30,壊れ始めた信用
それからわたくし達は、順を追って説明し始めました。
まず、トゥルヴァン侯爵家の令息との密会が叶わなくなった義母は、父に「あなたとの子供が出来たの」と打ち明けたそうです。
父とも関係を持っていたのですから、父との子供の可能性だって十分あります。
しかし、子供がどんな色を持って生まれてくるかによっては、別の男と遊んでいたと知られてしまうかもしれません。
この国ではグレーの瞳が多く、父や義母は勿論、侯爵家の令息もグレーの瞳だったようです。そうすると、瞳の色は高い確率でグレーになるでしょうから、問題は髪色だけでした。
そして、それを誤魔化すために思い付いた策――それこそが“伯爵位簒奪”だったのです。
「セバスから聞いたのですが、父は母の仕事を手伝うことも出来ず口先ばかりで、母や伯爵家の使用人達からも信頼されなかったようです。義母は、兄や伯爵家に劣等感を抱いていた父の感情を利用して、こう提案したのですわ。『私達の子供を、当主の子供にしてしまいましょう』と」
「当主代理の髪色は深緑色。母の髪色は小麦色。母としては、自分と同じ小麦色の髪とグレーの瞳で生まれてほしかったようですが、生まれた私の髪色は、一番望んでいなかった薄紫色でした。けれど、それすらも母からすれば想定内だったのです。私を、誰の髪色とも違う“臙脂色の髪”にするつもりでしたから」
わたくし達の告白に、皆唖然としているようでした。
「なんて大それたことを……。不義や不貞を働いただけに飽き足らず、幼い子供をも利用するなど!」
「外道にも程があるでしょう……っ!」
閣下はソファの肘置きをみしみしと握り、部長は怒りを抑えきれなかったのか、肘置きを叩きました。
……あの、わたくしにとっては思い入れのない家具ですけれど、我が家のものですから壊さないでくださいませね?
「その計画が決まると、父は定期的に屋敷に帰ってくるようになりました。時々母に差し入れを贈っていたようなので、それに毒が仕込まれていたのでしょうね」
「医師には見せたのでしょう?気付かなかったのですか?」
クレイゼア様の質問はもっともです。ですから、わたくしは彼らから面白おかしく聞かされたことを伝えます。
「そちらの方々が言うには、一つでは毒にならないものでも、同時に摂取すると毒になる――そういう食べ物や薬があるそうですわ」
「滋養にいいと言って伯爵様を労いながら、殺そうと目論んでいたのです。……母はそういうものを用意しやすい環境にいましたから」
毒に冒され動けなくなった母を確認した父は、義母の伝手を使って、代筆屋に使用人達宛の解雇通知書をしたためさせました。
長年伯爵家に仕えてくれていた者達を当主の命令だと言って追い出し、母とわたくしを屋根裏部屋へ放り込んだのです。
そして、生まれたばかりのミルズを荷物に紛れさせて運び込ませ、義母やラウラを堂々と屋敷に招きました。
「君は自分で、この家の違和感に気付いたのか?」
「……自分で気付いたと、言っていいのでしょうか。私も、最初は言われるがままでしたから。教えられた通り、義姉様を悪い人なんだと決め付けて、嫌っていました。当主の娘が出来損ないだから、こうでもして私が継がなければ家が滅んでしまうのだと、そう聞かされていたので」
「それなら、何故……?」
閣下が訝しげに聞き返したのと同時に、ついわたくしの体が強張ってしまいました。それに気付いたミルズが「義姉様……」と今にも泣きそうな声で手を伸ばし、わたくしの手を取りました。
「私が、初めて義姉様と会った日――全てを知らされ、踏み躙られる義姉様を見た時に、私の信じていたものが壊れ始めたんです」
執事と共に団欒室へ連れられ、わたくしは初めてミルズと対面しました。
震える体をなんとか動かして見上げると、執事もまた全てを悟ったのでしょう。
当主の執務を肩代わりしながら、わたくしの教育を一身に引き受けてくれた執事の顔は、絶望一色に染まっていました。
父は忌々しそうにこちらを一瞥すると、ミルズにわたくしのことを伝え始めました。
「ミルズ。アレがお前の“姉”だ。アレのせいで、お前には窮屈な思いをさせてしまって悪いな」
「でも、それでプラーシル家が守れるんでしょ?それならいくらでも僕を使ってください」
初めて知った、ミルズの名前。何も知らないわたくしは、当時ミルズを異母弟なのかしらと思っていましたわね。
思えばこの頃のミルズは、彼らと似た口調だった気がします。こんな人達しか知らなければ仕方がないのでしょうけれど。
「いやぁ、ミルズはいい子だなぁ!ラウラも愛らしい娘に育ってくれた。私は鼻が高いぞ」
「お義父様ったら!あーんな見窄らしい子と比べたら、どんな令嬢でも可愛く思えますよぅ」
嘲笑われて我が身を見下ろしてみれば、貴族令嬢とは思えないボロきれを着た貧相な体に短い髪。
対して、二つしか違わないラウラは、艶やかな髪を結ってもらって、可愛らしいドレスをまとっているのですから。
――これは、一体なんなの?
屋根裏部屋での生活しか知らなかったわたくしには、目の前のものが理解出来ませんでした。二人とわたくしは、一体何が違うのかと。
「旦那様!?ミルズお坊ちゃまは、旦那様とローレ様のお子でしょう!?レニエラお嬢様と姉弟のはずが……ぐあっ!」
「セバスッ!?」
鈍い音が響き、真横で執事が地に伏しました。
扉近くに控えていた男の使用人が、顔を青くしながらも執事を殴り付けたのです。手にしていたのは、暖炉で使う火かき棒。
父が手を上げて合図したようで、殴られた執事は頭から血を流して呻いていました。
執事に寄り添うように屈んでみたものの、手当てが出来るものなんてありません。周りを見回しても、誰も手を差し伸べてくれそうにありませんでした。
「そいつを助けてほしいか?」
父の言葉にハッと顔を上げると、四人がわたくしを見下ろしていました。
「そいつを助けてほしかったら、これからはお前一人で当主の業務をこなせ。そうしたらそいつの手当てをしてやろう」
「い、いけません……、お嬢さ……うぅっ」
わたくしを案じ、止めようとする執事の声は聞こえていました。けれど、指先に付いた血を見て、朧げな母の最後を思い出したのです。
――このままでは本当に、セバスも母のように殺されてしまうかもしれない。
そう感じたのです。
「分かりました!わたくしが仕事をすれば、セバスを助けてくれるのですね!?セバスをもう解放して!これ以上、酷いことをしないで!」
わたくしは執事を庇うように立ち、乞うように叫びました。
思い通りにいったからか、にやにやと笑う父。その後ろに佇むラウラとミルズ。
そんな中、扇子で口元を覆い、顔を歪めた義母の前にラウラが飛び出し、容赦なくわたくしの頬を叩いたのです。
「うっ!?」
「お嬢様!?」
倒れるわたくしを見下ろしながら、ラウラは何の悪びれもなくわたくしの顔を覗き込んで来てこう言いました。
「解放して?酷いことをしないで?――ください、でしょ?ねぇ、目上の者に敬意を払うなんて当たり前のことも出来ないの?」
……目上の者とは、本来どのような意味だったでしょうか。
わたくしは、母の血を引くプラーシル家唯一の嫡子で、わたくしこそ、この家の後継者で。
父は母の婿でしかなく、子爵家の次男で、あなた達の母親も、元男爵令嬢のはずですのに……?
そんな感情がぐるぐると脳を駆け巡っていきました。何の返事も出来ず呆然としていると、ラウラはわたくしの前髪をぐいと掴んで引っ張り上げました。
「うあぁっ!?」
「やだ、家畜みたいに鳴かないでよ。あんたはこの家にとって厄介者で有名なんだから、住まわせてもらっているだけでも感謝してよね」
「なっ!?」
「お茶会の手紙が届いても一切返事をしない、失礼なレニエラ。社交の場にも顔を出さず、家族からも迷惑そうにされている不出来な娘。それがあんたの評価よ、レ・ニ・エ・ラ」
パッと手が離され、わたくしは無様にべしゃりと床に体を打ち付けました。
呼吸も忘れて慄いていると、満足したのかにんまりとラウラは笑いました。
「伯爵家を継ぐのはミルズなんだから。あんたがいられるのは、あの屋根裏部屋しかないの。精々仕事を頑張って、この家に貢献すればいいわ」
そこで心が折れたわたくしは、せめて執事だけでも助けるため、尊厳などかなぐり捨てて頭を下げました。
「お願いします!どうかセバスをお助けください!これ以上、何処かに後遺症が残ってしまったら……!お願いします!お願いしますっ!」
わたくしは、その時に彼らを裁くべきでした。
自身を伯爵家唯一の嫡子だと言うのなら、非道だと言われようとも執事を切り捨て、彼らの所業を公にし、「この者達が伯爵位簒奪を目論んでいる!」と打ち明けるべきだったのです。
――ですが、血を流す執事を前にして、そんなことを考える余裕などありませんでした。
それに、成長したとはいえ、たかが十二歳の令嬢。既に、知らぬ間に悪評だらけだったわたくしの話を、聞いてくれる人がいたかは……分かりません。
「お前はそうやってしおらしく従っていればいいんだ。治療してやれ」
言うことさえ聞けば、最低限の望みは叶えられると思わせたかったのでしょう。執事は目の前で治療されました。
ほっとしたのも束の間、父は使用人達にわたくしを拘束するよう命じました。
「お前の教育はもう十分だろう。セバスには今後、ミルズの教育を命じる。お前が何か仕損じた時は、セバスも罰を受けると思え」
「そんな……っ!?」
「もうそいつに用はない。屋根裏へ連れていけ」
「いやっ!セバス!セバスっ!」
「お嬢様……っ!」
その日、唯一の味方だった執事さえ、人質として奪われてしまったのです。
そうして無力なわたくしは一人、あの部屋で当主としての仕事を押し付けられるようになりました。
執事から叩き込まれた父の筆跡を真似て、臭いのこもった薄暗い屋根裏部屋で――ずっと。
これ以上、伯爵家の名を汚すことがないように。
お読みくださり、ありがとうございます。
この回で、“25,わたくしにとっての部屋”の続きが明らかになりました。
貴族の令嬢でありながら、普通が何かさえ分からないまま、更に奪われ、家に縛られ続けてきたレニエラ。
そんな彼女に、どうしてこれほどまでの噂や悪評があるのでしょうか?
そして、この週末の更新で、ミルズは味方だったと明らかになりました。気付いた方もいらっしゃるかもしれませんが、ちょっとした小話を。
※以下、ネタバレを含むので、自身で発見したい方はスキップしてください。
▶28~30話で明かされたもの
①28話のルドヴィークの台詞「廊下での会話はトマーシュから報告を受けている」とあります。
つまりミルズは、トマーシュと廊下で話している場面があったはずです。そこから、伏せられていたside???=ミルズと分かります。
(廊下での会話については22話をご覧ください)
②1話にて『こちらを遠巻きに見ている四人に顔を向けます。 父と義母、義姉、義弟……全員の顔には嫌悪感がべっとりと貼り付いています。』と記載されています。
“レニエラを見ている”とは名言されておらず、“ミルズはレニエラの近くにいる警騎士に嫌悪感を向けていた”が通ります。ミルズは胸の内で凄く怒ってました、えぇ。
③上記②にもあるように、レニエラの視点でミルズは“義弟”と説明されています。ルドヴィークの視点では“弟”と認識されており、この時点で既に食い違いが発生しています。
(“義弟”という言葉に違和感を持たれないよう、1話以降レニエラは常に"ミルズ"と呼んでいます)
④30話で、レニエラは執事に叩き込まれ、父インツの筆跡が真似出来ると書かれています。インツの指示通り、執事はミルズの教育係になったと考えられ、レニエラと同様の教育を受けていると推測出来ます。
書類仕事やインツの筆跡が真似出来るよう、ミルズも教え込まれていてもおかしくありません。つまり……?
ミルズが味方・ミルズが???や面会者トール……と思っていなかった方や、①~④を踏まえてもう一度読みたいと思ってくださった方は、1話や16話、side???の話などを読み返していただくと面白いかもしれません。
本編最終話まで、残り僅か。
来週からは、これまでの謎について更に紐解かれていきます。レニエラやミルズ、そして……ある方の見せ場がございますので、お楽しみに!
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