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7,謎多き令嬢(side:閣下)


登場人物の整理として、今回は捜査資料の確認シーンを挟みます。

少し情報量が多いため、誰が誰か分からなくならないよう、あとがきに簡単にまとめております。必要であればご覧ください( .ˬ.)"



 局長室に戻ると、トマーシュはもう帰宅したようで山のような資料が置かれていた。その上には、『君も早く帰りなよ』と書かれたメモが添えられている。


 簡易コンロでコーヒーを淹れた俺は、プラーシル伯爵令嬢に関する資料を全て引っ張り出した。


「……文字にされると、膨大な量だな」


 レニエラ・プラーシル、十七歳。


 艶やかな長い髪こそ美とされる貴族女性の中では珍しく、臙脂色の髪を肩下で切り揃え、不健康そうな見た目をした令嬢。


 悪女と名を馳せるだけあって、毒々しい雰囲気があるのは否めない。だが、直接話してみても取り乱すことなく、他人を傷付けるような言動もなかった。

 

 そんな令嬢の資料には、これまでの悪評がびっしりと書き綴られている。一体何をやらかしてきたのかと、俺はそれに目を通し始めた。




 義姉宛に届いた招待状を手に、まるで夜会に赴くようなドレスと派手な化粧でお茶会へ乗り込んだり、突然ブティックの客を追い出して店を貸し切りにさせたり。


 公式のパーティーでは、常に顔色が悪く不機嫌そうな態度で出席していたとか。そのため周囲から爪弾きにされ、いつも壁の花となっていたようだ。


 いかがわしい店に出入りしていたという目撃情報も書かれている。俺としては、この情報提供者がどうしてそんな店のある場所にいたのかが疑問なのだが……一旦横に置いておこう。


 プラーシル伯爵家の前当主は、彼女と弟の母親である故レヴリン・プラーシル。元々体調を崩しがちだったせいか、弟を産んですぐ亡くなったらしい。令嬢が二歳の頃の話だそうだ。

 

「義母は父親の元恋人……か。だから反抗的な態度を取ってきたのか?」


 取調室での彼女と資料の中の悪女は、どうにも重ならない。しかし、家庭内の軋轢でそうなった可能性は大いにあるだろう。

 

 令嬢の情報を見終えた俺は、次にプラーシル家の資料へ手を伸ばした。つい先日、事情聴取で会話した彼らの特徴と照らし合わせながら、それらを読み進めていった。




 プラーシルの姓を持つ者は、被疑者であるレニエラ・プラーシルを除いて四人。令嬢の実の父であるインツ。義母のローレ。義姉のラウラに、弟のミルズだ。


 我が国では血脈を重んじているため、インツ殿が元子爵家の次男であろうがプラーシル家の当主にはなれない。

 

 だが、家族が誰一人いないなどの例外がない限り、未成年の彼女や弟は当主と認められない。そのため、現在はインツ殿が当主代理を務めているのだろう。


 随分と倹約家のようで、伯爵家のわりに使用人の数は少ない。「極力身の回りのことは自分で行い、浮いた資金で領地運営や家族サービスをしておるのです」と語る、貴族らしからぬ男だという。


 義母ローレは元男爵令嬢で、インツ殿がレヴリンと婚約する前は恋人関係だったそうだ。


 夫人は昔、かなり浮名を流していたとか。令嬢達からは、髪色にちなんで『小麦のように誰にでも食べられていそうな子』と揶揄され嫌われていたようだ。


 商家に嫁ぎ、一時は平民となったものの、夫は病死。未亡人となった夫人は、「体調を崩し始めた妻の代わりに社交を行ってほしい」とインツ殿に雇われ、再び二人の間に接点が出来た。そうしてレヴリンの死後、後妻の座に就いている。


 殺害された伯爵令息――アマン・オルドラークの婚約者だった義姉ラウラは、夫人と亡くなった元夫との間の子供だ。父親の髪色と母親の瞳の色を引き継いだようだ。


 そのせいか、お茶会やパーティーで「私、義妹から『半端者』呼ばわりされているの……」と嘆いていたという情報がある。貴族と平民の血を引いているからだろう。


 酷い義妹から虐められながらも家のために健気に社交をこなす、思いやりのある淑女として評価されているらしい。婚約者との仲も至って普通だったようだ。……他の令嬢と大差ない振舞いで、終始喧しかったが。


 次の資料を捲ると、気の毒な一文が目に留まった。


「……悪辣な性格だからと、弟にも愛想を尽かされていたのか」


 そうこぼしながら温くなったコーヒーを口に含む。少しだけ酸味が増している気がした。


 前当主レヴリンの忘れ形見として生まれた弟ミルズは、母親譲りの臙脂色の髪と、父親に似たグレーの瞳を持って生まれた。


 しかし、実の姉より義姉に懐き、令嬢を除いた四人で過ごすことが多かったらしい。事情聴取に行った際も、静かに義姉の側に座っていたな。



 ――よくある話ではある。しかし、そんな環境で生きる者達の苦労など、他人が推し量れるはずもない。

 

「鶏が先か、卵が先か――といったところか」


 俺は頬杖をつき、資料を見下ろす。


 母を失い、父が元恋人を後妻として迎え入れ、伯爵家の血を引かない人間が義姉となれば、忌々しく思う者がいてもおかしくはない。


 彼女自身が元々悪女たる気質を持っていたのかもしれないし、家庭環境で傷付いた結果、悪女が誕生したのかもしれない。他者からの愛情ほしさ故に。


「義姉の婚約者に懸想をしていたとも書かれていたな。そんな雰囲気には見えなかったが……」


 犯行を目撃した使用人達の証言によると、夜会から朝帰りをした令嬢が、オルドラーク伯爵令息と鉢合わせたようだ。


 そこで令息から「まもなくラウラ嬢と結婚する」と聞かされ口論が始まり、カッとなったのか殴り付けた――と。


 だが、好意を寄せていた相手を勢いで殺してしまったにしては、至って淡白な受け答えをしていた。


 もしかすると、抱いていたのは恋愛感情ではなく、義姉への嫉妬や鬱憤だった可能性はないだろうか。

 

 年上とはいえ、伯爵家の血を引かない義姉が先に婚約し、更には相手が伯爵家の嫡男ともあって、直系の娘として許せなかったのかもしれない。


 自身の方が適任だろう――と。


 令嬢の力では一度で殺せなかったのか、何度も殴り付けたようだ。令息のダークグレーの髪はべっとりと血に塗れ、所々に花瓶の割れた破片や血痕が飛び散っていたと記録されている。


 しかしながら、凶器となった花瓶からは誰の指紋も検出されなかった。捜査を担当し、報告書をまとめた警士から、


「花瓶は使用人が日々丁寧に拭いていたそうです。また、被疑者は手袋をしていたため、指紋が付かなかったのだと思われます」


と後日説明された。


 現場の近くには、令嬢のドレスに付いていた装飾の一部も落ちていたようだ。確かに、彼女は大層派手な赤いドレス姿で連行されてきた。


 警士は自信満々に報告していた。……が、どうにも腑に落ちない。


 使用人達の証言はともかく、その他は全て状況証拠にすぎない。指紋がない理由も、装飾品が落ちた時間帯も、いくらでも別の説明が付く。

 

 それに、化粧で誤魔化していたようだが、彼女の目の下にクマが出来、酷く不健康そうな顔色だった。遊び歩いていたとしても、昼の間に寝ているはずだろう。


 夜会では、時折臙脂色の髪でグレーの瞳を持つ令嬢が見かけられていると調べで分かっている。その噂が広く知れ渡っているため、皆それをかの令嬢だと認識しているようだ。


 夜遊びばかりして家族に迷惑をかけている、ふしだらで教養のない令嬢だと。


 しかし、俺は直接令嬢と対面してみて、やはり違和感を覚えた。


「あの令嬢は、俺の名前に反応することもなければ媚びを売る様子もなかったからな……」


 国内でも由緒あるファルスキーの名を名乗ると、大体は媚びへつらい、取り入るような態度に様変わりする。


 令嬢や夫人を捕らえた際には、自身が被疑者であるのを忘れたのかと言いたくなるほど言い寄られた時もある。

 

 局長となった今では、直接被疑者を取り調べる機会は少なくなった。

 

 だが、高位貴族が関わっている案件や、今回のように死者が出てしまった事件は、部下に任せていられない場合もある。

 

 だから俺は、覚悟をして取調室で待機していた。既に二つの家を訪問し散々な目に遭ったのに、また耳障りな声を聞かされるのだろうと。


 だというのに、彼女は常に凛としていた。聞くに耐えない令嬢特有の甲高い声とは違い、実に耳に心地よい落ち着いた声色だった。


 夜会を渡り歩くような令嬢であれば、ファルスキーの名を出した時点で間違いなく騒ぎ出す。それなのに彼女は淡々と名乗るだけで、かえってこちらが拍子抜けしてしまったくらいだ。


 よく見てみれば、令嬢の手とは思えないほど荒れていた。それに、化粧を落とした彼女の表情は、疲れを滲ませながらも何処かすっきりしているように見えた。こんな環境に追いやられたというのに、だ。

 

 ――光のない濁った瞳が、一瞬だけきらりと揺れた。


 俺の言葉で瞳の色が変わったように見えた瞬間が、どうも頭から離れない。そもそも、あんなふうに令嬢へ声をかけるなど、これまでなかったのだがな。

 

 トマーシュに言えば、さぞ驚かれそうだ。後々面倒なことになりそうだから絶対に口には出さんが。


「……『わたくしは、どうして何も話さないのだと思いますか?』か」

 

 令嬢はまた暗い瞳に戻ったあと、遠くを見ながら呟いて、それ以降また黙ってしまった。

 

 二言しか話さなかったこれまでと比べれば、かなりの進歩と言える。だが、こんな調子では解決までどのくらいかかるか想像出来ない。

 

 それに、あの令嬢のことだ。何故話さないのかを突き詰めなければ、これまでのようにその先を語りはしないのだろう。


 理由があって話さないのだとしたら、それは何故だ?黙秘を貫くほど状況は悪くなり、彼女自身の首を絞めるだけだというのに。


「明日、彼女の対応をした者達に、その時の詳細を聞かねばならんな」


 今日はもう遅い。担当官達も、宿直以外はもう帰宅しているだろう。


 俺は、冷えきってしまい酸味の増した残りのコーヒーを一気に呷る。


 机に広げたプラーシル家の資料を、まとめてファイルに挟み込む。明日すぐ対応出来るよう引き出しの一番上にしまって、局長室を後にした。





- ルドヴィークの人物メモ -

プラーシル伯爵家と被害者との関係性について。


レニエラ・プラーシル……被疑者。被害者に想いを寄せていた?

インツ・プラーシル……被疑者の父。プラーシル家の当主代理。

ローレ・プラーシル……被疑者の義母。

ラウラ・プラーシル……被疑者の義姉。被害者の婚約者。

ミルズ・プラーシル……被疑者の弟。

レヴリン・プラーシル……被疑者の実母であり故人。

アマン・オルドラーク……本件の被害者であり、義姉の婚約者。


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