28,罪の赦しを希う
外を眺めながら過去の日々に思い耽っていると、外なのか下の階なのか、何やら騒がしくなり始めました。
何か事件でも起きたのでしょうか?
そんなふうにぼんやりと考えていると、いつもより激しいノックの音が響きました。まさか、原因はわたくしなのですか?
慌てて扉を開くと、アウレアさんがいつもより頬を上気させて立っています。
「突然すみません。閣下から魔導具で連絡が入りました。急ではありますが、レニエラ嬢を連れてプラーシル家に来いと指示がありましたので、同行していただきます」
早口で伝えられた言葉を噛み砕くように理解し、一拍置いておずおずと頷きました。
アウレアさんは呼吸を整えるよう一度大きく息を吸うと、少し冷静さを取り戻したようです。いつもの雰囲気に戻って、落ち着いた口調で話し始めました。
「警巡察局に増援要請が出ました。プラーシル家で何かあったのでしょう。では、一旦手枷の鎖を繋ぎますね。馬車を用意させておりますので、そちらで私と向かいましょう。こちらへ」
アウレアさんの誘導に従い、用意された馬車へ向かうと、その側には何故か警騎士達が佇んでいました。
――姉妹でこうも違うのだな。
捕縛されたあの日、何の言葉も聞いてくれなかった人達。有無を言わさず付けられた手枷や、こちらを睨み付ける瞳。
その姿を思い出し、わたくしは足を止めました。
「どうかしましたか?」
「……彼らは、信用出来るのですか」
わたくしは、極論を言えば誰のことも信用出来ないのですけれど、中でも特に彼らのことはそうですもの。
馬車に乗った途端、襲われるのではないかと想像してしまうのは……おかしなことではないはずです。この状況では流石にないだろうと、頭で分かっていても。
アウレアさんは馬車の方へ一瞥し、わたくしに頷きました。
「彼らは、『レニエラ・プラーシルと担当官を、丁重に屋敷まで護送しろ』と命じられています。私も付いていますし、何かあれば必ず守りますから」
その声色は、わたくしを宥め慰めるものとは違い、いつもと変わらない事務的なものでした。けれど、彼女はいつだってわたくしを“人”として扱ってくれていました。
それを知っていますから、わたくしはアウレアさんの瞳を見つめたあと、ぎこちなく頷き返して馬車へ乗り込みました。
なにせ、予想していなかった展開に、ずっと心臓がバクバクと脈打っているのです。表情や仕草に出さないよう気を遣っているつもりですけれど、少なからず動揺が出てしまっています。
――また、あの屋敷に戻されるの?
――また、あの生活を強いられるの?
震えそうになる指先を、膝の上で握りしめます。
だって、担当官達や閣下までもが彼らに同調し、わたくしを問い詰める未来を想像してしまうのです。あの屋敷には、そんな思い出しかありませんから。
ぎゅっと目を瞑っていると、正面に座ったアウレアさんがそっと手を重ねてきました。驚いて顔を上げると、声を潜めてわたくしに話しかけてきました。
「あなたに詳細を教えるのは本来宜しくないのですが、あなたは当事者でもありますから。閣下は――あなたの望むものを見付けたようです」
ヒュッと息が止まりました。
つまり、あの部屋が暴かれたのでしょう。わたくしの守り続けた嘘が、庇い続けた罪が、ついに――。
自分で望んだことです。そうしてほしかった、はずですのに……。気持ちとは難しいもので、感情を持て余して俯いてしまいます。
「ですから早急に対処したいと、増援を要請されたのでしょう。それに加え、あなたから直接説明された方が早いと、そうお考えになったのではないかと。丁重に扱うようにと通達もありましたので、非道なことはされないはずです」
「そう、ですか」
わたくしは、たった一言しか返せませんでした。
そんなわたくしの手を、アウレアさんはずっと握り続けてくれました。
「……プラーシル伯爵令嬢は、どうしてマーレイン担当官の手を握っているんでしょう?」
馬車から降り、屋敷の入口に到着したわたくし達を出迎えてくださったのは、クレイゼア様でした。
敵視……いえ、これは嫉妬でしょうか。そういえば、アウレアさんとこの方は婚約しているのでしたっけ。今、女のわたくしに悋気を抱いている場合ですか?そもそも、わたくしは握られた側なのですけれど?
そんなクレイゼア様を、アウレアさんは無表情で見上げました。
「無駄口を叩いていないで、早く案内してください」
「無駄口……っ!くっ、今は仕事中ですから、仕方ありません。こちらです」
仕事中でなければ、アウレアさんはこの方に付き合ってあげるのでしょうか……?
あぁ、いえ、そんなことはどうだっていいのです。まったく……緊張しているのが馬鹿らしくなってくるではありませんか。
案内された来客室の扉が開かれ、わたくしは足を踏み入れました。
わたくしが入ってきた扉とは別の扉の近くには、組み敷かれた父の姿が。部屋の奥には、閣下の近くで蹲る義母とラウラの姿が見えました。
彼らの手首には、わたくしと同じように手枷が付けられています。
執事や使用人達は……部屋の隅に佇んでいます。一人倒れているようですが、何があったのでしょう……?
その中で、わたくしは眉を寄せました。キョロキョロと見渡してみると、手を伸ばしている担当官の背中に隠れて見えなかったそれに気付き――叫びました。
「何をするのっ!?やめてちょうだい!」
手枷に繋がっている鎖の存在も忘れて駆け寄ろうとし、手首や腕に痛みが走ります。カシャンと鎖の音が響くも、顔を歪めながらわたくしは必死で手を伸ばしました。
「……っ!?義姉様!」
「ミルズ!」
担当官の横をすり抜け、わたくしの元に駆け寄ってきたのは、義弟のミルズ。担当官が慌てて追いかけようとする姿を見て、背後のクレイゼア様が「かまわないよ」と止めてくださいました。
ミルズは、「体は?腕は?大丈夫ですか?」と心配そうな瞳を揺らしたあと、「無事でよかったです」とわたくしを抱きしめました。
「ど、どういうことだ!?ミルズ!」
「ミルズ、一体どうしてしまったの!?」
「あなた、まさか最初から……っ!?」
父と義母は口々に喚き、そしてラウラは気付いたような声を上げました。
わたくしを大事に抱き込んだミルズは、閣下へ顔を向けます。そして、目を丸くした閣下に膝をついて頭を下げ、希いました。
「全てをお話しします。ですが、あまりに長い話になりますし、極力人に聞かれたくありません。出来れば、人払いをしていただけませんか」
「ミルズ、お前っ!?」
組み敷かれたまま暴れる父に、警騎士は猿轡を取り出し、口に噛ませました。それに倣って、義母やラウラを拘束していた担当官達も、二人に猿轡を嵌めていきます。
その間に、閣下がこちらへ向かってきました。ハッと顔を上げたミルズが、わたくしを庇うように腕を伸ばします。
「……君は、彼女の」
「義姉様は何も悪くないんです!こんな、手枷を嵌められるようなことなんて、何も……!私が……私が生まれてしまったせいなんですっ!」
「違うわ、ミルズ!あなたこそ、この家の被害者だもの!お願いします、閣下!どうか、わたくし達の罪をお赦しください……っ!」
わたくしは膝をつくミルズの横に並び、腕が痛むのも気にせず床につくほど頭を下げました。
「……二人とも、頭を上げろ」
わたくしの肩に手を添え、閣下は殊更柔らかな声で話しかけてくださいました。見上げて目の合ったアイスブルーの瞳は、痛ましげに歪んでいるようでした。
隣を見ると、ミルズの肩にも手が添えられています。ミルズも同じように、目を見開いて閣下を見上げていました。
「廊下での会話はトマーシュから報告を受けている。君は彼女の味方なのだな?」
「はい」
「では、話を聞かせてくれ。被害者アマン・オルドラークの死の真相だけではない。伯爵家が何を隠しているのか、これまでレニエラ嬢に何があったのか。――あの部屋は、一体何なのかも」
その言葉に、一瞬時が止まったようでした。
あぁ、やはり……閣下はあの部屋を見付けられたのですね。わたくしの過ごした、あの、すえた臭いと鉄臭さの染み付いた、惨めで見窄らしいわたくしの部屋を。
ミルズから、覚悟はいいかと訴えかけるような瞳を向けられ、わたくしは唇を震わせながら、「はい……」と小さく呟きました。




