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3,あの方の部屋(side:???)


 今日、あの方が捕まりました。


 いつか何かやらかすだろうとは思っていましたが……想像以上のことが起きてしまいました。まさか、この屋敷で殺人事件が起こるだなんて。


 いえ、本当に。

 なんて面倒なことをしてくれたのでしょう。


 どう収拾をつければいいのかと、今から頭が痛みます。一歩間違えば、この家だけでなく私も道連れにされてしまうでしょうから。


 ――そんなの、絶対にお断りですが。


 あの方は、虚ろな瞳を彷徨わせているようでした。少しでも情報を拾おうと、何の期待もこもっていない感情の抜け落ちた顔で。


 そうして暫く呆然と佇んでいましたが、当主代理の言葉を聞いて狂ったように笑い出しました。


 あの方の笑顔を初めて見た気がします。……あんな薄気味悪い笑みなんて、見たくありませんでした。






 その日の夜、私は自室を抜け出して、月明かりを頼りにあの方の部屋へ向かいました。


 階段を上り、物音を立てないよう静かに歩きます。誰かが起きてきたら面倒ですからね。



 静かに扉を押し開けて中に入ると、そこには物が雑然と置かれていました。それでもまだ月明かりがあるだけマシですね。何があるか、かろうじて分かりますから。


 物の合間を縫って更に奥へ進み、辿り着いた先には――紙、本、紙。手を伸ばすたび、何かが指先を掠めます。まったく……相変わらず足の踏み場もありませんね、ここは。


 持ってきた蝋燭に火を灯し、近場のそれらを踏み付けないよう、適当にまとめて隅に追いやります。ここにあるものを雑に扱えば、叱られかねませんから。


 あの方がここに戻ることがあるのかは分かりませんが。きっと、戻らない方が幸せなのでしょうね。


 留置局にいれば、嫌でも規則正しい生活を送らされるでしょうから。徹底的に矯正されればいいのです。



 そういえば、あの方が捕まった以上、夜会での振舞いを聞かされることも、憐れむように声をかけられることもなくなるのでしょう。


 悪評が流れるたび、知ったふうな顔で声をかけられるのが腹立たしかったので。


「この家のことを何も知らないくせに」


 ……あぁ、思わず声に出てしまいました。


 今は部屋の中ですから、多少物音や声を出しても気付かれないはずですが。


 いけませんね。冷静に振舞おうと心がけているつもりですが、どうも感情が追い付いていないようです。



 だって、あの方が捕まったのですよ?



 そのせいで、随分と計画が前倒しになってしまったではありませんか。問題は山積みで、不安や心配で胸が潰れそうです。想定外の事態に、何から正せばいいか悩ましいですしね。


 けれどようやく……ようやく私も、この生活から自由になれるかもしれないのです。


 しくじれば全員の命がないかもしれませんが、間違いなく好機と言えるでしょう。


「“悪女レニエラ”の足跡を追って、はたしてここに辿り着く者はいるのでしょうか」


 もし、誰も辿り着けないというのなら、その時は――。


 この手で、全てを終わらせなければ。そのために、私も早急に動き出しましょう。



「……あぁ、危ない。このトレイは回収しておかないと」


 周囲の確認をしていた私は、あの方のデスクの下に隠されていたそれを見付けました。これは念のために持ち出しておかなくてはいけませんね。


 もしかしたら、誰かがここを漁りに来るかもしれませんし。


 確認漏れがないか、念入りに室内を見渡します。ですが、心許ない蝋燭の炎だけが頼りなので、見落としがないか少々不安ですが……こればかりは仕方ありません。


 出入口に手をかけ、蝋燭の炎を吹き消しました。少しの明かりもなくなったそこは、どこまでも闇に包まれています。


 私はもう一度だけ、奥へ視線を向けました。


「夜分遅くにお邪魔いたしました。おやすみなさいませ。――伯爵様」




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