6,引き出しの中のパン
取調室から出ると、待機していたシモナさんにギロリと睨まれました。
側に控えていた担当官に「早く繋いで!」と苛々した様子で指示を出したかと思えば、後から出てきた閣下の姿が見えた途端、ころりと表情を変えて擦り寄っていきます。
「取り調べ、お疲れ様です!レニエラ・プラーシルの対応なんて、さぞお疲れでしょう。お茶をお入れしましょうか?」
「……いや、問題ない」
その間、再び手枷に鎖を繋がれている最中だったわたくしは、視線を感じて顔を上げました。
「……君は、細すぎないか?」
「え?あぁ……そうでしょうか」
閣下の目は、今鎖を繋がれたばかりの、わたくしの手首へ向けられていました。誰かと比べるような機会はありませんでしたけれど、人より細いのかもしれませんわね。
「すり抜ける心配はないかと思いますが……?」
「違う、そちらの心配はしていない」
確認していただこうと両手を閣下に向けましたが、否定されてしまいました。
では何ですの?と首を傾げると、ぎゅっと閣下の眉間に皺が寄りました。まだお若いでしょうに、跡が付いてしまいますわよ?
「食事を疎かにするな。ここで倒れられては困る」
「えっ?あ……」
言うだけ言うと、閣下は背を向けて立ち去っていきました。
呆然とその背中を見ていると、シモナさんが「早く部屋に戻りなさい!」と叱り付けてきて、担当官に鎖を引かれました。
命じてもわたくしが歩かないのなら鎖を引けばいいと思いますけれど、せめて歩き出すまでお待ちいただけませんこと?今、細いと言われたばかりですのよ?腕が折れたらどうなさるおつもりなのかしら。
部屋に戻ると、鎖を外された途端、シモナさんに突き飛ばされました。なんとか踏み止まりましたが、尻もちをつくところだったじゃありませんか。
「流石、悪女と名高いだけはあるわ!あなた、閣下まで誑かしたのね!?」
「は……?」
「そうに決まってるわ!業務以外で、あの方から令嬢に声をかけることなんてないのにっ!」
シモナさんの瞳は憎々しげに歪んでいて、これは所謂嫉妬だと理解しました。それならもう何を言っても聞く耳を持たないでしょう。そう思い込みたいようですしね。
「寝ていて取り調べをすっぽかしたり、出された食事を残したり!閣下の気を引くような態度ばかり取っているんじゃないわよ!」
シモナさんはピシャリと言い捨て、荒々しく扉を閉めて立ち去りました。あんな直情的な方が担当官でよいのでしょうか……。
わたくしはやっと静かになった部屋で、ベッドに身を預けます。
「きちんと食べろと……そうおっしゃりたかったのね。容疑者を局内で飢え死にさせたとあっては、局長の責任にされてしまいますもの」
それなら納得ですわ。
口にしながら手枷を見つめると、埋められた魔石がきらりと光りました。それを視界から遠ざけるように、くるりと手枷を回します。
「流石は国の機関ですわね。この塔には、どのくらいの魔石や魔導具が使われているのでしょうか」
きっとそのおかげで、誰の目もない個室で休めているのでしょう。
「道具は使い方次第だと、頭では理解しておりますけどね」
魔導具の恩恵を受けながら、わたくしは少し不貞腐れたようにベッドで体を抱いて丸くなりました。だってわたくし、魔導具が嫌いなんですもの。
――魔導具。
それは、古の魔法使いが遺した魔法遺物。現在では、それらはまとめて魔導具と呼ばれています。
御伽噺のように語られる魔法使いが本当にいたのか、わたくしには分かりません。けれど、今も遺物はこうして動いているのですから、まるきり作り話でもないのでしょう。
なんでも昔は皆、等しく魔法が使えたのですって。今はもう誰も神秘の力を使えませんけれど、その名残りなのか、微量ですが誰もが魔力を有しているそうです。
人は魔力を封じられれば力が出なくなると、知識では知っていましたけれど……体が重だるいのはそのせいなのでしょうね。
「犯人には効果的ですものね。腹立たしいくらいに」
普通の手枷ではなく魔力封じの手枷を付けたのは、わたくしが暴れ出すことを懸念してかしら。何せ、悪女と言われておりますものね。
魔導具はとても貴重です。
魔石は鉱山で採掘出来ますし、それを燃料のように取り替えれば遺物を動かせるそうです。けれど、今や誰にも生み出せない遺物本体は、蒐集家が金貨や白金貨を積んで手に入れたいほどの代物。
ですから、悪用されないよう極力国が集め、国のために活かせるもののみ利用されているそうです。手枷のように。
「……人智を超えたものなど、人の手に余りますもの」
そうして、することもなくベッドの上で微睡んでいると、今日の夕食が届いたようで、入口付近にある取り出し口の小窓の開いた音がしました。
わたくしはパッと顔を上げ、そそくさと取り出し口へ向かいます。
「まぁ、美味しそう……!」
大きなプレートには、パンにオムレツ、ハムステーキ、コールスロー、リンゴがぎゅっと盛られ、その横に置かれた小さなマグカップにはスープが入っています。
わたくしはそれをしっかりと両手で掴み、いそいそと机へ運びます。
「これでも、出された食事はお腹いっぱいになるまで食べておりますし、十分満足しているのですけれどね。今日も全部は……とても食べきれませんわ」
椅子に腰かけ、机の上の食事を見下ろします。
全て食べないと閣下に叱られてしまうのでしょうか。「お残しは許さんぞ」と叱る閣下は……なんだか想像出来ませんわね。
わたくしはいつものようにパンを半分にちぎり、前日も同じように半分だけ残しておいたパンと交換して、また机の引き出しに入れておきます。
前日のパンもまだ問題なく食べられるのでしょうけれど、やはり全部食するのは難しそうです。あぁ、勿体ない……。
ですが、せっかくなら新しいパンをいただきたいですもの。渋々残りのパンは下げてもらうことにします。
「さぁ、いただきましょう」
悲しい思いを振り切って食事に感謝の祈りを捧げ、わたくしは丸みを帯びたフォークに手を伸ばしました。
お読みくださり、ありがとうございます。
少しずつ垣間見えてきた、レニエラの人間性とその生活。
悪名高い“悪女”であるはずの彼女に、何かを感じ取っていそうなルドヴィークの態度。
レニエラには一体何があったのか。
何故、沈黙を貫き、何も語らないのか。
来週もお楽しみに!
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