35,悪女レニエラの罪は暴かれる
「……閣下。ラウラの口を、少しだけ自由にしていただけませんか」
「分かった。猿轡を外してやれ」
「はっ!」
わたくしが望むと、すぐにラウラの口元から猿轡が外されました。
いつも居丈高に振舞い、わたくしを足蹴にしてきた存在。今でも恐ろしさがないと言えば嘘になります。
けれど、こんなにも体を小さくして震えるラウラは初めて見ました。これまで彼女も、こんなふうに一人で堪え忍んできたのでしょう。
わたくしは、栗色の柔らかい髪を優しく撫でます。
「ラウラ。閣下は、わたくし達の話を聞いてくださる方です。ですから、どうか教えてください。オルドラーク伯爵令息を殺したのは、ラウラなのですか?」
――伯爵家嫡男の殺害。この屋敷の使用人が、そんな大それたことをする理由はありません。
殺害の理由にもよるでしょうけれど、まもなくわたくしが十八歳を迎えるこの時期に、協力者であるミルズや執事が計画を狂わせるような手を打つとは思えません。
何より、わたくしに顔向け出来なくなるような行いを二人はしないでしょう。
ですから、わたくしの中で犯人の可能性があったのは、父、義母、ラウラの三人でした。
その上で、複数回にわたる殴打があったという先程の情報。女の力では一度で仕留められなかったからか、それとも強い恨みがあったからか……。
使用人達が証言した通り、まさに衝動的な犯行だったのだとしたら――義母よりも婚約者であるラウラの方が可能性は高くなるでしょう。
「……どうして、そう思うの?」
ラウラは、わたくしの膝に顔を埋めたまま、掠れた声で聞き返しました。そこでわたくしは、ずっと抱いていた疑問を投げかけます。
「だってラウラは、わたくしのことをオルドラーク伯爵令息から遠ざけていたでしょう?」
すると、クレイゼア様が「あっ!」と声を上げました。
「何かご存知なのですか?」
「あぁ、いや……そういえば、アマン・オルドラークの痕跡が一番多く見付かった部屋の周りから、逆に君の痕跡が見付からなかったので」
「そういうことでしたか。……ある日、ラウラは使用人姿のわたくしに、『お前はこの周辺の掃除をしないで!近寄るのも禁止するわ!』ときつく叱り付けて、他の使用人達に掃除を頼んだのです」
その頃、わたくしは既にラウラの胸の内を知っていました。そしてきっとラウラも、わたくしが使用人のふりをしていることに気付いていたのでしょう。
その時にはもう、書き殴りの紙を見かけなくなってしまいましたから。その代わりのように、インクで塗り潰されてビリビリに破かれている紙は捨てられていましたけれど。
「どうしてわたくしを、あの人に近付けたくなかったのか……わたくしはついぞ分かりませんでした。調べてみても、ラウラと伯爵令息との仲は良好なようでしたから。けれど、何か理由がなければそんなことしないでしょう?」
「確か、ラウラは当主代理にも聞かれていましたね。『あの使用人が何かしたのか?』と。その時は、『アマン様があの使用人を褒めたの!あの使用人、私の婚約者に色目を使ったに違いないわ!だから遠ざけたのよ』と言っていたような……」
ミルズが思い出すように語ったそれに、わたくしはすとんと納得しました。
「もしかして、伯爵令息が使用人姿のわたくしに興味を示したのかしら……?」
「……っ!」
ピクリとラウラの肩が震えました。そして、わたくしの膝から勢いよく体を上げ、こちらを正面から見つめてきました。涙で目を真っ赤にした、痛々しい顔で。
「あの男は!あなたを慰み者にしようと狙っていたのよ!使用人姿の時、レニエラが被っていたかつらの色はダークグレーだった。あの男と……何より、あの男の母親とよく似た髪色だったから!」
「母親と……よく似た髪色だから?」
「あの男はね、極度のマザコンなのよ!」
ラウラの言い放った一言に、わたくしは目を丸くしました。
「え、えぇと……?」
「何度思い出しても気持ち悪いわ……!あの男はね、母親が大好きで、母親みたいな人と結婚したいと私に言ったのよ!婚約者である相手によ!?」
その場がしんと静まり返り、気まずい空気が流れます。
「そもそも、私との婚約が成立するなんておかしいと思わない?まともな貴族令息なら、私との婚約を嫌がるはずなの。いくら評判が良くたって、平民の血が混ざっている私は、今後の足枷でしかないもの」
確かに、血脈を重んじるこの国で、貴族令息――しかも嫡男が望む相手には相応しくないでしょう。王族や高位貴族に近付く道を、自ら断ち切るような婚約ですもの。
「あの男は、色々と理由を付けて家族を納得させたらしいけれど……。私を選んだ理由は、容姿の雰囲気が母親に似ていたからだそうよ。高位貴族になればなるほどはっきりした髪色が多い中で、私の髪は母親と明度が似ているから妥協出来る……なんて意味の分からないことも言っていたわ」
これまでの鬱憤を晴らすかのように、ラウラは吐き捨てました。
「……家族ぐるみで親しくしていたんじゃないのか」
「冗談じゃないわ!親しく見えるように振舞っていただけよ!あの男は、『婚約者が二人きりだと緊張するらしいから』とか言って、私をダシに母親と出かけたかっただけだもの」
「まさか、よく三人で出かけていたっていうのは……」
「私はあの男に利用されていただけよ。そもそも、婚約している成人した令息令嬢との外出に、常に母親が来るなんて普通に考えておかしいでしょう!?」
閣下は無言で眉間を押さえ、クレイゼア様は「うわぁ……」と引いた声を上げました。ミルズも困惑したように「そんな人だったのですか……?」と呟きます。
「まだそんな本性を知らない頃、あの男があなたを最初に見かけた時、不自然なほどしつこく聞いてきたの。『あの使用人の名前は?』って。この男は危ないってすぐに感じたわ。二度とレニエラを近付けちゃいけないって……」
「だから、わたくしを遠ざけたのですね」
「そうよ。あの男には、『仕事で失敗したから来客室の掃除から外されたの』って説明して。極力一人で彷徨かせないように、屋敷の入口から決まった来客室にしか通さないようにしたの」
ふるふると体を震わせるラウラを、わたくしはもう一度引き寄せて抱きしめました。わたくしは、ずっとこうして守られていたのですね。
自分が犯人だとミルズに共有しなかったのは、ミルズを巻き込まないため。知っていて黙っているのと、本当に知らないのでは、全く違うからでしょう。犯人隠避にあたらないように、ミルズにまで飛び火しないように。
――父と義母を道連れに、ラウラだけが罪に問われるように。
「ただでさえ、今の自分はラウラなのか、レニエラなのか、どんな私でいなくちゃいけないのか……ずっと神経を尖らせ続けて頭がおかしくなりそうだったのに、あの男まで気にかけなくちゃいけなくなったの!」
「ラウラ……」
「でも、あなたが十八歳になれば当主の座に就くだろうって思っていたから、それまで全部隠し通すつもりだった。それなのに!あの男は気付いてしまったの!あの使用人がレニエラだって!噂がでっち上げで、この家がおかしいことに!!」
ラウラは栗色の髪を振り乱し、大粒の涙をこぼします。
そんな事態は、容易に想像出来たはずです。不用意に外の人間を屋敷に招けば、この家の異様さに気付くかもしれないことなんて。
それなのに父は、ラウラをオルドラーク伯爵令息と婚約させてしまったのです。ただ強欲に、伯爵家の安泰を考えて。……ラウラ自身の幸福など、二の次に。
婚約を機に互いの家を行き来するようになり、オルドラーク伯爵令息を屋敷に招き入れることになった結果、気付かれてしまったのでしょう。
「あの男は、この間の王宮でのパーティーで壁の花になっていたレニエラと、あの使用人の背丈や体格がまるで同じだと気付いたんですって」
「レニエラとしても使用人としても、一切近付いていなかったのに……?」
「私の知らないところであなたを探して、遠目に見ていたんじゃないかしら。それで、あの日言われたのよ。『あの使用人を呼んでよ。髪を少し引っ張らせてもらうだけだから』って」
「……でも、わたくしを呼べなかったのですね」
本来、婚約者に望まれれば、使用人を呼ぶくらい訳もありません。ですが、呼べるはずがないのです。そんなことをされてしまえば、この家は終わりですから。
「笑っていたの……あの男は。その上、『黙っていてあげるから、あの女を婚約者にすげ替えてよ。弟が当主になるならかまわないよね?』なんて言ったのよ!」
「どうして?母親と同じ髪色ではないと分かったなら、わたくしに価値なんて……」
「レニエラの扱いを見たからよ!この家があなたに何をしているか、あなたがどんな目に遭っているか知りながら、あなたを娶りたいと言ったの!ミルズが実の弟じゃないことまでは知らないから、『姉を婚約者にしたって問題ないだろう?』って。言いなりにして、母親と同じ服を着せたいだなんて気色悪いことを言って!この家から出てもなお、あなたを人形のようにするつもりだったのよ、あの男はっ!!」
ラウラの悲痛な叫びから伝わってくる、知らない間に向けられていた気味の悪い感情に、寒気がしました。
「『あの手の女は、少し優しくしてやれば簡単に言うことを聞きそうだし、母様にも素直に従ってくれそうだからね』だなんて!……許せなかった!私達が、どんな気持ちで生きてきたか!どれだけ他人に苦しめられてきたか!それなのに……それなのにっ!!」
ラウラは激情のあまり、わたくしの腕の中からずり落ち、床に倒れ込みそうになりました。咄嗟に体を抱き留めると、ラウラはわたくしの肩に頭を強く擦り付けながら喚きました。
「あの男がお義父様にこの話を持ちかければ、お義父様は絶対に承諾してしまう!家のことを周りに知られるわけにはいかないもの!もしかしたら、二人の間で更に醜悪な契約が交わされてしまうかもしれない!」
「ラウラ……」
「そうなってしまったら、レニエラが、私の義妹が……手の届かないところに追いやられてしまう!救えなくなってしまう!もう限界だったの!それならいっそ、さっさと暴かれてしまえばいいって……せめて二人が救われるように、もう終わらせてしまえと思ってしまったの!!」
わたくしは、震えるラウラの体を強く抱きしめて、荒れ狂う思いの丈を必死で受け止めます。ラウラがその手を汚した理由が、他でもない、わたくしを守るためだったのですから。
「ごめんなさい、ラウラ。ラウラ……っ」
「ふっ……ううっ、ああああああああああっ!」
全てを明かしたラウラは、憑き物が取れたように大人しく担当官に従っていました。
また、ミルズも関係者として連行されることになりました。扱いはわたくしと同じ、関係者という位置付けのようですから、酷い扱いは受けないはずです。
父や義母は、「私は殺人犯じゃないだろう!」「そうよ!ラウラがやったと認めたじゃない!」と最後まで暴れていましたけれど。
最後まで罪を認めない姿に、わたくしは閣下へ進言しました。
「閣下、あの二人については気の済むまでお調べください。どれだけ厳しい取り調べをしていただいてもかまいません。……それだけのことを、彼らはしてきましたから」
「勿論だ」
「あと……」
わたくしが隣のミルズを見ながら言葉を濁すと、閣下はわたくしの頭にぽんと手を乗せました。驚きのあまり、勢いよく顔を上げてしまいます。
「分かっている。ラウラ・プラーシル、ミルズ・プラーシルについてはこちらで対処しよう。ラウラ・プラーシルには、殺人を犯した罰は与えねばならんが……情状酌量の余地は十分ある。君達の集めた証拠も精査すれば、あくまで二人は伯爵位簒奪のために利用されていた側として報告出来るだろう。幼い頃から逃れようもない立場にありながら、こうして全てを明らかにするため奮闘していたのだと」
わたくしはその返答にホッと胸を撫で下ろします。ミルズも安心したように表情を和らげました。
閣下が対応してくださるのであれば、きっとミルズはお咎めなしになるでしょう。ラウラも死刑ではなく、修道院行きになるはずです。
「どうぞ宜しくお願いいたします」
「あぁ。…………レニエラ嬢」
深々と頭を下げたわたくしに、声がかかりました。顔を上げて首を傾げると、もう日が陰ってきたせいか、世界は橙に染まっています。
その中で、アイスブルーの目元が労わるように弧を描き――
「これまでよく堪えてきたな」
「あ……」
閣下の一言に、やっと実感が湧いてきました。
わたくしはもう、家族に虐げられることはないのでしょう。
ミルズに苦しい思いをさせることも、ラウラに望まない行いをさせることも、セバスに我慢を強いることもない――そんな当たり前の幸せが、きっと訪れるはず……。
「あっ……あり、ありがとう……ございます。ありがとうございます、閣下……っ」
「……そういえば、君が涙を見せるのは初めてだな。ずっと、辛い日々だったろうに……」
「義姉様……っ!」
わたくしは閣下に目元をハンカチで拭われ、自分が泣いているのだと気付きました。そしてミルズに抱きしめられると、もう涙が溢れて止まりません。
「二人……いや、三人とも、よく頑張ったな」
温かすぎる景色と声に、夢ではないかと錯覚してしまいそうです。けれど、わたくしの涙を拭う手が、わたくしを掴む腕が、これは現実だと教えてくれます。
――やっと、やっと終わったのね。
こうして、長年にわたり作り上げられてきた、悪女レニエラの罪は暴かれたのでした。
お読みくださり、ありがとうございます。
明かされた真相はいかがでしたか?
今回は、ラウラについて、そして姉弟三人についてのちょっとした小話を。
※以下、ネタバレを含むので、自身で発見したい方はスキップしてください。
▶34・35話を経て見えてくる、姉弟三人とレニエラの罪について
①これまでラウラが登場した場面についてですが、ラウラはインツやローレの言葉や態度を見てから言動をすることがほとんどでした。
インツに背中を押されたから動いたり、ローレの怒りがレニエラに向かいそうだから自分が叩いたりと、家族に好かれるように、レニエラに嫌われるように演じながら、レニエラとミルズを守り続けてきました。
そんな彼女が自ら行動を起こす時は、周囲に違和感を抱かせるためであったり、インツやローレ、そして自分自身の罪を暴かせるためであったりしました。
②それぞれの呼び方にも意味があります。
レニエラはインツとローレのことを父、義母と呼びますが、ミルズやラウラのことは、ミルズ、ラウラと呼んでいます。ラウラを義姉と呼ぶことは出来ても、ミルズを義弟と言うわけにはいかなかったという事情もありますが、家族という役割ではなく、個人としてミルズとラウラを大切に思っていたからこそ、二人のことは名前で呼んでいます。
ミルズにとって、信じられる唯一の存在は本当の家族ではなくレニエラだけでした。そのため、レニエラのことを義姉様と呼び、ラウラをラウラと呼んでいます。ラウラのことを誤解したままだったミルズは、ラウラを姉と認めたくなかったからです。
ラウラは、インツやローレの前でレニエラのことを「あんた」と呼ぶこともありましたが、心の吐露である書き殴りでは「あの子」と書き、前々から大切に想っていたことが分かります。ミルズに対しては最初からミルズと呼んでいましたが、真実が暴かれ始めた時からはレニエラのことも名前で呼んでいます。きっと心の中では、レニエラのこともずっと名前で呼び続けていたのでしょう。
③面会の場面では、レニエラとラウラの本心を密かに表していました。
1,11話のレニエラの台詞
「全くもって分かりませんわね。お父様はラウラのことを、婚約者を失ってすぐ他の男に靡く子だとおっしゃりたいのですか?」
→インツに向けた言葉ですが、レニエラがラウラを大切に思っていると知った今では、受ける印象が変わると思います。
2,11話のレニエラの心の呟き
あの子達は、二人から愛されていますものね。甘やかされ、許されて。……それは、はたして幸せなのでしょうか。
→こちらも印象が変わると思います。
3,12話のラウラの台詞
「きちんと罪を明かして、戻ってきてと伝えてくれる?」
→「罪を認めて」ではなく、「罪を明かして、戻ってきて」というところがラウラの本心でした。その先で自分の身がどうなったとしても……。
④ レニエラの罪は、本人も認めている通りです。
伯爵家の次期当主として、情ではなく家を守るための非情な選択をするべきだったこと。そして、国に対して偽り続けてきたことでしょう。
幼くとも罪は罪と考えるのか。それとも、その年齢や境遇を踏まえて救われるべきだと考えるのか。
その答えは、読み手の皆様に委ねさせていただきます。
こちらはあくまで一部ですので、気になった方は是非もう一度読み返してみてください!
次回、ついに本編最終話です!




