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エテルネル・ラヴィ〜最狂錬金術師は不老不死の夢を見る〜  作者: りさ
1章 檻の中の少女 悪魔の誕生
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4話 ハッピーバースデー エティ

 そんな彼女との出会いを思い出しながら、僕は目の前の少女の顔にメスを入れる。


 人の身体にメスを入れるのは、これが初めての体験であった。

 元々、母に頼んで使っていない廃教会を診療所として使わせてもらっており、錬金術で作った回復薬もどきを使って貧民を癒すことくらいしかしていなかったのだ。

 まさに、これが僕にとって記念すべき『初めての人体実験』であった。


 自作の全身麻酔の投与、自作の造血剤の投与、捕まえてきた盗賊たちの皮膚を使った皮膚移植、エトセトラ、エトセトラ……。まるで夢のような時間が続いた。


 元々、錬金術を使って色々と薬品を作ってはいたが、当然人間にそれらを使う機会はなかった。

 これでも僕は、周囲から「優秀で将来有望な子供」で通っているのだ。そんな子供が、効果も怪しい薬を使用人や貧民に投与するなんて流石にできるはずもない。せいぜいできるのは、精度の低い回復薬をあげることくらい。

 そんなわけだったからこそ、今まで溜め込破していたありとあらゆる人体実験のアイデアを試すことができた。


(……まぁ、ダメで元の実験だからね。どうせ死にかけていたんだから、助けてもらえるだけでもありがたいと思ってほしいよね)


 そんなことを考えながら、僕はルンルンで治療(実験)に励む。


 僕には前世の記憶がある。

 大人としての思考力を持つし、自分で言うのもなんだが前世から持ち越した魔法の知識によって、子供とは思えないほど魔術に対しての造詣が深い。


 そんな僕でさえ、流石にこの外科手術は前途多難であった。

 切っちゃいけないっぽい神経を切りかけたり、手術中に麻酔が切れかかったりした。

 彼女の身体が微かに震えてくれたおかげで麻酔が切れかけていることに気づけたのはラッキーだったが、あのまま進めてショック死でもされたら目も当てられないところだった。

 そんな数々の失敗《ヒヤリハット》を乗り越えながら、手術は順調に進んでいった。


 こんな素人の僕が手術を成立させられているのは、間違いなく『魔術』のおかげであった。

魔法の下位互換とは言え、汎用性が高く、止血や傷口の癒着には十分すぎるほどの効果を発揮する。また、対象の意識を保たせる魔術や、果ては「肉体の本来の形を探る」なんて都合の良い魔術まで存在するのだ。

なんて立派で便利な道具なのだろう。前世の世界に比べても、この世界はずいぶんと都合よくできている。


(……しかし、僕もずいぶん血生臭い作業ができるようになったなぁ)


 前世は平和な日本育ちであり、血生臭い凄惨な出来事とは一切無縁の人生だった。

そんな僕が、今や幼い少女の顔に迷いなくメスを入れ、犯罪者とはいえ盗賊の命を躊躇なく弄んでいる。

なのに、精神的に参ったり、罪悪感で苛まれたりすることが一切ない。客観的に見れば、異常極まりない話であった。


(まぁ、一度死んでいるしね。価値観の一つや二つ、変わっても不思議じゃないか)


 そう――『死』だ。

死は、人間の精神構造を根本から叩き壊す。あんな恐ろしい経験を味わったのだから、自分の倫理観がネジ曲がったとしても当然の帰結と言えた。

そう自分を納得させると、僕は再びメスを握る手に集中した。


 ◇


 手術は体感で五時間に及ぶ大手術となったが、一応の成功に終わったと思う。

色々と酷い状態だったが、便利な素材(盗賊の死体)が揃っていたおかげで、足りない皮膚やパーツを滞りなく調達できたのは本当に幸運だった。


 あとは彼女の顔に巻いた包帯が取れるのを待つばかりである。

それまでは少し休むとしよう。僕は近くにあった仮眠用の固いベッドに横になると、ゆっくりと瞳を閉じた。


 ◇


 ――ふと、目を覚ます。


今回は、あの嫌な《《死の記憶》》を見ることはなかった。

木製の固いベッドのせいで体が痛く、深く眠れなかったのが幸いしたのだろう。


僕は眠い目を擦りながら、部屋の中央にある実験台へと視線を向けた。

見ると、そこに横たわっていたはずの少女は既に目を覚ましていて、まだ動かない身体で不安そうに周囲を見回していた。


「やぁ。起きたみたいだね。気分はどうだい?」


僕がにこやかに話しかけると、彼女は僕の姿を認識した途端、ビクッと身体を強張らせて怯えの色を見せた。


まぁ、無理もない。寝ている間に身体を切り刻まれて肉体をいじくり回されたのだ。おまけに、目を覚ました瞬間から全身を襲う過剰な激痛に耐えているはずだ。そんな施術を施した相手に恐怖を覚えない方がおかしい。


「まぁ、怯えるのも無理はないよ。……そういえば君、名前は?」

「…………」

「……困ったなぁ」


極めて優しく、親身な笑顔を浮かべて話しかけてみたが、芳しい反応は返ってこなかった。

こう言ってはなんだが、今世の僕の容姿と笑顔の破壊力は凄まじいはずだ。それなのに全く心を開く様子がないということは、それだけ僕を強く警戒しているということだろう。


(まぁ、なんとかなるか)


そう結論付けると、僕は彼女からあっさりと視線を外し、近くの調理台へと向かった。

どうしようもない問題に頭を悩ませるのは効率的ではない。そんなことは未来の自分が勝手に解決してくれるだろう。僕は案外、能天気な楽観主義者なのだ。


調理台に着くと、実験を始める前に作っておいた麦粥が鍋に残っていた。

ここは昔使われていた廃教会の地下室だ。人目を忍ぶには十分すぎる設備が整っている。

僕は冷めた麦粥を大匙ですくい、木皿へと取り分けた。そして、それを手に《《実験体ちゃん(仮)》》の枕元へと運ぶ。


「さぁ、お食べ」


あらかじめ作っておいたものなので全く温かくはないが、今の彼女には好都合だろう。熱すぎる食べ物は傷口の刺激になってしまう。

僕が匙ですくって口元へ差し出すと、彼女は少し躊躇っていたが、やがて意を決したように小さな口を開けた。

流し込んでやると、彼女は小さく咀嚼しながら、大人しく僕の介抱を受け入れたのだった。


 ◇


あれから数日が経過した。

彼女の傷は劇的な勢いで回復してきている。毎日、傷口に自作の特製ポーションを塗りたくり、自己治癒力を極限まで高めているのだから当然といえば当然だが、あれほど惨惨だった傷跡が今や目立たなくなってきていた。


「さぁ、《《実験体ちゃん(仮)》》! 今日はいよいよ包帯を解く日だよ!!」


僕は異様なテンションで話しかけながら拘束帯を解除し、彼女の身体を起こして座らせた。

――え? なぜそんなにテンションが高いかって? そうでもしないと間が持たないからである。


あの日以来、僕なりに甲斐甲斐しく看護を続けてきた。こう見えて動物の飼育や世話は得意な方なのだ。

しかし、彼女が一向に僕の言葉へまともな反応を示す気配はなかった。おそらく、過絶なトラウマによって心が固く閉ざされているのだろう。

――もちろん、そのトラウマの原因が僕の手術のことではない……と信じたいところだ。


見つかった当時の彼女は、本当に酷い状態だった。

見るに耐えない無惨な傷の数々。それらは決して事故などではなく、明確な悪意と加虐心によって刻まれたものだ。小さな少女の心を木っ端微塵に粉砕するには、あまりに十分すぎる暴力だっただろう。


――当然、僕に『心理カウンセリング』なんて高度な真似ができるはずもない。

前世の生ぬるい知識で精神ケアなんて土台無理な話だ。せいぜいフロイトよろしく「すべての問題は性欲のせい」と決めつけることくらいしか知らない。そんな人間ができるメンタルケアなど知れている。

だから、彼女の壊れた心は一旦そのまま放置しておくことにしたのだ。


「――じゃあ、外すよ?」


そう声をかけ、僕は彼女の頭部に巻かれた包帯へ手を伸ばした。

そして、ゆっくりと慎重に解き始めていく。


胸の奥が熱く高鳴っていた。僕が人生で初めて成し遂げた『人身実験』の成果が、今まさに目の前で明かされるのだ。興奮しないはずがない。


包帯をするすると解いていく。危惧していた皮膚の不自然な癒着や、術後感染症の兆候も一切見られない。

そして――最後の包帯が、はらりと床へ落ちた。


「――――!」


僕は思わず息をのんだ。


そこに現れたのは、つるりと自然なラインを描く美しい輪郭と、瑞々しい生気に満ち溢れた肌だった。

目鼻立ちは子供らしく未成熟ではあるものの、その造形には一点の歪みすら存在しない。


一体どこの誰が、この可憐な少女の顔を見て、あの完膚なきまでに破壊された無惨な肉体から再生した姿だと想像できるだろうか?


「……あはっ」


笑いが、口から溢れ出た。

自分の成し遂げた偉業が誇らしくてたまらなかった。僕が頭の中で思い描いていた完璧な理想像が、そのまま形となって目の前に存在していたのだ。


「さぁ、おいで《《実験体ちゃん(仮)》》。君の新しい顔をご覧」


そう言って、僕は彼女の目の前に姿見の鏡をセットした。


「…………!!」


今まで置物のように大人しかった彼女が、弾かれたように立ち上がり、鏡へと詰め寄った。

食い入るように鏡の中の自分を見つめ、信じられないといった様子で、新しく繋ぎ合わされた滑らかな肌を擦り始めている。


「どうだい! 僕が言うのもなんだけど、素晴らしい出来栄えだろう!」


彼女はしばらく放心したように固まっていたが、やがてその場に崩れ落ちるようにうずくまった。

そして、ポロポロと涙を溢れさせ始めたのだ。


「……うっ……ぐすっ……あり……がとう……ござい……ます……っ」


驚いたことに、これまでいくら話しかけても聞こえなかった彼女の『声』を聞くことができた!

僕は目を丸くしたが、涙に濡れた彼女の表情を見て深い満足感を覚えた。

その顔は正常に歪み、正しく涙を流していた。表情筋の機能は完璧だ。そして声が出せたということは、声帯の縫合も無事に成功していたということになる。


「なに、僕こそお礼を言いたいくらいだよ! 本当によくここまで耐えてくれたね! 本当に有意義で、素晴らしい実験だったよ!!」


感極まった僕は、思わず彼女の身体を強く抱きしめた。

すると彼女は、小さく、しかし確かな力で僕の背中に手を回し、抱き返してきた。

その動作に不自然なぎこちなさはない。運動神経および四肢の機能も正常に稼働している証拠だ。

そう確認できたことで、僕はさらに嬉しくなり、彼女の小さな身体を強く抱きしめ返したのだった。


 ◇


感動的な興奮が冷めやらぬ中、僕は改めて彼女の姿を眺めていた。

彼女はまだ夢心地のようで、鏡の前で自分の顔や髪を確かめるように触っている。


そんな彼女を見つめながら、僕は一つ大事な事実を思い出していた。


「ねぇ、《《実験体ちゃん(仮)》》?」

「…………?」


呼びかけると、彼女は首を傾げて僕の方を振り返った。その顔には不思議そうな色が浮かんでいる。

僕はその表情に小さな満足感を覚えながら、本題を切り出すことにした。


「君……本当の名前はなんて言うの?」

「…………」


そう、名前だ。

いつまでも《《実験体ちゃん(仮)》》なんて味気ない記号で呼ぶわけにもいかない。これから僕の助手として生活していく上で、固有名詞は必須であった。


「……つけて、ください」


静寂を破って、思いもよらない言葉が彼女の口から飛び出した。


「ふふ、僕がつけるの?」


尋ね返すと、彼女はコクりと小さく頷いた。

正直、驚いた。僕に名付けを委ねるという行為が持つ意味――服従と執着――に、気づかないほど無知ではなかったからだ。


「……」


彼女は縋るような、何かを期待するような瞳で僕を見つめてくる。

その瞳の奥にどんな意図が隠されているのかは分からないが、僕は仕方ないと微笑み、彼女と向き合った。


さて、どんな名前にしようか。

可愛いらしい響きの名前がいいか? それとも、何か特別な意味を込めた名前にしようか。


ふと、彼女と初めて出会ったあの日の光景が頭をよぎった。

あの薄汚い地下洞窟の檻の中で、死にかけの彼女が僕に絞り出した言葉。


(死にたくない……助けて……)


あの言葉は、僕にとっても何より優先される絶対的な願望だ。

あの理不尽で恐ろしい『死』から逃れ、抗い続けること。それこそが僕の人生のすべてであり、悲願なのだから。


「……よし、決めたよ。君の名前は『エテルニティ』だ。……略して、エティ」

「……エティ」


エテルニティ。この国の言葉で『永遠』を意味する響き。

僕の追い求める理想に、これ以上なく相応しい名だ。普段使いには少し長いから、愛称もセットにしておいた。我ながら完璧なセンスではないだろうか。


「ハッピーバースデー、エティ」


そう、今日は彼女の誕生日《バースディ》なのだ。

過去の惨めな彼女はもう存在しない。今日、この手によって新しく生まれ変わったのだから。

ただの『名もなき惨めな少女A』から、僕の最高で特別な最高傑作――『エテルニティ』へと。


「さぁ、行こうか」


僕がすっと手を差し出すと、エティは少し躊躇いながらも手を伸ばし、その小さな手でぎゅっと、確かな強さで僕の手を握り返した。


こうして僕は、人生で初めての最高の財産《作品》を手に入れたのだった。


物語が面白いと感じていただけましたら、ブクマ・評価・感想を頂けると作者は大変うれしいです。次の投稿は翌朝の8時となります。

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