33,偽りを崩す策士
「プラーシル家の抱えてきた闇については、じっくり時間をかけ、捜査する必要がありそうだな。……それこそ、尋問や拷問でもして」
「そうですねぇ。鞭がどれだけ痛いものか……本職の我々が、その身に教え込んで差し上げねば」
閣下は苛立たしげに、クレイゼア様は真っ黒な笑みを浮かべて、それはそれは物騒なことをおっしゃいました。そこへ、部長が「ですが、その前に」と切り込んできました。
「一番はっきりさせなければならないことがあるでしょう。アマン・オルドラーク殺害の犯人は……一体誰なのですか?」
一連のきっかけとなった、伯爵令息の殺害事件について。全員の視線が集まる中、わたくしとミルズは顔を見合わせ……
「知りませんわ」「分かりません」
と返しました。あら、皆様ぽかんとしていますわね。
「…………いや、だめじゃん!二人とも犯人を知らないんですか!?」
少し間を開けてから、勢いよくつっこむクレイゼア様。いえ、そんなことを言われましても……。
「わたくしは屋根裏部屋におりましたし……」
「私も、セバスと勉強していましたから」
「あぁ……そうか。でもまさか、君まで聞かされていないなんて……」
クレイゼア様の視線の先はミルズでした。確かに、この子にも共有されていないのは不思議ですわよね。
犯人の目星は、わたくしだけでなくミルズにも付いているはずです。けれど、何故殺したのかの理由までは分かりませんもの。
ただ、ミルズにも知らされていない理由は……わたくしにはなんとなく分かるのですが。
「ですがそうすると、レニエラ・プラーシルの無実を証明出来ないのでは……」
「いや、それは問題ない。トマーシュ」
「はっ」
閣下に声をかけられたクレイゼア様が、得意気な表情で返事をしました。
「レニエラ・プラーシルは事件当時、屋敷に警騎士が来ると騒がしくなり始めた頃、使用人達によって見張られていたそうなんですよ」
「使用人達曰く、彼女が犯人なのですから当然でしょうね」
「はい。だから私も、彼女を見張っていたという使用人達に確認したのですよ。どのように見張っていたのかを」
部長は、それがなにか?と言いたげな顔で眉を寄せています。わたくしやミルズも分からず、首を傾げます。
「俺達は最初から、レニエラ嬢が犯人ではない線を追っていた。警士からの報告を見て、真っ先に違和感を覚えたのは――君の着ていたドレスだ」
「……ドレス?」
ドレスとは、わたくしが連行される時に着せられた、派手に見せるためのあのドレスのことでしょうか……?
「あぁ。そこで、トマーシュの出番だ。こいつは話を引き出すのが得意でな。使用人達に何と聞き、何と答えたのか説明してやれ」
「えぇ、勿論です!では、まず私はこう尋ねたんです。『あなた達は、レニエラ・プラーシルが犯行に及んだ現場を目撃し、一人は当主代理であるインツ殿を呼びに、他の人達は彼女を監視していたのですね?』と」
クレイゼア様は意気揚々と語り始めました。何ら違和感のない質問に、わたくしは頷きます。
「当然、使用人達は揃って首を縦に振りますよね?さぞ恐ろしかったでしょう……と同情を示しながら、『犯行直後のレニエラ・プラーシルはどのような様子でしたか?』と問いかけたんです。すると、揃って『割れた花瓶を手にしたまま暴れておいででした』『衝動的な行いをしてしまって、気持ちが昂っていらしたのだと思います』と証言しました」
少し芝居がかった説明に、再び頷きます。使用人達は話す内容を叩き込まれているでしょうから、そのように証言するのも納得です。
「そこで、次にこう聞いたんです。『殺人犯を見張るなんて、さぞ怖かったでしょう。立派なことです。彼女の犯行を目撃しても誰も逃げず、ずっと彼女から目を離さなかったのですか?』って。そうしたら……何と返ってきたと思います?」
にぃと目を細めたクレイゼア様は、まるで獲物を狙う猛禽類のように見えました。
閣下の補佐官を務める方ですもの。有能な方なのでしょうとは思っていましたけれど……普段があんな態度ですから。まさかこんなふうに、背筋がぞくりとするような恐ろしさを感じるなんて。
これまで多くの恐怖を味わってきましたけれど、クレイゼア様のそれは種類が違います。人好きのする笑みの裏――そこに潜む巧みな言葉の罠に、誰もがまんまと引っかかってしまうのでしょう。
ミルズもごくりと息を呑んだようで、クレイゼア様は満足そうに答えを明かします。
「使用人達は嬉しそうに『そうなんです』『恐ろしかったです』と言ったあと、『離しなさいと暴れるお嬢様をあの部屋に連れ戻して、何もさせないよう私達で監視していました』と、そう話してくれましたよ」
嬉しそうに笑うクレイゼア様ですが、結局それが何なのか分かりませんでした。しかし、部長はハッとした様子で、わたくしに顔を向けました。
「……あなたは、使用人達によって屋根裏部屋から連れ出され、警士が到着するまでに身支度をさせられていた。それが真実なのですよね?」
「えぇ、そうですわね」
「ですが、使用人達の証言によると、“犯行後のレニエラ・プラーシルを常に監視していた”――それなら、ドレスには血が飛び散っているはずですよね?アマン・オルドラークには、何度も花瓶で殴り付けられた痕跡があったのですから」
「「!」」
わたくし達は、そこで初めて現場がどうであったのかを知りました。
今の話からすると、犯人は何度もアマン・オルドラークを花瓶で殴ったのでしょう。
――その周囲に、血が飛び散るほどに。
「そうですよね。レニエラ・プラーシルのドレスは、留置局到着後すぐに回収して、国立鑑定研究局の分析部に渡しています。そして、ドレスからはアマン・オルドラークの血液は確認されませんでした。当然ですが、花瓶のガラス片もね」
「現場の状況を読む限り、相当な出血量だったと報告を受けている。だが、犯行後に着替えさせたとは書かれていなかった。それに、犯行後のドレスのままならレニエラ嬢から血の臭いがしたはずだが……感じたのはきつい香水の臭いだけだった」
閣下の言葉に、思わず目を見開きました。
まさかこの方は、最初からわたくしが犯行をしていないと思っていらしたの?誰もがわたくしが犯人だと言う中で……。
「連行された時の、あの僅かな時間で……?」
「あぁ。俺達は血の臭いには敏感だからな。香水で気付けなかった可能性も考えたが、分析部から報告を受けてみれば、思った通りだった。だから、再度確認させることにしたんだ。どうやって監視していたのかを」
「閣下の直感は鋭いんでね。私は信じられなかったんですけれど。なにせ君の噂や悪評が多すぎましたから。先日は、トールが犯行現場を知っている発言をしたでしょう?」
ミルズは暫く考えてから、「あっ」と声を上げました。花瓶で殴ったと……確かに言っていましたね。
「だから、レニエラ嬢自身が殺害していないまでも、殺害の幇助をしたか、誰かの身代わりになるために黙秘を貫いているのかを疑っていたんだ」
「なるほど……」
「それにしては使用人達の証言と食い違っているから、意味が分からなかったが」
わたくしが話さなかったせいで、そちらの方に疑われていたのですね。
「だから私を尾行したんですか?」
そこでミルズからぽろりとこぼされた新事実に、わたくしは「えっ!?」と声を上げてしまいました。尾行されたなど初耳ですもの。
問い詰めるようにミルズを見てみれば、しまったといった様子で慌てています。
「担当官の尾行に気付いたのか?」
「いいえ、気付いていませんでした。店から出る時、建物の影に警騎士の制服が見えたので……尾けられていたのかもって。あの時はかなり焦りましたね」
話が全く分からず、わたくしはじっとりとミルズを見つめます。すると閣下が、「実はな」とその時のことを教えてくださいました。
そんなの、辛うじて悟られなかっただけじゃないの!まったく、恐ろしいわ……。
わたくしが話を聞き終えると、今度はミルズが種明かしを始めました。
「あの店は入口に手洗い場があるでしょう?留置局へ向かう前、男性用の手洗い場の用具入れに、着替えを詰め込んだバッグを隠しておいたんです。清掃の時間も把握しているので、基本的にその時間以外は、用具入れは開かれませんから」
「……あとは個室で着替えて、髪色や背丈を変えたのか。さっき、君自身が言っていたように」
「はい。かつらを付けても、臙脂色の髪は別の意味で目を引くでしょう?ですから、誤魔化すために帽子を被って、シークレットブーツを脱いで。遊び人の格好からきっちりした令息らしい服装に変えれば、がらりと雰囲気が変わるでしょう?」
「そこまでされれば、注意深く見ていても中々気付けないだろうな。警騎士に一杯食わせるなど、そうそう出来ることじゃないぞ」
閣下は肩を竦めて苦笑を漏らしました。ミルズは何故か誇らしげで嬉しそうです。あなた、そんな犯罪者のような行動を褒められて喜んではいけませんわよ……。
「まぁ、結局はどちらも犯人ではなかったようだがな」
「というわけで、使用人の証言に信用性がないことが証明されました。犯行の目撃についてもね」
「犯行現場の痕跡を更に捜査すれば、自ずと犯人は分かるだろう。それに、伯爵位簒奪を目論んでいた容疑のある者達だ。それだけで十分連行するに値する」
「詳しくは局で聞かせてもらえばいいですから。それじゃあ連れていきましょうか」
クレイゼア様が警騎士や担当官に目を配ったところで、わたくしはすかさず立ち上がりました。
――きっと、今を逃せば取り返しが付かないでしょうから。
隣でミルズが「義姉様?」と声をかけてきましたが、静かにある方向へ足を向けました。
忌々しそうにわたくしを睨む二人。そのうちの一人に、わたくしは声をかけます。
「もうやめましょう、ラウラ。……いえ、ラウラお義姉様」
「!?」
その瞬間、どよめきが起こりました。わたくしの言葉に閣下も驚かれていることでしょう。それに何より――
「ね、義姉様、どうしてですか!?その女はずっと、義姉様に暴力を振るって、義姉様の人生を壊してきた一人なんですよ!?」
えぇ。ミルズが怒るのは目に見えていました。
……だから言えなかったのです。わたくしだけが知る、もう一つの真実を。
「……ねぇ、ミルズ。あなたは昔、わたくしにこう言ったでしょう?『僕は、一体誰なのですか……?』と」
「そ、そうですが……、それがどうしたのですか?」
「なら、あなたに問うわ。“ラウラ”という人間は、どの姿が本物なのかしら?」
「え?…………えっ?」
ミルズの虚を突かれたような声に、わたくしは眉を下げ、振り返りながら告げます。
「彼らに従順で、わたくしに暴力的な振舞いをしている時?閣下やご令息に媚びている時?わたくしの悪評を広めるために、社交の場で悲劇のヒロインを演じている時?わたくしに成りすまして、夜会で派手に遊び歩いている時?」
わたくしの問いかけに、ミルズだけでなく全員が驚愕の表情でこちらを見つめています。
「――ねぇ、誰か知っていて?」
この、ラウラという一人の令嬢の、本当の姿を。




