34,似た立場だった、もう一人
ガシャンと、背後で鎖のぶつかる音が響きました。振り返ると、ラウラが何かを否定するように抵抗しています。わたくしを憎み、嫌っている目をして。
何度もその表情に騙されてきたからこそ、わたくしは顔を伏せ、首を左右に振ります。
「ラウラ。わたくしが使用人のふりをして働いていたことを、いつからご存知でしたか?その上で、部屋で捨てたものに心当たりはありませんか?」
「……?」
どうやらラウラは分からないようで、訝しげに眉を寄せました。わたくしは再び皆様の方へ視線を戻します。
「閣下。わたくしもミルズのように取ってきたいものがあるのですけれど、アウレアさんと一緒なら離席してもかまいませんか?」
「いや、俺が行こう」
アウレアさんではなく、閣下が立ち上がりました。閣下自らご同行くださるのですか……?
「あの……また屋根裏部屋へ行かなければいけないのですが、宜しいのですか?」
「かまわん。行くぞ」
そう言って、閣下はずんずん扉へ向かっていきます。ちょっと!歩幅がまったく違うのですけれど!?と、わたくしも急いで足を動かします。
「……ふっ。無理して早く歩かなくていい。開けておいてやろうと思っただけだ」
「え?……あ、あぁ、そういうことでしたの?」
足早だったのは、どうやら扉を開いてくださるためだったようです。そんな紳士的な対応に慣れていませんから、置いていかれると思って焦ってしまいましたわ。
屋根裏部屋へ向かう中、わたくしは閣下の背中を見つめていました。こうして使用人しか立ち入らない三階に、わざわざ踏み入ってくださったのだと噛み締めながら。
……不思議ね。あの部屋に向かう道に、閣下がいらっしゃるなんて。この方がいれば、何も怖くない気がするのですもの。
だってあんな家族より、閣下の方がきっと強くて怖いでしょう?……実際にそんな姿を見たことはありませんけれどね。
物置部屋に到着して梯子を下ろし、先に閣下に上ってもらいます。……だってわたくし、ワンピースなんですもの。
閣下が上り終えたのを確認して、わたくしも梯子に手をかけます。一度、ふぅ……と息を吐き、覚悟を決めて上ります。
そうして、屋根裏部屋へ到着したところで……
「きゃ……っ!?」
思わず情けない声が漏れてしまいました。まさか、そんな……っ!いえ、こればかりはわたくしの不注意ですけれど!でもっ!
「どうした!何かあったのか!?」
「あっ!?見ないで!見ないでくださいませ、閣下っ!」
咄嗟に、わたくしは閣下の目を手で覆います。
だって……洗濯ロープに下着を引っかけたままなんですもの!そんなこと、すっかり失念しておりましたわ!
わたくしの下着など、ラウラが持っているような可愛らしいものではない、ただの布切れにすぎません。分かっています。分かっていますけれど……。
だからって、恥ずかしくないわけではありませんもの!
「……すまない」
閣下は短く告げ、すぐに明後日の方向へ顔を向けてくださいました。あぁっ、その気遣いが有難いのに居た堪れません……っ!
「そのまま、そちらを向いていてくださいませっ」
わたくしは急いで下着を丸め込み、チェストへ押し込みました。こんなことをしに来たのではありませんのにっ!
「……閣下、ここで見たものを忘れてください」
「無茶を言うな。君が自ら、“わたくしの部屋”を見付けろと言ったんだぞ?」
「それはそうですが……!」
「多くの痕跡が残っているだろうこの場所は、間違いなく捜査対象になる。悪いが、部屋にあるものは持ち出し厳禁だぞ」
「くぅっ……」
なんということでしょう。ただでさえこの部屋を生き恥のように感じているというのに、更に恥が増えてしまうというの……?
「ほら、必要なものはどれなんだ?」
「あ、ええと……」
閣下に促され、わたくしは肩を落としながら、藁で出来た見窄らしいベッドに目を向けました。所々に血の滲んだシーツを剥がし、中央の藁の一部を、切れ目に沿ってごっそりと抜き取ります。
「そんな細工をしていたのか」
「藁だと切れ目が分かりづらいでしょう?あの人達は、こんなところまで探さないでしょうから」
箱状に固めた藁を、今度は縦に入れた切れ目に沿って割ります。すると、中から藁で包まれたブリキ缶が現れました。
「それか?」
「えぇ。……閣下、先にご覧になりませんか?これらをラウラが書いたものだと仮定して」
蓋を開けると、中にはシワだらけの紙が何重にも重なって入っています。
ブリキ缶ごと渡すと、閣下はその一番上の文字を見て、言葉を詰まらせたようでした。
――あなた達のお義姉ちゃんに、なりたかった。
そこにあるのは、ただの紙切れ。彼女の人格を示すには頼りなく、これが真実かも定かではありません。
ですが、閣下が紙を捲るたび、眉間に刻まれていく皺を見て、きっと同じような気持ちを抱いてくださっているのだと感じました。
――私がやらなくちゃ。
じゃないと、お義父様やお母様がレニエラを叩くから。私の方が加減をしてあげられる。その方が、きっと痛くないはずだから。
私がやらなくちゃ。私がやらなくちゃいけないのよ。
――お茶会に行って、レニエラを悪く言う。お母様に言われた通りに。
みんな話を信じて、悪い噂が広まっていく。どうして誰も疑わないの?どうして簡単にあの子を悪く言うの?
あなた達に、私達の何が分かるって言うのよ。
――気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。レニエラのふりをさせられて、夜会に行って、男に媚びて。
こうすれば、あの子が穢れていくの?でも、実際に穢れていくのは私なのに?……ねぇ。私って、何なの?
閣下は蓋を閉め、瞼もきつく閉じました。
わたくしも、最初は信じられませんでした。
だって、長年ラウラには、ゴミ同然のように忌み嫌われているのだとばかり思っていましたから。わたくしのふりをしているのも、本人が望んで楽しんでいるものとばかり……。
ミルズが謝りに来てくれて、わたくし達は密かに親しくなりました。けれど、ラウラと分かり合えることなどないと、そう決め付けていたのです。
――彼女だって、ミルズと似た立場に違いありませんのに。
父や義母の望む通りの娘でいなければ。わたくしを貶め、ミルズを当主に導く手助けが出来なければ。彼女もまた危険に曝されることなど、容易に想像が出来たはずですのにね……。
「……これは関係者全員に示す必要があるだろう。この缶だけは証拠品として俺が持ち出そう」
「宜しくお願いいたしますわ」
「戻るぞ」
手紙でもなく、日記でもない。この紙は、ラウラの部屋のゴミ箱に、書き殴った残骸として捨てられていました。
普通の使用人なら、ゴミ袋に入れて焼却するだけ。
けれど、これを見付けた頃には既に、わたくしは使用人のふりをしていました。
そして、ラウラの部屋の清掃をしていた時のこと。ゴミ箱に入らず転がっていた、丸められた紙くずを見付けて彼女の叫びを知ったのです。
どんな気持ちで、わたくしを叩いていたのか。
どんな気持ちで、悪評を流していたのか。
どんな気持ちで、享楽的な夜会へ赴いていたのか。
そこで、ラウラの振るう暴力に込められていた想いは、わたくしへの嫌悪感ではなく、守ろうとしてのものだったのでは?と……。
あの日の衝撃は今でも忘れられません。――これまで見てきた、彼女の全てが反転したのですから。
来客室に戻ると、閣下はまずミルズに、そして他の全員に、ブリキ缶の中身を見せました。
ミルズは信じられないような顔で紙を握り、わなわなと身体を震わせました。他の方々も、何も言えないようでした。
「ラウラが、義姉様を叩いていたのは……」
「大人二人から叩かれるより、子供の力の方が痛くないだろうと……ラウラが率先して叩けば、二人は手を上げず笑っているだけで終わるからと、そう考えたのでしょうね」
わたくしは閣下に許可をとって、ブリキ缶を手に、ラウラの側に行きました。変わらずその瞳は、憎しみに染まっているように見えます。
けれどもし……ずっと、もうずっと昔から、わたくしを嫌っている演技をしていたのだとしたら。
「ラウラ」
わたくしは屈み、ブリキ缶の中をラウラに見せます。そこで初めて、彼女の瞳が憎悪ではない色に変わり、驚愕と否定で揺れました。
ラウラは違うと言いたいのか、猿轡のせいで声にならない嗚咽を漏らしながら暴れ始めました。その体に手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめます。
「もう、いいのです。わたくし達を守るために、犠牲になろうとしないで。お願いよ、ラウラ」
ラウラが身を捩り、彼女を縛る鎖がわたくしの腕にも当たるたびに痛みを感じました。けれどわたくしより、拘束されているラウラの方がもっと痛いはずです。
離すまいと必死に抱きしめていると、暴れていた体が次第に落ち着き、今度は小さく震え出しました。ラウラの顔を受け止めている肩が、じんわりと温かく濡れていきます。
わたくしは、優しく背中を撫でながら噛みしめます。この背中に背負わせてしまった、覚悟と罪を。
「遅くなってしまって、ごめんなさい。この家のせいでずっと無理をさせてしまって、ごめんなさい。ごめんなさい、ラウラ……っ」
わたくしの告げた思いに、ラウラはついに泣き崩れてしまいました。
わたくしの膝で、縋るように涙をこぼすラウラ。ずっとずっと恐ろしかった。残忍で狡猾で、わたくしを憎み嫌い蔑んでいると思っていた――そんな、二つ年上のラウラは、わたくしが苦しんでいたのと同じ期間、ずっとずっと一人で堪えていたのでしょう。
わたくしとミルズを守るために。
自ら選んで加害者になったラウラは、決してその役割を望んでいたわけではなかったのです。
――誰でもいい。死ぬのは私だけでいいの。どうかあの子達だけは、こんな世界から救ってあげて。
お読みくださり、ありがとうございます。
今週は、レニエラとミルズ、そしてトマーシュの見せ場がありましたが、いかがでしたか?
屋根裏部屋でのレニエラとルドヴィークの可愛らしい絡みも描きつつ、明かされたのは……ラウラの心の叫びでした。レニエラは何を知り、また、ラウラも何を思っていたのか。
生きる道を強いられ、声を上げることの出来なかった少年少女達。
そうして生まれた悪女レニエラ・プラーシル。
本編残り2話で完結し、事件の真相が明らかになります。
そして、4つの分岐エンドに移ります。
来週もお楽しみに。




