21話 渡り鳥は夢を見る
「今日の成果だ。確認してくれ」
——————アルセース領、首都エバンス
活気に沸いた街であり、多くの人々が行き交っている。
そんな街の冒険者ギルドでアタシは疲れた体を引きずって、机の上に、モンスターの一部を入れた皮袋を提出した。
「ああ。ベルナデットさん。お疲れ様でした。少し待ってくださいね」
そう言うと、ギルドの受付は皮袋をもち、中身を取り出し確認していく。
「えーっと。ゴブリンの耳が六つに——」
査定が終わるまでの間、アタシは壁の掲示板を眺めていた。
依頼票がびっしりと貼られ、その前では、パーティを組んだ冒険者たちが輪になってたむろしていた。
ふと、掲示板の端が気になった。「討伐指名」の欄だ。依頼を受けて、依頼者を裏切った冒険者の人相書きが、ここに並ぶ。ギルドは、身内の始末を、別の冒険者に金で任せるわけだ。
「……チッ。死にやがったのか」
アタシが目をつけていた紙が、なくなっていた。
誰かが先に仕留めたか、本人が魔物の餌になったか。どちらにせよ、アタシの金にはならない。
実力のない奴で、依頼者を殺したせいで報酬は高く、楽に稼げる獲物だった。
だから、今回の仕事が終わったら行こうと考えていただけに少しショックだった。
(しゃーないか。はぁー。いったい何時になったら貯まるのかねぇ)
アタシには夢があった。
それは、大金を稼いで、どっかの村に居を構えて、ゆっくり余生を過ごすという夢である。
土でもいじりながら、農民の真似事でもしながら、ゆっくり余生を過ごす。そんな平和な日々が欲しかった。
この夢を周りに言うと笑われた。
それもそうだろう。冒険者なんて、どうしようもない仕事についてる奴らだ。有り金はパーと使い、派手に遊んで、しょうもないことで死んでいく。そんな連中からしたら、アタシの夢はつまらないものだろうよ。
「ベルナデットさん。お待たせしました。大銅貨1枚と銅貨80枚になります」
そんな感傷に浸っていると、受付からのデカい声で現実に引き戻された。
「ありがとうよ」
「いえいえ。またのご利用お待ちしてます」
アタシは受付から金を受け取ると、掲示板の方へと歩いて行った。
貯金はまだまだ足りない。もっと稼がなくては、そんなことを考えていた。
「ベルナ! 今日の稼ぎはどうだい」
受付を離れたところで、背中に声がかかった。
振り返ると、顔見知りの女冒険者が、木のジョッキを片手にひらひらと手を振っている。話しかけてきたのは何度か、同じ依頼に組まされたパーティのリーダーであった。
「ゴブリン六匹。他にも小粒が数匹くらいだ。しょっぱいもんだよ」
「あはは。あんたでもそんな日があるんだねぇ」
女は、ジョッキを煽って、口の端の泡を手の甲で拭った。
「そうだ、聞いたかい。うちの三番手、昨日死んだぜ」
「……そうかい」
「欲をかいて、一人で森の奥まで入ったんだよ。ま、自己責任ってやつだ。アタシらは直前で引き返したんだからな」
あっけらかんとした口ぶりだった。
ここでは、よくある話だ。誰も悲しまない。死んだやつが全て悪い。そんな間抜けは死んで当然。そんな世界であった。たとえ、それが同じパーティメンバーであってもだ。
(正直、あんまり馴染めねぇなぁ。そういう感じ)
「で、相談なんだけどさ。穴が空いちまった。あんた、うちに入らないかい? あんたの実力なら大歓迎だよ」
「悪いね。アタシは今の状態が気に入ってんのさ。手伝いなら言ってくれ」
「またそれかい」
女が、呆れたように笑う。
「渡り鳥のベルナ、か。あんたほどの腕があって、どこにも巣を作らないなんて、もったいないねぇ」
「性に合わないんだよ。一日限りでちょうどいいんだ。一人は気楽だしな」
昔はよくパーティを組んでいた。その時はまだ、王国南部の方を拠点にしていた。こう言うのもなんだが、当時のアタシは王国南部の方では、ちょいと名前の知れた冒険者パーティの一員だった。
しかし、ある時、金の分配で揉めた。それが原因で死闘に発展し、アタシが勝って全てを得たが、それを重く見た南部の冒険者ギルドがアタシに懲罰を課そうとして、今いる北部であるアルセース侯爵領に逃げてきたわけだ。
それ以来、面倒ごとを恐れて、パーティには入らず、渡り鳥みたいな生活をするようになった。
「それに、あともう少しだ」
「ああ、引退するために金ためてるんだっけ。畑を耕すんだろ? あんたが、農民ねぇ」
「悪いかい」
「悪かないさ。似合わないだけで」
女は、肩を揺らして笑った。バカにした笑いではなかった。この商売で、先の話をする奴は珍しい。珍しいから、笑うのだろう。
「まあ、せいぜい生き延びな。畑までたどり着けるようにね」
「アンタもね」
アタシは、懐に硬貨を押し込んで、出口へ向かう。
その時だった。
ギルドの扉が、軋みながら開いた。
外の光が、床に細長く伸びる。
さっきまで、安酒の匂いと怒鳴り声で満ちていた広間が、水を打ったように静まり返った。
誰も、口を開かない。ジョッキを持った手が、宙で止まっている。
扉の向こうに立っていたのは、場違いなほど小さな影が、二つだった。
それは絶世の美少男だった。髪は美しく、さらさらとした金髪で、肌はシミが一つもないほど綺麗でキメ細い白い肌。
王都で数度、高い金を払って娼夫を抱いたが、そんな連中とは比較にならないほど美しかった。
もう一人は、その少男の半歩後ろに控える、銀色の髪の獣人のガキであった。こちらも十を少し過ぎた程度に見えるが、少男と違って、ひどく静かな目をしていた。
(どこかの貴族の坊ちゃんが、迷い込んだのかね)
アタシはそう考えた。実際、あんなガキたちがこんなしょうもないところに来るわけがない。
しかし、すぐにその考えを改めた。迷い込んだ子どもの足取りではなかったからである。少男は広間を一望して、にこりと笑った。
そして、コツリコツリと小さな靴の音が鳴り響き、そのガキどもがまっすぐと受付カウンターの方へと向かって行った。
「ねえ」
「……は!はい!」
そのガキに見惚れてたであろう受付が慌てて返事を返す。
「ここはギルドの受付?」
「……え?……あー。そうですよ?何かあったかな?」
明らかに、対応に困ってそうな表情で応対をしている。まぁ、無理もない。実際に、困っているのだろう。
「ここで冒険者登録ができるって聞いたんだけど?」
「え?……ええ!?あなたが?」
アタシもその言葉に驚いた。別に貴族のガキが冒険者に憧れて入ってくるのは珍しくない。特に次女、三女ともなれば、領を継ぐのは絶望的だからな。
しかし、男でなろうとなんてするやつは見たことがない。ただでさえ、男でこんなところに来ることもびっくりだが、あんな美少男で冒険者になりたいて言うとはさらに驚きであった。
「おい!」
そんなやりとりをしていると、近くの机で飲んでた若い女がニヤニヤした表情で近寄ってきた。
「おいおい。ここはガキが遊びに来る場所じゃねぇんだけどなぁ?」
よく見ると、新人の冒険者をいびってるヤツであった。おおかた酔った勢いで仲間に囃し立てられて、ちょっかいをかけに行ったのだろう。
「なんのようか知らねぇがこんなところで遊んでねぇでさっさと家に帰ったらどうだ?それとも相手にして欲しいならオレがオレが相手してやろうかぁ?」
下品なヤジを飛ばしながら、その美少男に近づいていく。その顔は下品に歪んでいた。おおかた、思ったよりも良さそうだったからつばでもつけようとしてるのだろう。
女の手が、少男の細い肩へと伸び、触れる。
(はぁ〜。ヤバくなったら、助けるか)
ああいう怖い目に遭って、ある程度人間は学ぶ。ギリギリまでは、助けないつもりでいた。
そんなことを考えながら、近くに寄ろうとした瞬間——
(——!殺気!?)
「…………え?……ぐぎやぁぁぁぁ!!」
気づいた時には遅かった。
その瞬間、先程絡んでいた冒険者があの少男を触っていた手が腕ごと切られていた。
前に視線をやると、腰から抜いた剣を上に掲げている獣人の姿がみえる。
よく見ると、剣にはついたばかりの血がついており、剣から滴り落ちていた。
そして、その振り上げた剣を持つ手が小さく、こわばるのを感じた。多分、振り下ろす気なのだろう。
そうなれば、剣の軌道はそのまま下に落ち、剣の下でうずくまっている絡んでいた冒険者へと落ちることになる。
「——待てッ!!」
アタシは咄嗟に利き手をかかげる。頭の中で小さな火の矢をイメージしながら小さく魔術の詠唱を始める。
「燃えろ、貫け——火の矢」
時間がないし、こちらに注意を引けば良いので、魔力は少なく、速度を重視するために可能な限り、流線型の矢をイメージする。
そして、形になった「火の矢」はアタシの手から射出され、獣人の振り下ろした剣に当たり、剣の軌道が変わり、当たることはなかった。
予想通り、先程まで、剣を掲げていた獣人の殺気がこちらへと向く。
「……そこまでにしてやりな。おいたの代償にしては、命はやりすぎだ」
獣人は動かない。チラチラと後ろで守っている少男の方を見ている。
(やはり。そっちに主導権があるのか)
そうなると、あの獣人に話すより、後ろの少男に話した方が良いだろう。
そう思って話しかけようとした時、背筋に冷たいものが走る。
嫌な気配というか、殺気とは違うねっとりとした感覚が全身を這い回る。そんな感覚があった。
「エティ」
その声にハッとする。
前を見ると、目の前には美しい笑顔を作った美少男がいる。
「いやぁ。すいません。許してください。彼女は僕を守るためにしたんです」
その少男はゆっくりと腕を切られて、倒れた冒険者に近づいてくる。
そして、切られた腕を拾い、傷口にくっつける。
「な、何を——」
「しっ。安心してください」
すると、くっつけた傷口に手をかざす。その瞬間、魔力がかざした手に集まるのを感じる。
(まさか?)
「天の恵み」
そう唱えると、傷口は淡く光る。そして、その光が収まった時、傷口は何もなかったかのように綺麗な状態で戻っていた。
「さ、動かして見てください」
「え…………嘘……だろ?動くぞ!」
先程、完全に断ち切られていた腕は、今や、切られた冒険者が自分の意思で動かしていた。当然切られた本人はとても喜んでいた。
しかし、それを見ていた側は戦慄の様子でいた。
(男が魔術だと……しかも、あの年齢で短詠唱?)
それは、あまりの衝撃だった。
ただの短詠唱魔術であるなら、そう驚きはない。アタシ自身も使っているくらいだ。
驚いたのはあそこまで短くしているのに、精度が非常に高いところである。
どうしても、短詠唱にすると、精度が落ちてしまう。
それは詠唱がイメージ力を補強し、イメージ不足を解消しているからだ。
そのため、短詠唱を使う使い手は可能な限り、短くするが、ある程度のラインを決めている。しかし、あの少男は魔術名だけで、魔術を行使している。
それも、あの年齢でだ。
「いやー。みなさん。お騒がせしてしまってすいません。何か誤解があったみたいですね?冒険者登録して欲しいのは彼女なんです」
そう言うと、少男は先程、冒険者の腕を切り飛ばした獣人の子供を前にだす。
「問題ないですよね?」
「え……まぁ……」
展開の速さについていけないのか受付は煮え切らない態度でいる。
しかし、先程と違い、それに異議を唱える人間は誰もいなかった。当然だろう。
先程までのやり取りを見ていて、口を挟める人間など、流石に命知らずの冒険者といえどいなかった。
「そうですか!それはよかった!では、早速、お願いしますね」
「……と、とりあえず。こちらの方でお待ちください」
何かを察したのか、受付はあの少男たちを奥の方へと案内して行った。
アタシはその背中を見つめながらどこか不安を感じていた。
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