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2,冷たい対応と簡素な個室


 わたくしが連れてこられたのは、貴族用の留置塔でした。

 

 ここの正式名称は長ったらしいので省きますが、罪を犯したとされる貴族を収容する場所ですわ。


 平民用とは違って個室が与えられるらしく、目の前の塔も牢獄というには妙に立派な建物です。とはいえ、留置用の場所には違いないのですが。


 警騎士の宣言通り、伯爵家から放逐されない限りはここにいさせてもらえるのでしょう。


 秋らしい柔らかな水色の空の下、降り注ぐ日差しに照らされて、塔の先端が光っています。……あぁ、眩しい。


 しょぼしょぼした目を細めて見上げていると、「早くしろ!」と警騎士に鎖を引かれました。


 どうせ逃げられないのですから、そんなに強く引っ張らなくたっていいでしょうに。腕に手枷の跡が残ってしまいそうです。


 わたくしは痛みに顔を歪めつつ、重だるい体を引きずって彼らの後に続きました。



 一階には受付があるようで、警騎士は留置局の担当官に声をかけました。そこで、わたくしの罪状について伝え始めます。担当官はこちらを一瞥すると、嫌そうに目を眇めました。

 

 そこへ、奥の部屋から一人の美丈夫が現れ、全員が揃って敬礼しました。


「閣下!お疲れ様です!」

「あぁ。そちらは?」

「これから収容する、プラーシル伯爵家の令嬢です」

「罪状は?」

「はっ!こちらに」


 返事と同時に、警騎士が素早く報告書を手渡します。


 それを黙読し始めた美丈夫が僅かに顔を上げた時、冷ややかなアイスブルーの瞳と目が合いました。しかし、すぐ興味なさげに報告書へ視線を落とします。


「……まぁ、よくある話ではあるな」

「そうですね。しかし、閣下も聞いたことがあるのではないですか?プラーシル家の次女は、家族に迷惑をかけ夜遊びばかりしている、ふしだらで教養のない令嬢だ――と」


 警騎士は声色に憤りを滲ませ、美丈夫に訴えます。

 

「報告書にもそう書かれているな」

「有名な話ですからね。捕らえてからの態度も悪く、反省の意が全く見られませんでして……」

「そうか。では、彼女の身柄はこちらで預かろう。ご苦労であった」

「はっ!失礼します!」


 警騎士の手から担当官に手枷の鎖が手渡され、わたくしを連行していた警騎士達は立ち去っていきました。


「後の対応はお前達に任せる」

「かしこまりました!」


 美丈夫は部下に指示を出すと、再び奥の――局長室と書かれた部屋に戻っていきました。つまり、あの方が局長なのでしょうか。随分お若そうでしたけれど。


「お前はこっちだ。グズグズするな」

「うっ!」


 また無理やり鎖を引かれ、咄嗟に呻き声が漏れました。どうしてこうも乱暴な方ばかりなのでしょう。


 担当官は、そんなわたくしを気にする様子もありません。鎖を引く者と、後ろから監視する者。二人の担当官に連れられ、検査室と書かれた部屋へ案内されました。


「身体検査と指紋採取、あとは髪の毛を数本採取する」

「えっ」


 髪の毛――そう言われ、思わず肩がビクリと跳ねました。わたくしの歪んだ顔が見えているはずなのに、躊躇なく頭に手が伸びてきて、ぎゅっと目を瞑ります。


 ――どうして?どうしてこんなことするの?


 幼い声が脳裏に響いたと同時に、頭皮に軽い痛みを感じました。目を開くと、引き抜かれた髪の毛が担当官の手の中で力なく揺れていました。


 まるで、踏み躙られた花のように。

 

 恐らく今後の調査で必要なのでしょうけれど、いくら悪評だらけだからといって、令嬢の髪を簡単に引き抜くなんて。本当に、どうしてこんなふうに扱われなくてはいけないのでしょうね……。


 別室では、女性の担当官にコルセットだけ剥ぎ取られ、あとは自分でドレスやシュミーズを脱ぐよう命じられました。手渡された脱ぎ着のしやすそうなワンピースがここでの衣服のようです。ドレスは調査に使われるのか、問答無用で回収されました。


 抵抗することなく素直に従っていると、検査室から連れ出され、階段を上って三階へ案内されました。


「ここがお前の部屋だ」

 

 通された先は、扉こそ重厚な造りでしたが、想像していたような牢ではありませんでした。簡素ながら、机と椅子、ベッドが置かれている個室です。


 しかも一室だけではないようで、もう一枚扉があります。鎖を引いていた担当官は部屋には入らず、扉を開けたまま説明を始めました。


「隣は洗面所と浴室だ。暴れたり危険な真似をしたりすれば、担当官が常駐している部屋の警報が鳴るようになっている。自傷行為も同様だ。馬鹿な行動はするなよ」


 わたくしはなるほどと頷きました。プライバシーが守られている代わりに、部屋に異常が起きていないか魔導具で管理されているのでしょう。


「手枷は、部屋にいる間だけ中央の鎖を外してやる。ただし、完全に外すことはない」


 そう言った担当官は、鎖の繋ぎ目に魔石の埋め込まれた板を翳しました。どうやらそれも魔導具のようで、手枷や鎖に作用するもののようです。両手を繋いでいた鎖がジャラジャラと音を立てて離れました。

 

「魔力封じと逃走防止が施された、特別製の手枷だ。許可なく部屋を出れば、体が痺れる仕組みになっている」


 担当官の指さした先で、手枷に埋め込まれた魔石が「見張っているぞ」と主張するように光っています。


「この説明を聞いた上でも愚かな行いをした者は、部屋の中であろうと両手の鎖を付けたままにする決まりだ。無駄なことはするな」

「……分かりましたわ」


 少しだけ自由になった両手を眺めていると、部屋の奥へ促されました。しっかり中まで入ると、入口の扉がギィと重々しい悲鳴を上げます。


「取り調べは一時間後に行う。迎えは女性の担当官にこさせるが、返答がなかった場合は勝手に鍵を開けるからな」


 わたくしを鋭く睨み付けた担当官は扉を閉ざし、鍵をかけて立ち去っていきました。




「ここが、わたくしの新しい部屋ですのね」


 ただ寝起きするためだけの、飾り気のない個室。けれど清潔に保たれていて、掃除もされているようです。


 せっかくですもの。わたくしは、これから生活する場所を見て回ることにしました。


 洗面所と浴室には、浅い洗面台と壁に取り付けられたシャワー、トイレが設置されています。

 

 歯ブラシや洗顔料、石鹸など一式用意されています。壁に埋め込まれた鏡は割れない素材で作られているのか、歯ブラシ立てを軽くコツコツとぶつけてみましたが傷一つ入りません。

 

「この程度のことで警報は鳴らないようね。何か物を壊せば鳴るのかしら」


 疑問を呟きつつ、次は窓辺に向かいます。

 

 カーテンを開いてみると、小さな窓の先には格子が嵌められていました。窓から逃げようとした人でもいたのでしょうか。

 

 ……いえ、この部屋の造りや置いてある物から推測するに、入れられた者の自傷や自殺防止のためでもあるのかもしれません。


 机や椅子の角も丸く、軽い素材で出来ているようですし。


 貴族用とはいえ、留置局ですものね。普通の貴族令嬢であれば、間違いなく満足のいく場所ではないでしょう。蝶よ花よと育てられた令嬢であれば、気が狂ってしまうかもしれません。


 そうして思い詰めて自分の身を……というのも容易に想像が付きます。


「罪人として捕まっていながら、寝床と食事を与えてもらえるだなんて。わたくしからすれば十分過ぎますけれど」


 独りごちながら、張り詰めていた糸が切れたようにベッドへ身を投げ出しました。


 横たわってみると、どれほど疲労が溜まっていたか痛感します。


「もう、頑張らなくていい……。もう、何も……」


 声に出すと、どっと体の重みが増したようでした。鉛のように重い体は重力に抗えず、瞼も自然と落ちていきます。わたくしはそのまま、シーツの海に沈んでいきました。




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