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エテルネル・ラヴィ〜最狂錬金術師は不老不死の夢を見る〜  作者: りさ
1章 檻の中の少女 悪魔の誕生
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19話 祝福の拍手の中で

窓の向こうは、すっかり夜だった。

 開式を待つ控えの間で、私は爪を噛んでいた。


(……遅い)


 アマリアが戻ってこない。刺客を放った中庭で、何が起きたのか。報告の一つも届かないまま、時間だけが過ぎていく。


 落ち着かない。

 落ち着かなくなると、決まって思い出すことがある。


 あの悪魔が、生まれた日のことだ。


 ――――――――――――


 私が五つのとき、弟が生まれた。


 産室の前で待たされていた私は、扉が開くや否や、使用人たちの空気が変わったのを肌で感じた。


「まあ……」

「なんて……」


 誰もが、言葉を失っていた。


 母上の腕の中にいたのは、真っ白な、小さな赤子だった。眠っているだけなのに、不思議と目が離せなかった。

 それは、異常なほどに整いすぎた顔立ち。長い睫毛。白い肌。まるで、神がたくさんの手をかけて作った作品のように美しい子供であった。


「男ですって」

「なんて……まあ」

「これほど美しいなら……」


 口々に囁く使用人たちの声は、同情と、感嘆、少しの色を含んだ感情の間で揺れていた。

 この世界で、男に生まれるということは、長くは生きられないし、一生を籠の中の鳥として過ごすということだ。美しき愛玩具たち、それが男の一生だ。

 それでも、人々は、その赤子から目を離せずにいた。


 私は、少し離れた場所から、その様子を見ていた。

 可愛い、と思った。その時は、本当に。


 ――けれど。


 三年が過ぎ、弟が三つになった年。教会から、院母が屋敷に招かれた。


 三歳の洗礼。魔法の有無を確かめる儀式だ。私も、三つのときに、同じ儀式を受けている。


 覚えているのは、結果ではなく、その場の沈黙だった。聖水を張った銀の盆に手をかざしても、私の水面は、静かに揺れるだけだった。魔法を持つ者なら、そこに淡い光が魔法の系統に似た色で光る。

 残念ながら私には、灯らなかった。


 あとから、使用人たちの囁きで知ったが、母上が、一瞬だけ視線を逸らしていたらしい。

 私はショックではあった。自身には魔法の才がないことに。しかし、魔法の才など無いなら無いであきらめがつく。偉大な貴族の中には魔法を使えない者もいたと聞いたこともある。

 実際、現王国宮廷魔術師も魔法は使えず、魔術を極めた方だ。


 そんなことを考えていた八つになった私は、母上の隣で、弟の番を見ていた。

 しかし、私は退屈な気持ちでそれを見ていた。


 男には魔法が宿らない。それは常識である。だが、大いなる母である女神イブの愛によって生まれた全ての人間にこの儀式をしなくてはならない。


 ゆえに、結果は分かり切っていた。何も光らず、ただただ何も無い時間が過ぎるだけであった。


 しかし、そんな想像は容易く打ち砕かれることになる。

 三つの小さな手が、盆の上にかざされた瞬間。


 水面が、まばゆく光った。


 院母が、目を見開いた。光は盆の縁を越えて、天井にまで届いた。


 誰かが、息を呑む音がした。


 光は、盆の縁を越えるうちに、色を変えていった。白に、黒が混じる。その姿は濁るのではなく、二つの色が、ゆっくりと絡み合うように変わっていく。


 院母の顔から、血の気が引いた。


「黒と白……死霊系統か」


 誰かの囁く声が聞こえてくる。


「まさか、男児に」

「ありえない」


「この光の強さなら、候補は五つに絞られます」


 院母は、震える声で、それを数えた。


「死の鎖(カテナ・モルティス)。死の刃《グラディウス・モルティス》。死の声(ヴォクス・モルティス)。死の門(ポルタ・モルティス)」


「……そして、死の恩寵《グラティア・モルティス》」


 どれも、教会が記録している魔法の中では希少性が高い魔法だった。特に、死の恩寵《グラティア・モルティス》は使い手がおらず、わかっていることが名前だけという珍しい魔法である。


 母上は、表情を変えなかった。ただ、その指先が、かすかに動いたのを、私は見た。


 私には、なかったものが弟にはあった。


 しかも、男なのに。


 その瞬間、私の中で、何かが小さく、ひびを入れた。


 ――――――――――――


 それから、あの子は、一つずつ、できることを増やしていった。


 三つで文字を覚えた。四つで簡単な計算を終えた。五つで魔術の本を開いて、使用人が止める間もなく、小さな灯りをともしてみせた。


 私が、何ヶ月もかけて身につけた礼法を、あの子は、数度見ただけで、完璧に真似た。


「さすが、坊ちゃま」

「男児とは思えない」

「女であれば、さぞ大成したでしょう。惜しい話です。」


 使用人たちは、笑ってそう言った。しかし、その笑顔が、私に向けられたことは、一度もなかった。

 母すらも、私の才能のなさに顔を顰める毎日であった。


 私は、毎日必死に稽古した。魔法がないぶん、魔術を磨き、剣を握り、書物を読んだ。

 それでも、あの子は、私の一歩先を、常に息も乱さずに歩いていくのだった。


(男のくせに)


 それが、いつからか、私の口癖になった。


 男は、他家へ行く。どうせ、長くは生きない。後継者になれるのは、私だ。そう、何度も、自分に言い聞かせた。


 いや、そう自分に言い聞かせなければ、私は立っていられなかった。

 自身の能力のなさによる絶望、私と血を分けた存在が常に追い越していく恐怖、そして、周囲からの落胆。


 私は、十二。成人まで、あと三年。あの悪魔7歳も、あと三年で成人を迎える。それまでに、決着をつけなければならない。

 それでこそ、私はアイツの呪縛から逃れられるのだ。

 今度こそ、私は証明しなくてはならない!


 ——私はアイツの出涸らしではない。


 そんな呪縛を。

 そのためなら命すら惜しくはない。


 ――――――――――――


 コン、コン。


 扉が叩かれ、私は我に返った。


「アンリ様、まもなく開式でございます」


 メイドの声だった。

 私は、爪を噛むのをやめて、立ち上がった。


 (メイドは、まだ戻らない)


 早く戻って安心させてほしい。アイツさえいなくなれば、全部、元通りになる。


 そう信じて、私は、会場へと続く扉を開けた。

 会場の扉を開けると、眩しいほどの光が溢れ出した。


 吊り下げられた無数の燭台、磨き上げられた大理石の床、ざわめく招待客たち。侯爵家の名にふさわしい、完璧な夜会だった。


 だが、その完璧さが、今夜ばかりは、私の神経を逆撫でした。


 (あのメイドはどこだ?)


 壇上の席へ向かう途中、会場を見渡す。あの女の姿は、どこにもない。給仕の列にも、控えの間へ続く扉の脇にも。どこを見渡しても、いなかった。


「おい」

「は、はい。何か……?」

「アマリアとかいうメイドはどこにいる?」

「え?……あー、アマリアですか?……確かにみないですね?」

「……そうか」


 私は給仕をしていたメイドに話しかけてみたが、なんの成果も得られなかった。


「おお。これはアンリ殿ではありませんか」


 そんなふうに考えていると、一人の女から話しかけられる。

 見ると、人付き合いの良さそうな愛想のある笑顔。でっぷりと太った腹に、豪華な飾りをつけた中年の女であった。


 (貴族だろうが……名前が……)


 私は目の前の人物の名前が頭から出てこない。思い出そうとも、なかなか、出てこない。

 いつもそうだ。物覚えの悪い私は、相手の名前がすぐに出てこない。

 その様子を見たからか目の前の女は一瞬、目を細め、そして、また、愛想のある笑顔に戻った。


「おお、前にお会いした時に、もしかしたら私自身が自己紹介をし忘れてしまいましたかな?これは失敬。私はドゥー伯爵領のアスマンと申します」

「ああ。アスマン殿か。申し訳ない。」

「いえいえ。……しかし、実に過ごしやすい夜会ですな。席も、給仕も、料理も、客の気分を先回りしている。さぞ、手練れの方が差配なさったのでしょう」

「……侯爵家の使用人たちが、よくやってくれました」


 私はなんとも言えず曖昧な返事をする。

 実際、目の前の貴族がいう通り、行き届いたパーティになっていた。杯が空きかける前に、給仕がそっと傍らに立つ。招待客が迷う前に、案内の者が先回りして、行き先を示している。料理は、どの卓でも、湯気の立つうちに運ばれてくる。楽団の音は、会話を邪魔しない大きさに、ぴたりと抑えられていた。


 暖炉の火の加減も、燭台の明るさも、息苦しさを感じさせない。年配の客のための椅子は、さりげなく、壁際の目立たない場所に、いくつも置かれていた。


 誰も、困っていない。誰も、待たされていない。


(……非の打ち所がない)


 あら探しをしようと、目を凝らしても、見つからなかった。数週間前まで、私が手を回して、止めていたはずなのに。


 しかし、その事実が、より胸の奥を、じわじわと焼いた。


「いやいや、ご謙遜を。弟君、7歳でこれほどまでに差配できるなぞ、とても素晴らしいものですな。これもアンリ殿の教育の賜物ですかな」

「あは、はは。ありがとうございます。」


 私は乾いた笑いしか出なかった。

 この貴族はなんと言った?教育?教育なぞ、したことも無い。ただ、勝手に色々やっているだけである。


「いやはや、しかし男児のデビュタントなど、聞いたこともない。侯爵は、よほど弟君を買っておられるようだ」

「……あれは、ただの余興です」


 苛立ちの中で、つい、口をついてそんな言葉が出た。


「ほう。余興、ですか」


 アスマン伯の目が、再び細くなる。今度は、先ほどよりも、長く。


(しまった)


 侯爵家の跡継ぎが、自身の弟の披露目を「余興」と呼ぶ。それが何を意味するか、どんな貴族でも、想像(・・)がつく。

 私は考えるより先に、口が動いていた。


「いえ、その……男の身で、後継者になれるはずもありませんから」

「なるほど。確かに」


 伯爵は、笑顔のまま、うなずいた。

 私はひとまずこの場が誤魔化せたことに安堵する。


 そのとき、メイド長の声が、広間に響いた。


「皆様、大変お待たせしました。」


 (まずい。時間か)


 見ると楽団が新しい曲の準備を始めている。そろそろ入場の時間になるのだろう。

 そんなことを考えていると、先程よりもメイド長の大きな声が聞こえてくる。


「ブルゴーニュ公爵、アキテーヌ公爵、ご入場――」


 二つの扉が、同時に開いた。


 筋骨隆々の恰幅のいい女が、笑みを湛えて入ってくる。あれはブルゴーニュ公だ。

 目だけが、笑っていない。値踏みするように、会場を一周させた。


 その隣を、痩せた背の高い女が、無言で歩いてくる。アキテーヌ公であった。

 誰とも目を合わせず、けれど、会場の隅々まで、視線だけが走っていた。


 中央集権派のブルゴーニュ公と、地方分権派のアキテーヌ公。顔を合わせれば、水と油のはずの二人が、並んで入ってくる。広間の空気が、わずかに張りつめた。


 実際、私がやったデビュタントでは、あの二人を呼ばなかった。あの二人が揃えばめんどくさいことになるのは目に見えていたからだ。


 (……母上は、何を考えている)


 前の方で待機している母上を盗み見る。母上は、表情を一つ変えずに微動だにしていなかった。


 最後に、王家の使者が入場し、席が整う。


 そして。


「本日の主役、エリウス・シュルナン・ド・アルセース様、ご入場――」


 メイド長の声と共に、正面の扉が、ゆっくりと開いた。


 (来るわけがない)


 そう、来るわけがない。なぜなら、もうアイツはこの世に居ないのだから。

 これからが大変だ。主役のいないパーティなぞ、盛り上がるわけがない。

 ましてや、主役が死んだとあっては母上の責任にもなるだろう。


 (それはそれで、いい気味だ)


 あんなヤツにチャンスを与えた報いだ。そうなれば、母上も自分が愚かな選択をしたと気づくだろう。

 そんな気持ちを持ちながら開きかけている扉を食い入る様に見た。


 光の中に立っていたのは、あの悪魔だった。


 銀糸で縁取られた礼装には、皺ひとつない。髪は整い、頬には、うっすらと血の色が差している。まるで、散歩から戻ってきたばかりのように、穏やかな顔だった。


(……生きて、いる)


 背筋に、冷たいものが走った。周りはざわついているが、そんな言葉も耳に入らないくらいにショックを受けていた。


 アマリアは、戻らない。アイツは、傷一つなく、そこに立っている。


 つまり、失敗したのだ。


 その事実を、私は、数拍遅れて、理解した。


 ざわめきの中を、アイツは、ゆっくりと歩いてくる。その半歩後ろに、あの獣人の娘が、付き従っていた。


 アイツは扉の前で足を止め、優雅に一礼した。


 そして、顔を上げたとき。


 私と、目が合った。


 アイツは、微笑んだ。

 それは、いつもと同じ、美しくて、人懐っこい笑顔だった。

 見るものを虜にする、そんな美しい笑顔であった。


 それなのに、私は、背筋が凍りつくのを感じた。


 ——————————————


 あの後のあまりのショックに記憶は定かではなかった。ただ、アイツの不愉快な挨拶があり、アイツが挨拶周りをしていた様な気がする。そして、時間がきたことでアイツから今日の余興である「見せ物」の説明があり、移動をした。

 奇しくも余興の舞台は、アイツを殺したはずの中庭であった。


 薄暗い中、私たちは杯を片手に、立ちながらアイツらの見せ物を見せられていた。


「まさか、男が魔法とは」

「噂は本当だったのね」

「しかも、死の騎士(アンデットナイト)を、操れるとか?」

「……まさか、死の門(ポルタ・モルティス)?」

「いや、噂によると死の恩寵《グラティア・モルティス》ではないかとか?」

「なんと……まさか?」


 囁きは、好奇心と、嫌悪が半々だった。

 ただ、1番の驚きはやはり、男なのに魔法が使えるという話であった。


 ——やめてくれ。


 月光によってぼんやりと照らされた中庭の中央に、黒い鎧の影が、立っていた。


 ————死の騎士


 ぼんやりと、青白い光を灯した眼窩が、揺れている。凶悪なアンデットであり、騎士団が出動するほどのアンデットであるとされている。

 そんなアンデットをアイツが使役している。

 その事実に頭が怒りで沸騰しそうであった。


 ——貴様は何を持ち得ないのだ。


 アイツが、片手を挙げた。

 すると、止まっていた死の騎士があの獣人の娘の方を向く。

 騎士が、咆哮にも似た音を発して、動き出した。巨大な剣が、風を切って振り下ろした。


 そして、その先に、獣人の娘が立っていた。


「危ない――」


 誰かが、声を上げた。私は神に祈った。あの剣によって、あの小娘が潰されて、無惨な姿を見せることを。

 そうすれば、この怒りも少しは和らぐ。


 次の瞬間、轟音が響いた。


 しかし、私の願いはあっけなく、覆される。あの娘が、騎士の剣を、素手で受け止めていた。巨大な剣をまるで、何ごともないかの様に掴んでいる。

 最初は大したことないのだと思ったが、やつの下にある地面が、ひび割れているのを見て、その考えを改めた。

 あの小娘の小さな体は、ぴくりとも動かない。


 そのまま、片手で、剣身を握り込んだ。金属の軋む音。刃が、飴のように歪み、折れた。


 どよめきが、観覧席を駆け抜けた。


 騎士が、折れた剣を放り出し、拳を振るう。その腕を、娘が掴んだ。


 技はない。型もない。ただ、力で、押さえつけ、引きずり倒す。粗野で、無骨で、美しさの欠片もない戦い方だった。

 それは、まるでケダモノの様な無様で、粗暴で、しかし、純粋な暴力の様な戦いであった。


 鎧が、砕ける音がした。胸甲が、拳の形に、へこんでいく。


 三度、四度、五度。


 拳が打ち込まれるそのたびに、青白い光が、揺らぎ、弱まり、やがて、消えていった。


 静寂が、中庭を満たした。


 娘は、動かなくなった鎧の上に立って、ゆっくりと自身の手を見つめていた。その横顔に、表情はなかった。

 いや、よくよく見れば小さくだが歪んでいるのがわかった。


 (……バケモノめ)


 一拍置いて、観覧席の一角から、歓声が上がった。武を好む貴族たちだった。続いて、まばらな拍手が広がる。眉をひそめて、扇で口元を覆う者たちも、少なくなかった。


「……ほう」


 ブルゴーニュ公が、低く呟いた。


「侯爵。アレが先程言っていた?」

「ええ。我が子エリウスが生み出した獣人の従者です」


 母上は、杯を傾けたまま、そう答える。


 アキテーヌ公は、拍手をしなかった。ただ、静かに、鎧の残骸を見つめながら一言つぶやいた。


「あれほどの純粋なパワーを持った存在を侯爵の子は生み出せるのかのぉ。錬金術は詐術だと思っておったが……」


 私は、爪を噛みながら、あの子を見た。


 あの子は、観覧席の中央で、にこやかに会釈を返していた。それはまるで、完璧な、可憐な侯爵令息としての姿であり、美しくも可憐な姿であった。

 そして、皮肉にもそんな姿を私は美しいと感じていた。


(あの力が、いつか、私に向く)


 その想像が、背筋を、ゆっくりと這い上がった。

 やがて、王家の使者が、静かに口を開いた。


「侯爵家のお子様の、御披露目。確かに、見届けました」


 それは、あの子が、後継者レースの舞台に上がったという、公の宣告だった。


 どよめきが起こり……そして、拍手が、会場を包んだ。

 中には、あの悪魔に取り入ろうと算段を始める貴族も出てくるだろう。

 あの美貌に、そして、あんな怪物を生み出す力。

 アレを手に入れようとするものはこれからどんどんと生まれてくる。


 ——————私はなんなんだ。


 アイツはいつもそうだ。私の努力を全て無にする。アイツは何ごともなく私を追い抜いていく。


 ——お前はいつも注目の的だ。


 男のくせに、弱く、愚かで、哀れな存在の分際で。


 ——————お前は!お前は!


 一体なんなんだ。


 私は痛みで我に帰る。どうやら手を握りしめていたようで、手のひらには爪によってついた傷から出血していた。


 そんな中で、私は、あの子の視線が、再びこちらへ向けられるのを、感じた。


 口の動きだけで、何かを告げている。


 読み取れるはずもないのに、私には、分かった。いや、分かってしまった。


 ――ありがとう、姉上。あなたのおかげで、全て上手くいきました。

 

 杯を握る手が、小さく、震えていた。もはや怒りを通り越している。


 ——————あの悪魔はおぞましい。


 ——————あの悪魔は生きてはいけない。


 ——————あの悪魔を殺すことこそ、我が本懐なり


 ——————それでこそ、私は本当の意味でこの世に生まれ落ちるのだ。


 多くの祝福の拍手の中、私は血の涙が出るほどの勢いでヤツを睨みつけていた。



「貴様だけは……絶対に許さないぞ。……エリウス」


 握っていた盃は醜く歪み、私の手からするりと落ちていった。

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