も家族を探しとったよ」


 レイの指先に力が入る。


「息子を探してるって?」


「そうじゃ。中学生の息子がおるって言っとった」


 レイは父を見る。

 父も黙って頷いた。

 間違いない。

 男性は続けた。


「すぐ出ていってもおかしくなかったのに、手が足りんの見てな。“少しなら手伝えます”って、そのまま箱を運び始めたんじゃ」


「母さんが……」


「水を並べたり、届いた食べ物を分けたり。泣いとる子がおれば声をかけたりな」


 男性は少し笑う。


「自分も大変なのに、よう動く人じゃった」


 レイは写真を見た。

 母らしい。

 そう思った。

 家族を探していても、困っている人が目の前にいれば、そのまま通り過ぎられない。


「だから覚えとるんじゃ」


 男性が言った。


「ただ通っただけなら分からんかったかもしれん。でも、しばらく一緒に動いてくれたからな」


 父が深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 レイも続けて聞いた。


「そのあと、どこへ行ったか覚えてますか?」


「ああ」


 男性はすぐに答えた。


「息子の学校へ行くって言っとった」


 レイと父が顔を見合わせる。

 父が地図を広げた。


「どの道へ向かいました?」


 男性は地図を覗き込み、公民館から東へ伸びる道を指した。


「こっちじゃ。大きい道は瓦礫が多かったから、神社の横を抜ける道を教えた」


 父がその場所に印をつける。


「出ていくところまで見ましたか?」


「ああ。入口まで一緒に出たから覚えとる」


 レイは地図を見た。

 家。

 公民館。

 学校。


 初めて、家を出たあとの母の足取りに、確かな地点ができた。


「ここまでは来てたんだ」


 レイが小さく言った。

 父が頷く。


「ああ」


 男性はレイを見る。


「お母さん、まだ見つかっとらんのか」


「はい」


「そうか……見つかるとええな」


「ありがとうございます」


 レイは深く頭を下げた。

 公民館を出ると、父はすぐに地図を開いた。

 レイも横から覗く。

 公民館は、自宅と学校の間にある。


 普段なら、ここから学校までは十分もかからない。


「父さん」


「ん?」


「母さん、ここまでは来た」


「ああ」


「じゃあ、ここから学校までを探せばいいんだよね」


「まずはな」


 父は男性が教えてくれた道を指でなぞった。

 神社の横。

 商店街の裏。

 そこから学校方面へ。


「行こう」


「うん」


 ルカが二人より先に歩き始めた。

 公民館を出たレイ達は、男性に教えられた神社脇の道から学校方面へ進んだ。

 商店街の裏、住宅街、小さな交差点。聞けそうな人には写真を見せ、服装と「公民館から学校へ向かった」ことを伝えた。

 けれど、確かな目撃情報は一つも増えなかった。


 何軒も訪ね歩いて、レイ達は道路脇の小さな公園でようやく足を止めた。

 ルカに水を出す。

 父は地図を広げた。


 レイは隣に座った。

 朝より、地図に印が増えている。

 その中で、一つだけ意味の違う印があった。

 公民館。


 母が確実にいた場所。

 レイはそこを指さした。


「ここまでは確定なんだよね」


「ああ」


「おじいさんが、入口まで見送った」


「ああ」


 レイはそこから学校まで指を動かした。


「でも、この先がない」


 父は地図を見たまま頷いた。

 公民館から学校までは近い。

 普段なら、レイが毎日歩く通学路の一部にすぎない。

 母は学校へ行くと言って、その道へ出た。


 でも、その先で母を見た人は今のところ一人もいない。


「こんなに近いのに」


 レイが言った。


「ああ」


 さっきまでは、家から学校まで全部が分からなかった。

 今は違う。

 母はここまで来ていた。

 この避難所で人を手伝い。


 それから、レイを探すために学校へ向かった。

 そこまでは分かった。

 だからこそ、その先が余計に気になった。

 午後も別の道を確かめたが、新しい証言は出なかった。



 学校の近くまで戻ると、校舎の窓に傾いた日の光が映っていた。

 父が地図を広げる。

 レイも隣に立った。

 公民館の印から、学校まで。


 父の指がゆっくり動く。


「今日分かったのはここまでだ」


 レイは公民館の印を見た。


「母さんは、ここにいた」


「ああ」


「ここを出て、学校に向かった」


「ああ」


「でも……」


 レイの指が、公民館と学校の間で止まる。


「ここから先が分からない」


 父は静かに頷いた。


「今のところはな」


 レイは地図を見つめた。

 家から続いていた母の足取り。

 今日、その線は確かに伸びた。

 でも、学校へ届く前に止まっている。


 ほんの短い距離。

 その間だけ、何もない。

 目撃も。

 記録も。


「空白だね」


 レイが言った。

 父は地図を畳まず、そのまましばらく見ていた。


「そうだな」


 ルカがレイの足元に座った。

 レイはしゃがみ、その背中を撫でる。


「でも、今日ひとつ見つかった」


 ルカが顔を上げる。

 レイは公民館の方を振り返った。

 母がそこにいた。

 誰かを手伝っていた。


 そして、また自分を探しに歩き出した。

 そのことが分かっただけでも、昨日までとは違う。

 父が地図を畳んだ。


「今日は戻ろう」


「うん」


 レイ達は学校へ向かって歩き出した。

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