11話 汚れない手、盾の価値
断末魔の悲鳴が、湿った洞窟内にこだました。
血飛沫を上げながら崩れ落ちる盗賊の女を横目に、僕は近くの岩に腰掛けたまま、その光景を眺めていた。
(――今日は当たりだったかな)
手下にしては上等な装備、ある程度統率の取れた抵抗。多分、ここ最近この辺りを荒らしていると噂の盗賊団だったのだろう。
母上から話を聞いたので実験台確保がてら、こうして討伐に向かったわけだ。
(……あの人、最近やけにこう言った話を僕の前でするんだよね。多分討伐してほしいんだろうけど、)
前は僕に傷がつくことを恐れてた割に、今はそう言ったことも言わなくなった。
何を考えているのやらわからないものである。
(……案外、僕達に隠した何かがあるのかもしれないね)
そう考えると辻褄が合う。少し前にあったデビュタントのお伺いを立てた時も、もっと抵抗されると思ったがそうはならず、やけにあっさりと許可された。
あの反応は……焦り? そんな気がしてならない。
(……少し探るか)
どう転ぶかわからないが情報は必要である。そう結論づけると、僕は目の前の光景をみた。
死屍累々の様子をした盗賊どもがそこかしこに倒れている。
戦っているのは、もちろん僕ではない。
「――っ、はぁっ……!」
荒い息を吐きながら、盗賊の剣を素手で受け止め、そのままへし折ったのはエティだった。折れた刃の切っ先が宙を舞い、乾いた音を立てて地面に転がる。
あの薬を投与してからというもの、彼女の身体能力の伸びは僕の想定を軽々と上回っていた。並の騎士崩れなど、もはや彼女の相手にすらならない。
(――順調、順調。あとは……)
そこまで考えて、僕は視線を奥の暗がりへと向けた。
そこには、最後の一人になった盗賊の姿があった。手にあった剣は先程の攻撃で折られ、全身にはかなりの傷ができていた。
「ちぃ……化け物め……」
こちらを睨みつけながら、そんな負け惜しみを吐く。正直、母上から聞いた時は相当な強さだと言っていたから良い実験台になるかと期待をしていたが、なんのことはない。ただの盗賊だった。
「ひどいなぁ……さて、」
そういうと、僕は倒れた盗賊たちを数え始める。どれも半殺しぐらいのちょうどいい加減で素晴らしい。エティも自身の力を抑えることができるようになっているようであった。
「うんうん。これだけいれば当分の間は大丈夫かな? じゃ、君はいらないし。ここでサヨナラかな」
そういった瞬間、目の前にいる女は真っ青な顔をし始める。こちらの言ってることが脅しじゃないと気づいたのだろう。
「エティ」
「は、はい!」
僕がエティの名前を呼ぶと、彼女はびくっと肩を震わせて返事をした。
「さて、じゃあ。とどめさそうか」
「あ……いや…………」
エティは声にならないようなか細い声を上げ、僕と目の前の女へ目線が行ったり来たりしながら黙ってしまった。
これまでも彼女には色々とやらせてきた。自分の身体を実験台にすることも、薬を飲むことも、痛みに耐えることも。だが、こうして無抵抗な人間に、はっきりと「殺せ」と命じたことは、まだなかった。
――ゆえにだろう。
「す……すみ……ま……せん」
エティは目線を下げたまま、声にならない声で小さく謝る姿を見せてくれた。
(はぁ……)
まぁ、こうなることはわかっていた。彼女にとって殺人というのはまだ、したことなかったのだろう。他者を害するという行為は本来とても重い行為である。ましてや、正常な倫理観を持っているなら、なおさら、その行為への嫌悪感は強く感じるはずだ。
「エティ」
僕は極めて優しく甘えるような声で彼女へとささやく。
「デビュタントが近いだろう? 君には、僕の目の前で僕を守るための力を証明してもらう予定なんだ。だから――今のうちに、慣れておいてほしくてね」
そういうと彼女の目をみながら優しく微笑みながら毒を吐く。その声は彼女にとって甘美なはずだ。そう意識して声を出している。
「エティ…僕の盾として…してくれないか?」
「す……すみ……ま……せん」
エティは変わらず目線を下げ、声にならない声でこちらに謝罪をするのだった。
(――ふうん)
僕がここまでしてもしないというのは正直意外だった。彼女の中で殺人へのハードルは非常に重いわけだ。
(……正直めんどくさい)
想像していたこととは言え、やはり目の前で起こると非常にめんどくさい。ましてや、ここまで強固な意識だとそれを崩すのには相当な労力が必要である。
(まぁ、方法はないわけじゃないけど……)
ただ、その方法は非常にやりたくない。
(サクッと奴隷紋でいうこと聞かせてもいいけど、それじゃ意味ないしねぇ)
こればかりは自分の意思で行ってもらわないといけない。そうしないと彼女の正常な倫理観を崩すことなど不可能だ。これを崩すための策を使わざるを得ない。
(しょうがないか……面倒だけどやるか)
気配を殺し、じりじりと出口の方へ後退っていた女に狙いを定める。
「『雷撃』」
詠唱と同時に、掲げた指先に紫電が収束し――次の瞬間、耳をつんざくような放電音とともに、三条の雷が女の背中を貫いた。
「――ッ、ぎゃあああああッ!!」
肉の焼ける嫌な匂いが鼻を突く。女の身体が硬直したように跳ね、焦げた皮膚から白い煙が細く立ち上った。断末魔すら上げきれないまま、彼女はどさりと崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
これくらいの雑魚相手に本気を出す必要はなかったのだが、ついでにエティへの"見本"にもなったならそれで良しとしよう。
「エティ。無理ならしなくていいよ」
「えっ……」
その声を聴いたとき、エティは驚くような、だけどどこかうれしそうな声色でこちらを見る。もしかしたら彼女は自分に甘い妄想でもしてるのかもしれない。
だから、僕はやさしく。だけど、残酷にささやく。
「ただ――」
そう言うと、僕は彼女に向き直り、少しだけ困ったような笑みを浮かべてみせた。
「もし、いざという時に、僕がこういう連中に襲われたとして。君が『できません』って手を止めてしまったら……僕は、どうなるんだろうね」
「――っ」
エティの息が詰まる音が聞こえた。
――内心では、噴き出しそうになるのを堪えていた。今しがた自分がどうやってこの女を仕留めたか、忘れたわけでもあるまいに。
「べつに、脅しているわけじゃないんだ。ただ、少し不安になっただけだよ」
僕は彼女の頭に、そっと手を乗せた。
柔らかな髪の感触。びくりと震えたその身体は、しかし逃げようとはしなかった。
「……君になら、僕は僕の命を預けられると思っていたから」
その言葉に、エティの瞳が揺れる。
彼女の中で、恐怖と、罪悪感と、そして――僕を失いたくないという、あの日から変わらない想いが、激しくせめぎ合っているのが分かった。
答えはすぐには返ってこなかった。ただ、彼女はまる焦げになった女を見つめていた。
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