2話 山賊たちの宴
――アタシは昔から自由になりたかった。
そんなことを考えたのは略奪品の山を眺めてた時だった。
小さな農村の三女に生まれた。だが三女のアタシに与えられる土地などなく、都会に行って冒険者になるか、村であぶれた連中と一緒に新しい開拓村を作るかしかなかった。
そんなしょうもない人生は嫌だったアタシは、村の燻ってる連中を率いて山賊となった。
生まれながら火炎魔法が使えたこともあり、山賊はある程度の規模にまで成長した。
山賊生活には大変なことも色々あったが、それでも確かな「自由」があった。
金を奪い、美食を漁り、たまに男を犯す。
小さな農村で農奴として暮らすなんかでは味わえない「自由」がそこにはあったのだ。
そんなことを考えていると、ふと近づいてくる足音に気づいた。
ひたひたと近寄る足音に気を取られ、部屋のドアを見る。木のボロいドアが開かれると同時に、見知った奴の顔が見えた。
「エミリアの姉御、今戻りました」
「……ルーサ、よく戻ったね。守備は?」
襲撃に出ていた妹分のルーサが入ってきた。本来であればアタシも行く予定だったが、気分が乗らずルーサの教育がてら行かせていた。
情報ではとんでもなく豪華な馬車らしく、大変実入りがいいのではと噂されていたのだ。
しかし、そんな話とは裏腹にルーサの顔は冴えないものであった。
「それが……」
言いづらそうなルーサの顔を見ると、何があったのか気になってくる。話では警備は手薄のはずであった。
「何があった……まさかミスったのか?」
「いえ!……そんなことは」
「じゃあなんだよ?」
「……見てもらった方が早いですね。おい」
そう言うとルーサは後ろを向き、手下達に合図を送る。
少しの間と共に、何か重い物を引きずる音がする。そしてその音は扉の前で鳴り止むと同時に、扉が開かれた。
目の前に置かれたのは小さな檻であった。動物用の檻か何かであったそれは、下部が引きずられたことで細かい傷があるものの綺麗なお仕着せの代物だった。
「なんだよこれ?」
意味がわからず檻の中を覗くと、中には獣人のガキが入っていた。
その見た目はひどい風体であった。顔は酸か火でぐずぐずにされ、全身には切り傷や打撲の痕があった。髪は不揃いに切られており、明確な加害の意図が見受けられた。微かに胸が上下する様子から、かろうじて生きていることが分かった。
「……なんじゃこりゃ?」
「わからないです。襲った馬車の積荷が《《これ》》と携帯用の食料ぐらいでした」
「ますますわかんねぇな」
「それと、すいません。襲撃自体は成功したのですが、警備の連中が予想以上に抵抗しやがりまして、負傷者が結構出ました」
そう言われると、アタシは檻を軽く蹴飛ばす。
ガンッという甲高い音が部屋に響き渡る。
情報ではでかい獲物であったはずだが、中身は死にかけの獣人の小娘一人である。それなのに手下は負傷者が出る始末。これじゃ無駄骨どころの騒ぎじゃない。
……そう考えて苛立ったが、近くで怯えているルーサと手下達が目に入った。
「……わかった。とりあえず休め。今回は情報の精度が悪かったな」
アタシは檻を蹴飛ばしたことで少し冷静になれた。ここでコイツらを叱ったところで意味がないことくらいわかる。ここは寛大に許すことにした。実際に情報が悪かったのは事実だ。
そう自分を納得させ、ルーサに向き合おうとした、その時であった。
ドタドタとした足音が響く。そして目の前の扉から手下が駆け込んできた。
「姉御!! 緊急事態です!」
部屋に手下の大声が響く。そいつは最近入った新入りだったはずだ。その驚きようはあまりにも必死で、全身に血がついていた。
「なにがあった!?」
「敵しゅ――――」
そいつは何かをしゃべろうとする前に遮られた。
そいつの顔は驚きに満ちたまま上下に分かれる。ビッチャッッという音と共に頭部の上側が滑り落ちた。
視線を後ろにやると、それはいた。
「死の騎士!?」
その巨体は2mはある大柄の女であった。手には大きなナイトソードを持ち、顔には干からびた皮膚が張り付いている。その眼窩には暗い穴が開いており、覗けばあの世の世界が見えるとも言われている。
死の騎士。
中位アンデッドであり、自然発生するような存在ではない。
(――術者がいるな)
奇妙な沈黙の中で、私は冷静に頭を動かす。あのクソ野郎は本来であればこんな所に存在するはずがない。それでも目の前に現れ、アタシたちを見下ろしている。それは圧倒的な恐怖であった。
「――火炎の矢」
私は静かに魔法を唱える。すると私の周りに5本の炎の矢が現れ、アンデッドに殺到する。
『火炎の矢』は私が持つ魔法である。能力は単純に高火力の炎の矢を打ち出す。単純ながら汎用性が高く、火力も十分であった。
「姉御!!」
「大丈夫か!?」
ルーサがアタシの方へ逃げてくる。ルーサは剣を構え、『火炎の矢』が着弾した地点を凝視する。
これで終わりなはずがない。死の騎士は中位アンデッドの中でも特に防御に秀でた存在だと聞いたことがある。この程度で死ぬはずがない。
煙が晴れる。そこには多少の傷はあるものの、大きなダメージのない死の騎士が立っていた。
「チッ。やっぱり死んでねぇか」
「どうします姉御!?」
ルーサが不安そうな声を出す。どうすればこの目の前の化け物を殺せるか――アタシは必死に思考を巡らせた。
そんな思考を遮るかのように、目の前の化け物が大きな咆哮と共に踏み込んできた。
床が砕け、風圧が目の前を掠める。
「散れッ!」
叫ぶより早く、エミリアは跳んだ。
ナイトソードが通った場所の壁が“消えた”。削れたのではない。何もなくなったかのように消失したのだ。まさに怪力。女神の祝福のないアンデッドの分際で、異常な力をしていた。
「……バケモンが」
火炎の矢を放つ。五本。間を詰める暇を与えない。
だが、死の騎士は止まらない。いくら攻撃が当たろうとも全身を燃やしながら歩いてくる。まるで効果がないかのようだった。
(――そんなはずない。相手はアンデッドだ。いくら防御重視だとしても、ここまで当ててダメージが蓄積してねぇわけがない!)
しかし、そんな思いとは裏腹に死の騎士は一直線に向かってくる。そして、大きく剣を振り上げた。
その瞬間感じたのは、濃厚な死の気配。今までに感じたことのないほどの死が迫る。
あの剣がこのまま振り下ろされたら、アタシは死ぬ。
(嫌だ!! 死にたくない!!)
その瞬間、アタシは覚悟を決めた。
振り下ろされんとする剣に向けて『火炎の矢』を放つ。
炎の矢はまっすぐと線を描きながら剣に当たる。当然、その程度の攻撃で剣の軌道を変えられはしない。
――だが、剣に当たった瞬間、今までにないほどの爆風が辺りを包んだ。
『火炎の矢』の威風はある程度コントロールができる。今回は威力を殺し、爆風を極限まで強めに設定したのだ。
そのおかげで死の騎士はよろけ、剣の軌道が逸れた。アタシへの直撃は免れる。
しかし、代償もあった。至近距離でもろに爆風を受けたのだ。身体は爆風の勢いで後方へと吹き飛ばされ、地面へと強く叩きつけられた。
「……ハァ……ハァ……」
正直、立っているのがやっとの状況だ。叩きつけられたダメージは確実に身体へ蓄積されていた。
それに引き換え、相手の騎士には決定的なダメージがない。まさに詰みであった。
(――違う)
その瞬間、エミリアは気づいた。
先ほどの爆風で死の騎士の体が傾いた時に見えたのだ。
肩甲骨の奥。装甲の隙間。黒く、鈍く光る“核”の存在を。
(コア……!……あれか……!)
あのコアを破壊しなければ、あの騎士は倒せない。アタシの『火炎の矢』を直接叩き込みさえすれば確実に破壊できる――そんな確信があった。
――だが。
「……背後が、取れねぇ」
死の騎士は正面を崩さない。常にこちらを向き続けている。
当然だ。いくら操られているとはいえ、誰が好き好んで自分の弱点を晒すだろうか。
「姉御……」
その声に、エミリアは一瞬だけ目を向けた。
ルーサが不安そうな瞳を向けながらも、どこか恐ろしい覚悟を決めた顔をしていた。
「……姉御」
「……なんだ?」
「……作戦があります」
そう言うと、ルーサは小さく囁いた。
その作戦は、あまりにもルーサにとって残酷なものであった。しかし、それ以外の策はない。
そして何より、ルーサは既に覚悟を決めていた。それに対してアタシが言える拒絶の言葉など、どこにもありはしなかった。
――――――――
騎士は剣を振りながら、密かな愉悦を感じていた。
目の前の女たちはそこそこ強いが、自分を脅かす敵ではない。いわばこれは単なる狩りであった。相手は少し抵抗するだけの獲物であり、いずれ消耗し、一方的な屠殺へと変わる。
先ほど爆風を起こした女はもはや立っているのがやっとであり、もはや戦力としてカウントする必要もない。
あとはもう一人の剣士だが、強者特有の威圧感は一切感じられない。自分の障害にはなり得ないだろう。
予想通り、息も絶え絶えだった魔法使いの女が崩れ落ちた。気絶でもしたか。その様子に脅威など感じなかった。
――剣士が前に出る。
動きは速い。だが、さしてダメージは受けない。いくら斬撃を受けようと、この鎧に微かな傷がつくだけであった。
「―――――アアアアッッ!!」
剣士の女は気合を入れて叫ぶが、何の脅威でもない。ただ喧しいだけで、何の意味もなかった。
斬撃を受ける。装甲、問題なし。
反撃。
剣士の右腕が斬り飛ばされる。肉塊が床へ落下する。
だが、剣士は倒れない。千切れた右手を気に留める様子もなく、ちょこまかと動き回る。まるで死にかけのネズミのような悪足掻きだ。
次。
剣を振るう。直接は当たらないが、風圧で剣士の女の左足が折れる。
しかし、まだ倒れない。残った右足と折れた左足を器用に使い、這ってでも逃げようとする。
完全な愉悦。生者を殺す時、騎士にとってそれはかけがえのない喜びであった。
足掻き、足掻き、そして追い詰められた生者は何ものにも代えがたい表情をする。絶望と諦め、そして恐怖が混ざった顔は、死者である騎士にとって唯一の娯楽であった。
這っている剣士の女を、ゆっくりと追いかける。少しでも長く絶望を与えるためだ。
しかし、戯れもここまでだ。そろそろ仕留めなければならない。
あのお方が、近くまで来ている。
命令では「生者を生かしておく必要はない」とのことだった。あのお方が到着される前に片付けねばならない。
そう考えると、騎士は這っている『ネズミ(剣士の女)』を踏みつけた。
剣士は叫ばない。ただ、冷たくこちらを見つめている。
追撃。右脚、切断。
対象、行動不能。
痛みに耐えているネズミを痛めつけるのは最高に楽しかった。だが、もう時間がない。
騎士は手にしたナイトソードを振り上げた。
排除――。
「――今だッ!!」
今まで声を上げなかったネズミが、爆音のような大声を張り上げた。
その声色には、罠にかかった間抜けを嘲笑うかのような色が混ざっていた。
「――火炎の矢ッ!!」
先ほどまで倒れていたはずの女の声が、真後から響く。
次の瞬間、死の騎士の背中が激しく爆ぜた。
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