13話 愚者たちはおどる①
今回の話で登場する用語解説
・下女……身分の低い出身階層(平民の次女・三女)出身の使用人たち
・メイド……比較的身分の高い出身階層(下級貴族や裕福な商人の次女・三女)出身の使用人たち
「――は?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
依頼していたはずの衣装が、まだ仕立て屋から届いていない。装飾品の発注も半分ほどしか進んでいないという愚かな話を聞いてしまった。
デビュタントまで、もう二十日を切っているというのに。
「どういうことか、説明してもらえるかな」
担当のメイドに問いただすと、彼女は目を合わせようともせず、しどろもどろに言い訳を並べ立てた。
「そ、その……手が回らなくて……他の仕事もありますし……」
もっともらしい理由ではある。だが、これまで滞りなく回っていた屋敷の仕事が、こうも一斉に、しかも同じタイミングで滞るというのは、あまりに不自然だった。
(はぁ。――なるほどね)
誰の差し金かなど、考えるまでもない。わが愛しの姉上殿であろう。
どうやら、メイド及び下女たちはわが姉上から言い含められ、こちらの妨害工作に走っているらしい。
「……そう。仕事が忙しかったんだ。ご苦労様。とはいえ、こちらの用も優先だから即刻やってね」
「……も、もちろんですよー。坊ちゃま」
こちらがメイドを睨みつけると媚びたような表情を浮かべ、同意の相槌を打つ。まぁ、どうせ、話半分程度にしか聞いていないだろう。
(はぁ、招待客の選別は母上にお願いして、正解だったね)
唯一遅れがないのが、招待客への招待というのが、救いではある。僕自身がやっていれば、こういう妨害工作によって僕のお披露目も寂しいものになっていただろう。
(それに、母上の真意も探りたかったしね)
今回の招待客の相手をみれば、僕のデビュタントへの本気度が伺える。そういう意味でのつもりだったのに、別の意味ができたのは運がよかったといえるだろう。
「も、もう行ってもよろしいでしょうか……?」
こちらを伺うメイドは愚かにもそんな質問をしてくる。
「どうぞ。頼んだことはすぐにやってね」
そういうとメイドは「は、はい」という気の抜けた返事をして、僕の部屋から出て行った。まぁ、あの様子だと、どうせやる気はないだろう。
(母上に言う……は無理だろうな)
今回の母上の真意がわからない状態であるから、あまりこちらのすきを見せたくはなかった。もしかしたら、僕のぼろを出すのを待っているのかもしれないしね。
「あ、あの……ご主人様。大丈夫でしょうか?」
そんなことを考えていると、エティが僕におどおどしながら話しかけてくる。多分、僕の機嫌が悪いとでも思っているのだろう。
「心配ありがとう。大丈夫だよ。この程度。手は考えてあるんだ。それよりも、これから、エティにも働いてもらうからね」
「は、はい!お任せください!」
そういうとエティは元気よく僕の目の前に来る。その姿を見て、どことなく、前世で飼っていた犬を思い出した。
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「——申し訳ありません。坊ちゃま。そのお願いは聞くことはできません」
そんな拒絶の声が僕の耳に飛び込んできたのは、エティとのやり取りを終えてすぐのことだった。そして、そんなことを言っているのは何をかくそう、当家のメイド長様であった。
「そんなに難しいことはお願いしてないけどね」
「……いいですか?坊ちゃま。いくら現在当家の人出が少ないとはいえ、あの獣人を当家のメイドとして、公の仕事をさせるなど。許すことはできません」
「はぁ……」
そんなわけで、わがメイド長様もこのようなことを言い出したわけである。
(まぁ、わかってはいたけどね)
そもそも、メイドならまだしも、下女たちが揃ってこちらの頼みを聞かないというのは、個々人の判断で起きることではない。であるなら、当然、それを容認もしくは黙認している存在がいるわけだ。ましてや、母上発信の招待状が送られているとなると、そんなことを容認できる人物となるとメイド長くらいしかいないわけだ。
「とはいってもね、僕の身の回りの世話をしているんだよ?それなら、僕の仕事を手伝うことも、身の回りの世話に入らないわけ?」
「それとこれとは話が違います。わが侯爵家にはふさわしい格というものがあります。それは当然使用人たちも適用されるわけです。であるなら、獣人など、ほかのお客様にお見せできるはずもないでしょう」
「おや、それは不思議な事を言うね。その理屈が正しいなら、当日の見世物でエティに活躍してもらうことを母上から承諾を受けてるんだけど、母上自身が格を落としてるって言いたいの?」
「…………坊ちゃま。屁理屈はおやめください。何度言われてもダメなものはだめです」
と、このように何を言ってもダメの一点張りであった。
そんなこんなでこちらが苦戦をしていると、後方からわざとらしい足音が聞こえ、耳障りな低い声が聞こえてくる。
「おやぁ?こんなとこで何をしている。エリウスぅ?」
もう、誰が来たかなんて一目瞭然であった。そして、振り返ると案の定、わが愛しの姉上が厭味ったらしい笑顔でこちらに近づいてきた。
そして、姉上は僕とメイド長を交互に見まわし、それはそれは素晴らしい笑顔で話し始める。
「おやぁ……スジャータメイド長?これは何かの騒ぎかな?」
「これは。若当——いえ、アンリ様。良いところに来てくださいました。坊ちゃまのわがままを止めてはくださいませんか?」
そういうとまるで示し合わせていたかのようなわざとらしい話しぶりで僕の訴えをメイド長はアンリ姉様に話し始める。
それをさらにわざとらしい大きな相槌を打ち始めながら、聞くアンリ姉様。
(はぁ……これは、なんの時間なんだ)
そして、そんな小芝居を聞く、僕、と地獄のような空気だった。
「なるほど。それは、エリウスが悪いなぁ!」
「はぁ……」
「そもそも、メイド長の言うようにわが家は侯爵家だぞ?所詮は男のお前のお守り風情の仕事しかない獣人なぞが、我が家の仕事をしようなどあまりにも分不相応ではないか」
「はぁ……」
「それをごちゃごちゃとお前のわがままでスジャータ殿の仕事の時間をとるなど、当家を預かる責任を少しでも持ったらどうだぁ?」
と、それはそれは楽しそうにねちねちと僕への文句をたれ始める。正直、うっとうしいという気持ちよりも、半分飽きてきていた。要するに、言いたいことは嫉妬の一言でつきるのだから。
「まぁ、男のお前にはわからんか。所詮は、他家に行く人間なのだからなぁ。……ふん。まぁ、せいぜい頑張るのだな。行くぞ」
そう言い捨てると、姉上はメイド長を連れて、どこかへと消えていった。よほど、僕に嫌味が言えてうれしかったのだろう。姉上は明らかに上機嫌な様子で消えていった。
「はぁ、姉上ったら。しょうもない嫌がらせをするなぁ」
そういうと僕は近くにあった壁に寄り掛かった。
どうやら、屋敷の使用人たち――特に、メイドなどの上級使用人たちは僕ではなく、アンリ姉様を支持しているようであった。
それは、まぁ、当たり前といえば当たり前であろう。彼女たちからすれば、ご当主様の気まぐれに映るだろう。そんな中で、次期当主様がみみっちい嫌がらせを始めたのだ。乗ることに損はないだろう。
(まぁ……ずいぶんとなめられたもんだなぁ)
正直、アンリ姉様の嫌がらせはたいして興味がないが、ここまでコケにされたら、さすがに温厚な僕でもムッとする。
(まぁ。そんな態度もここまでだしね)
そういうと僕は寄り掛かっていた壁を小さく後ろ足で蹴る。すると、小さなネズミたちが数匹僕の周りに群がってきた。そんな可愛らしい小動物たちの濁った眼がキラッと光った。
それを見て、僕は小さく笑った。
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