12話 安寧のつくりかた
さて、この世界にきて、僕はありがたいことに僕の実験を手伝ってくれる被験者たちが続々と現れてくれている。やはり、不老不死という人間の命題に挑むのだから、人間で実験するのは当然といえる。
そんな、楽しい研究ライフを送っているとふと気になったことがあった。
————アンデットとは何者だろうと
それは必然ともいえる問いであった。僕の魔法「『死の恩寵』」は死んですぐの死体をアンデットに変える魔法である。
つまり、アンデットという不死かはわからないが、不老ではある存在に興味を持つのは必然でもあった。
そこで、僕は作っていた下級アンデットを使って実験することにした。正直、最悪の実験であった。レブナントは前の世界でいうところのゾンビ的なやつである。腐った死体の体を切り開いていくのは最悪であった。しかし、おかげである程度仕組みが分かってきた。
アンデッドとは、つまるところ「死んだ肉体を、外部から与えた魔力で脳を無理やり動かし、全身に指示をださせている」状態に過ぎない。脳という司令塔が機能を停止していても、僕の魔力さえ行き渡らせれば、肉体はまるで生きているかのように動き続ける。
ある種の操り人形である。ただ、そうなると野生のレブナントは何なんだという疑問にぶつかるが、もうそこまで切り開くのは正直遠慮願いたかった。そもそも、操り人形である状態では、僕の考える不老不死ではない。体も魔法によって最低限維持されているに過ぎないわけだ。
————いや、待て
僕はそこまで考えて、ふとある疑問を感じた。生きたままの脳に、同じことができないだろうか。
そんなくだらない思考が僕の頭をよぎったのは、地下室で回復魔術の実験をしていた時のことだった。
回復魔術とは、傷ついた組織を「つなぐ」魔術だ。骨同士を繋ぎ、周りの皮膚同士をつなぐ。そして、それとなく元の形っぽくする魔術である。
そう、元の形っぽくするのだ。決してもとに戻るわけではない。一時的に周りの部分と部分を無理やりつなぎ合わせて。それっぽく治すのである。
そこまで考えたときに、僕の頭に大きな大きな電流が走った。
————これうまく使えるんじゃね?
たとえば、脳という器官はいくつかの役割を持った器官同士によってが「つながって」作られている。それぞれが、視覚・聴覚などの五感から得た情報を基に高度な情報処理をして、感情という形で発露されるわけだ。
では、こちらで不必要な部分を破壊し、必要な部分だけを「つなぎ合わす」
そうすれば、人間の感情をコントロールできることになる。
そうなれば、僕に対して従順な手駒を増やすことに繋がる。また、うまくいけば今しているエティの育成計画の第二プランにもなる。
理論はできた。あとは、それを証明するだけだ。
幸い、材料はある。先日確保しておいた盗賊どもが、地下室の隅でまだ息をしていた。
僕は使い古しのナイフを手に取ると、地下室の奥、簡素な物置と化した牢へと足を向けた。
「エティ、悪いんだけどちょっと手伝ってくれるかな」
振り返ると、彼女はいつも通り、少し離れた場所で静かに控えていた。
「は、はい……何を、すれば」
その声には、まだあの日の硬さが残っている。当然だろう。あれからまだ、そう日も経っていない。
「大したことじゃないよ。僕がこれから使う道具を、その都度渡してくれるだけでいい」
僕はにっこりと笑ってみせた。
「それと――ちゃんと見ておいてね。これは、これから僕たちがもっと自由になるための、大事な一歩だから」
————————
「…ぎぎ……ぎゃぁ……ぎぃ」
目の前で横たわる女は口から泡を吹き、目玉がぐるりと回って白目になっていた。明らかに、無事そうではない。
「いやー。失敗かぁー」
理論ができたこともあり、うきうきと盗賊で実験を始めた。しかし、一人目の切除をしている中で、急に詰まり始めた。それはどこを破壊するのが良いのかという話である。
当然、前世の僕に脳外科の知識などない。せいぜい、何かで見た扁桃体が恐怖をつかさどることと、松果体が不思議な力を秘めているらしいうっさん臭い話くらいである。
そんな僕が脳みそをいじるのだ、当然破壊しちゃいけない部分を破壊したっぽいことは火を見るよりも明らかだった。その結果が先ほどの状態である。
「うーん。どうしようかな?」
今、ピンク色のしわしわを見ているが本当にどれがどれなのかマジでわからない。特に麻酔をかけちゃうと反応がないから気づいたら、破壊しちゃいけない部分を破壊してしまい、息がとまってしまうわけだ。
(う—ん……いや、麻酔かけなきゃいいのか)
そう、麻酔をかけず、反応を見ながら脳をいじればもっとわかりやすいのではないか?
(やってみるか)
そう考え、目の前に転がっている女を床に転がし、近くにいた死の騎士に別の盗賊を連れてくるように命令した。数分して、大きな声と共に一人の女が引きずられてきた。
「はぁ…!てっ…てめぇ!!放しやがれ!!」
「ああ。はいはい。ちょっと待っててね」
そういうと彼女を台に固定させ、身動きをとれなくする。
「……な…なにすんだよ…」
「ん?ああ。気にしないでいいよ。どうせわからなくなっちゃうし」
そういうと僕は手に持ったナイフを使って頭を切り開いていく。目の前の女は痛みで体が跳ね上がり、まるで獣のような低いうなり声をあげている。僕は気にせず、頭の皮膚を切り開き、頭蓋骨に穴をあける。さらに声が大きくなるが気にしない。気にしたところで、意味がないからだ。それに予想が当たれば、これから痛みはなくなるはずだ。
「あああああああああ!!!!!」
さらに抵抗が激しくなる。さすがに実験がしづらくなる。
「エティ。抑えて」
「は、はい」
そういうとエティはすぐに僕の近くへきて、被検体の体を抑える。
(もう少し。奥を破壊して、つなげてみるか)
そんなわけで色々いじっていると。ふと、痛みで声を上げていた女が急におとなしくなる。最初は死んだかと思ったが、意識はあるのが彼女の驚いた表情が物語っていた。
「あれ。痛みはどうしたの?」
「ええ。あああ。あれ?」
彼女は自分の置かれている状況がつかめないのかやけに冷静な状態で、こちらの問いかけに答える。
(……これは……うまく行ったか?)
「今はどんな気分?」
「……なぁ、どうなっちまったんだ……アタシ」
「え?」
「おい!どうなってるんだよ!?」
そう言うと、目の前の被験体は暴れに暴れだした。それはもう大層な暴れぶりであり、革製の手枷も足枷も千切れかけている。自分の手や足が傷つこうがお構いなしである。
「くぅっ……や……」
抑えているエティも抑えるのが厳しそうな状態になっている。このままでいけば、この被験体は拘束を解き、暴れ出すだろう。
(……しかたないか)
せっかくの成功例を手放すのは非常にもったいないが、暴れられる方がめんどくさい。
僕は、手に持っていたナイフを目の前の臓器の奥深くに差し込んだ。まるで、豆腐に包丁を入れた時のようにゆっくりと沈み込むようにナイフが入っていく。
奥まで差し込んだ時、暴れていた被験体は小さく、浅い呼吸を繰り返し、やがて、小さな息を吸う音とともに、静かになった。
(……驚いた)
そんな中、僕は自分がしたことに驚いていた。正直、今まで、前世では考えられないようなことをしてきたつもりだったが、流石に自分の手で人を殺すという一線は超えていなかった。
だが、踏み越えてみればあっさりとした気持ちでできてしまった。
そんな自分に驚いていたのだった。
ふと、周りを見ると、目の前にいたエティが驚いたような顔でこちらを見ていた。しかし、その顔は急に強張り始める。
「エティ? どうかした?」
「……い、いえ。何でも、ないです」
彼女はすぐに視線を逸らし、いつも通りの控えめな態度に戻ろうとする。だが、その一瞬だけ見えた顔は、明らかにいつもと違っていた。
(……何を怖がってるんだろうね)
目の前の死体に怯えているだけにしては、様子が少し違う気がする。とはいえ、彼女の内側で何が起きているのかまでは、僕にも分からない。
だが、あまり良くない兆候ではある。こちらへの恐怖は構わないが、それで変な疑心を持たれても厄介だ。
「エティ。おいで」
「……は、はい」
そう言うとエティは小さく頷き、僕の元へとやってくる。見ると少し震えているようにも感じた。
「エティ。僕は君を必要としているよ」
「あっ……」
僕は小さく震えるエティを抱きしめる。彼女の白銀の髪に血の跡がつく、それでも強く抱きしめた。
震えていた体はだんだんと落ち着き始め、やがて、震えはなくなっていた。
——————————
さて、そんなハプニングもありつつ、順調に実験は進んでいった。
何体かの犠牲の結果、なんとなくの感覚——必要な器官を破壊する——がわかってきた。
脳にナイフを入れた後、少し手前側に滑らせることで、脳の痛覚を破壊し、その後、奥にある器官を破壊することで、恐怖心や、怒りなんかを抑えられる。
ただ、それだけでは足りない。恐怖や怒りを抑えるだけなら、ただの無感情な人形になるだけだ。
そこで、回復魔術の"つなぎ合わせる"性質を使う。壊した部分の傷口を、あえて「僕」という存在に関する記憶――僕の顔、僕の声、僕という存在の情報を処理する部位と、直接繋ぎ合わせてやるのだ。
本来、快・不快というのは、それぞれ別の情報を処理して生まれる感情だ。だが、記憶と感情の"配線"さえ強引に繋いでしまえば、話は変わってくる。
――つまり、僕に関するあらゆる情報が、無条件に「快」や「安心」に直結するように、脳の配線そのものを書き換えてしまえばいい。
理論はできたが、実際に成功はしていない。実験体も少なくなってきている。
そろそろ成功しないといけない。
そんな焦る気持ちを抑え、僕は手を動かしていく。
削り、繋ぎ、また削り、また繋ぐ。恐怖の中枢だけを狙い澄まし、記憶や知性、日常的な思考能力はそのままに、ただ「逆らう」という選択肢だけを、丁寧に切り取っていく。
女の呻き声が徐々に小さくなり、やがて――静かな、落ち着いた呼吸だけが地下室に響くようになった。
「……気分はどう?」
「……はい、大丈夫、です」
僕に開頭されている女は、まるで長年仕えてきた従者のような、自然な口調でそう答えた。目に宿るのは、恐怖ではなく、むしろ穏やかな笑顔だった。
僕は思わず口の端を上げる。
「――成功だ」
僕は満足感に浸りながら、隣で静かにこちらを見つめているエティへと視線を移した。
彼女の表情に、目立った変化はない。ただ、その瞳の奥に何が渦巻いているのか、僕にはまだ、正確には読み取れなかった。
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