E3-1,失格者が選ぶ先は
END3は、レニエラの選択により進んだノーマルエンド(大団円)です。
END1~4は、特定のエンディングを読まなくてもお楽しみいただけるよう執筆しております。恋愛ENDのみをお望みであれば読み飛ばしていただいて問題ありません。
その日、わたくしは支給された制服をまとい、新たな環境に身を投じました。
「本日より、警騎士貴人留置塔管理局警務部に事務官として着任いたしました。レニエラ・マーレインと申します。宜しくお願いいたします」
わたくしは、教えられたばかりの敬礼をぎこちなく行い、挨拶します。
向けられる視線の多くは、同情。中には、疑念を露わにしている方もいらっしゃいますが、こればかりは仕方ありませんわね。
「皆に通達した通り、本日よりレニエラ・マーレイン事務官が留置局の一員となった。未だ過去の件について不信感を抱き続けている者がいれば、その時は俺が直々に対応するから、そのつもりでいるように」
仕方がありませんわねと諦めたそばから、隣の閣下が釘を刺してくださいました。先程までわたくしに嫌な目を向けていた方々が、顔を強張らせています。
留置局の方々なのですから、事務官と言えども表情管理は出来た方がいいと思うのですけれどね……。
わたくしは心の中で苦笑を漏らしながらも、そんなことをおくびにも出さずに、じっと前を見続けます。ただでさえ好印象とはいえないわたくしですから、少しでも閣下のご迷惑にならないよう振舞わなければ。
――わたくしは今日から、留置局で生きていくのですから。
父や義母、そしてラウラへの取り調べや捜査が進められている間、わたくしは留置局に滞在していました。
同じように別室で生活していたミルズと一緒に、時折事情聴取を受け、捜査に協力していました。その間、沢山話をしたのです。
わたくし達のこと。そして、これからのことを。
母の願いを叶えるために、プラーシル家を継ぎたい気持ちはありました。ですが、父や義母が捕らえられ、閣下から二人の処刑が確定したと聞かされた時、肩の荷が下りた……いえ、下りてしまったのです。
伯爵家を立て直すのは、これからだというのに。
わたくしは、父に屋根裏部屋へ閉じ込められ、ずっと当主業務を行ってきました。ですから、これからも変わらず当主としての仕事はこなしていけるはずなのです。
ですが、どうしても心の靄が取れずにいました。
そんなわたくしの話を、閣下やミルズ、あとはアウレアさんが気遣って聞いてくださったのです。
そうして話していくうちに、わたくしは自分自身を『当主失格』と思っているのだと――そう結論付けました。
「わたくしは、あの日の選択を後悔していません。そのおかげで、セバスだけでなく、ミルズやラウラの思いも知れましたし、こうして彼らの命を救えたのですもの。けれど……当主としては失格ですわよね。父や義母の愚行を伏せ、国へ虚偽の報告を続けてきたのですから」
わたくし達がこうなるに至った背景など、国の法の前では関係ありません。執事やミルズ、ラウラを切り捨て、伯爵家唯一の後継者として名乗り出れば、疑われながらも捜査はされたはずですもの。
流された噂や悪評によって、当時からわたくしの評判はよくなかったでしょう。けれど、屋敷さえ捜査してもらえば、そしてわたくしの体に残る傷痕を見せれば、あの家がおかしいと理解していただけたはずですから。
――でも、わたくしには出来ませんでした。
「わたくしは、当主としての責務ではなく、彼らを救うことを優先してしまいました。ですから、当主に相応しくないと感じているのでしょうね」
「義姉様……」
わたくしの声に、隣に腰かけていたミルズは苦しげに顔を歪め、寄り添ってくれました。それと同時に、正面に座る閣下は、思案するように顎に手を添えました。
「レニエラ嬢の気持ちは理解した。だが、これからどうする?当初の予定では、トゥルヴァン家と交渉し、君が当主となった伯爵家で、使用人として彼を雇い入れるつもりだったのだろう?」
「そう……ですわね」
「トゥルヴァン家との交渉は、予定通り俺が引き受けてやれる。そうすれば、彼にはそれなりの身分が与えられるだろう。だが、君は……」
えぇ。わたくしがもし伯爵家を継がないと決めてしまえば、後継者がいなくなってしまいます。名も領地も、国に返還することになるでしょう。
そうすると、ミルズを雇い入れることは出来ません。それどころか、わたくしはレニエラ・プラーシルではなく、ただのレニエラになるのです。
――つまり、平民になるのですわ。
「これまで努力し続けてきた義姉様を見捨てて、私だけ貴族になるなんて出来ません!」
「だが、実際にトゥルヴァンの血を引く君と、レニエラ嬢では訳が違う。君の場合、“ミルズ”は処刑されたとすることで、トゥルヴァンに連なる新たな戸籍と名を得られるよう持ちかけられるが……」
「色々と明らかになったとはいえ、わたくしの噂や悪評が本当に全て嘘だったのかと疑っている方はいるでしょう。ただでさえ好奇の目に晒されると分かっているわたくしを、迎え入れてくださる家などないでしょうね」
「そんな……。それなら私も、義姉様と一緒に平民に……っ!」
納得出来ないミルズがそんなことを言い出したところで、パンパンッとアウレアさんが手を叩きました。
思いがけないアウレアさんの行動に、全員がそちらに目を向けます。すると、アウレアさんはすかさずわたくしの背後に立ち、両肩を優しく掴んできました。
わたくしが「え?」と目を瞬かせていると、
「では、マーレイン家がレニエラ・プラーシルを引き取りましょう」
と口にしたのです。
いつものように、しれっと同席していたクレイゼア様が、面食らったように会話へ割り込んできました。
「ちょ、ちょっと、アウレア。本気なの!?」
「はい。何か?」
「いやいや、『何か?』じゃないよ!マーレイン家にとって、別に旨みのある話じゃないでしょ?」
クレイゼア様の言葉はごもっともです。
マーレイン家は、プラーシル家と同様に伯爵家なのですが、領地を持たず、王宮や役所、留置局などへ、行政官や事務官、上級使用人を輩出している家柄だそうです。
社交界で目立つ家ではありませんが、縁の下の力持ちという言葉がぴたりと当て嵌まるでしょう。
兄弟姉妹が少ないわけでもなさそうですから、養子を必要としてはいないはずです。
領地運営の手腕や補佐も不要。人手にも困っていない。わたくしを引き取る利点がないように感じるのも頷けます。
それどころか、これまで平穏だった社交界で、嫌な注目を浴びることになるだけですもの。
「そ、そうですよ。もし担当官としての責任でおっしゃってくださっているなら……」
「プラーシル伯爵令嬢――いえ、この呼び方だと今後不適切になりそうですね。一旦、レニエラさんとお呼びしてもいいでしょうか?」
「え?えぇ……」
一旦という言葉に内心引っかかりつつも、わたくしは頷きます。すると、アウレアさんはまっすぐにこちらを見つめてきました。
「では、申し上げますが、レニエラさんはご自身の価値を低く見積もりすぎです。心配せず、マーレイン家に来てください」
わたくしはアウレアさんの淡々とした物言いに気圧され、困惑することしかできません。
え、えぇと……わたくしの価値とは一体何ですの?
首を傾げる横で、ミルズは「義姉様は凄いんです!」と嬉しそうな声を上げました。おやめなさい、恥ずかしい。アウレアさんも、そんなに深く頷かれなくても……。
わたくしが反応に困っていると、アウレアさんの視線が閣下やクレイゼア様へ向きました。
「僅か十二歳で、当主として必要な業務や知識を習得するなんて、高位貴族の令息令嬢でも出来ることではありません。それだけでも十分すぎるほどです。更に、不遇の環境でも耐え抜く忍耐力と精神力。義弟や義姉への思い遣りも然ることながら、局長が普通に接せるご令嬢ですよ?それだけでレニエラさんの人柄が表れています。敬遠するだなんて勿体ない……。それどころか、先に迎え入れた者勝ちでしょう。違いますか?」
いつもの声の調子で、けれどいつもよりも遥かに饒舌に語り、質問を投げかけたアウレアさん。閣下やクレイゼア様、わたくしもぽかんと彼女を見つめます。
「あ、アウレアがこんなに話すなんて……。君、そこまで彼女のことを気に入っていたの?」
「留置局に連れてこられる者達は、被疑者である自覚もなく暴れ、愚かな要求をしてくるじゃありませんか。けれど、レニエラさんには担当官の方が失礼を働いたというのに、彼女は声を荒げることもありませんでした」
「……むしろ、シモナ・レグリーの方が喚いていた気がするな」
閣下は頭が痛そうに眉間に手を当てました。そればかりは、わたくしの口から助け舟は出せませんわね。
「そんな彼女を見ていながら、噂や悪評ばかりに踊らされる担当官など徹底的に処罰すればいいのです。……レニエラさん。マーレイン伯爵家に来て、共に留置局で働きませんか?」
「わ、わたくしがですか!?」
アウレアさんの提案に、わたくしは目を丸くしました。まさか自分がここで働くなど、これまでの人生で考えもしなかった選択肢ですもの。
「担当官になるには、体術や剣術の習得が必要ですけれど、事務官ならそちらの試験はありません。レニエラさんなら事務仕事は問題ないでしょう。その後、レニエラさんが望むのであれば、体術を学び、担当官を目指すことだって出来ますよ」
「わ、わたくしが……皆さんのような、担当官に……?」
「えぇ、そうです。他者を踏み躙り虐げる者の存在も、理不尽に疑われた者の痛みや悲しみも、どちらも知るあなたなら、きっとよい事務官や担当官になってくれると思うのです」
アウレアさんから真剣に告げられ、わたくしは暫くの沈黙の後、「考えてみますわ」とだけ返事をしました。
それから、ミルズとも相談し、数日間悩み抜いて――わたくしは事務官になることを決意したのですわ。




