29,隠され続けた正体
わたくしとミルズはソファに座るよう指示され、正面に閣下が腰かけました。その後ろにはクレイゼア様が、わたくし達の後ろにはアウレアさんが控えます。
父、義母、ラウラは手枷を嵌められ、繋がれた鎖で体を巻かれています。その側に担当官達が控えているので、逃げることは叶わないでしょう。
「すみません、遅くなりました」
断りを入れて入室してきたのは、警巡察局の部長だというエボルド・リーグル様。警騎士を信用出来ないわたくしですけれど、彼らに全てを隠すことは出来ませんもの。
今回の部隊でもっとも責任ある立場にあり、閣下も「あの男なら大丈夫だ」とおっしゃったので、同席を承諾しました。
「プラーシル伯爵令嬢。私は警騎士警巡察局、犯罪捜査部部長エボルド・リーグルです。先日は、警巡察局の者が無礼を働き、申し訳ありませんでした」
部長は、以前の閣下のように、姿勢を正して深く頭を下げられました。
「……もう過ぎたことです。かまいませんわ」
こちらも閣下の時と同じですけれど、結局はこの方が悪いわけではありませんもの。わたくしはそう思っていたのですけれど……。
「まったくですよ。少しは義姉様の話も聞いてくれるのかと思えば、有無を言わさず手枷を付けるなんて……っ」
「み、ミルズ……!」
「あの時、私がどれほど呆れていたか分かりますか!不本意な展開でしたが、ついに警騎士がこの家を調べてくれるのかと期待してみれば……。碌に調査もせず、証言や噂だけで無抵抗な義姉様に乱暴な言動をして。何度、ふざけるなと叫び出しそうになったか!」
ミルズは部長に怒りを露わにしました。
――えぇ。この子がとても怒っていることは、最初から気付いていましたわ。
父や義母、ラウラが向けた嫌悪感の先はわたくしでしたけれど、ミルズの瞳はわたくしではなく、わたくしに手枷を付けた警騎士に向いていましたから。
部長は頭を下げ続けたまま、「面目次第もございません」と、更に謝罪を述べました。
「いいのよ、ミルズ。閣下やアウレアさんは、わたくしの話をきちんと聞いてくださったもの」
「えっ!?僕は!?」
ミルズを慰めたのですが、何故か閣下の後ろから驚愕の声が飛んできました。……えっと、そう言われましても。
「クレイゼア様は……茶化していらっしゃっただけでは?」
「えっ!?僕だって話を聞いたでしょ!?」
「煩い、トマーシュ!これ以上茶々を入れるなら追い出すぞ!」
「酷いっ!僕、今日頑張ったのに!」
酷くショックを受けた様子のクレイゼア様。このお二人、いつもこの調子なのでしょうか。本当に気が抜けますわね……。
ミルズや顔を上げた部長まで、なんなのこの二人……みたいな目で見ているではありませんか。
そこで、わたくしの背後からコホンと咳払いが聞こえました。
「閣下、補佐官のことは放っておいて話を進めましょう」
「ちょっと、アウレア!?」
「……はぁ、そうだな」
アウレアさんにまで冷たくあしらわれて悲鳴を上げるクレイゼア様ですが、閣下はそれを無視して小さく溜息を吐いたあと、真剣な眼差しをこちらに向けました。
「では、聞かせてくれるだろうか。事件の真相や、プラーシル家の秘密を」
「……それらを話すには、まず私のことを明かさなくてはいけませんね。そこで転がっている当主代理も知らない、真実を」
「レニエラ嬢ではなく、弟の君について?しかも、当主代理も知らない……だと?」
全員が怪訝そうに眉を寄せるのを見て、ミルズは隠すように付けていたヘアピンを一つずつ外していきます。そして、髪をゆっくりと引っ張りました。
臙脂色のそれがずるりと取れ、全員がぎょっと目を見開く中、現れたのは――
「なっ!?君は……面会者のトール、か?」
「あれ?局長様とはお会いしなかったはずですが……」
かつらを被っていたせいで変な癖がつき、ぺたんと潰れてしまった薄紫色の髪。ミルズは髪をわしゃわしゃとほぐしますが、これは直らないでしょうね。
すかさず片足を僅かに引きずりながら、執事が近寄ってきました。身構えるアウレアさんを見て、わたくしは小さく首を横に振ります。
「大丈夫ですわ。セバスはミルズの髪を整えてくれるだけですから」
執事は燕尾服の内ポケットから櫛とヘアオイルの小瓶を取り出し、髪を丁寧に梳いていきます。
ちらりと視線を向けると、父は目を見開いて体を震わせていました。……そうですわね。父は、義母に騙された被害者でもありますもの。
「飛び出していくレニエラ嬢を見て、一体何があったのかと面会室に入った時、立ち去る背中だけ見えたんだ。……背はもう少し高かったような気がするが」
「そういう時のために、シークレットブーツを用意しているんです。髪色や背丈が変わるだけで、私とは中々結び付かないでしょう?」
「んんんっ!んーんーんんんっ!?」
我に返ったのか、父が呻き声を上げ始めました。猿轡を嵌めているのでよく聞こえませんけれど……「どういうことだ!?」とでも言いたいのでしょうね。
「君達二人は、実の姉弟ではなかったのか……?」
「はい。私と義姉様には、一切血の繋がりがありません」
「わたくしも、ミルズのことを“弟”と言った覚えはございませんわ。この子のことを伝える時は“ミルズ”と呼んでいましたし、関係を問われませんでしたから。もし聞かれていたら、“義弟”と答えたでしょうね」
そうなのです。わたくし、一言もミルズを“弟”と言ったことはありませんもの。胸の内では、ずっと義弟だと説明してきたつもりですわ。口には出していませんけれどね。
「では、嫡子というのは……」
「伯爵家の血を引くのは、唯一レニエラ義姉様だけです。私の母ローレ・プラーシルと、当主代理インツ・プラーシルは、愚かにも伯爵位簒奪を計画して、そのせいで義姉様は……」
途切れた言葉が気になって隣を見ると、ミルズは唇を引き結んで俯き、膝の上で両手を握りしめていました。
わたくしは少し距離を詰め、ぽんぽんとその頭を撫でます。
「閣下。わたくしの母が亡くなる前、父は義母に『体調を崩し始めた母の代わりに社交をしてほしい』と依頼し、義母はラウラを連れて屋敷に来たそうなのです。そちらはご存知ですか?」
「あぁ」
「ですがその時、屋敷に来たのは三人だったのです。義母とラウラ。そして、荷物と一緒に運び込まれた――生まれたばかりのミルズ」
わたくしの言葉に、全員の視線がミルズへ向きました。その視線に応えるように、ミルズは小さく頷きます。
「わたくしの母の体調不良は、『病と妊娠によるもの』と言われていたそうですね。けれど、当時母は妊娠しておりませんでした。それに……母はあの部屋で亡くなりました。まともな看病もされず、定期的に父に何かを飲まされて」
「それはつまり……」
「父の手で毒殺されたのだと思います。……きっともう暴きようがないのでしょうけれど」
「……プラーシル家の内情が、そのようなことになっていたなんて」
部長はきつく目を閉じ、絞り出すような声を上げました。
血脈を重んじるこの国で、伯爵位簒奪を企てていた者達の証言を真に受け、きちんと捜査もせず嫡子のわたくしを捕まえたのですから。わたくしを捕らえた警騎士達もお咎めなしとはいかないでしょうね。
「私は、当主代理と母――ローレが自分の両親なのだと思っていました。その上で、伯爵家のためだと言われ、“当主代理と前当主レヴリン様との子”だと名乗るよう育てられたのです。ですが……」
ミルズはそこで自身の髪をひと房掴み、悲しそうに顔を歪めました。
「この髪色を見れば、当主代理でさえ実の父ではないと、嫌でも気付きますよね……」
「では、君は一体……?」
「義姉様とセバスが調べてくれたのですが、私は、母のもう一人の遊び相手だったトゥルヴァン侯爵家の令息との間に生まれた、不義の子です。ラウラとは異父姉弟になります」
「……その髪色、やっぱりトゥルヴァンの血筋だったんだ」
クレイゼア様は納得したように頷きました。どうやらトールの髪色を聞いて、その線を疑っていたようですね。
「商家に嫁いだ母は、夫を亡くすとすぐ、貴族も参加するいかがわしい夜会に繰り出すようになったようです。そうして妊娠が発覚した時、丁度遊んでいた相手は当主代理とトゥルヴァン侯爵家の令息でした」
「えっ?じゃあ、どっちの子を妊娠したか分からなかったんじゃ……」
「はい。母の本心としては妊娠を理由に、より高位である侯爵家に名を連ねたかったようです。けれど、かのご令息は領地に蟄居させられたのですよね?」
確認するように、ミルズは閣下へ尋ねました。その問いに、閣下はしっかりと頷きます。
「そうだな」
「それを知って侯爵家を諦めた母は、当主代理を誑し込んで、プラーシル家に転がり込もうと考えたようです」
父は顔を真っ赤にして、鬼のような形相で義母を睨み付けました。……自分だって人を傷付けてきたのに、どうしてそんな表情が出来るのでしょうね。
クレイゼア様は待ったをかけるように口を挟みます。
「そんなことが、そう上手くいくものですか?こうして髪色を見れば分かるでしょう?」
「ですから当主代理は、私のこの髪を見るのが初めてなんです」
「十五年も一緒に過ごしてきて……?」
「はい。だって」
ミルズは手にしたかつらを大事そうに撫でました。これまでの過去を振り返るように、そこにあるものを労るように。
「私は生まれてすぐに隔離されて、ずっと臙脂色の髪を被らされていましたから」
「いやいや、大人と子供の毛質は全く違うじゃないですか。そんなもの、すぐ……分かっ……」
クレイゼア様は自身で答えを口にし、そのまま固まりました。閣下の目も、わたくしを捉えています。
「……ご想像の通りですわ。わたくしの髪は、伸びては切られ、伸びては切られ……。ミルズを伯爵家嫡男に仕立てるために利用されてきたのですわ」
わたくしは力なく首を傾けて苦笑してみせます。肩より少し長いくらいの髪が、さらりと首を撫でました。




