承:美しすぎる灰
初日の取材は予定どおり淡々と進んだ。
藤堂の工房は、徹底して機能的であると同時に、徹底して色彩が欠落していた。土を乾かす棚、蹴りロクロ、そして黒く煤けた耐火煉瓦の薪窯。どこを見渡しても、茶褐色と、煤の黒、そして灰の白しかなかった。
「先生の『灰冠』は、やはりこの薪窯でなければ出せない色なのですか?」
佐原はロクロの前に座る藤堂に問いかけた。
藤堂は、回転する泥の塊に指を添え、滑らかな茶碗の形を削り出しながら答えた。
「色の話をする者は多い。だが、あれは色ではない。火が土に遺した《《傷痕》》だ」
「傷痕、ですか」
佐原はノートにペンを走らせながら、あらかじめ用意してきた《《罠》》を仕掛け始めた。ここからは、単なるインタビューではない。心理的な揺さぶりだ。
「藤堂先生」
言って、渇きで張り付く喉に、ペットボトルの水を流し込む。
「『灰冠』の釉薬について、専門家の間で囁かれている奇妙な説があるのですが……」
藤堂の、泥に塗れた指先が、ほんの一瞬、ピクッと震えたように見えた。だが、ロクロの上で回る粘土は形を崩さない。
「なんの専門家か知らないが……理屈を捏ねるだけの連中の言うことなど、興味はない」
「それが非常に興味深い内容なんですよ」
佐原は、もうひと口、水を飲んで先を続けた。
「通常の木灰──例えば松やクヌギ、藁の灰を使って還元焼成を行っても、あのような〝鈍く銀色に光る不思議な灰色〟は絶対に出ない」
そして、立ち上がる。
「木灰の成分であるシリカやカルシウムだけでは、あの独特の金属光沢を帯びた乳白色は説明がつかないと言うんです」
佐原は一歩、藤堂の背後に近づいた。
「では、何があの色を出すのか……ある生化学の専門家は、こう指摘しています」
ノートにトン、とペン先を突き、また一歩進む。
「──動物の骨、あるいはそれに極めて近い成分」
佐原は、藤堂の反応を見逃すまいと、その背中をじっと見つめる。
「リン酸カルシウムが大量に含まれる有機物を、千二百度以上の高温で土とともに焼成したときにだけ、あの特異な結晶反応が起こる可能性がある、と」
工房の中に、ガタガタと風が戸を叩く音だけが響く。
藤堂は無言のままロクロの回転を止め、糸で茶碗を切り離した。そして、濡れた手拭いで手を拭きながら、ゆっくりと佐原を振り返った。
その顔から、感情は見えなかった。ただ、深く刻まれた眉間の皺が、影を濃くしているだけだった。
「……君は、何を聞きにここへ来た」
「私は、『灰冠』という、美の正体を知りたいだけです」
佐原は、大きく息を吸って吐き、核心に触れる。
「十年前、この工房で一体何が燃やされたのか。──そして、あの夜、ここで先生と共にいたはずの志乃さんが、なぜ突如として姿を消したのか」
ついに、その名前を口にした。
藤堂の視線が小刻みに揺れるのを、佐原は見逃さなかった。
藤堂は立ち上がり、佐原を無視して工房の隅にある道具棚へと歩いていった。火を焚くための薪の準備を始めるつもりらしい。
藤堂が立ち去った後、佐原は一人、工房の片隅に視線を走らせた。古い道具箱や、使われなくなった焼き物の破片が雑然と積み上がっている場所だ。そして、ある場所に目を留める。
佐原は屈み込み、埃を被った木箱の隙間から、一本の木製のヘラを引き抜いた。陶芸家が粘土を削るために使うヘラだ。使い込まれ、角が丸くなっている。だが、その持ち手の部分が、不自然に削り取られていた。小刀か何かで、手荒に抉られたような痕跡。
「名前が……削られている」
目をこらしてみると、完全に削りきれなかった文字の、最後のひと掘りだけが視認できた。
〝乃〟
志乃の持ち物だ。なぜ、これがこんな場所に放置されているのか。なぜ、名前を削り取る必要があったのか。
やはり──
佐原は、その古いヘラを握りしめる。
『灰冠』のひとつひとつに表れる、あの芸術的な銀灰色の〝焦げ〟の正体。あれは、《《彼女そのもの》》ではないか。
疑惑は、佐原の脳内で歪な形を結び、確信へと近づいていった。




