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灰  作者: RIOKA
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2/5

起:色を失った工房

『目的地、周辺です。案内を終了します』


 フリーライターの佐原《さわら》は、カーナビゲーションの声にチッと舌打ちをした。


「おいおい、ここから先がわからないんだぞ」


 車を停め、ハンドルを軽く叩く。


 フロントガラスから見える山の県道は、初夏の木漏れ日と影のコントラストが強く、目に刺さるようだ。


 佐原はドアを開けて車を降りた。


「下よりだいぶ涼しいな……」


 どうせ他に車など来やしない。手帖を取り出し、下調べした道を確認する。

 

「県道81号を二十分ほど道なりに登って……右、か」


 ひと息ついた佐原は、ふたたび車に乗り込み、ハンドルを切った。そのまま県道を進むと、すぐ、右に脇道が現れた。


「ここだ」


 脇道に入り、五分ほど下ると、木々の隙間から黒ずんだ杉皮《すぎかわ》葺《ぶ》きの古民家が見えてきた。


 間違いない。陶芸家・藤堂《とうどう》の工房だ。初夏の力強い緑に囲まれながら、なぜかその場所だけが、灰色に沈んでいる。


 適当な場所を見つけて車を停めた。今日からここで車中泊だ。


 車を降りると、鼻腔を突くのは湿った土の匂いと、かすかな、だがあたりにこびりついているような、焦げた煙の臭気。


 佐原が真っ先に目を留めたのは、工房の裏手に広がる庭だった。


 そこには、巨大な〝灰捨て場〟があった。何十年もの間、薪窯《まきがま》から掻き出され、打ち捨てられてきた薪の灰が、まるで巨大な古墳のように小山を形作っている。風に煽《あお》られた表面が、さらさらと音を立てて崩れ、佐原の黒い革靴の先を薄汚れた白に染めた。


 今回の名目は、『芸術新潮』臨時増刊号に持ち込む予定の、伝説の銘品『灰冠《はいかむり》』誕生十周年記念インタビューだ。


 十年前、突如として陶芸界に現れ、その鈍く、妖しく銀色に光る灰色の釉調《ゆうちょう》で日本中を魅了した茶碗、それが『灰冠』だった。


 それ以降、藤堂は弟子を取らず、この山奥で隠者のように暮らしながら、一年に数点しか作品を世に出さない。


 しかし、佐原の真の目的は、美術的なインタビューなどではなかった。


 十年前、この工房から一人の若き女性陶芸家が姿を消した。


 ──志乃《しの》。


 当時、藤堂の唯一の弟子であり、恋人でもあると噂された美しい女性だ。彼女が失踪したとされる夜、藤堂は最初の『灰冠』を焼き上げる。以来、志乃は消えたままだ。だが、なぜか警察は彼女を単なる家出として処理した。


 失踪した女。

 窯。

 灰。


 偶然にしては、できすぎている──


 その疑念が、佐原をここまで連れて来た。


 佐原は胸ポケットのICレコーダーの感触を確かめた。


 ──このネタは必ず、モノにする。


「取材の人か」


 低い声にハッとして振り返る。


 その男、藤堂は、工房の入口に立っていた。


 六十は過ぎているはずだが、背筋は異様なほど真っ直ぐだ。白髪混じりの髪を後ろで束ね、作務衣《さむえ》の袖から太い前腕が覗いている。炎を扱ってきたからか、その腕には火傷の痕らしき傷も見えた。


「お初にお目にかかります。『芸術新潮』臨時増刊号の件で伺いました、佐原と申します」


 佐原はいつものように、努めて愛想の良い、実直な記者の笑みを浮かべて頭を下げた。


「本日から三日間、お約束通り『灰冠』の取材に伺いました」


 藤堂は佐原の顔をじっと見つめたあと、視線を下へ落とした。


「……ただ、土を捏《こ》ね、火を焚《た》くだけの場所だ。記事になるようなことは何もないと思うがね」


「いえ、その〝ただ火を焚く〟という営《いとな》みの向こう側にこそ、あの美しい灰色の秘密があると考えております」


 佐原の言葉に、藤堂は表情を変えなかった。ただ、「入れ」とだけ短く言い残し、薄暗い工房の奥へ入っていく。


 佐原には、その背中が、何か重いものを抱え込んでいるように見えた。

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