5,相反する言葉と意味
夕暮れ時、食事の配給でもない珍しい時間にノックの音が響きました。扉を開けると、女性担当官のシモナさんが嫌悪感を隠そうともせず、ずかずかと踏み込んできました。
「三十分後に取り調べがあるから、さっさと用意しなさい」
「……またですか?昼間、取り調べがあったのに?」
ただ疑問を抱いて質問しただけですのに、忌々しそうに睨まれました。可愛らしいのはそのピンク色の髪だけですわね。意地の悪さが表情に出ていましてよ。
昼過ぎに一時間も拘束されて、無駄な時間を過ごしたのに……またなの?と思うのは仕方のないことでしょう。
ですが、いくら憤っても拒否権などありません。
仕方がないので、洗面所で髪を梳いて最低限の身だしなみを整えます。
化粧っ気はまるでありませんが、目の下のクマが改善されただけで随分マシに見える気がします。ここ数日、ぐっすりと眠ったおかげでしょうね。
……初日は気絶するように眠っていたせいで、取り調べをすっぽかしてしまったようですが。
叩き起こされ、半日以上経っていると聞かされた時は耳を疑いました。謝罪よりも先に、わたくし、そんなに眠ることが出来たのね……と固まってしまったくらいです。
その後、シモナさんにはキンキンとした声で耳が痛くなるくらい叱られましたが。
わたくしのことを何も知らず、知ろうともしないくせに、「これだからあなたみたいな令嬢は!」……ですって。呆れてもう一度寝てやりたかったくらいです。
取り調べ以外は何もすることがありませんから、ずっと寝て過ごしたかったのですけれど、次の日にはもうあの時ほど深く眠れませんでした。
ですから起きている間、ぼんやりと窓の外を眺めてみたり、木に留まった小鳥を机の引き出しに入っていたクレヨンで描いてみたり、幼い頃に聞いた歌を口ずさんでみたりしています。
なんて怠惰な生活でしょう。
自殺や自傷をしようなんて考えませんから、時間を潰せるものをお借り出来ないでしょうか。……でもこんな些細な願いさえ、誰も聞き入れてくれないのでしょうね。
準備を終えたわたくしを見てシモナさんが扉を開くと、外には男の担当官が二人待機していました。わたくしが部屋から出る前に、一人が魔導具で手枷と鎖を繋ぎます。
「来い」
苛立たしげな声と共に鎖が引かれました。素直に従っているはずですのに、何故ここの方々はわたくしを乱暴に扱わないと気が済まないのでしょうか。
前後を担当官で囲まれたまま、昼間と同じように取調室へ連れてこられました。
ただ、いつもならその担当官達がそのままわたくしの取り調べを行うのですが、二人は先に中にいた方に鎖を渡して部屋から退室していきます。
見上げると、見たことのある冷たいアイスブルーの瞳を持った美丈夫がわたくしを見下ろしていました。青みがかった黒い髪がさらりと揺れ、わたくしを席へ促します。
「座りたまえ」
「…………」
こちらは抵抗する理由もないので、椅子に座ります。それを見てから、美丈夫も向かいに腰かけました。
「俺はここ、警騎士貴人留置塔管理局の局長を務めているルドヴィーク・ファルスキーだ」
思いのほか丁寧な挨拶を受けて、わたくしは目を瞬かせました。この方、ファルスキー公爵家の方だったのですね。
「プラーシル伯爵家が次女、レニエラと申します」
「今から俺が君の取り調べを担当する」
「分かりましたわ」
閣下はじっとわたくしを見ています。あまり変化のない表情ですが、何やら驚きが滲んでいるように感じました。
「何か?」
「いや、意外と素直に返答するのだな、と」
「……?あぁ、そういうことですの?こちらの局長様ですもの。報告を受けていらっしゃいますよね。わたくしの取り調べが、どれほど無意味だったか」
疲れたように息を吐きながらこぼします。すると、目を細めた閣下は、呆れた声色で問いかけてきました。
「自分で言うのもどうかと思うが?」
「だって事実ですもの。では、閣下にも同じ質問をさせていただきましょう。――あなたはわたくしの言葉を聞いてくださるのですか?」
わたくしは三度目の台詞を告げ、アイスブルーの瞳を正面から見返しました。
感情の読みづらい瞳には、少しだけ顔色の良くなった、シルバーグレーの瞳と臙脂色の髪を持つ女が映っています。
「君の話を聞くための場だ。当然だろう」
「……そうですか。では、わたくしはやっておりません」
閣下はピクリと眉を動かしました。観察するように、じっとこちらの瞳を覗いています。
そんなに見られたって、態度を変える気はありませんわよ。だって、どうせあなたも――
「そうか」
「………………え?」
「どうした?君が言ったのだろう?」
閣下はぱちりと瞬いた後、少し首を傾げて怪訝そうに投げかけてきました。顔や声が引きつらないよう心がけながら、わたくしは慎重に返答します。
「そう、ですわね。ですが、あなた方はわたくしを容疑者として捕らえているのですよね?」
「そうだな。報告書を見る限り、発見者である使用人達や、状況を確認した君の家族からも、君の犯行だと聞いているようだ」
閣下は報告書に目を通しながら口にしました。わたくしはついと視線を逸らし、机の下で繋がれた両手をぎゅっと握ります。ぼんやり壁の方へ目を向けながら、投げやりに返事をしました。
「では、わたくしの『やっておりません』なんて発言、意味がないのではありませんか?」
――だって、“彼らがそう言ったから”。
それが“真実”になるのでしょう?
これまでも、これからも。
「――君は“火のない所に煙は立たない”ということわざを知っているか?」
おもむろに告げられたそれに、つい顔を歪めそうになりました。けれど、すぐ取り繕って、目を伏せて頷きます。
それは、わたくしにも原因があるから、噂や悪評が流れている……と、そう伝えたいのでしょうか。
――留置局の局長でさえ。
元々期待していなかったはずですが、想像よりも落胆している自分に驚きます。このような経験、一度や二度ではないはずですのに。
結局は流れに身を任せるしかないのかしら……と失望しかけた――その時。
「なら、“根がなくとも花は咲く”ということわざは?」
「……っ」
わたくしは取り繕うことも忘れ、瞳をまん丸にして閣下を見返しました。
「ことわざや熟語とは面白いものでな。戒めや教訓を示すものだが、正反対の意味を持つものは多い」
閣下の言わんとしていることは理解出来ます。ですが、そんなふうに返されると思わず、わたくしは声が出ませんでした。
「例えば、“二兎を追う者は一兎をも得ず”という言葉があるが、“一挙両得”や“一石二鳥”も存在するだろう?なら、どちらを信じて動けばいいと思う?」
「……ええと?」
「結局は、その時その時の状況を見極めなければならない。だから君は、“火があったから煙が立った者”なのか、それとも“根もないのに花が咲いてしまった者”なのか、どちらなんだ?――と、俺は思っている」




