4,成果のない取り調べ(side:閣下)
俺は頭の痛みを表情に出さないよう努めながら、報告書を手に問いかけた。
「それで?三日かけて、お前達は何をしていたんだ?」
「「「「「申し訳ありません……」」」」」
こぼれそうになる溜息を堪え、五人の担当官を見据える。しかしこれは……呆れたくもなるだろう。
「初日、取り調べのため部屋の前で呼びかけたが、令嬢からの返事はなく、宣言通り押し入ってみれば当人はベッドに転がっていたと」
「……はい、そうです」
レニエラ・プラーシルを迎えに行った女性担当官――シモナ・レグリーが、苦虫を噛み潰したような顔で返事をする。令嬢の好みそうな香水の香りが鼻についた。
「何をしても起きず、薬を持ち込んで自殺を図ったのかと思われたが、ただすやすやと寝ていただけ。……前代未聞だな」
淡々と報告書を読み上げているだけだというのに、頭痛が増していく。
取り調べを嫌がる者は多い。部屋に閉じこもって出ようとしない者や、身分を振りかざして逆らおうとする者なんて日常茶飯事だ。
だが、眠っていたなんて理由ですっぽかした令嬢など、初めてではないだろうか。
「仕方なくその日の取り調べを断念。令嬢は夕食の配給にも一切手を付けず、朝の配給も無視。再び押し入ったが、同じ状態のままで寝続けていた……?一体、何時間寝ていたんだ」
「おおよそ十七時間ほどだそうです」
背後から投げかけられた声に、思わず顔を顰めた。それは流石に寝すぎだろう……。
「それで何度か声をかけ、やっと起きた令嬢に状況を説明し、食事もさせずに支度をさせそのまま取り調べを行った――そうだな?」
問いかけると、五人は静かに頷いた。
「だが、昨日と今日の取り調べでお前達が得られたのは、『あなた方はわたくしの言葉を聞いてくださるのですか?』と『わたくしはやっておりません』という発言だけ。舐められているにも程があるんじゃないか?」
そう。かの令嬢は取り調べに寝坊しただけでなく、その後の態度も酷かったという。二度の聴取とも、先程の二言を口にしてから何も話さなくなるらしい。
担当官達は苛立ちや憤りを露わにしているが、報告書を見た俺は僅かな違和感を覚えた。
最初はともかく、取り調べには素直に応じているようなのだ。反抗心から一言も発さない者もいるが、かの令嬢に関してはその二言は話すというのだから、釈然としない。
「――俺が行こう」
「閣下が直々に?」
再び背後から投げかけられた声に、俺は溜息混じりで返答する。
「仕方ないだろう、トマーシュ。オルドラーク伯爵家の嫡男が亡くなっているのだ。早く解決しなければ、彼らだけでなくここの――警騎士貴人留置塔管理局の質が問われることになる」
華やかな王族や王宮を守る近衛騎士と違って、警騎士は国の警巡や巡察、犯罪者の管理を担当しているせいか、泥臭い印象を持たれている。
しかし、近衛騎士だろうが警騎士だろうが、騎士は騎士。家柄に関わらず、国から相応の権限を与えられている。
そのため、どれだけ高位の貴族であろうとも、我らが身柄の拘束を命じれば逃れることは叶わない。それだけの力を持つ以上、見合った働きや成果を出さねばいけないのだ。
――ちなみに、令嬢を捕らえてきた者達は警巡察局に所属しており、同業種の間では彼らを“警士”と呼んでいる。
しかし、世間では警巡・巡察を担う彼らだけが警騎士と言われがちで、対して我ら留置局の者は担当官と呼ばれている。
正しくは、どちらも警騎士なのだがな。
内情を知らない者達は、正式な名など知らないのだろう。外で巡回や捕物を行う者達を“警騎士”、犯罪者の管理を行う者達を“担当官”と大雑把に呼び分けているようだ。
「私も同席しましょうか?」
「……いや、これ以上、一人の令嬢に時間を費やしてはいられん。トマーシュは他の取り調べの指示を出し、手が空いたら被疑者の情報をまとめておいてくれ」
「承知しました」
トマーシュが恭しく頭を下げるも、俺はそれを無視して担当官達に指示を出す。
「お前達はもう下がっていい。他の対応に回れ」
「「「「「はっ!失礼します」」」」」
顔を青くした五人は、そそくさと局長室を出ていった。その背を見送ってから、深く息を吐く。背凭れに身を預け天を仰ぐと、トマーシュが顔を覗き込んできた。
「無理しすぎではないですか?」
「……もう誰もいないんだ、その口調はやめてくれないか」
「ふはっ。本当にお疲れじゃないか、ルド」
トマーシュは態度を崩し、からからと笑う。
上司と側近という関係から表面的にはそのような会話を徹底しているが、俺とトマーシュは昔からの幼馴染であり、数少ない心を許せる友人である。
「どちらも伯爵家で、それなりに地位のある家柄同士だからな。流石に俺が行かねばなるまいと、それぞれ事情を聞きに行ったが……」
「オルドラーク家は嫡男が亡くなってしまったから、娘に爵位を継がせるため、婿を探さなければならなくなった。プラーシル家も、婚約者を失った娘の嫁ぎ先を見付けなければいけない。……僕の予想通りの展開になった?」
にやりと得意気な顔をしたトマーシュに、じとりと細めた目を向ける。くそっ、他人事だと思って……。
「……あぁ。不謹慎すぎて、吐き気がするほどにな。息子が、婚約者が、亡くなっているというのに」
令嬢が寝こけて取り調べをすっぽかしていた翌日にはオルドラーク家、そして今日はプラーシル家に、事情聴取で話を聞きに行っていた。
両家とも暗い雰囲気かと思いきや、お茶会か何かと勘違いしそうなほどもてなされた。オルドラーク家は、婚約者の義妹への嫌忌を述べつつ娘自慢、プラーシル家もまた、義妹への嫌気を述べつつ義姉自慢……。
そんな苦行をたっぷり受けて戻ってきてみれば、報告されたのが先程のそれである。聴取が全く進んでいない状況に呆れても仕方ないだろう。
「悪いが、今から取り調べの手配をしてくれないか」
「今から?また残業になるよ」
「両家から、婿だの婚約者だのとまとわり付かれる方が堪らん。さっさと済ませたい」
「くくっ、りょうかーい。君も、さっさと婚約者を見繕うなり結婚してしまえば楽だろうに。公爵夫人も心配なさっているんだろう?」
トマーシュの言葉で、「気になるご令嬢はいないの……?」と寂しそうな表情を浮かべる母上の顔が頭をよぎった。
それを出されると、俺も何も言えないのだがな……。
俺は、由緒あるファルスキー公爵家の三男だ。
長兄は次期当主、次兄は長兄の補佐兼スペアとしての教育を受けて育てられた。
そんな家の三男に生まれた俺は一番身軽だった。その代わりに、最も将来性はなかったが。
家の名に恥じぬ職に就かねばと考え、俺は騎士の道を選んだ。
十四歳から騎士見習いになり、十八歳の成人に際し、正式に警騎士になった。現場経験のために警巡察局で警士として一年勤め、その後すぐ留置局に配属され担当官になった。
公爵家の出で身分も申し分ないことから、局長に抜擢されたのが去年のことだ。そう考えると、担当官となってから五年で局長にまで昇進したのは異例の早さと言えるだろう。
当然のことながら、それを面白くないと思っている者達はごろごろいる。
だから、今は些細なことでも揚げ足を取られるわけにはいかない。それに、こんな状況で色恋にうつつを抜かせば何を言われるか。想像しただけで面倒なことこの上ない。
「……その件はいい。俺はいいんだ、そういうのは」
トマーシュに向けて手を振ると、肩を竦めて取調室を手配するために局長室を出ていった。
(そもそも俺は、昔から令嬢が苦手なんだ。それなのに、これからまた話を聞かねばならんのか……。くそっ、頭が痛い)
報告書に記入されている情報を見る限り、間違いなく俺が苦手とするタイプの令嬢のようで――俺は再び大きく溜息を吐いた。
お読みくださり、ありがとうございます!
3話・4話のように、時々『閣下視点』『???視点』を載せていきます。閣下の気付きや心情の変化、???ははたして敵なのか味方なのか等、お楽しみいただけますと幸いです。
また、あらすじや1話のあとがきに記載していた、分岐する4つのエンディングについて、ネタバレなしの大まかな情報をご案内いたします。
※前情報なしで最後まで読みたい方は、以下読み飛ばしてください。
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4つのエンディング分岐は、本編であるレニエラの罪が何だったのかが暴かれた後の物語になります。
本編中に散りばめた、レニエラの想い。彼女が“何”に重きを置いたか、そして、この物語の世界だからこそ起こったであろう未来として、
END1, ハッピーエンド(恋愛あり)
END2, ハッピーエンド(恋愛あり)
END3, ノーマルエンド(大団円)
END4, バッドエンド
の4つをご用意いたしました。
ゲームで複数エンディングがあるようなイメージ……と言えばいいでしょうか。
個人的には、どのエンディングも“間違い”ではないと思っています。
ですが、「バッドエンドは嫌い!」という方もいらっしゃるはずです。
(私もバッドエンド嫌い派です。……何故書いたか。この世界観ならこのエンディングも有りえるだろうと思い至ってしまったからですね……)
そのため、END1~4については、特定のエンディングを読まなくてもなんら問題がないよう執筆しております。
「恋愛要素があるものだけ読みたいから、END1とEND2だけ読もうかな?」でもいいですし、この世界の有り得たであろう全部のENDを巡ってお気に入りを決めていただくのもいいと思います。
本編最終話の真相に辿り着いた方々には、あとがきにてエンディングの更なる情報を開示いたします。そちらをご確認の上で、お好きなエンディングをお読みくださいませ。
レニエラの罪の謎とこの世界観を、引き続きお楽しみいただけますと幸いです( .ˬ.)"




