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RE:LIGHT  作者: SORA
第2巻「光の前夜」

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12/16

第12話「政治家」


 体育館の高い窓から、薄い光が差し込んでいた。

 レイは毛布の上で目を開けた。

 すぐ横では、ルカが丸くなって眠っている。

 少し離れた場所では、父がすでに起きていた。


 地図を膝の上に広げ、家から学校までの道を確認している。


「父さん、早いね」


「目が覚めただけだ」


 レイは体を起こした。

 体育館の中では、避難している人達が少しずつ動き始めていた。

 毛布を畳む人。

 水をもらいに行く人。


 子どもを起こす親。

 昨日までと同じような朝だった。

 でも、レイには今日やることがある。

 家から学校まで。


 母が通ったかもしれない道を、一つずつ確認する。


「どこから見る?」


 レイが地図を覗き込む。

 父は指で二本の道をなぞった。


「家から学校へ来るなら、まずこの二つだと思う」


「大通りと、住宅街の方?」


「ああ。地震の直後なら、大通りが塞がれてた可能性もある。そうならこっちへ回ったかもしれない」


「じゃあ両方見る?」


「そのつもりだ」


 ルカが目を覚ました。

 大きく伸びをしてから、レイの膝へ前足を乗せる。


「おはよ、ルカ」


 レイが頭を撫でると、ルカは短く鳴いた。

 父が地図を畳んだ。


「朝の配給をもらったら出よう」


「うん」


 簡単な朝食を済ませ、レイ達は荷物をまとめた。

 母の写真。

 家で見つけたメモ。

 地図。


 必要なものを確認して、体育館を出る。

 昨日より少し雲が多かった。

 校庭では、物資を運ぶ人達が動き始めている。

 レイが校門へ向かおうとした時だった。


「すみません」


 後ろから声がした。

 父が振り返る。

 声をかけてきたのは、昨日も学校にいた男性職員だった。

 五十代くらい。


 避難者の記録を整理していた人だ。

 男性は父の顔をじっと見た。


「昨日から気になっていたんですが……」


 父が少し首を傾げる。


「はい」


 男性は一度迷うようにしてから聞いた。


「もしかして、創政党の蒼宮蓮司さんですか?」


 レイは父を見た。

 父は一瞬だけ黙った。

 それから、静かに答えた。


「……そうです」


 男性の顔が変わった。


「ああ、やっぱり」


 近くにいた別の職員も会話に気づいて振り向く。


「え?」


 男性職員が小声で言う。


「この方、国会議員の蒼宮さん」


「えっ」


 職員は驚いた顔で父を見る。

 父は少し困ったように頭を下げた。


「今はただ、家族を探しているだけです」


 レイにとっては、それが父だった。

 国会議員。

 創政党。

 そんな肩書きがあっても、家では普通の父親だった。


 朝はコーヒーを飲みながら新聞を見て、休みの日にはソファで寝ていることもある。

 レイが学校で何かあれば話を聞き、母に怒られればたまに味方もしてくれる。

 だから、誰かが父を見て急に態度を変える瞬間には、今でも少しだけ違和感があった。

 男性職員は慌てて頭を下げた。


「すみません。そういう意味じゃなくて」


「大丈夫です」


 父が答える。


「それより、何か?」


「あ……はい」


 男性はそこで表情を変えた。


「そうだ。蒼宮さんを探していた人がいました」


 父の目が止まった。


「私を?」


「はい」


 レイも男性を見る。


「いつですか?」


 父が聞く。

 男性は記憶をたどるように少し上を向いた。


「二日……いや、三日くらい前だったと思います」


「どんな人でした?」


「男性です。四十歳前後くらいだったかな。スーツではなかったですけど、きちんとした格好をしてました」


「名前は?」


 男性は首を振った。


「すみません。聞いたと思うんですが、覚えてなくて」


 父は少し考えた。


「その人は、私の名前を出したんですか?」


「はい。はっきりと。“蒼宮蓮司さんはここにいませんか”って」


 レイは父の横顔を見る。

 父は少し考えるように目を細めた。


「何の用件か言っていましたか?」


「そこまでは。急いでいる感じはありました」


「私がここにいないと分かったあと、どうしました?」


「他の避難所も探すと言ってました」


 男性は一度言葉を切った。


「かなり真剣に探していたと思います」


 父は黙った。

 レイが聞く。


「父さん、仕事の人かな?」


「たぶんな。党の人間か……秘書かもしれない」


「父さんを探しに来ても、おかしくないの?」


「この状況なら、むしろ探していると思う」


 男性職員が申し訳なさそうに言う。


「もっとちゃんと聞いておけばよかったですね」


 父は首を横に振った。


「いえ。当時は皆、自分のことで精一杯だったでしょう」


「その通りで……」


 男性は少し考えてから、何か思い出したように言った。


「そういえば」


「何ですか?」


「その人、蒼宮さんの写真を持ってました」


 父の表情が少し変わった。


「写真?」


「はい。スマホの画面だったと思います。顔を確認しながら聞いてました」


 レイは父を見る。


「じゃあ、父さんを知ってる人なんじゃない?」


「少なくとも、顔と名前は知ってる」


 父が答える。

 男性職員は続けた。


「テレビで見たとか、そういう感じじゃなかったです。最初から蒼宮さん個人を探してるように見えました」


 父は小さく息を吐いた。


「他に何か言ってませんでしたか?」


「すみません。本当にそれくらいです」


「分かりました」


 父は頭を下げた。


「ありがとうございます」


 男性職員も頭を下げた。


「何か思い出したら言います」


「お願いします」


 校門の外へ出てからも、父はしばらく黙っていた。

 レイは隣を歩く。

 ルカが二人の間を行ったり来たりしている。


「父さん」


「ん?」


「父さんからは連絡してないの?」


「してる。電話も何度か試した。党の方にもメールを送ろうとしたんだが、今はまともに通じなくてな。送信エラーばかりだ」


 レイは父を見る。

 政府からの発表はあった。街の中にも、復旧のために働いている人達がいる。

 父にも、本来ならやるべき仕事がある。


「国民のために働くのが父さんの仕事だからな」


 父は少しだけ間を置いた。


「でも今、お前を一人にすることはできない」


 レイは黙って父の顔を見た。


「母さんが見つかれば、父さんは仕事に戻ることになると思う」


 父がレイを見る。


「大丈夫か、レイ?」


 レイは少し考えてから頷いた。


「大丈夫。母さんが見つかったらね」


 父は小さく笑った。


「ああ。まずは母さんだ」


 父は地図を取り出した。




「予定通り、家から学校までを見る」


 レイは頷いた。


「うん」


 二人は歩き始めた。

 まず確認したのは、大通りだった。

 今は瓦礫の一部が片づけられ、人が通れるようになっている。

 だが地震の直後は違ったらしい。


 道路沿いの建物の壁が崩れ、車が動けなくなっていた。

 近くで作業していた男性に父が聞いた。


「地震のあと、この道は通れましたか?」


 男性は手を止めた。


「最初の二日はほとんど無理だったと思います」


「歩きでも?」


「歩ける場所はあったけど、かなり危なかったですね」


 父が母の写真を見せる。


「この女性を見た覚えはありませんか」


 男性は写真を見る。


「分からないなあ」


「ありがとうございます」


 少し進む。

 コンビニだった建物。

 小さな交差点。

 崩れた塀。


 一つずつ聞いていく。

 見た。

 見ていない。

 似た人がいたかもしれない。


 でも確かな話は出ない。

 次に住宅街へ入った。

 大通りより道は狭い。

 その分、建物の倒壊で塞がれた場所が多かった。


「この辺、通れたのかな」


 レイが言う。

 父が周囲を見る。


「当時の状態を知ってる人に聞こう」


 近くの家の前で片づけをしていた女性に声をかける。

 写真を見せる。

 女性はしばらく考えた。


「この人は分からないけど……この道、地震の次の日くらいまでは通れなかったよ」


「じゃあ、迂回するとしたら?」


「向こうの細い道かな」


 女性が別の方向を指す。

 父が地図に印をつける。


「ありがとうございます」


 レイ達は教えられた道へ向かった。

 細い路地だった。

 車は入れない。

 家と家の間を抜けるように続いている。


「母さん、こっち使った可能性ある?」


「あるな」


 父が地図を見る。


「家から学校へ行くなら、少し遠回りだけど通れる」


 レイは周りを見る。

 古い家。

 小さな駐車場。

 塀。


 地震のあと、ここを多くの人が歩いたのだろう。

 ところどころに、当時置かれたままの段ボールや簡易の案内板が残っている。

 レイは母の写真を手に、すれ違う人へ聞いた。


「この人、見ませんでしたか」


 何度も。

 何度も。

 返ってくる答えは同じだった。

 分からない。


 覚えていない。

 見ていない。



 聞き込みを続けるうちに、レイの足取りは少しずつ重くなっていた。小さな公園を見つけ、二人はそこで休むことにした。

 ベンチの一部は壊れていたが、座る場所は残っている。

 父が水を飲む。

 レイはルカの前に小さな容器を置いた。


 ルカが水を飲む。


「父さんを探してた人、秘書だったらまたどこかで会えるかな」


 レイが言った。

 父がこちらを見る。


「向こうも探してるなら、そのうちな」


「電話、早く戻ればいいのに」


「そうだな」


 父は水の入った容器を閉じた。


「連絡がつけば、党の状況も分かる」


 レイは頷いた。


「でも今は母さん探すんだよね」


「ああ」


 父は迷わず答えた。


「それは変わらない」


 レイは少し笑った。


「うん」


 父も少しだけ笑った。

 その顔は、さっき学校で“国会議員の蒼宮蓮司”と呼ばれた時とは違っていた。

 いつもの父だった。

 休憩を終え、レイ達はまた歩き始めた。


 家から学校まで。

 母が通った可能性のある道を、一つずつ。

 誰かが覚えているかもしれない。

 何か残っているかもしれない。


 今は、それを探すしかない。

 そしてレイの頭の片隅には、もう一つだけ新しい疑問が残っていた。

 父を探していた男。

 名前も分からない。


 用件も分からない。

 ただ、父の顔と名前を知り、わざわざこの学校まで来ていた。

 レイは隣を歩く父を見る。

 父は地図だけを見ていた。


「次、こっちだ」


「うん」


 レイは答えた。

 今は母を探す。

 それが、今日やることだった。

 その日の捜索でも、新しい手がかりは得られなかった。


 日が落ちる前に、レイ達は学校の体育館へ戻った。

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