8,責任者として(side:閣下)
次の日、俺はとある確認を終えたのち、トマーシュに令嬢の対応にあたった担当官達を集めさせた。
午後、あの日のように五人が局長室へ入ってきた。再び呼び出されたからか、彼らの顔色は悪い。
「早速だが、取り調べ中のレニエラ・プラーシルについて確認したい。まず、取り調べを担当した二人は前へ」
「「はっ」」
俺の指示で、二人の担当官が歩み出た。
「書記の記録通り、令嬢が二言しか話さなかったというのは間違いないのだな?」
「はい、間違いありません」
「私の時もそうでした」
二人は素直に頷く。叱責ではなく確認だと感じたのか、彼らの顔に僅かばかり血色が戻ってくる。
「ふむ。では、令嬢が『自分の言葉を聞いてくれるのか』と言い、その後の『やっていない』という訴えに対し、お前達が何を述べたのか報告せよ」
そう問いかけると、前へ出た担当官二人は顔を見合わせてから、初日に取り調べを行った担当官が口を開いた。
「一つ目の質問に対しては、『そのために呼び出しているのだろう』と言いました。その後の『やっていない』という言葉には、『被疑者は皆そう言うのだ』と」
俺はひとまず、何も言わずに頷いてみせる。すると、気を良くしたのか、担当官は少し早口で続けた。
「それから何も言わなくなったため、『お前を捕縛した警士達が、家族や使用人の供述を持ち帰っている。全員がお前の犯行だと言っているのだぞ。さっさと白状しろ』と伝えました」
「……なるほど。次は?」
「私は彼から報告を受け、その際に捜査資料も確認し、更に強く問い質すことにしました。彼と似たような返答をしてから、『これ以上そのような態度を貫くと、重い刑罰を科せられるだろう』と忠告しました。しかし、それでも一切態度が変わらず、何の情報も引き出せませんでした。申し訳ございません」
二人目の報告を聞き終え、俺は後ろに控えている書記を担当した二人に目を向けた。
「書記をしていた二人。内容に誤りはないか」
「「はい」」
即答した二人の声に、きつく目を閉じた。
担当官達は自身の過ちに一切気付いていない様子で、それどころか自信を持って対応したようだ。反省点は、『令嬢から情報を引き出せなかったこと』――それだけのつもりらしい。
「前に出ていた二人は下がれ。次に、伝達兼管理の担当者、前へ」
「はい」
頬を少し紅潮させたレグリー担当官が一歩前へ出た。前の失態を挽回したいのか、はたまた俺によく思われたいのか、やけに張り切った様子に見える。
今日もいつになく香水がきつい。こういう仕事をしている以上、香りの強いものは控えさせる決まりでも作るべきだろうか……。
「君はどのような対応をしていたのだ?」
「初日から寝坊で取り調べを無視するような方でしたので、厳しく対応いたしました。担当官達への態度も悪いようですし、噂通りの令嬢だと思います。見回りの際、特に声はかけられませんでしたので、速やかに体調確認と部屋の点検を行い、態度を改めるよう指導しました」
令嬢に対し、嫌悪感を隠さない物言いで胸を張るレグリー担当官。全員の顔を一瞥し、俺はトマーシュに声をかけた。
「……こいつらは担当官になって何年目だ?そもそも、本当に警騎士の資格を持っているのか?」
「「「「「なっ!?」」」」」
「それぞれ二~三年目ではないでしょうか?思い込みや慢心が目立つ時期ですよねぇ……。ですが、万が一資格を持たない者が局に入り込んだとなれば、それはそれで一大事ですよ、閣下」
「……そうだな。とはいえ、そう言いたくもなる」
最早堪えるのも馬鹿馬鹿しくなり、盛大に溜息を吐いた後、ギロリと担当官達を睨み付ける。四人は怯んで後退りしたが、レグリー担当官だけは声を荒げた。
「お、お言葉ですが!私はきちんと仕事をこなしておりました!寝坊をし、反省も見られず、まともに受け答えしないのは令嬢の方ではありませんか!」
「ならば問おう。例えば君が警士に捕らえられたとする。担当官の取り調べに対し、君ならどうする?」
レグリー担当官は突然の質問に怪訝な表情を浮かべ、ややあって口を開いた。
「……私が罪を犯すなど有り得ませんが、もし仮に私が悪いのであれば、素直にお答えいたします」
「では、君が悪くなかったとしたら?」
追って問いかけた言葉に、レグリー担当官だけでなく他四人も目を丸くした。
「今、君自身が言ったんだろう。『私が罪を犯すなど有り得ません』と」
「え?そ、それは……」
「そんな君に対し、周囲の人間が君を犯人だと言い、しかしながら君は何もしていなかったとする。であるのに、誰も彼も自分を犯人と断定して疑わず、まともに釈明さえ聞いてもらえない。そんな状況で、君は何を語る?どうすれば話を聞いてもらえると思う?」
「あ……、え……?」
レグリー担当官の口からは、声とも呼べない音だけがこぼれ落ちた。どうやら俺の言いたいことを察し始めたらしい五人は、口をはくはくさせている。
「無意味に泣き喚いたところで取り合ってもらえるとも限らんし、惨めな思いをするだけかもしれんが。泣き落としのように訴えかけてみるか?お前達はどうだ?」
話を振られた四人の担当官は、俯いて一言も発せずに佇んでいる。『悪女と名高き令嬢』――頭からそう思い込み、彼女の無実など考えなかったのだろうな。
「令嬢を捕らえた警士達にも、警巡察局の局長から注意するよう通達している。何故だか分かるか?」
問いかけてみても、部屋はシンと静まり返ったまま。さっきまでの勢いはどうした。
「家族や使用人の証言はあるのだろう。状況証拠もな。だが、かの令嬢が罪を犯したところを直接目撃したのか?明確に犯人と断定出来る証拠はあるのか?と確認したところ、彼らは言葉を濁した」
そこで、二度目に取り調べを担当した者が「そんな……」と悲痛な声を上げた。捜査資料に目を通したんじゃなかったのか。
どうせ親しい警士から「間違いない」とでも言われて鵜呑みにしたのだろう。愚か者が……。
「無論、何の答えも出ていない。お前達が考えている通り、かの令嬢が犯人かもしれん。噂や悪評があるのも事実だからな」
担当官達は、僅かな光に縋り付くように何度も頷いた。彼らの表情は、そうであってくれと祈っているようにも見えた。
……自身の落ち度を反省せず、正当性を証明したいがために他人の罪を願うなど。これは厳しく灸を据えた方がよさそうだ。
「だがな、お前達は彼女を“噂通りの人間”だと言っていたが、令嬢を噂通りだと断定出来るほど深く接したのか?犯人と決め付けられる証拠でも見付けたのか?――どうなんだ、答えてみろ」
最後の問いかけに一層怒気を込めて言い放つと、揃ってカタカタと震え出した。レグリー担当官に至っては、完全に顔から血の気が引いている。
「語られる話が必ずしも真実とは限らない。そんな当然のことも忘れ、犯人を断定出来る物的証拠があるわけでもないのに他者から聞いた証言のみを鵜呑みにし、杜撰な対応をするのが担当官の務めではないだろう!様々な可能性も考えず、勝手な憶測で犯人だと決め付けるな!!」
俺がダンッと机を叩くと、五人はビクリと肩を跳ね上げた。
だが、彼らこそこのように高圧的な態度で令嬢の取り調べをしたのだろう。そう思うと、申し訳なさで胸が苦しかった。
「昨日、私が取り調べをしたら、二言以上話してくれたぞ。ファルスキーの名を出しても媚びもへつらいもせず、冷静に受け答えをしてくれた。その上で、令嬢に追加で問いかけられたんだ。――『どうして何も話さないのだと思いますか?』とな」
局長室は、氷点下と思えるほど冷えきっている。だが、室内の冷気とは裏腹に、俺の胸の内は次第に熱くなっていく。
「……話す気になどならんだろうな。やっていないと言えば白状しろと言われ、重い刑罰になると脅されれば」
「……っ!」
「私達が正義で在り続けられるのは、常に真実を導き出しているからに他ならない。事件解決を大義名分に、正義の名の下に真実を捻じ曲げていいわけではない!肝に銘じておけ!!」
「お疲れ」
「あぁ……」
五人を退室させたあと、トマーシュが淹れてくれたコーヒーを飲み、一息吐いた。いつもは美味く感じる苦味だが、今日はより渋く苦い気がした。
まさか彼らがそんな対応をしていたとは……。
「驚いたよ、ルドがあそこまで吠えるなんて。君、あんな怒り方したのは初めてじゃないか?」
「……そうか?」
「そうだよ。令嬢と話して、あんなふうに声を荒げるなんてさ。余程だと思うけど?」
あれを聞いて、怒らない方がどうかしている。まぁ、こいつは令嬢嫌いの俺が、悪評だらけの令嬢を庇ったことが珍しくて面白がっているのだろうが。
ニヤついたトマーシュの顔を無言で一睨みしてから、俺は再び彼女の取り調べに向かう準備を始めた。
理不尽な対応をしてしまった令嬢に、謝罪をするために。




