32,悪女の噂を逆手に取って
「ミルズ、落ち着いて。閣下もいらっしゃるのだから、ここで全て見てもらいましょう。任せていたものを取ってきてくれる?」
「……分かりました」
少し落ち着かせるために離席を促すと、ミルズはゆっくりと立ち上がりました。
「証拠品ですか?私が同行しても?」
「あ……、はい」
クレイゼア様の申し出に、ミルズは一歩引きました。どうやらクレイゼア様に苦手意識を抱いてしまったようです。ミルズの気持ちは分かるわ……と少し頷いてしまいます。
二人が来客室から出ていくのを見送って、わたくしは過去の続きを語り始めました。
彼らの散財は目に余るものでした。控えてほしいと訴えかけても、罵倒や暴力が返ってくるだけ。このままでは伯爵家の財政が火の車になるのは明らかでした。
領民達の生活は出来る限り守りたい――そう考えてわたくしが選んだのは、使用人の解雇。
長年伯爵家に仕えてくれていた者達は、母が亡くなる前に追い出されていますから、執事以外は残っていません。
当時残された新人達と、その後増員された使用人達は、あの家族に諂うだけで碌に仕事をしない者達ばかり。
てきぱき働けばこんなにも人数は必要ないだろうと、給金の支出を削るべく解雇することにしたのです。
そうして減った人手の穴埋めは、わたくし自身が行うことにしました。人員が減ったところで、どうせ彼らの仕事ぶりは変わらないでしょうと、そう踏んで。
みすぼらしく断髪された髪と母譲りの瞳を隠すため、セバスに用意させたダークグレーのかつらを目深に被って、悟られないよう使用人の服に身を包みました。
「だから屋根裏にお仕着せがあったのか」
「……悪女と言われてきたレニエラ・プラーシルが、家族から虐待を受け、使用人の真似事をさせられていたなんて。そう訴えても、誰も信じてくれないでしょうね」
「えぇ。ですから、『わたくしが発する言葉に意味はないのです』とお伝えしていたでしょう?自分の目で確かめてもらうしかないのだと、知っていましたから」
「レニエラ嬢……」
当主業務をこなしながら、何でもやりました。最初は上手く出来なかった掃除や洗濯も、そのうち誰よりも早く出来るようになったんですのよ。
そうすると、知らない間に増えた一人の使用人が仕事をしてくれるからと、他の者達がこれまで以上に働かなくなったのです。
そんな人達を見付けては、一人、また一人と解雇していきました。
みるみる減っていく使用人の数に、残された者達は焦り始めたようでした。自分達もクビにされるのではと、簡単な仕事を数人がかりで分担するようになり、その上で義母やラウラに泣き付いたのです。
身支度を整えてくれる者達まで辞めさせられては困りますからね。あの時は、義母からかなり反発されましたわ。
「ですが、これ以上ドレスやアクセサリーの出費を続ければ、伯爵家が取り潰しになるのですよ?仕事をしない使用人のために、出費を抑えてくださいますか……?」
そう問いかければ黙りましたけれど。何とかしろという要望に応えた結果、こうなっているのですから。
以降、二人は使用人達にきちんと仕事をするよう言い聞かせ、自分達の出費もある程度管理するようになったようですわ。……それでも、なんとかギリギリの生活でしたけれど。
「君は屋根裏部屋に閉じ込められながらも、伯爵家の資金繰りや人件費まで気にかけていたのか」
「……伯爵家の名を、これ以上汚すわけにはいきませんでしたから」
わたくしは疲れたように笑うしかありません。
領民達は何も知らず、わたくしを“噂の悪女”と思っていることでしょう。けれど、彼らに非があるわけではありませんもの。
「資料には、インツ殿は倹約家という評判が記載されていたが……その実態は?」
「あの人達の何処が倹約家なものですか。閣下が最初に案内された部屋には、真っ赤なベッドが置いてありませんでしたか?」
「……!そうだが?」
「あそこは、わたくしを悪女として知らしめるための部屋でもあり、二人のドレスやアクセサリーを保管する部屋でもあるのです。隣室は、父の洋服や絵画のコレクション部屋ですわ。父の洋服だけは自分の名で仕立てているでしょうけれど、それ以外は全てわたくしの散財として処理しているのでしょう」
閣下も部長も頭を抱えてしまわれました。ここまで噂と実態が乖離している家は、あまりないのでしょうか?……いえ、そうあっても困りますわよね。
そのため、わたくしに昼夜など関係ありませんでした。事務仕事に肉体労働……毎日疲労困憊で、意識を失うように眠りについていましたから。
そこでようやく、事件当日、わたくしがどのように来客室へ連れられたかを説明しました。
使用人達によって、屋根裏部屋から無理やり引きずり出され、浴室に入れられて磨き上げられ、ドレスを着せられ化粧を施されたことを。あの屋根裏部屋が暴かれなければ、誰も信じなかったであろう事実を。
「義姉様、戻りました」
「おかえりなさい、ミルズ。まぁ、クレイゼア様も手伝ってくださったのですか?」
「量が量でしたからね」
二人は両手に紙袋を持っています。まさかミルズが裏切るとは思わないでしょうから、集めてきた証拠品や資料は彼の部屋に隠してもらっていました。念のため床下に、ですけれど。そんな量になっていたのですね。
隣に戻ってきたミルズは、中央の机に紙袋の中身を取り出しました。それを見て、閣下は嫌なものを見るように目を細めます。
「また、かつらか……?」
「はい。ですがこれは、義姉様の髪ではなく、義姉様のお母様――前当主の髪で作られています」
「なっ!?」
ぎょっとする全員の表情を見て、わたくしは静かに頷きました。すかさずクレイゼア様がミルズに問いかけます。
「ちょっと待ってください。先に確認したいのですが、切り取った人毛を、どうやってそれほど綺麗な状態で保っているのですか?」
「母の元嫁ぎ先である商家が、品質保持の魔導具を所有しているんです」
「魔導具持ちの家なのか……!」
「はい。品質保持の魔導具なんて、商家でなくとも喉から手が出るほどほしい代物でしょう。代々受け継ぎながら秘匿していたみたいです。私の母は、悪巧みだけは得意ですから、そんなものを知ればすぐ利用しようと考えたでしょうね」
そう……。幼い頃に、父が手にしていた煌めく道具。あれこそが、品質保持の魔導具だったのです。
「わたくしの髪がまだ伸びていない時に、ミルズの髪が傷んでしまった場合の予備として、母の髪が保管されていたのです」
「私が八歳の頃でしょうか。母は、この髪を義姉様と同じくらいの長さに整えて、かつらを作らせたんです。それをラウラに被せて……あとは皆様の想像通りでしょう」
「なるほど。これを被って『レニエラ・プラーシル』と名乗れば……皆疑わないか」
「わたくしが社交の場に出してもらえるようになったのは、既にラウラによって悪評が広められた後でした。実際には、わたくしとラウラの瞳の色は違うのですけれど……見比べないと気付きませんわよね」
わたくしは母譲りのシルバーグレーの瞳。対してラウラは、義母譲りのグレーの瞳。並ぶと明白なのですけれど、わたくしの方が瞳の色が薄いのです。
ですが、ずっと屋根裏部屋に隠されていたわたくしの正しい瞳の色を知る者なんて、いるはずがありませんもの。
「それからも、時折わたくしを噂通りの令嬢だと知らしめるため、ラウラはわたくしに成りすましてお茶会や夜会に通っていたのですわ」
「けれど、一人の人間が、同時に別の場所に現れている――それは大きな証拠になりますよね」
ミルズはそう口にしながら、とある資料を取り出しました。
「この日と、この日。あとこちらの日も……お分かりいただけますか?」
「レニエラ・プラーシルがお茶会に参加している日に、レニエラ・プラーシルが王国領政統括所の文書審査課や領地財務課で、当主代理の代わりに書類提出をしている……?」
ミルズの出した資料には、レニエラ・プラーシルがお茶会に参加していた日に、同じくレニエラ・プラーシルが伯爵家の者として、王国領政統括所で書類を提出した記録が載っています。
その瞬間、ガシャンと金属のぶつかる音が響きました。またしても知らなかった事実に、父や義母が暴れているようです。
ミルズは、ラウラからわたくしのふりをしてお茶会に行く情報を手に入れると、それと同じ日に、父の好きそうな絵画のオークションや展覧会が開催されないかを調べ、外出を促してくれたのです。
屋敷に二人がいなければ、大抵義母も出かけていきます。なんでも、若い男が給仕をしてくれる、お気に入りの喫茶店があるそうですから。
「屋敷に三人がいなくなったところで義姉様を引っ立てるように連れ出して、『当主が提出すべき書類を出し忘れていたらしい』と言って、使用人や御者を動かしたんです」
「だが、そんなことをすれば三人に伝わるのでは?」
「普通ならそうでしょうね。わたくしは、勝手に屋敷から出してはいけない存在ですし。けれど……」
ちらりと使用人達に視線を向けると、身に覚えがあるのか、顔を真っ青にして俯いています。
「かと言って、本当に書類を出し忘れていたなら?もし役人が屋敷まで催促に来て、この家の違和感に気付いてしまったら?」
わたくしがわざとらしく首を傾げてみせると、閣下は肩を竦めました。
「……伯爵家は一巻の終わり、か」
「はい。ですから、書類は提出しなければいけません。万が一、書類の不備を指摘された場合、私だけでは対応出来るか分かりませんから、必ず義姉様を連れ出す必要がある……と言って」
「ミルズの監視付きで、寄り道せず書類を出してくるだけ……。もし三人の誰かに知られても、主にお叱りを受けるのは、書類を出し忘れていたわたくしになりますから」
「三人の不在という丁度いい機会、国に知られるわけにはいかないという動機、私という監視の下にあるという正当性……。同じ穴の狢として、決して漏らしてはならない秘密だけは、みな口が堅くなりますからね」
二人して目を細めると、クレイゼア様が「君達の方が余程恐ろしいのでは……?」と苦笑しました。
彼らの悪事に対抗すべく、悪知恵を身に付けたのは否めませんわね。
「あ、義姉様。こちらをお返ししておきますね」
「あら、ありがとう」
ミルズが差し出した小箱には、印章指輪が収まっていました。わたくしはそっとその表面を撫でます。
代々、当主交代の際に引き継がれる指輪。本来は、当主代理である父が責任を持って管理していければならないものですわね。
「父が慌てて面会に来たのは、印章指輪がなかったからですわ」
「執務を肩代わりしていた義姉様の屋根裏部屋にあるはずの指輪が見付からず、本来の保管場所である引き出しの鍵も見当たらなくて、血相を変えていましたよ。万が一、義姉様の身に何かが起きた時、指輪も鍵も私が保管するようあらかじめ決めていたので」
「なるほど。それで義姉の名を利用して“宝箱の鍵”などと言ったのか。『印章指輪は何処だ』と問い詰めるわけにはいかないからな」
閣下は父の方を見遣って失笑しました。
「他にも、こちらをご覧ください」
「これは……検問所の通過記録?領地に帰省したときのものか?」
次にミルズが取り出したのは、閣下のおっしゃった通り、王都から出る際の通過記録。
「はい。ラウラが田舎を嫌がるので、ほとんど王都で過ごしていましたが、全く領地に行かないわけにもいきませんから」
「ですが彼らは、わたくしを外に連れ出したくありませんもの。領地の方々には、『あの子は田舎になんて帰りたくないと言って逃げ出した』と説明して、いつもわたくしが駄々をこねていることにされていたそうですわ」
「ふむ。記録には、レニエラ嬢を除く四人の名が書かれているな。……ん?ふた月……?」
その用紙の隣に、ミルズはまた別の資料を並べます。そちらは――
「ルド、これ!噂や悪評、目撃情報がぱたりと途絶えていた期間じゃないですか!?」
「やはりそうか!故意にレニエラ嬢を悪く言う家族や、彼女に成りすます義姉が王都にいなければ……!」
「目に見えるものや聞こえてくる声じゃなくて、まさか見えない、聞こえないところに答えがあったなんて……」
えぇ、そうですわ。そちらは、わたくしの噂や悪評が流れた記録ですわね。
わたくしは意地の悪い表情を浮かべ、顎に手を当ててみせました。
「家族は領地に帰省中。もし本当にわたくしが悪女なら、おかしいと思いませんか?親の目のない間なんて、派手に遊べる絶好の機会ですのに……ねぇ?」




