5話 美しい世界へようこそ
「――今回の盗賊討伐、見事でした」
エティを見せようと家に帰る。すると僕は母親に呼ばれていると使用人から言われていた。
ちょうど良いタイミングだと思い、母の執務室へ向かうと、出会い頭にそんなことを言われた。
「ありがとうございます。お母さま。アルセース侯の男子として当然のことをしたまでです」
「――私としては、あなたには落ち着いてほしいと思っています。エリー」
そう言うと母は僕の頬をなでる。その感触は少しくすぐったいものであった。
「あなたは美しい。そして、才覚もある。大変珍しいですが魔法だって持っている。ですが、あなたは男です。あなたの仕事は次代の子を産むために女の中に精を放つことです。正直、そんな様子では、一生うちの男どまりではないかと心配になります。だいたい――――」
なんだか、お説教が始まりそうで嫌になってくる。ニコニコとした顔を浮かべながら、話が終わるのを待つことにした。
この世界では男女の役割が完全に逆転している。
この世界では、女が社会を回し、大きな責任を負う。一方で男は家を守り、女に庇護される。
場所に例えれば、まさに男女の役割が入れ替わった世界であった。
これには深い理由がある。この世界において男女の身体能力は圧倒的に女が強いのだ。それは肉体的な話もそうだが、女は生まれながらにして身体能力強化の魔法である「聖体強化」がかかっている。それゆえに、自身の何倍もの力を常時発揮できる。
一方で男はひ弱である。「聖体強化」が使えないため、どんなに努力しても筋力勝負で勝てない。たとえムキムキの筋肉マッチョになろうとも勝てないだろう。
また、男はこの世界において数がとにかく少ない。基本、男女の出生率は一対三が基本である。そのため、危険なことは数が多く力の強い女が行う。数が少なく力の弱い男は守られて生きる。とても自然な話であった。
「――――聞いていますか? エリー」
「もちろんです。お母さま」
もちろん聞いていない。
さて、母上のお説教も佳境を迎えそうである。しかし、よくここまで話が尽きないものである。
(……まぁ、それもそうか)
自分で言うのもアレだが、今世の僕は色々と「良い」状況である。
王国の大貴族の子供であり、世界では男が使えないはずの魔法を使え、自分で言うのもなんだけど美しい容姿をしている。生まれながらにして明確な多くの「才能」を持っている。自分が親であれば「使い方」は色々と考えられるわけだ。
そんな中で、下手な怪我でも負って商品価値が落ちれば、それはアルセース家の損失である。だから、母上はここまで説教が長いのである。
(まぁ、それは期待の表れってやつでもあるんだろうけどね)
そう、期待だ。母上はこの得体の知れない少年に期待しているのである。それは個人的にはありがたい気持ちでいっぱいだ。なぜなら――
「そういえば、母上。一つお話が」
「……なんですか?」
母上は説教が中断されたことに少し不快感を示したが、こちらの話を聞いてくれるようであった。
「実は先日の盗賊討伐の際の件でして」
「続けなさい」
「盗賊を討伐した時に、囚われていた奴隷がいたのはお話しさせていただきましたよね?」
「……そうですね」
エティを盗賊から助けた件はちょうど一週間前に伝えてあった。エティの容態を見せた時なんてずいぶんと驚かれた。ただ、日頃の行いのおかげかあまりとやかくは言われなかった。まさに、「期待」さまさまである。
「彼女の処置が完了しました。もし、母上がよろしければ私の従者として取り立てたいのですが?」
そのことを伝えた時の母上の顔はすごいものであった。明らかに何を言っているんだと怪訝な顔をしていた。まぁ、普通に考えたらそうなるだろう。
「……あの獣人ですか?……死にかけを従者にすることなどできませんよ」
「そのことで、彼女を連れてきています。入れても?」
「……どうぞ」
嫌だという顔がありありと伝わってくる。
それもそうだろう。母上からしたら、最後に会ったのは死にかけの状態である。いくら処置をしたと言っても母上からすれば、それは子供のお遊びと考えるだろう。よしんば上手くいったとしても、酷い有様なのには変わらない。そんな気持ちなのだろう。
だが、それがいい。そういった感想を持てば持つほど――
「…………っっ!?」
――彼女との出会いは驚きが引き立つのだから。
「紹介しますね。母上。私の従者予定のエティです」
「よ……よろしく……お願い……します……」
エティを見た母上の顔は、それはそれは傑作であった。目は見開き、エティを食い入るように見ている。その顔には強い驚きの色が伝わってくる。まるで、ありもしないものを見たかのようであった。
「……これが……あの?」
母上は本人を前にしているからか、少し躊躇いがちに言葉を選ぶ。だが、その声色から本心が伝わってくる。
――――これがあの死に損ない?
そんなところだろう。
まぁ、母上の気持ちも理解できる。前に会った時は生きてるんだか死んでいるんだかわからない状態であった。それが元気な状態で、かつかなりの美形ときた。そうなるのも理解できる。
「ええ。彼女が野盗のねぐらから救い出した奴隷の子です」
「……そうですか」
流石と言うべきか、侯爵の位を授かる女である。自身の動揺を飲み込み、なんとか平静を保とうとしている。実際、ある程度は落ち着いたようであった。
「……彼女を処置したのは貴方ですか?……まさかお抱えの回復術師を使ったのですか?」
母上は少し強めな口調でこちらを問いただしてくる。
それもそのはずで、うちは侯爵家であるからお抱えの回復術師がいる。しかし、それは領主の子どもだからと自由に使えるものではない。家長である母の許可が必要である。なのに自分が知らないとなると、勝手に使用したことになる。それは重大な違反になってしまう。だからこその態度なのだろう。
「僕が治療しました。なかなか大変でしたがなんとかなりましたよ」
「……そうですか」
母は明らかに疑っている。まぁ、こんな子どもが死にかけだった奴隷の女を治療したなんて、明らかにありえない。だが、証拠もないので認めざるを得ないなんて考えているのだろう。
「それで、認めていただけますか?」
「……従者の件はわかりました。しかし、女ということや獣人ということが気になります」
「では、どうされるので?」
「……しっかりと教育しなさい。それと、契約紋は結んで、縛り付けなさい」
母上は、まるで穢らわしいものを見るかのようにエティを見つめる。
その視線にエティは下を向くのであった。
(――チャンス……かな?)
そう思うと、エティを庇うように少し前に出る。顔を下に向けて小さく震えるエティを守るように陣取る。
「――わかりました。エティもそれでいいかい?」
「――え……わ、わかりました」
自分に聞かれるとは思わなかったのか、気の抜けた返事をエティはする。だが、それで良い。大事なのは自分で選んだという結果である。
(――彼女には、これから色々役に立ってもらわないと困るから)
そのためには、彼女の忠誠心が不可欠である。僕が成し遂げる野望は一人では到達できない。故に、僕を絶対に裏切らない者が必要である。
(そのための切り札はある。あとは条件を満たすだけだしね)
僕は自分の中に眠る魔法を考えながら、これからの絵図を描き始めた。
物語が面白いと感じていただけましたら、ブクマ・評価・感想を頂けると作者は大変うれしいです。次の投稿は翌朝の8時となります。




