14話 愚者たちはおどる②
「はぁ……疲れた。」
洗濯場の裏手、人目につかない物陰に腰を下ろすと、大きく息を吐いた。ここは私自身が仕事をサボる時に使う小さなスポットであった。最近、怒涛の忙しさや精神的疲労が重なり、まともに休むタイミングが薄かったからこそ、うとうとし始めていた。
「グレタッ!!」
そんな、憩いのひと時の中で、私の背後から大きな怒鳴り声で私の名前が響いてくる。少し低く、威圧感のある声、間違いないスジャータメイド長だ。
そう考えると、私は慌てて立ち上がり、身なりを整え、後ろを向いた。
「はっ……はい!……って、アマリア!?」
「ぷっ……あっはははは!……あんたはいじりがいがあるねぇ。グレタ。」
しかし、そこにいたのは、恐ろしい顔したメイド長様ではなく、よく見知った知り合いの顔の姿であった。
「あ、あんた!びっくりしたじゃない!もう!」
「ごめんごめん!そんなに怒らないで。暇そうにしてたから少しからかっただけじゃん。」
そうニヤニヤした顔をしながら、私の隣にアマリアは座る。そんな姿に呆れながら、彼女の手にあるものに気づく。彼女は手に持っていた小さな布状の何かを口に入れる。それを見て、私は驚きの声を上げた。
「あ、あんた。それ、もしかして、噛みたばこ?」
「そ!最近買ったの~!しかも、新大陸製の噛みたばこ!めっちゃ高かったよ~!さっきあんたにもあげる。」
そういうとアマリアは小さな噛みたばこを私の口の中に放り込み、アマリア自身の口にも入れ咀嚼をし始めた。私の鼻に噛みたばこ特有な青臭い独特な香りが匂ってくる。私はゴクッとのどを鳴らし、その味を堪能した。
そんな中でふと疑問に思っていたことを尋ねた。
「新大陸製の噛みたばこって…ずいぶんと羽振りがいいわね。まさか、アレで儲かってる感じ?」
「そそ。いやー。やっぱり、大貴族様は倉庫のラインナップが素晴らしいわ!おかげで、くすね放題よ!うちなんか、貧乏男爵だから、質素なものしかなかったのに。」
そう、彼女がしているのは出入り業者への横流しであった。食料品に始まり、使いさしのろうそくなどの消耗品を売りさばいていた。
まぁ、私もやっているのでお互い様ではある。
「はぁ。気を付けてよ~。私だってやってるんだから。あんたがバレれば、私を含めて多くの人間が迷惑するのよ!」
「大丈夫大丈夫!うまくやるから~。あんたも、儲かってるんだからなんか買ったら〜。」
そういうと手をひらひらと振りながら、噛みたばこを堪能するように目を閉じ、味を楽しんでいた。
「そういえばさ。」
「うん。」
ふと、アマリアが思い出したように口を開いた。私は何かと思い、続きを促す。
「デビュタントの話、聞いた?」
「聞いたも何も、昨日、坊ちゃまに問い詰められたわよ。」
「あー、そっか。あんた、仕事振られてたよね。じゃあ、アンリ様の件も?」
「もちろん。」
デビュタントの件とはもちろん。今度行われる坊ちゃま——エリウス様が主催されるデビュタントのことである。
そして、アンリ様の件とはそれを妨害せよという密命のことでもあった。
「迷惑な話よね〜。ただでさえ忙しいのに、あの坊ちゃんの子守りまでさせられるんだから。」
「まぁね。」
「しかし、メイド長も必死よねぇ。私たちに妨害しろー……なんて、アンリ様に気に入られようと必死なのかしらねー」
「そうね。噂だと、メイド長。アンリ様に気に入られれば、姉妹の契りを結んでもらえるんじゃないかって話よ。」
「ええ!?まじ?……アンリ様ってああいう年増が好みなわけ?」
「さぁ?うわさよ?」
「かぁー。そんなんで、坊ちゃまからのあれやこれやに対応しないといけないなんて、いい迷惑よ。」
アマリアはそう、迷惑そうにぼやいた。その姿を見て、私はこの前の件を思い出した。
「この前も発注されたものが届いてないって大騒ぎしてたわよ。まぁ、家内のメイド、果てはアイツらにすら協力されてないんだから当然よね。」
「まぁ、男だし、考える力が足りないんじゃない?前も教会の説法で、男には何かを決断する力が足りないって話をしてたし。」
「いえてるわね。」
私たちは日頃の鬱憤を晴らすようにそう嘲笑った。男なんて所詮は子孫を繋ぐ程度の存在だし、そんな連中に高度な思考ができるわけがない。所詮は子羊のようにプルプルと震えるだけなのだし。そう、私がいつも会う王都の彼みたいに。
「そういえば、あんたは盗みで得た金を何に使ってるわけ?」
アマリアはふと、そんなことを尋ねてきた。私は少し考え、話し始めた。
「何って。たまの休みの時に、外出申請することあるでしょ?」
「あー。あったあった。それで?」
「あの時に、ル・ソレイユに行くのよ。そこで男娼を買ってる。」
「だ、男娼!?それこそ、金がかかる遊びじゃない!?」
「うるさ。大声出さないでよ。」
アマリアはあまりにも驚いたのか、自身の口に入れていた噛みたばこを地面へ落としている。私は彼との思い出を思い出すようにゆったりとした気持ちでアマリアに話し始めた。
「彼。いいのよぉ。私が来ると笑いかけるの。それは嬉しそうに。でもね。目はちっとも笑ってない。怯えてる。隠そう隠そうってしてるけど、所詮はできてない。そんな顔を見るとたぎってたぎって。」
「あんた……いい趣味してるわね。」
「それでね。私が彼の服を脱がそうとすると————」
「わかったわかった!もういいわよ。」
そういうとアマリアは、落ちた噛みたばこの土を落とし、口に放り込んだ。
「なるほどね。楽しそうにやってんじゃん。どんなタイプなの?その子」
「ええっとね。金髪で、少し線が細い感じの子かなぁ。男特有の高い声でキャンキャン鳴いてくれるのよ。」
「ええ。それって。まるで坊ちゃまみたいじゃない。」
「……バレた。」
そういうと私は少しバツが悪そうな顔で地面に落ちていた石を見つめる。そんな姿を見て、アマリアは若干引いたような顔でこちらを見ていた。
「ちょっと、変な事するのやめてよねー。そもそも、そこら辺の男娼と坊ちゃまなんて、くらべものにならないでしょ。」
「わかってるわよ!そこらの男娼なんて、坊ちゃまのような高貴さも、美しさもないわよ。それでも、近くにいたらムラムラするじゃない!逆に坊ちゃまに襲い掛からないように代わりに発散してるんだから、健全でしょ。」
そんな話をしていると近くで何かがいるのを見つける。そこには小さなネズミがこちらをじっと眺めていた。
「んー。どしたー……あ、ネズミ。」
ネズミはこちらが気づいたことに気づいたようだが、逃げることなく、その場にじっと佇んでいた。私は不気味に思ったため、近くにあった小さな小石をネズミへ投げつける。
「チュッ!」
ネズミの胴体に直撃し、ネズミは倒れた。しかし、すぐに起き上がると何事もなかったようにその場にじっと立ち続けた。
「なにあれ?……すごい不気味なんだけど。」
「あー、なんか、ここ2~3日変なネズミ多いよね~。」
「変なネズミ?」
そういうと、アマリアはつまらなそうに小石をネズミに投げつけながら話始めた。
「そそ。なんか、最近屋敷周りや中で変にこっちを見てるネズミがいるんだって。で、こうやって追い払ってもなぜか逃げなんだってー。」
「ふーん。」
そんな話をしているとアマリアの投げた小石がネズミの頭部に命中し、ネズミは倒れて動かなくなった。
「しゃ!あたり―!……さて、私はそろそろ、仕事に戻るわー。」
そういうと、アマリアは足元の土を足で少し堀り、口に入っていた噛みたばこを吐き捨てた。
「じゃ!さぼりはほどほどにね~。」
「あんたもね。」
そういいながらアマリアが去るのを見送った。
「さて、アタシも仕事に戻りますかぁ。」
そう思い、立ち上がると、先ほどまで倒れていたはずのネズミがいなくなっていた。
(変ね。まあいっか。)
気づかないうち小動物が持っていたのだろうと考え、私は自身の仕事に戻った。
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そんなわけで、サボりから帰還して、廊下を歩いていた私は曲がり角で誰かにぶつかりそうになり、足を止めた。
「あ、す、すいま——。」
謝ろとして、顔を上げると——
「やぁ。こちらこそごめんね。」
「ぼ、坊ちゃま。」
目の前には坊ちゃまが立っていた。私が見ると坊ちゃまはにっこりと美しい笑みを浮かべながら小さな手を少し前に挙げていた。
私はすぐに頭を下げる。
「も、申し訳——」
「いいよ。いいよ。こっちこそ気にしないで。それよりも、急いでいたかな?」
「い、いえ。滅相もございません。」
変なところであってしまった。さっきまで、下品な話をしていたから、少し気まずい気持ちになる。あんな話をしていたからか改めて、坊ちゃまを見るとその美しさにため息すら漏れてしまう。こんな子の顔をぐちゃぐちゃにゆがめられたらと思うと——
「ねぇ。少し話せるかい?」
「は、はい!」
断れる雰囲気ではなかった。私は内心で舌打ちしながら、大人しく坊ちゃまの後についていく。
「きみはどこの出身なんだい?」
「えっ?」
聞かれたことはあまりにもしょうもないことだった。思わず、変な声が漏れてしまった。
「だから、君の出身だよ。」
「あ。ロワール地方の商家出身です。」
「へぇ。ロワールなんて、いいねぇ。王都にも近くて。うらやましいよ。僕、王都にはいったことないんだ。」
なんの話だろう。探るように坊ちゃまの顔を見るが、その笑顔からは何も読み取れない。そんな私の気持ちとは裏腹に坊ちゃまは淡々と話しを続ける。
「商家ってことは、生活は大変じゃない?僕の知り合いにも商人がいるけど、いつも金に追われて忙しそうにしてるよ。」
「ま、まぁ。」
どこへ話を持っていきたいのか分からず、私はひたすら曖昧に相槌を打つしかなかった。
「そんな状態なのに、王都への男漁りなんて、ずいぶんと余裕のある生活なんだねぇ。」
「えっ……。」
――その瞬間、頭の中が真っ白になった。
「――っ、な、なんの……。」
「いやー。ずいぶん洗濯場の裏手で楽しそうな話をしていたからね。ついつい聞き入っちゃったよ。」
「ど、どうしてそれを……。」
声が震えているのが、自分でも分かった。なぜ。誰にも見られていないはずだったのに。
「さぁ、どうしてだろうね。」
坊ちゃまは答えず、ただじっとこちらを見つめてくる。顔は相変わらず笑顔のままであったが、その目には、これまで感じたことのない種類の――底の見えない怖さがあった。
私自身の足が震えてくるのがわかる。しかし、坊ちゃまは優しく私の手を握りこむ。坊ちゃまの暖かい手が私の冷たくなった手を温めてくれる。
「うちの倉庫の在庫、随分と管理が甘いみたいでね。出入り業者への横流しをしている人間がいるって噂も、最近よく耳にするんだ。」
「そ、それは――。」
「アマリアも、共犯なんだってね。楽しそうに話していたよね。」
足元が崩れていくような感覚がした。あの会話は、誰も聞いていないはずだった。あの日、あの場所には、私とアマリアしかいなかったのに。
「な……なんで、そこまで……。」
「いい子だから、正直に話してくれると嬉しいな。」
坊ちゃまは、静かに私を見つめたまま続けた。
「別に、今すぐ君を突き出そうってわけじゃないんだ。ただ――少し、協力してほしいことがあってね」
そういった坊ちゃまの顔は変わらずの笑顔であった。しかし、私は気づいてしまった。坊ちゃまの顔は笑顔であっても、その目は笑っていないことに。そして、その笑顔がどこか恐ろしく感じるのだと
私は、力なく頷くしかなった。
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