36,何処へだって行ける
わたくしは、事件の容疑者ではなく被害者になったのですけれど、閣下にお願いして、元いた留置局の個室に滞在させていただくことになりました。
閣下からは、「本当に居座る気か……?」と奇異の目で見られましたけれど。だって、あの部屋で何の不自由もないのですもの。
今回起きた殺人事件だけでなく、伯爵位簒奪未遂の件は勿論、義母の元嫁ぎ先であり、貴族との縁を得て悪どい稼ぎ方をしていた商家やその関係者も、しっかり捜査されるようです。屋敷の者達は全員連行され、取り調べを受けることになりましたから。
そうなれば、わたくしだって、まだ事情聴取されるでしょう?でしたら、ここに滞在したままの方が楽なのですもの。
残って何が出来るかは分かりませんけれど、閣下には全て話すつもりです。
信じてもらえないだろうからと黙り続けてきたこと。わたくし達子供が、どれほど彼らの私利私欲や劣等感の払拭に利用されてきたのかを。
わたくしの望みを叶え、見事あの部屋を暴いてくださったのですから。
「……それで、あの人達はどのような証言を?」
後日、わたくしは取調室ではなく来客室へ通されていました。アウレアさんが温かな紅茶を淹れてくださり、一息ついて質問したところです。
「聞くに絶えない、言い訳や責任転嫁ばかりだ。何故誰もあの夫婦の醜悪さに気付かなかったのか、不思議なくらいな」
閣下はうんざりした表情でそう言うと、大まかな内容を教えてくださいました。
父は、ずっと母や元使用人達への恨み言を喚いているそうです。
「私は伯爵家に迎え入れられたのだろう!?それなのに、奴らは私の立場を奪ったのだ!父や兄のように、あの女や使用人共が私を見下したんだ!私は、私の立場を取り戻しただけだ!ミルズが継げば、ようやく当主の父として認められると……っ!」
それは、父の中では正当な理由なのでしょう。
けれど、兄のスペアとして与えられた学びの機会でも精を出さず、伯爵家に婿入りしても母の支えになるための努力もしなかったというのに。
自らの立場を奪い続けてきたのは自分自身だと、父は最後まで気付かなかったのですわね。
また、義母は身分への執念を拗らせ、それを“子供達のため”とぬかしているそうです。
「私がいたから伯爵家の子になれたんじゃない!おかげで裕福な生活を送れたでしょう?あの人だって、忌まわしいあの女の娘ではなく、二人を可愛がっていたじゃない!みんな幸せだったでしょう!?なのにどうして、どうしてラウラもミルズも私を裏切ったのよ!」
あなたの言う子供達は、あなた方のせいで、常に処刑と隣り合わせの薄氷のような人生を歩かされてきたというのに?
みんな幸せだった?……笑わせないでくださいませ。
義母は二人を利用し、伯爵家の甘い汁をすすって生きたかっただけ。愛していると言いながら、自由のない、あなた方が決めた道筋に従わせておいて。
冷静に耳を傾けていたつもりですが、いつの間にか膝の上で両手を握りしめていたようです。アウレアさんがそっと肩に手を添えてくれました。
「……ラウラもミルズも、幼い頃から肌で感じていたのではないでしょうか。父と義母の愚かさが外に露見すれば、姉弟の命も散ってしまうと。ですからあの子達は二人に同調し、わたくしを悪に仕立てることで家の歪みを隠しながら堪え忍んできたのですわ」
わたくしはティーカップの縁をなぞりながら、しみじみとこぼしました。言葉にしてしまえば、なんて淡白なのかしら。十五年以上、地獄のような環境で生き続けてきたというのに。
「廊下で鉢合わせた時、義弟くんが味方なんじゃないかとは気付いたんだけどねぇ。実は彼がトールだったってだけでも驚きなのに、お義姉さんまでなんてねぇ……」
「君達は他人を欺くのが上手すぎる」
「……それだけ周りに頼れる大人がいなかったのですわ」
わたくしはゆっくりと瞼を閉じ、当時のことを思い返しました。
わたくしが十二歳、ミルズが十歳の頃。協力関係を結んだ時に計画を立てました。
わたくしが成人を迎え次第、王国領政統括所でわたくしの伯爵位継承と、ミルズの継承権放棄の手続きをするつもりでした。
伯爵家の血を引くわたくしが成人すれば、いくら父が当主代理であろうとも異議申し立ては出来ません。
それに、「ミルズはレニエラに無理やり従わされたのだ!」と主張してくることも想定して、継承権放棄に必要な署名は、わたくしが行うつもりでした。――父の名前で。
いくらでも筆跡鑑定していただいてかまいませんわ。だって、同じように署名出来るよう命じ、執事に叩き込ませたのはあなた自身なのですから。
そしてそれまで集めてきた証拠を警騎士に突き出し、屋敷の者達もまとめて一掃する算段でした。まだこの頃は、ラウラも敵だと思っていましたわね。
ミルズがトゥルヴァン侯爵家の血を引いていると分かってからは、警騎士に仲立ちを頼み、侯爵家が巻き込まれないよう手を打つ代わりに、ミルズを侯爵家に連なる分家筋の子として扱えるよう戸籍を用意させ、プラーシル家の使用人にさせてほしいと交渉する予定でした。
わたくしが調べ、ミルズが証拠として保管してくれていたのですけれど、義母は侯爵令息との思い出の品として、令息のイニシャルと家紋の入ったカフスボタンをずっと持ち続けていたのです。
義母のことですから、侯爵家への憧れが捨てられなかったのでしょうね。ミルズの髪色とそれがあれば、交渉もしやすいだろうと考えていたのですわ。
わたくしの語った計画に、閣下は額を押さえ、クレイゼア様は苦笑いしていました。アウレアさんは、わたくしの喉を気遣ってか、再び紅茶を注いでくれます。
「まったく……。荒唐無稽な計画だな」
「昼間、義弟くんの事情聴取でも同じ話が出たんだけれどね。『私を死んだことにしてくれませんか?』って言われて、今度は何を言い出すんだって耳を疑ったよ」
あら、どうやらミルズに先を越されてしまったようですね。
「では、閣下」
「もういい。君の希望は言わずとも分かる。伯爵位簒奪未遂、先代当主の毒殺、嫡子への長年の虐待を含め、インツ・プラーシル、ローレ・プラーシルを処刑。そこに、ミルズ・プラーシルの名も加えて処刑したことにし、彼についてはトゥルヴァン侯爵家と折り合いを付ければよいのだろう?」
「逆にラウラ・プラーシルは、密かにレニエラ・プラーシルを守り続けていたとして、君を狙った伯爵令息を殺害。実刑で修道院送りに……って筋書きかな」
面倒事が増えたと言わんばかりの閣下と、面白そうに笑うクレイゼア様。理解が早くて助かりますわ。
あの日のラウラの証言から、母親へ異様な執着を見せていたと判明したアマン・オルドラークを調べるため、彼の部屋の捜査が行われました。
オルドラーク家からは、被害者である息子の部屋に何故捜査が入るのかと抗議の声が上がったようですが、警騎士の要請には逆らえませんから。
すると、私室の机の引き出しが二重底になっていて、そこから出てきた日記に母親への歪んだ愛や、プラーシル家へ来た時に見たわたくしの様子が事細かに書かれていたそうです。
ラウラに言われ、あの周辺には近付いていなかったのに、一体何処から見ていたのでしょう……。
更に、鍵付きの金庫から出てきたのは、夫人が過去に捨てたはずのドレスや装飾品の数々。日記には、それらをわたくしに着せたいと書かれていたのですって。
そんな息子に一切気付いていなかった夫人は、恐ろしさのあまり失神したと聞きました。
「アマン・オルドラークは、婚約者がありながらプラーシル家の使用人を狙っていたと証明された」
「使用人が君だと知って、非道な取引を持ちかけたのかどうかは、お義姉さんの証言だけだから明らかに出来ないけれどね。一般的な刑の範囲内で済むはずだよ」
「そうですか……。よかった」
これなら、当初描いた望みに近い結果が得られるでしょう。本当は、ラウラにもこれからの未来を選択させてあげたかったのですけれど……殺人の罪を消すことは出来ませんもの。
恐らく、処刑は数日から一週間程度で行われるでしょう。ミルズについての交渉も含めれば、少し長くなるかもしれませんが。
わたくしの誕生日まで、もうあとふた月もありません。ですが、血縁上の父も処刑されれば、例外的に爵位を継げるようになるはずです。
……わたくしが伯爵だなんて、感慨深いですわね。ゆったりと紅茶をいただいていると、閣下と目が合いました。
「ところで、レニエラ嬢」
「何でしょう?」
「あまりにもここに馴染みすぎているようだから言っておくが、君はもう帰っていいのだからな?」
「ぶふっ!」
的確な指摘に、クレイゼア様が吹き出しました。あらあら、汚いですわよ?
「だって、あの屋敷に戻ったところで、どう過ごせばいいのか分からないのですもの。物心つく頃から屋根裏部屋で過ごしてきたのに、今更広々とした部屋を与えられても違和感しかありませんし」
「それは……」
「それに……一人で帰ったところで、虚しいだけですもの」
わたくしはしんみりした声で呟きます。少しの間、その場はしんと静まり返りました。
が。
「いや、君の執事はもう屋敷に帰しただろう!『屋敷を整え、お嬢様の帰りを心待ちにしておりますね』と言って帰っていったではないか!しかも不用心だからと、屋敷の周辺は警士が交代で見張ってくれているはずだろう!」
「あっはっは!そうだよねぇ!むしろ、あの執事の爺さん、ずっと待っているんじゃないの?可哀想だよ!」
「ふふっ」
閣下だけでなくクレイゼア様にまでつっこまれ、アウレアさんからも笑いが起きました。
――あぁ、なんておかしいのかしら。
「ふふっ、あははっ!」
「「「!」」」
ここは留置局。罪を犯したとされる者を収容する場所。
悪女として連れられ、誰にも信じてもらえず、噂や悪評だけでなく、ついには前科持ちとなるのかと思っておりました。
それがまさか、こんなふうに笑える日が来るなんて。
アウレアさんは静かに寄り添い、クレイゼア様はわたくしをおちょくりながらも励ましてくださる。
それに閣下は、いつだって真剣にわたくしの話を聞いてくださるのですもの。
わたくしは、この方々の真摯さに救われたのです。居心地がいいと思ってしまうほどに。
――ねぇ、お母様。
わたくし、やっとやり遂げましたのよ。
伯爵家に巣食っていた本当の悪が裁かれ、わたくしを支え守ろうとしてくれた者達の命を救えたのです。
ねぇ、お母様。
わたくしは、もうわたくしの人生を歩んでもいいでしょうか。
わたくしの願う未来へ……進んでいいのでしょうか。
わたくしが笑いながら涙を流し始めてしまったからか、その場は大混乱に陥りました。
クレイゼア様は「あー!泣かせたー!」と非難の声を上げ、閣下が「いや、無理やり追い出すつもりは……!」と慌て、アウレアさんには抱きしめられ。
すると今度は、クレイゼア様が「アウレアに抱きしめられるなんてずるい!」と言い出して。
あぁもう、本当に。涙が止まりませんわ。わたくしに、こんな平穏な時間が訪れるなんて。
ずっと過ごしてきた、すえた臭いと鉄臭さの染み付いた、惨めで見窄らしいわたくしの部屋。
あの屋根裏部屋に戻ることは、もうないのでしょう。
「閣下」
「な、なんだ?どうした!?」
「……わたくしを見付けてくださって、ありがとうございました」
滲んだ視界の中で煌めく、アイスブルーの瞳。冷たいと思っていた視線は優しく、まっすぐで。
「君への疑いを晴らせてよかった」
「はい……っ」
わたくしは、ようやくあの部屋を出られたのですね。悪女でも、罪人でもなく、レニエラ・プラーシルとして。
涙が止まらないわたくしに、閣下は困ったように眉を下げ、ハンカチを差し出してくださいました。
「レニエラ嬢。君はもう、何処へだって行けるのだからな」
その言葉に、胸の奥が震えます。
――何処へだって。
その響きは、あまりにも眩しくて、少しだけ怖くて。けれど、目を逸らしたいとは思いませんでした。
わたくしは涙を拭い、まだ慣れない笑みを浮かべます。
「では、まずはわたくしの帰る場所を決めなければいけませんわね」
「……それは素直に屋敷へ帰ればいいだろう?」
「ふふっ」
屋根裏部屋ではない場所へ。
わたくし自身が選ぶ、これからの未来へ。
これにて、
【 悪女レニエラの罪は暴かれる ~閣下、どうぞ“わたくしの部屋”をお探しください~ 】
の本編は完結です!
ここまで拙作をお読みくださった皆様に、心からの感謝を――と言いたいところですが、ちょーっとお待ちください!
本編はあくまでミステリーを主軸とした物語で、異世界恋愛としての本番はここからです!
あらすじやあとがきでも何度か記載してきた通り、この物語には4つのエンディング分岐があります。
本編中に散りばめたレニエラの想い。彼女が“何”に重きを置いたのかを軸に、この物語の世界だからこそ起こり得た未来として描いていきます。
私自身、ハッピーエンドの方が好きで、最後は後味よく締めたいので……まずはバッドエンドから展開したいと思います!
更新スケジュールはこれまでと同様ですので、下記を目安にご覧いただけますと幸いです。
END4,わたくしの願いが届かなかった世界
バッドエンド2話→8/2投稿
END3,何者でもない、わたくしとして
ノーマルエンド(大団円)2話→8/8投稿
END2,わたくしの側に居続けてくれた人
ハッピーエンド2(恋愛あり)4話→8/9&8/15投稿
END1,わたくしの声を聞いてくれた人
ハッピーエンド1(恋愛あり)4話→8/15&8/22投稿
END1の投稿が完了した時点で完結といたします!
END1~4については、特定のエンディングを読まなくても問題がないよう執筆しております。
そのため、バッドエンドが“心から”苦手な方は、END4だけ避けてEND1~3をお楽しみください。
現代にも当てはまる問題を含んで執筆しましたが、かなり重たいものになっております。伝えたいものは盛り込んでおりますので、耐性のある方には是非お読みいただきたいです。
END3は、ノーマルエンドではありますが、留置局にてわちゃわちゃしていた時のような、コメディ要素を多く含んだ大団円エンドとなっております。
END2、そしてEND1は……お相手も含め、是非その目でお確かめください!
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是非とも応援宜しくお願いいたします( .ˬ.)"




