E4-2,悪女が遺した灰色となった世界
四人の処刑の日。
わたくしは公開処刑が行われる広場へ向かいました。悪女レニエラ・プラーシルらしい、派手に見せるためだけの真っ赤なドレスを着て。
暫くすると、罪状を読み上げる声と、断頭台に立たされている四人への野次が聞こえてきました。
泥のような感情を抱えながら進んでいくと、閣下やクレイゼア様の姿が見えました。二人は唇を噛みしめ、悔しさを堪えながら立っているようでした。
皆さんは今日この日まで、必死に抗議してくださったと聞いています。王族に異議を申し立てるのは容易ではなく、反感を買ったでしょうに。
――ごめんなさい、閣下。クレイゼア様。
わたくしはそんな彼らから視線を逸らし、ただまっすぐ顔を上げて、口を開きました。
「ばかばかしいですわね」
わたくしは人生でもっとも大きな声を上げたでしょう。それがこんな言葉だなんて、本当に悪女のようですわね。
わたくしが一歩踏み出すと、人垣が割れて道が出来ていきます。その中央を歩くと、止めに来る警騎士達の足音や、閣下の「やめるんだ!」と叫ぶ声が聞こえました。
けれどもう、どうにもなりません。だって、あなた方はわたくしから、二人を奪おうというのですもの。
わたくしは、手にしたそれを首に当てがいました。
「近付かないでくださる?」
「!?」
懐から取り出したのは、短剣。首に突き付けたそれを周囲に見せ付けたあと、わたくしは壇上を見上げました。
ラウラとミルズと目が合い、二人は押さえ付けられながら暴れていました。わたくしが何をしようとしているのか、察しているのでしょう。
「父と義母はかまいません。どうぞ処刑なさって?母を毒殺し、伯爵位簒奪を計画したのは彼らですから。ですが、ラウラとミルズは?わたくしを助けようとしてくれていた二人を、なぜ処刑なさるのですか?」
「ふ、二人もまた伯爵位簒奪に加担していると……!」
「直々に捜査なさった閣下の報告はお聞きになりまして?あの二人は、唯一わたくしを救おうとしてくれていたのですわよ?その報告は一体どこに消え去ってしまったのでしょうね」
執行人の言葉を否定したわたくしの声に、周囲の人々はざわめきます。警騎士の信用のため、そして国の威信のためにと歪められた真実。
それを、被害者のわたくしの口から暴いて差し上げましょう。
「約十五年、屋根裏部屋で使用人以下の生活を強いられ、食事を抜かれ、罰として叩かれ、飢えや熱で苦しんでいた時に助けてくれたのは、そこにいるミルズですわ」
わたくしは、肩にかけていたショールを躊躇いなく滑らせます。
その途端、「ヒッ!」と悲鳴が上がりました。わざと背中の大きく開いたドレスを着てきた甲斐がありますわね。
この背中にどれほどの傷痕が残っているか、どうぞその目に焼き付けてくださいな。
「父や義母が鞭を振るうよりも、子供の力の方が弱いだろうからと、やりたくもない体罰を与える役目を引き受けてくれたのは、ラウラです。確かに彼女には傷付けられていましたけれど、それがわたくしを守る方法だったのですわ。大人二人が力任せに鞭を振るっていたら、この程度の傷では済まなかったでしょうから」
それがどれだけ残酷なことか、部外者のあなた方には分からないでしょう。言葉で聞いているだけでは。
毎日、毎日……どれほどの地獄に堪えながら生き、そしてようやく解放されたと思わせて。
――こうして突き落とすなんて。
わたくしは悠然とした態度で冷笑を浮かべます。静まり返る広場の中央で、堂に入った悪女のように――。
「血脈がなんだというの?その青い血筋の誰も、わたくし達を救わなかったというのに。真実を歪めて自分達の正当性を主張する国に、何の秩序があるというの?他者の不幸の上にのさばるのが王だというのなら!こんな国など滅んでしまえばいいのよ!!」
「貴様っ!」
声を荒げて近付いてきた警騎士に、わたくしは短剣を投げ付けました。広場が悲鳴で溢れかえる中、わたくしは――
「悪女がいなくなるのがお望みだったでしょう?被害者たるわたくしを殺したのは、この国のお前達よ!楽しみですわね、この国がどうなるか!ふふふっ、あはははは!!」
わたくしはケタケタと壊れたように高笑いし、そして――隠し持っていた小瓶の中身を一気に呷りました。
ラウラが持っていたお守りのように、実はわたくしも隠し持っていたのです。
使用人の格好をして、どの部屋にも清掃のために入っていましたから、屋敷のことは知り尽くしています。義母が隠していた毒を拝借し、見付からない場所に隠していたのです。
屋根裏部屋に来たネズミに飲ませ、効果は確かめてあります。……まさか自分自身に使うことになるだなんて、思いませんでしたけれどね。
「いや……っ、いやあああああああああっ!!」
「義姉様っ!義姉様あああっ!!」
「くそ!どけっ!レニエラ嬢!しっかりするんだ!!」
「医官は!?早く!!」
喉が、体の中が、焼けるように熱い……。薄れゆく意識の中で、わたくしを呼ぶ声が聞こえます。
――ごめんなさい。ラウラ、ミルズ。
あなた達を赦してくれず、わたくしからあなた達を奪っていく世界で生きていきたいと思えるほど、わたくしはこの世界を愛せないの。
こんなところに一人残されるくらいなら、わたくしも一緒に連れて行って。最期にそう願うくらい、赦されるでしょう?ねぇ、閣下……。
──────
「……あれから五年も経ったのか」
俺は抱えていた花束を墓石に供えた。そこには姉弟三人の墓石が揃って並んでいる。
レニエラ嬢が倒れた後、騒然となった広場では、真実は一体何だったのかと非難の声が飛び交い、暴動にまで発展した。
処刑は中断となり、結果として四人の死は一時的に遠退いた。だが……レニエラ嬢の死を目の当たりにし、姉弟二人は壊れたように咽び泣いていた。
後日、王族は俺達警騎士に責があるとして、矛先を向けてきた。我々は、例の警騎士や担当官の発言こそ誤りだと伝えていたではないか!何度も、何度も二人の処刑を考え直すべきだと進言してきたというのに……!
レニエラ・プラーシルの噂や悪評は、あまりに広く知れ渡っていた。そのため、その根拠となった罪の冤罪であり、家族によって“悪女レニエラ”が作られていたこと、そして血の繋がらない姉弟が必死で支え合い救おうとしていたことは、涙を誘う物語として広まるには十分過ぎる話題だった。
そんな彼女の死を利用し、皆が国を責め立てたのだ。
王家は、民の暴動や示威行動を鎮めるべく、処刑の対象をインツとローレの二人だけに変更し、後日刑を執行した。だが、もう遅かった。
元々、我がファルスキー公爵家は、血脈ばかりを重視し、民を人とも思っていない今の王政を不安視していた。
――この国に、忠義を捧げ続けられるのか?
当主である父上、そして俺の兄達が出した答えは、否だった。俺も、この国の王族だけでなく、これまで彼女を悪女だと罵っていた者達が許せなかった。卑怯にも、手のひらを返しほざく戯言も、聞くに耐えなかった。
もうこの国の王侯貴族には付き合いきれないと、最初に我がファルスキー家が王国から分離独立し、公国を建国した。共に陛下に進言し続けたクレイゼア家やマーレイン家、そしてトゥルヴァン家も我が公国へ移り、その流れで常識ある貴族達はこぞって公国へと流れてきた。
それから、国が傾いていくのは早かった。
今やあの国の国土は縮小し続けている。そのうち周辺諸国に滅ぼされるか、王族が引きずり下ろされるのだろう。
――だが、そんなことになろうと、彼女は……レニエラ嬢は戻って来ない。
処刑が中断になった段階で、ラウラ・プラーシルとミルズ・プラーシルの二人を、すぐさま公爵家で保護することにした。
二人の心は引き裂かれ、レニエラ嬢の死を受け入れられず、壊れていく一方だった。
何度も二人の見舞いに通い、必死に声をかけ続けた。レニエラ嬢が守りたかった命を、何とか生かすために。
しかし、ラウラ嬢は全く食事が喉を通らず、ひと月も経たずに衰弱死してしまった。
それを看取ってから、ミルズも屋敷から姿を消した。
すぐに捜索したが――レニエラ嬢の墓の前で自ら命を絶っていた。あの日、彼女が手にしていた短剣を握り、その墓に寄りかかるようにして。
彼に用意した部屋の机には遺書が置かれていた。それに目を通した俺は――滅多に流すことのない涙をこぼした。
『局長様が義姉様を救ってくださった未来で、四人で生きてみたかった。あなたを、義兄様と呼べたらよかった』
――守れなかった。何も。
大人に人生を奪われ続けた、三人の命を……俺は。
局長として、出来る限りを尽くしたつもりだった。
だが、もしも最上階の鍵の保管を、管理者のみに限定していれば?担当官の再指導や、悔い改めない者達の異動を早めていれば?処刑が実行される前に、多くの貴族を抱き込んで国の独立を宣言していれば?
レニエラ嬢を、あの姉弟三人を救えたのだろうか。
そう考えたところで、結局は別の問題が頭を擡げるのだ。
有事の際、管理者が不在だった場合に鍵をどうするのか。新たな人員の補充と教育は間に合うのか。三人を救うどころか、国家反逆だと見なされ、内乱に発展する可能性もあるだろう。
それらの懸念を無視して強行していたとして、上手くいったのかは……誰にも分からない。
どうしてやればよかったのか。そればかりが、頭の中をぐるぐると回り続けている。
そんな俺に出来たのは、三人を共に埋葬してやることだけ。せめて安らかにと願いながら。
こんな……こんなにも無力なことがあるだろうか。
「……また来る」
今の俺は、法の責任者として公国法制局の長官を務めている。もう、あのような痛ましい悲劇を繰り返さないために。
――そんな俺は、時々夢を見る。
短めの赤い髪が揺れ、その側に薄紫色の髪の令息と、栗色の髪の令嬢が並ぶ姿が。
俺は灰色になってしまった世界で一人、夢の中だけ鮮やかな色を見る。
手を伸ばしても、彼女の手を掴むことは出来ない。朝が来て目を覚ますたび、俺はまだそちらに行くことを赦されていないのだと痛感する。三人を救えなかった罪を背負い、生き抜くことが俺にとって罰となるのだろうから。
いつかこの命が尽きる時、せめて「やれるだけのことはした」と、三人に伝えられるように――。
俺は今日も、灰色の空の下を一人、歩き続ける。
『END4,わたくしの願いが届かなかった世界』は、これにて終了です。
本編を含め、作中では愚かな警士や担当官が目立っていたように思います。
ですが、これは現代社会でも見られる光景ではないでしょうか。
登場していない多くの警士や担当官は、常識を持ち、報連相や守秘義務の重要性を理解して、真面目に職務を果たしている人達です。
それでも、ごく一部の人間が決まりを破り、指摘されても反省せず、保身と責任転嫁を重ねたことで、起こってはならない結末に至りました。
更に、都合の悪い真実を隠し、体面を守ろうとした王家の判断が、レニエラの心を完全に折ることとなってしまったのです。
この世界だからこそ起きたバッドエンドではありますが、このような事件は現代社会でも見られますよね。
信念を貫くことと、他者の指摘に耳を傾けないことは違います。
自分を守ろうとするあまり、誰かを傷付けたり、自分の行いを正当化したりしていないか。
反対に、理不尽な言動によって傷付けられ、自分ばかりを責めてはいないか。
他者を愛するために、自分を愛するために、この物語がほんの少しでも考えるきっかけになれば幸いです。
どうか皆様の世界が、灰色ではなく、色鮮やかなものでありますように。




